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「粗食」を考える – 2

「粗食の過食」が肥満を招いている

武庫川女子大助教授・小西すずさんに聞く
小西すずさんは昭和16年に台湾で生まれ、
敗戦後日本に引き揚げてきて、まさに食うや食わずという体験をした。
管理栄養士になった昭和40年代初頭以来、
栄養学の面から肥満やダイエットについて
先駆け的な仕事をしてきた小西さんに粗食ブームの問題点を聞く。

小西すず(こにし・すず)武庫川女子大助教授
一九六七年に京都府立医大で楠智一教授と協力し肥満児クリニックを開設。八九年、楠教授の武庫川女子大学就任にともない、同学非常勤講師として就任。再び協力して栄養クリニックを開講。九三年より助教授。著書に『健康ダイエットQ&A』(ミレルヴァ書房)

誤解される「粗食」とは

私は平成2年から武庫川女子大学で、地域の主婦たちを対象としてダイエット講座を指導しています。受講生の多くは中高年の女性ですが、私は実例を観察しながら勉強し、「どうしてこの人は肥満になったのか」また「ダイエットできたか」をつぶさに分析することができました。
こうした経験と実績から、ダイエットという観点で粗食ブームといわれるものを見てみますと、粗食ブームの中で、意外な現象が生じていることがわかります。
それは粗食ブームがいささか信仰じみており、科学性の欠けている部分があるということです。

本来の粗食という意味が見失われ、「粗食さえしていれば痩せられる」という考え方から、「粗食食品」と呼ばれるものを過食している例がたくさん見受けられ るようになりました。豆腐やゴマなど、「粗食派」が推奨する食品を食べすぎるあまり、肥満に結びつくという例が目立っています。「粗食」は確かに現代の我 々の食生活に反省をうながすものですが、「粗食さえ実行すれば」という絶対視が新たな食の歪みをもたらしていることから、飢えを知っている世代として私は 伝えなければならないことがたくさんあると思っています。

人間は植物のように自分で光合成をして栄養を作り出すことはできないのですから、食べ物からエネルギーをもらわなければ生きていけません。
それなのに、現代の日本人は食べ物というものをコマーシャル化、ファッション化してしまっています。少し食べ物に対して傲慢になっているのではないでしょうか。

もっと謙虚な気持ちにかえって、「必要なだけのエネルギーを感謝していただく」という意味での「粗食」こそ、実は今の日本人がいちばん大切にしなければならないこ とのはずです。
そのことがひいては環境問題、食糧問題のうえでも良い方向に結びつく考え方だと思います。ですから、私は本来の意味での粗食を決して否定しているわけではありません。

インスタントラーメンも粗食?
間違えてとらえられている粗食とは、どのようなものでしょうか。
たとえばインスタントラーメンやスナック菓子を「粗食」と混同していることです。確かに粗食という言葉には粗末な食事という意味がありますが、笑ってすまされないことが食の場面には起きています。
私の経験ですが、体重128キロという中学生の指導をしたことがあります。

彼のお母さんは忙しくてご飯のおかずをまったく作らない人でした。「ご飯を食べなければ痩せるだろう」という考え方をしていたのです。おかげで中学生は買 い食いだけの食生活で、口にするものはインスタントラーメン、菓子パン、スナック菓子という有り様でした。この間違った「粗食」がますます肥満を招き、彼 はついに自分でトイレにいくこともできなくなって学校を中退してしまったのです。
これは「粗食だからおいしいものを食べない」という考え方です。そのため、ご飯など主食だけ食べて、あまりおかずを食べない、とくに肉や卵を食べなければダイエットになるという人がいます。ところが、おかずを食べないといっても決して「低カロリー」になるわけではありません。たとえば国民食という感さえあるインスタントラーメンは、1袋で約400キロカロリーのエネルギー量ですが、同じ400キロカロリーで、ご飯に肉も卵も取り入れたご馳走メニューを作ることができるのです。「粗食だから低カロリー」というのは、まったくの迷信です。

もう一人、好きな素麺そうめんばかり食べていた小学5年生で超肥満児の例が印象に残っています。
彼はひどい栄養失調の状態で脚気や貧血があって、授業中も居眠りばかりでした。
これらの子どもたちが私の栄養指導を受けにきた結果、食生活の改善だけで肥満が改善していきました。医学的な治療を施したわけでもないのに、野菜も肉も魚 も取り入れた食事を始めると、体重が減っていったばかりでなく、学校へ通うことができるようになり、授業中も居眠りをしなくなりました。

子どもは正直ですから、自分の食生活をありのままに話してくれました。私は子どもたちから「食事というものがこんなにも人を変えるのだ」ということを教わり、同時に「食事ってこわい」と感じたのです。
現代は「飽食の時代」といわれます。確かに「飽きるほど食べる」ということはあっても、けっして「豊かに食べる」という「豊食の時代」にはなっていないのだということを私はこれらの肥満児を通じて経験しました。
一方、大学でのダイエット講座では、主婦の過食のいちばんの問題は「おやつ」にあることを感じました。そしておやつにブレーキをかけるのは、ともかく食事 をきちんとすることがいちばん大切だという結論に達したのです。たとえば「おそばだけ」、「お茶漬けだけ」というふうに、満足な食事ができていないからこ そ、「何か足りない」と気になっておやつに走り、結局過食になる人がほとんどだからです。

このダイエット講座では、最後に参加者にスピーチをしてもらうのですが、必ず「今まではすぐにお腹がすいていましたが、きちんとタンパク系のものを組み合わせて食べるようになったら、不思議とお腹がすかなくなりました」といいます。
おやつの主成分である糖質は、消化吸収がいいので、いま食事をしてもすぐにお腹がすきます。これに対してタンパクを取り入れることにより、お腹の持ちがよくなるし、野菜は噛まなければならずそれによって満腹感が出てくるのです。


減量だけでなく筋肉が増えることが大切
過食になるかどうかは、摂取するカロリーを小さくするだけでなく、消費するカロリーをどれだけ大きくできるかが問題です。たとえ摂取するカロリーが少なくても、消費するエネルギーが小さくなるような食べ方をしていれば、結果的に過食になってしまいます。
つまり、筋肉をはじめとする身体を作る基本になるタンパク質を十分摂らないと、エネルギーを燃やす仕組みができないために、結果的にエネルギーが余るわけです。
ダイエットをする人は、体重がどれだけ減っているかということだけに目を向けがちです。
ところが、筋肉を作ることを忘れていると、今度はちょっと食べるとそれを燃やすことができず、結果的にリバウンドしてしまいます。

ですから、ほんとうのダイエットは、「体重は減ったけれど筋肉が増えた」という形にする必要があります。そのためには、高タンパク、低糖質、低脂肪の食事 で、運動を取り入れながらダイエットしなければなりません。お茶漬けだけ食べて運動をしないという痩せ方は、必ず失敗し、結果的にかえって肥満を呼ぶこと になるわけです。
別の主婦は、朝シュークリームだけしか食べないという生活をしていました。そこで私は、「パンも牛乳も野菜もちゃんと摂って基礎代謝を増やさないと痩せられない」とアドバイスし、食事メニューを提案したのです。

ところが、同じ教室の人たちはきれいに痩せたのに、彼女はすぐには効果が出ませんでした。すると彼女は、「不安だ」といって、またもとのシュークリームだ けの朝食に戻ろうとしたのです。その時、やはり肥満気味だった彼女の息子さんが、講座で指導した食事でどんどん痩せていきました。そこで、効果を再認識し た彼女もまた、基礎代謝をあげる食事に取り組むことになったわけです。
最終的に彼女は体重では4.6キロの減量に成功し、体脂肪は6キロ減らすことができました。
つまり、筋肉は1.4キロ増強されたことになります。

ですから、基礎代謝の小さい人がきちんと食べるようになると、身体はまず代謝を上げるように筋肉をつけ、続いてその筋肉がエネルギーを燃やし代謝がさかんになるように動くのではないかと思います。最終的には彼女もこのような経過をたどってダイエット効果が出たわけです。
きちんと食べて代謝があがると、身体がポカポカして冬の暖房もいらなくなったり、しもやけができにくくなったりするという現象がみられます。「きちんと食べることが代謝を盛んにする」ということ、これがダイエットの最大の命題だと思います。

豆腐やゴマの食べ過ぎで肥満に
人間の食事によるダイエットは楽しみという要素が不可欠です。何もかも取り上げて痩せたとしても、楽しみという要素がなければ続きません。ところが、もっぱらその食品の機能ばかりに目をつけて楽しむことを忘れている例も目につきます。
私が10年くらい前からとても目につくのは、「粗食」の代表的な食品である豆腐を食べ過ぎて太る、といった人がいることです。そうした人たちは、「この食品はヘルシーだから」と言います。ところが、もともと食べ物はどれもヘルシーなものだったはずです。

私は大学に入学してきた学生にいちばん最初にいうことは、「『食』という字は『人』を『良くする』と書く」という話です。食べ物はどれもヘルシーなもので あり、それをどう組み合わせて食べるのかが問題なのに、その食べ物で身体を壊していたりしたらこれほどナンセンスなことはありません。
ところが、近年「××さえ食べれば健康になれる」とか「ダイエットできる」という栄養情報がマスコミによって流されてしまっているのです。

うちのダイエット講座へくる受講生は、意識が高く、自分で勉強していろいろ食生活を工夫するという人が目立ちます。あげくが毎朝食事前に豆腐一丁食べると か、何にでもゴマを振りかけて食べる、あるいはサバなど背中の青い魚を集中的に摂るということになりがちなのです。こうして、「粗食」を一生懸命摂ること によって、かえって肥満に結びついてしまうというケースが珍しくありません。
私がこのことを指摘すると、「何も豆腐やサバなどのヘルシーな食品に目くじらを立てる必要はないじゃないか」という人がいます。ところが、私はこういう粗 食のエネルギーまでこだわらなければならないほど日本人の消費エネルギーが極端に下がっているということをいいたいのです。

運動量の少ない中高年の女性では、所用エネルギー量は1450キロカロリー、小学1年生以下の数値です。車に頼らず1日1万歩をしっかり歩き、消費エネルギー量を少しでも上げるとともに、低エネルギーでバランスよく食品を組み合わせる知恵が必要になっているのです。
私のダイエット講座では、中高年の主婦向けの最も厳しいダイエットメニューを1食400キロカロリーとしています。

もし、食事の前に豆腐一丁(400グラム)を食べるとすると、それだけで300キロカロリーにも達してしまいます。これに対して私は、食品を点数化して、 その総合点で一食のメニューを考える「バランス型紙」というものを提案しています。これにしたがって食卓の構成を考えていただけば、400キロカロリーで もとても豊かなメニューを組みたてることができます。ちなみに、豆腐とか、背中の青いサバなど、「ヘルシー」といわれる食材を集めてメニューを作ってみた ところ、1食がなんと1100キロカロリーにもなってしまいました。「粗食」という言葉にだまされて、そればかり追い求めるような食生活をしていては、決 して健康的なダイエットを実現することはできないということです。