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がん緩和ケアとコメディカル – 3

多様な医療職が手足となる在宅ケア

がんの緩和ケア医療はもはや末期がんだけを対象にしたものではない。がん診断期から始まるものであり、さらにさまざまな心の痛みにも対応する「全人的なケ ア」とされるようになった。それを実現するためは、医師と看護師ばかりでなく、多種のコメディカルの関わりとサポートが欠かせない。患者や家族にとってよ り高いQOL(生活の質)と満足度を追求しているがん緩和ケアの現場を探った。

岡部 健(おかべ・たけし)

岡部医院院長
呼吸器外科医として静岡県立総合病院、宮城県立がんセンターに勤務を経て、1997年に在宅ホスピスケア専門の岡部医院を開業。NPO法人「日本ホスピス緩和ケア協会」東北支部長。2007年、「在宅ケアグループ爽秋会」(http://www.soshukai.jp/)として福島県蓬莱町に「ふくしま在宅緩和ケアクリニック」を展開。

「治らないがん」を看る医療がなかった

電子カルテで各スタッフが情報の共有化をはかる

宮城県仙台市の南方に位置する名取市の医療法人社団爽秋会岡部医院は、1997年に在宅緩和ケアの専門医院として開業した。住み慣れた自宅で過ごしたいと希望する終末期のがん患者を中心に、計画的な訪問診療に当たっている。
院長の岡部健医師はもともと呼吸器外科医であり、20年間近く肺がんの検診から治療まで携わっていた。そのなかで、現代医療の大きな矛盾に気づき、緩和ケアに取り組むことになったという。
「肺がんは、集団検診で100人のがんを見つけたとしても、半分は手術できない状態であり、手術して治るのはその半分、すなわちがんを100人見つけても 治るのは25人しかいません。ところが、肺がんの専門医はもっぱら治るがんに取り組んでおり、7割以上の治らないがんを診る専門医はいないことに気づいた わけです。これはどう考えてもバランスが悪く、ニーズとの間にギャップがあると考えました。外科医として手がけた患者を最後までみたいということが、現在 の仕事を始める大きなモチベーションとなっています」
2006年、岡部医院では仙台市全域と名取市のほか、周辺の岩沼市、亘理町、柴田町、大河原町で214人を看取った。うちがん患者は187人。その数は年々増えている。
この在宅患者を対象とした緩和ケアにも多職種のコメディカルが関わり、チーム医療を形成している。岡部医院所属の医師6人、看護師21人、ソーシャルワーカ11人、臨床心理士1人、研究員1名。爽秋会メディカルアンドケアサポート所属のケアマネージャー4人、介護ヘルパー14人、作業療法士3人、鍼灸師3人である。
「WHOの定義では緩和ケアは、全人的な痛みをケアする必要があるとされますが、それらに対応するとなると医療と介護のチームケアが必要です。さらに『霊性』ということまで含めると、地域文化まで配慮したケアでなければなりません。私は自分たちの仕事を、むしろ医療の文化運動ではないかと考えています」
チームでは、電子カルテで患者情報を共有しながら、24時間体制で訪問診療している。在宅でのがん疼痛の治療法に、患者が痛みに応じて自分でモルヒネの投与量をコントロールできるPCAポンプと呼ばれる持続皮下注装置が活用されるようになってきた。
カンファレンスは夕方に職員が集まりチーム別で行われる。07年10月現在、看護部は3チーム体制のため、週に3回ある。ここでは訪問看護師から臨床報告がなされたり、それに対する評価が行われたりする。

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患者は在宅での死を希望

PCAポンプ

現在日本ではがん患者の9割近くが病院で死亡している。しかし、大半の日本人は「家で死にたい」という希望を持っているといわれる。岡部医師らは地域のこの希望を支援してきた。
「病院に行けば3回死ぬことになります。まず入院した途端、家族と切り離され、社会から切り離され、社会的な死を迎えることになるわけです。続けて意欲が なくなってきて、精神的な死を迎えなければなりません。そして、最後に心臓死を迎えます。一方、在宅療養はどうかというと、日常生活の延長なのだから最後 まで『生』です」
100年前の日本では、100%在宅死だった。第二次世界大戦後の1951年でも在宅死が9割を占めていたのに、1976年に病院死が5割を突破した。そして、2002年の病院死は82%となっている。一方、アメリカ人は90%が在宅死を希望しており、実際に30%が在宅で死を迎え、老人施設などでの死まで含めると6割くらいまでが病院死ではないという。
岡部医師は東北大学の社会学者と、第二次世界大戦後在宅死が急速に減り、病院死が増えて「交差現象」が起こった要因を検討してみたところ、実に十数項目が挙げられた。たとえば次のようなものがある。
・国民皆保険制度の導入で、医療への依存が急に高くなった。
・老人医療費無料化で、病院が老人の入院を積極的に推進した。
・核家族化が進み、家庭で高齢者の介護をする人手やスペースがなくなった。
・医療の科学化・高度化により、「病院へ行けば治る」という考え方が強くなった。
・在宅死を経験する者が少なくなり、「死は病院で迎えるもの」という考え方が増えてきた。
・寺社を設けない新興住宅地が増えてきて、地域コミュニティや宗教性が崩壊した。
「病院死が多くなったことで、ほとんどが看取り体験を持たないという非常に特殊な人間を育てています。世界の中でこんなことをやっているのは日本だけではないでしょうか。その結果、日本では死は特殊なこと、異常現象ということになってしまいました」
そもそも病院という機関は、身体の異常現象を修復することを専門とする場であり、正常な自然現象は治療の対象にならないはずだ。人間の死は正常な現象だから、医療機関は最初からこれを受け持つ専門性を持っていないと岡部医師は見ている。
「典型的なのは、終末期の患者さんが見る『お迎え』(臨死体権)です。あれは医療用語でいうと幻覚とかせん妄であり、80数%の人が経験するといわれます。世界中の8割以上の人が経験することを異常現象ととらえて治療しようというのが日本の現代医療なのです」
かつて人の死は医療が受け持つものではなかった。日本で医師が死に関わるようになったのは、明治時代の初めにできた戸籍法により、人の死を証明するために医師による死亡診断が義務付けられたからだという。
「アメリカなどの在宅死のケースでは、医者が死亡診断に行くことはありません。ソーシャルワーカーなど、死を確認できるトレーニングを受けた人が出向いて死亡証明を行います。人が自然死する前に医者が駆けつけなければならないというのは、『世界の中の非常識』であるということを日本人はよく考えなければなりません」

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在宅ケア普及の環境づくり

1947~49年生まれの「団塊の世代」と呼ばれる人口のかたまりが、これから高齢化していく。これからのがんの緩和ケアのあり方は、ほとんどこれからの老人介護のあり方と重なってくる。現在はがんを含めて年間の死亡者は100万人を少し超えるという状況だが、20年先には170万人を超えることになる。そうなると、20~30%を在宅でケアするようにしなければならなくなると見られている。
こうしたなかで厚生労働省なども、在宅死を勧めるようになってきた。2007年に施行されたがん対策基本法でも、緩和ケアに関して「在宅医療のための体制整備」がうたわれている。こうした流れは、医療費抑制という狙いもあるが、病院死が9割という現状を改善して、適正な社会システムを取り戻そうという動きと見ることもできる。もちろんすぐに在宅緩和ケアが広がるとは考えにくい。克服しなければならない課題がたくさんある。
「私が宮城県立がんセンターにいたころ、自分の患者さんを全例在宅を勧めてみたのですが、なかなか戻っていかないのです。『家族に迷惑をかけるから、うちでは死ねない』というふうに言います。医者も含めて、ある特殊な例から全体を想像して、『在宅なんかできない』と思い込んでいるわけです」(岡部医師)
もっとも病院での緩和ケアに取り組む医療者は、厚生労働省が打ち出している在宅ケア促進策との間に、大きな考え方のギャップを感じるようだ。静岡がんセンターの安達勇医師が語る。
「一般の患者さんにアンケートをとると、6~7割は在宅ケアを希望しているという結果が出ます。しかし、行き場がなくなって病院に来ている患者さんを在宅でケアしなければならないということになると、家族と患者さんの共倒れになる危険性が出てきます。本人は自宅での療養を希望するけれど、家族は『父ちゃんが帰って来ると、うちは大変だ』ということになる。日本人には『人に迷惑をかけたくない』という考え方があるので、なかなか患者さんのほうも自宅に戻りたいと主張できません。
現在在宅ケアの活動は訪問看護ステーションの看護師が中心ですが、この人材がまったく足りません。昨年看護師の対患者配置が7対1と決められたために、看護師はますます大病院へ集中して地域医療の担い手が足りなくなってしまいました。国の政策には矛盾があり、現在は緩和ケア医療の混乱期ではないかと思います」
岡部健医師は、こうした混乱が病院本位のシステムづくりから始まったからではないかと指摘している。
「これまでは病院から急性期医療がなくなれば療養型に移行し、それから医療の部分をとった特別養護老人ホームというふうに、引き算で組織をつくってきました。だから現在社会が混乱しているのです。患者さんがいた場合、この人に最低限何が必要なのかを足し算で考えていったらぜんぜん違うシステムになるでしょう。たとえば在宅の患者さんをケアするなかから連携するための介護施設は必要になってくるから、これを必要に応じてつくっていけばいい。このことに本気で一歩一歩取り組んでいけばいいわけです」
岡部医師は在宅緩和ケアを普及させるための課題をこう語っている。