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がん診療日誌 – 最終回

若者よ!統合医学の時代の戦士たれ

ホリスティック医療は知識と技術だけを中心にした医学ではない。
志の医療である。
そして新しい時代の統合医学は、
何よりもこの志を持った人材を必要としているのだ。

帯津良一 (おびつ・りょういち)
1936年埼玉県生まれ。東京大学医学部卒業。医学博士。東京大学第三外科、都立駒込病院外科医長などを経て、現在帯津三敬病院院長。専門は中医学と西洋 医学の結 合によるがん治療。世界医学気功学術会議副主席などを務める。著書に『がんを治す大事典』(二見書房)など多数

今回は最終回ということで、後藤学園出身のU君のことを書いてみたいと思います。

U君は現在、私の病院の中国室長です。どういう仕事をするのかというと、まず、中国語の翻訳と通訳です。一八年余にわたる中国との交流のなかで、友人も、関係する学会も年々増加の一途をたどっている私にとって、書簡の往来も多ければ、訪れる人も少なくはありません。時には原書を読む必要も生じれば、訪中することも年に3回は下りません。

というわけで、中国語に堪能な人が必要不可欠なのです。ところが、U君の中国語たるや半端じゃありません。中国で中国人に間違えられることはいつものことですし、学会の討論などで、彼が発言しはじめると、一瞬、会場が静まり返り、一斉に彼に注目します。

「何だ、こいつは? 日本人とばかり思っていたが。この中国語は何だ?」という感じです。U君の中国語はただ上手なだけではなく、折り目正しいのだと思います。基礎は北京留学九年間にあることは言うまでもありませんが、正しい中国語を身につけようとする日頃の努力の賜物でしょう。今でも、訪中のときの機内や車中で、彼が中国語の語学関係以外の書物を手にしているのを見たことがありません。


北京留学を終えて帰国したU君は、すぐに後藤学園に入学しました。北京中医学院を卒業しているとはいえ、日本で仕事をするためには日本の国家資格がなけれ ばならないということからだったのだと思いますが、本人に訊いたわけではありません。この時期に、彼の通訳に接する機会が何度かありました。私の発表の通 訳をしてくれたこともありました。

すばらしい通訳だと舌を巻いたものです。実に多くの通訳さんと、これまで付き合ってきましたが、中国医学に精通している人となると、そう多くはありませ ん。ホリスティック医学とかエントロピーとかを正確に訳してくれる人となるとほとんどいないと言ってよいでしょう。気功についても同じです。正確に痒いと ころに手が届くように訳してくれる人には滅多にお目にかかれません。だから、U君本人の口から聞いたことは一度もありませんでしたが、彼の気功についての 見識が只者ではないことは十分承知していました。

U君からの年賀状に「今年はいよいよ卒業です。どこかよい就職口はないでしょうか。」とあります。すぐに来てもらいました。

「どんなところを希望しているのですか。」
「場所はどんなところでもいいのです。中国語の勉強は続けるつもりですが、さしあたって、これで身を立てるつもりはありません。あくまでも中心ははり灸の臨床です。
しかし、気功も好きですので、同時に気功にも関係出来るようなところですとうれしいのですが。……」

「それだったら、うちの病院がいちばん向いているかもしれませんね。どうですか、うちへ来ませんか。」
「え! それは。……。それがいちばん、私にとってもありがたいことですが。……」

これで決まりです。

あれから5年。今ではわがホリスティック医療に欠かすことの出来ない立派な戦士に成長しました。

医療者にとっていちばん大事なのは志です。知識と技術が必要なことはもちろんですがそれだけだったら、単なる医学者であって、立派な医療者とは言えません。第一、経験してみればわかりますが、志がなければホリスティック医療は支えられるものではありません。

それはどのような志でしょう。
行住坐臥、つねに自らの内なる生命場のポテンシャルを高めていこうとする志です。
そして、患者さんの生命場に自分の生命場をしっかりと絡ませていこうとする志です。


最後に、何がなんでも患者さんの生命場のポテンシャルを高めてやるのだという志です。
この志があって、はじめて知識も技術も生きてくるのです。だから医療者にとっていちばん大事なのは、この志なのです。

さらに、知識といい技術といったって、私たちが現在手にしているそれは、生命の深さに比すれば、ごくごく浅いものです。この浅い知識と技術をわずかずつで もレベルアップして医療効果に結びつけていけるかどうかは、日々の医療現場での苦労にかかっています。その苦労に耐え、あるいは苦労を喜びに変えることの 出来るのも、この志なのです。

U君にはこの志があります。
この志があるからこそ、きわめて忙しい日常のなかで、弱音や愚痴を聞いたことがありません。週2回の私の病棟回診には必ず付いて、病棟の患者さんの状態を把握します。ここで新たな仕事が生まれます。はりの施術をし、ビワ葉温灸の指導、キネシオテープの貼り付け、毎週金曜日の朝の簡易外丹功の指導、患者さんの求めに応じて外気治療、週1回大勢の患者さんを道場に集めての組場帯功、心理療法のグループ主催による院内講演会での講演と席の温まる暇もありません。

その合い間をぬって、中国語関係の仕事をして、さらに、自分の仕事に役立つことと見るや貪欲に摂取しようとします。これはと見ると礼をつくして教えを乞いに行きます。これはなかなか出来るものではありません。

先日も、がんのイメージ療法で有名なアメリカのO・カール・サイモントン博士が来日し、東京でセミナーを開きました。私の病院の心理療法士のFさんが参加したのは知っていました。これに実はU君も参加していたのです。このことはあとで知りました。私の知人の心理療法関係の人が、「お宅の気功師のUさんがサイモントン博士のセミナーで、何か質問していましたよ。おどろきましたよ。」というのです。

私のほうこそ、おどろいてしまいました。U君に糺しました。


「いやぁ、気功とサイモントン博士のイメージ療法は何か重なるところがありますから。それに、患者さんがサイモントン療法に精通しているのに、医療者の私が勉強していないのでは申し訳ないですからね。」
「受講料もけっこう高かったのじゃないの?」]

「そうですね。高いと言えば高いですね。○○万円ですから。」
「言ってくれればよかったのに。」

「でも、何でも習い事は自腹を切らないと熱心にやりませんから。」

大した男です。
だから患者さんに好かれるのです。

これからの医療は患者さんと医療者の双方の”場“の絡み合いです。患者さんだって、好感のもてない医療者の場のなかには入っては来ません。患者さんに好かれないような人では仕事にも何もなるものではありません。

欧米では近代西洋医学以外の医学をすべて補完・代替医学という枠組みに捉えています。はり灸も気功もこの枠組みに入ります。そして欧米ではこの補完・代替医学が力をつけてきて、今や近代西洋医学との統合医学の時代を迎えようとしています。

統合とは単なる足し算ではありません。積分なのです。双方の医学をばらばらにして、新しい体系医学を作ることなのです。

その新生統合医学がいちばん必要としているのは、何よりもU君のような人材なのです。