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スピリチュアルケアマインド最前線

スピリチュアルケアマインドの最前線

医療技術が日進月歩する中で、医療はもっぱら身体的疾病への挑戦を重視してきた。なかでも現代医学は感染症やがんなどの治療にその力を発揮してきた。しかしその身体的苦痛を取り去るばかりではなく、心の痛みや生きることの意味を見失っておこる痛みなどを抜きにしては本当に人を癒すことにはならないのでは、と考える医療人や宗教人が声を上げ始めている。それらは、病院の施設ばかりではなく、在宅医療の現場や介護施設などにおいて全人的な関わりの中で「スピリチュアルケアマインド」を持つ医療としてすでに試み始められている。まだ静かな声ではあるが患者やその家族たちからも共感の輪が広がり始めている。最前線で活躍する人びとを訪ねスピリチュアルケアマインドのあり方を問う。

寄り添い、言葉に耳を傾ける

人は誰もいつの日か、いのちの危機に陥る。痛みや苦しみや不安の中で孤独を感じながら自分がそれまで生きてきた道筋を振り返るだろう。健康に過ごしていた生活の中では気づかなかったことに、初めて気づくということも少なくない。それまでの自分に力を与えてくれたものの存在に気づき、心の中で叫び声を上げる。

「ああ、自分がこれまで頑張ってこられたのも、家族や友人があったからこそだった…」

そんな時、しっかりとそばに寄り添い、心の叫びに耳を傾けてくれる人がいれば、孤独の不安から逃れられて、どれほどの救いになることだろう。「これでよかったのだ」という納得が、心を穏やかにしてくれる。

これまで医療人は、もっぱら病む人の身体の痛みに注目し、それを治す「キュア」を目的としてきた。さらに落ち込んでいる心をなんとか持ち上げて、立ち直らせようとする「キュア」もあっただろう。キュアは「疾病の原因を除去すること」だ。

しかし、だからこそ一方で、もう治らない人や治らないと思っている人へのスピリチュアルな問題を忘れがちだったのかもしれない。スピリチュアルケアとは病気は受容するが、心のあり方を変えて生きていけるように支援することだ。特にそういった患者さんや家族と身近に寄り添うコメディカルに対して、時代はキュアだけでなく魂の痛みを和らげるためのケア=スピリチュアルケアマインドを求めるようになってきた。

「隙間」のないチーム医療へ

治らない病気にかかった患者は、身体的苦痛、精神的苦痛、仕事や経済上の問題などの社会的苦痛のほか、スピリチュアルペイン(魂の痛み)も含めた全人的苦痛に出会うとされている。チーム医療の中では、これら四種の苦痛はそれぞれ各専門領域が分担して患者の全体の生活を支えるように考えられてきた。

しかし、このように細分化されたケアでは、とかく専門技術志向になりがちで統合された連携が損なわれ、そのため患者はしばしば医療の「隙間」に落ち込むことが多かったのだ。そこでスピリチュアルケアのためには、コメディカルの協力ネットワークが不可欠と考えられるようなってきた。医師を中心に、看護師、鍼灸師、マッサージ師、介護士、医療ソーシャルワーカー、理学療法士、ボランティア、チャプレンやビハーラ僧、代替医療のセラピストなどが密接に連携し、多面的に患者や家族を支える仕組みを作っていくことが求められている。

もちろんこうしたチームケアは、病院や施設だけではなく、今後日本で急速に拡大していくと考えられる在宅医療の中にも取り入れられていかなければならない。すでにその先端を走っている訪問看護師などの間では、独自にスピリチュアルケアを実践して「隙間」を生み出さないよう工夫している例も見られる。スピリチュアルケアは専門職によってのみ実践されるものではなく、家族と協力することで日常生活の場でも実践できる部分があるのだ。

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病む人と癒しを共感する

病む人は、自分の話すことを誰かに聞いてもらっているうちに、元気だった頃の豊かな感情、理性的な考え方、生きる意欲を取り戻していく。そして、「まだ自分には今できることがある」という自信に気づくことだろう。スピリチュアルケアには、「あなたの言うことをちゃんと聴いていますよ」という人の存在が欠かせない。

コメデカルスタッフにはそう言った資質が求められるようになってきている。

寄り添う人たちの生きてきた人生を理解し、良きコミュニケーションをとりながら専門の鍼灸やマッサージの手技療法を行いキュアとケアの両面からアプローチする鍼灸マッサージ。

若い頃よく口ずさんでいた歌や好きだったレコードで繰り返し聞いていた音楽を思い出してもらい楽しかった時代を共有する音楽療法。

ストレスを和らげる作用があるといわれるアロマテラピーの精油の香りも、患者の良き思い出を誘うように調合することで、病むこころに力を与えてくれるだろう。

これまではスタンダードな医療に入らなかったこうした代替医療から、患者は新たな力を受け取ることができるかもしれない。これらは、トータルとしてスピリチュアルケアの効果を高める上で良きツールになりうる。こうしたツールを提供できれば、病む人に対して「あなたを理解したい」というメッセージを、よりしっかり届けられるのではないだろうか。

スピリチュアルケアの実践には、必ずしも相手のこころを考えたり癒したりすることを意識する必要はない。大切なのは、相手を理解し、「分かってもらえた」という実感を持ってもらうことではないだろうか。スピリチュアルケアは、病む人を救済するものであるだけではなく、ケアする側もともに癒されていくものなのかもしれない。

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「ありがとう」という思いで見送る

臨床の現場でのスピリチュアルケアは、ケアする側とされる側の関わりはそれほど長期間ではない。短ければわずか数日で別れが訪れるということも珍しくないだろう。その限られた時間の中で、その人の存在と生きる意味を支えるためのケアが行われている。

もちろん旅立つ人がいれば、その残された遺族や知人は、著しく悲嘆に暮れ、落ち込むということが多い。そうした人たちに対してグリーフケア(死別の悲しみを癒すケア)を行うことも、スピリチュアルケアの大切なテーマの一つとなってきた。ここで行われるのはあくまでも、残された人たちの苦しみを取り除くというキュアではない。

グリーフケアを実践する在宅看護師は、花束を持って妻に先立たれた初老の夫のもとにグリーフケアのために訪れた。その時のことをこう伝える。

「ご主人は本当に奥様を愛されていてがん闘病の折も、いつも自宅で付きっきりで介護をしていました。奥様もとてもご主人を頼りにされていました。奥様が亡くなって、ご主人は責任感を喪失し、広い家で一人すごして居られました。奥様の部屋は片付けられておらず、生前のままでした。『私はいまこんなに寂しい思いをしているのに、話し合う妻も今はもうなく、祭壇に飾られている。妻の笑っている写真を見ることもできない』とおっしゃいます。お話に耳を傾けながら『奥様はお花が好きでしたね、持ってきたお花を活けましょうね』と言うと花瓶を捜してくれました。祭壇に花が飾られると『本当に花が好きでした』と奥様と楽しく過ごした花の思い出を語って下さいました」

残された人が苦しみを背負いながらも、故人を「ありがとう」という思いで見送り、新たに生きていくことができるように支えていくケアだ。

さらにスピリチュアルケアは、終末期患者や家族だけを対象として行われるものとは限らない。様々な環境の中で、生きる意味を失ったり、自分の価値を認められなくなった人など、自分の生に苦痛を抱くようになった人たちを対象としたスピリチュアルケアも、これからますます重要になっていくはずだ。これから医療・看護・介護行為の一つとして、スピリチュアルケアが実施されることは当然のこととなっていくだろう。

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音楽療法

片山はるみさん(兵庫県音楽療法士会所属)

「さあ、今日は何のお歌から始めますか?」お年寄りたちに大きな声で話しかけていく。なかにみんなの輪に加わろうとしない車椅子の女性が。その人のそばに寄って目線の高さを合わせ、しゃがみこむ。「どうしたの?今日一緒に歌えるのを楽しみにしていたのに」と微笑みかける。何かを刺激されたのか、自ら車を操作して輪に加わった。「今日は芦屋川の桜がもう咲きかけていましたよ」との話に、みんなの表情がパッと明るくなる。「さくらさくら」の歌に合わせて、それぞれが自分の好きな動作を取り入れながら動く。いざやいざや見に行かん…。一人ひとりが自分のいちばん美しい桜を表現しようとしているようだった(芦屋市の医療法人慶仁会が運営する介護老人保健施設「マイライフ芦屋」にて)。

アロマセラピー

森本俊子さん(アロマセラピスト)

「今日は柑橘系はどう?オレンジにします?」目をつむったまま、患者は小さくうなずいた。本場イギリスでアロマ・マッサージを学んだという。「香りが少しでも患者さんの苦痛を和らげるのに役立てば」と考え続けてきた。精油には、たんに「心地いい」という精神的な作用のほか、様々な薬理作用が知られる。痛みのほか、眠れない、食欲不振、悪心、しびれ、殺菌など訴えや希望に応じて、数十種類のオイルを使い分ける。「本当に気持ちがいい」「ありがとう」とつぶやくような声。亡くなるその日まで治療を受け、感謝の気持ちを伝えて逝った人が何人かいる(在宅医療に取り組む横浜市の「福澤クリニック」の患者宅にて)。

リンパ浮腫マッサージ

宮岡直美さん(看護師)

「ああ、ラクになるわ。身体だけでなく、気持ちまで…」治療台の上で、50代の患者が気分を伝える。大頭信義院長とともに20年以上、在宅の終末期患者のケアに当たってきた中野朝恵看護師がむくみに苦しむ多くの症例を見て、自発的にリンパドレナージ療法を修得、このケアを導入した。通院可能な患者には、週1回の外来で対応しているが、遠方から往復にまる一日かけて来院する人もいる。乳がん手術後の浮腫に悩んでいた患者は、「むくみが引いてきたら、家族も『明るくなったね』と言ってくれました」と礼を述べた(在宅医療の草分けとして知られる姫路市の「だいとう循環器クリニック」のリンパ浮腫外来にて)。

パクスの会

パスク(PASCH)は英語のProfessional Association for Spiritual Care and Healthの頭文字をとった言葉。2ヶ月に1度くらいのペースで、スピリチュアルケアに取り組んだり、関心を持つ人たちが集まり、語り合う。僧侶、牧師、大学教員、仏教系やキリスト教系大学の大学院生、あるいは宗教とは関係のない私立・国公立大学の大学院生、看護師、音楽療法士、医師、ソーシャルワーカー、心理療法士など、顔ぶれはじつに多彩。ある人は末期がん患者の魂のケアに携わった経験を語り、また「将来、そんな働きに関わりたい」という若者の希望が語られ、あるいは海外の臨床報告もなされる。多くの日本人が話題から遠ざけがちな「生と死」というテーマが、数時間にわたって熱心に語られ続ける(JR大阪駅近くの会場にて)。

仏教ホスピスの会

伝統仏教超宗派によって構成される仏教情報センターが毎月1回、開催する「いのちを見つめる集い」。各方面から招いた講師による講演で広く仏教の精神を、聞き、思い、修得するとともに、参加者同士が語り合って出会いを喜び、ふれ合いを楽しみ、支え合い、手を差し伸べ合う機会が設けられている。元気な人と病む人の区別なく、ともに生老病死を語り見つめ直そうとする。医療と宗教、あるいは生と死に分断されてきた「いのち」が、その境界を超えて語られる(東京都荒川区の名刹「泊船軒」で行われた第181回『いのちを見つめる集い』)。

スピリチュアルケア教育プログラム

臨床スピリチュアルケア研究会が行っているスピリチュアルケアワーカー養成のための研修会。ホスピス、一般病院、老人施設などで働く人がスピリチュアルケアの専門家を目指して一週間にわたる教育プログラムに参加する。病院では患者あるいは病院職員たちを相手にした実習の場も提供されており、その人が自分を肯定し前向きに生きていけるための援助の方法が洗練されてゆく(大阪府・市立堺病院で行われた研修会)。

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