黄巾の乱を引き起こした張角は、その昔、深山で仙人から仙術を伝授されたという。
その深山をイメージさせるにふさわしい泰山は、薬草の山であり、そこに育まれた薬草は特に薬効があるという。
岡田明彦
天に通じる山といわれる泰山日本でもロングセラーとして愛読されている『三国志演義』は、晋の陳寿が著した正史『三国志』を元にして、中国が元から明へと移行する騒乱の時期に、羅貫中によって、さまざまな民間伝承を採り入れ書かれた小説である。
時代背景は遥か遡って後漢末期から三国鼎立時代を舞台に、蜀漢を興した劉備、関羽、張飛、稀代の智将といわれる諸葛孔明を中心に、現代にも通じる人間模様が 展開されている。この小説「七実三虚」といって、七割の真実と三割のフィクションから構成されているといわれ、作者の羅貫中については、14世紀中頃の人 としか分かっていない。
山頂の道教寺院、碧霞祠しかし、三国志演義を読むにつれて作者の医学知識の賢学ぶりが随所に見受けられ、当時の医学者が書いた小説ではないかとさえ思われる。後漢という時代は、 中国医学が飛躍的に発展した頃で、世界最古の薬学事典『神農本草経』や鍼灸医学の聖典『黄帝内経』が編纂され、華佗や張仲景などの医師たちが活躍した時代 でもある。日本で中国医学を漢方と呼ぶのは、この時代の医学を総称しているからである。
『三国志演義』に隠喩された医療の世界を求めながら、三国志の英雄、劉備、関羽、張飛、諸葛孔明の足跡を巡る旅を始めよう。
深山に入り薬草を採る
『三国志演義』第1回目に、鉅鹿郡(現河北省)の張角という男が山に入り、薬草を探すくだりがある。薬草を探しているうちに南華老仙という仙人に出会い、洞窟の中で『太平要術』という天書三巻を授けられる。この術を修得した張角は、疫病が流行ったとき、呪符を書いたり、呪水を患者に飲ませて病を治し、人心を掌握し、黄巾の乱を引き起こす。ここに古代の巫術や薬草を使った原初的道教の医術の方法が垣間見られる。
張角を首領とする黄巾軍が根を張った青州(現山東省)に、張角が薬草を採りに入った深山をイメージする山がある。天に通じる山、泰山である。秦の始皇帝が封禅を行った処で、山頂には碧霞祠という道教寺院がある。
そこでは、今でも道士たちが昔と変わらぬ修養の生活をしている。泰山の天に昇る階段と呼ばれる十八盤路で出会った薬草売りは、泰山で育まれた薬草は特に効き目があると昔からいわれており、泰山は薬草の宝庫だと教えてくれた。