日照り続きのため、関羽が腰の剣を地に突き刺し天に水ごいをすると、
剣先から水が湧き出した。
今もその水は涸れることなく霊水として崇められているという
岡田明彦
四合院作りの卓刀泉寺(湖北省武漢市)
中国の旅をしていると、中国人にはあまり生水を飲む習慣がないのに気づく。汽車に乗っていても、食堂に入っても、たいてい魔法瓶に入ったお湯とお茶が出てくる。
日本を出るときも、家人から旅先の生水に気をつけるようにとよくいわれたものだが、中国人も水のことは、よく熟知していて、生水は身体に良くないとあちらこちらで注意を受けた。その理由を訊くと、中国の水が一般的に硬水であるのと、衛生上の問題があること、養生的側面からみた身体を冷やすことへの注意だった。
山門を入ると関羽の像が祀られていた
自然環境と生活習慣が変わるとさまざまな疾病を引き起こすことは、昔から医学書にも記載されていて、水あたりから来る疫病には細心の注意がはらわれていた と思われる。『三国志演義』の中でも、当時の将軍たちが数多くの兵士や軍馬を引き連れて戦いをしなければならず、戦場での安全な水の確保には苦心した様子 がうかがわれる。
『三国志』の足跡を訪ねる旅をしていると、各地で関羽、劉備、曹操、孔明にまつわる水のエピソードを何度も聴かされた。
卓刀泉の水は生水でもあたらないと僧侶はいう(湖北省武漢市)湖北省武漢市の伏虎山というところで、関羽が発見した湧き水に出会った。伝えられるところによると、関羽は戦いのため強行軍をしていたが、日照りが続き渇き切った兵や軍馬が一歩も進めなくなってしまった。困り果てた関羽は、腰の剣を地に突き刺し、天に水ごいの祈りを捧げると驚いたことに、突き刺した剣先から水がこんこんと湧き出し、難を逃れたのだという。今でもその水は涸れることなく、「卓刀泉」と呼ばれ、霊水として崇められている。訪れるとそこには古い四合院造りの卓刀泉寺が建てられていた。
廟の中庭に入ると丸石をくり抜いた井戸口があり、卓刀泉と鮮やかな朱文字が刻まれていた。この井戸の石碑には「夏は冷たく冬温かく、味は甘く、色は淡い碧で病を治すのに霊験あらたなり」とあり、つるべで水を汲んで飲んでみるとほんのりと甘い味がした。