昨年4月の診療報酬改定が看護師不足に拍車をかけているという。
ただでさえ厳しい労働環境の中で、看護師が抱える悩みと問題とは。
吉村克己(ルポライター)
深刻な看護師不足
2006年4月から実施された診療報酬改定がリハビリを厳しい状況に追い込んだことは前号で書いたが、看護の分野にも大きな影響を与えている。
この改定では、病院に対して「7対1入院基本料」が新設された。これは、入院患者7人に対して看護職員の配置基準を1人とするものだ。それでは、これまでの基準はどうだったのか。
その経緯がよく分かるのが、聖路加看護大学が市民と看護職を結ぶコミュニティサイトとして運営している「看護ネット」だ。
このサイトの「看護を知ろう」というコーナー内「いい看護を受けるための豆知識」の「第一章入院編」を見ると、過去の人員配置基準について解説してある。
それによると、1988年の基準は「2対1」だったという。では、昨年の改定で大幅に基準の質を低下させたのかと思いきや、実はここでいう看護職の人数は実際に働いている看護職の数ではなく、「雇用されている看護職の数」だという。
これでは本当の配置人数がわからないという指摘を受け、2006年から働いている看護職の数を表記することになった。その結果、「2対1」は「10対1」に変わったというのだからあきれてものが言えない。これでは何のための「基準」なのか。
ともかく、この基準が昨年4月から正常化され、「急性期入院医療」のために、「7対1入院基本料」という制度が導入された。看護師の負担を減らして、とくに急性期の看護の質を高めようという狙いで、それは正しい改善の方向だと思う。
ところが、これが思わぬ結果を呼ぶ。大学病院など大手病院の多くがこの基準を満たすために、看護師の積極的な募集活動を行ったことから、地方や中小病院が深刻な看護師不足に悩まされるようになったのだ。
日本医師会が2006年10月に実施した「看護職員の需給に関する調査」によれば、調査当時10対1の病院は約52%、7対1は約11%だが、2009年度までに300床以上の病院の六割を七対一にすることが予定されており、そのため、二〇〇八年四月までに約七万人の看護師・准看護師が不足するという。
ところが、過去五年の病院勤務の看護師・准看護師の増加は平均で年間約1万人だ。従来より七倍もの人員を1年間で養成することは不可能であり、看護職を奪い合うという結果になることは明らかだろう。
この調査では給与比較も行っているが、公立病院と個人病院の間では給与の格差が1.4倍もあり、中小や個人病院から大病院に看護職員が動いてしまうのもやむを得ないと思われる。
理想と現実のジレンマ
OLから看護師に転職した「たび猫」さんのサイト「OLから看護師への転職記」には看護師が直面する厳しい仕事の様子が日記として描かれている。
たび猫さんはOL時代に健康の大切さを痛感し、一大奮起して看護師を目指したのだという。
現在は看護師になって4年目だが、人命を預かるというプレッシャーと多忙さ、先輩護師の厳しさに参ってしまった。帰宅は夜中の12時過ぎ、起床は朝の5時半という日々が続き、ナースコールの幻聴や悪夢に悩まされ、孤独感から自殺まで考えたという。
その中にあって、患者やその家族から喜ばれ、励まされたことで続けることができたという。たび猫さんはこう語る。
「忙しさで、ともすると患者さんにとってよい看護を提供するというよりも、とにかく自分の仕事をこなすということになってしまう恐れがある。自分の理想の看護をしたいのにできないというジレンマが今の医療にはあると思う。勤務状況は過酷で、自分が病人になってしまうのではないかと思うときもよくある」
たび猫さんは看護師不足の問題を指摘し、「絶対にミスが許されない職種にも関わらず、ミスが起きてもおかしくない勤務状況になっている」と警告する。
看護師の多忙さは過労死問題も引き起こしている。
村上優子さんは国立病院で看護師として勤務していた2001年に25歳の若さながらクモ膜下出血で亡くなった。3交替の不規則勤務で月80時間以上の残業を続け、十分に眠ることのできない日々の中、「とりあえず帰ってきました。とにかく眠すぎる」という友人宛の携帯電話のメールを残して倒れた。
その経緯は「看護師・村上優子さんの過労死認定・裁判を支援する会」のサイトに詳しく載っている。
両親は労災認定の取り組みと安全配慮義務違反で国を訴える裁判を起こしたが、大阪地裁は過労死を認めず控訴。しかし、今年2月に大阪高裁も控訴棄却の判決を下したため、現在、最高裁へ上告している。
早急に看護職の養成を強化しなければ、7対1入院基本料によって中小・個人病院の看護職はますます追いつめられてしまう。
インターネットの可能性
インターネット上の調査である「gooサーチ」が2005年11月に発表した「看護師の就業意識に関する調査」によると、66%が「やりがいを感じるが、仕事へは不満がある」と答えた。
インターネットの調査なので、若い看護師の回答が多く、その8割が20~30代だ。これから看護の現場を背負うべき、彼らがこうした意識を持っている。
不満の内容は「労働がきつい(体力的に重労働)」が約45%、「同じ職場の人間関係が悪い」が約41%。また、医療過誤の原因は「医師と看護師(あるいは看護師同士)のコミュニケーション不足」と「看護師が忙しすぎて注意力が落ちている」がともに約七六%で最も多かった。
転職経験も多く、約60%が「転職をした経験」があり、「転職を考えたことがある」のも30%と、90%が転職に肯定的だ。
この調査からすると、多忙さと同時に病院内の人間関係やコミュニケーションに問題があり、医療過誤の原因になったり、やりがいを減退させる原因になっていることが分かる。
前述のたび猫さんも「看護師からサイトに寄せられる相談メールの内容は命を扱うという仕事のプレッシャーがとても多く、あとは人間関係の悩みもとても多いです。仕事上、看護師は先輩から厳しく育てられる傾向にあり、それで悩んでしまう新人看護師が多いのです」という。
「ナースの泉」というサイトを運営する男性看護師の「泉屋さん」は「ときどき寄せられる不満のコーナーなどは人間関係に起因するものが多いようです」と語る。
「ナースの泉」には、「ナース専用掲示板」があるが、その中の「不満・怒り・叫び」のコーナーでは、職場での人間関係の怒りの声が渦巻いている。
泉屋さんは看護師が抱える問題についてこう語る。
「海外に比べスタッフ数があまりに少ないのがネックだと感じます。5年ぐらい前の資料では欧米の3分の1~5分の1の数でした。そういう状況で欧米のスキルや考え方を取り入れて同じことができるように取り組んでいるわけですから、無理が出てくるところもあります」
泉屋さんはサイトを開設した理由を「インターネットが看護研究に大きな力を持つことになるという話を聞いたから」と述べているが、まじめな看護師の多くは看護技術を向上させたいと思っている。ところが、忙しさや先輩看護師の指導力の不足などから不満を募らせているようだ。しかし、本来は技術やノウハウを教える立場の看護師も忙しさで、そんな余裕がないのだろう。
前述の「看護師の就業意識に関する調査」では、情報やアドバイスを入手したい相手として、「他の病院で働く看護師」が88%を占め、「同じ病院の医師・看護師」はその半分以下の36%程度しかない。
勤務先の病院への失望とも思えるが、いずれにせよ、今後、病院経営者や監督官庁はインターネットなどを活用して病院間での情報交換やノウハウの共有を図ることが求められるだろう。