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「健康とは何か」を考える – 2

メタボ神話に惑わされず「自分は元気だ」とポジティブに考えることで健康を呼ぶ

ま るでメタボリックシンドロームが健康破壊の根源であるかのようにいわれ、肥満敵視策がまかり通っている。ところが、日本人の長寿化は肥満がもたらしたもの であり、現在の平均的日本人はけっして太ってはいない。首都大学東京・大学院都市システム科学専攻教授の星旦二さんに、メタボ神話の正体とそれに隠されて 見えなくなっている本物の健康のありようについてうかがう。

星 旦二

1978 年、福島県立医科大学卒業後、東京大学医学部公衆衛学研修室に入学し医学博士号を取得。厚生労働省健康日本21計画策定委員会委員など各種公職を歴任。現 在、首都大学東京・大学院都市システム科学専攻教授。専門は公衆衛生学、健康政策学、予防医学。著書に『公衆衛生』(医学書院)、『高等学校保健体育教科 書』(大修館書店)。

肥満より痩せが危ない

「現在いわれているメタボリックシンドロームは陰謀です。エビデンス(科学的根拠)的には小太りが最も長生き。メタボ対策は病気予防ではなく、病人探しになってしまっています」
肥満にさまざまな生活習慣病が合併したメタボリックシンドロームが日本人の健康を脅かしていると、あたかも常識のようにいわれている。これに対して星さんは歯切れよく「常識のウソ」を指摘する。
「現 在の日本で肥満が増えていることは事実です。BMI(肥満度指数 体重〈キロ〉を身長〈メートル〉の2乗で割った数字。日本では22が標準、25以上が肥満とされる)は1950年前後から年々増え続けてきました。が、そ れで日本人の寿命は短くなってきたでしょうか? 肥満が圧倒的に増えているのに、死亡率は6分の1に減っているのです。これだけでも論理矛盾があるといえ ます。じつは肥満こそ長生きのもとなのです」(図1)
星さんらの調査では、男性ではBMI24~27未満群の死亡率が最も低く、BMI19未満群 の死亡率が最も高い。女性では、BMI25~27未満群の死亡率が最も低く、男性と同様にBMI19未満群の死亡率が最も高いことがわかった。そして肥満 が蔓延しているかのようにいわれる日本の中でも20代、30代では例外で、BMIが小さすぎる傾向にある。女子高校生などはBMI19を切っていながら 「もっと痩せたい」という要望が強い。星さんによれば「むしろ若年の痩せが大きな健康問題」なのである。
「若い女性はこれから元気な子供を産んで 豊かな環境で育てていかなければならないはず。今のままではそれが困難になるし、自分がお婆ちゃんになるころには足腰が弱ってつらいことになるでしょう。 欧米では、痩せすぎモデルのファッションショーへの出演禁止という動きが広がっています。そういうことが日本ではあまり伝えられていません。そもそも私た ちの国には肥満が多いというのもウソです。日本人の中で世界基準で健康が問題になるような肥満者は0.3%しかいません。日本ではじつは痩せが多いことが 問題のはずなのです」
世界の基準で寿命を縮めるような肥満はBMI35以上とされている。BMI35の人は、たとえば身長1.8メートルで体重 113キロ、1.7メートルで101キロ、1.6メートルで90キロになってしまう。たしかにこんな巨体は日本ではほとんどお目にかからない。「高齢者を 対象にした私たちの調査でも、BMI19に届かない痩せの人は寿命が短くなることが明らかです。高齢者は太るべきであり、少なくとも体重を減少させるべき ではありません」

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コレステロールも血圧も治療しすぎ

メ タボリックシンドロームで、肥満と合併することが多い高コレステロール血症もあまり怖がる必要はなさそうだ。そもそもコレステロールは身体の構成に必要 な物質であり、総コレステロール値が高いほど死亡率が低いことがわかっている。コレスレテロールは、骨を丈夫にするビタミンDの材料となるため腰が曲がる のを防ぎ、細胞壁の材料となって美肌づくりに貢献し、破裂しにくい強い血管を作るのだ。
「研究者はあたかもコレステロール値を下げることが健康的であるかのように言いますが、彼らの研究には企業からの協力もあるので、当然、彼らの意見は、人々にコレステロール低下薬を飲ませようというバイアス(かたより)がかかったものになるでしょう」
血圧治療でも同じようなことがいえる。日本では高血圧症に対する降圧剤投与の基準が年を追って変わってきている、という不思議な事実に注目しなければならない。(図2)
「血圧は年齢とともに上がってくるのが当たり前です。ですから2000年までは薬を処方する血圧の基準値を年齢別に分けていたのですが、それを外してしまいました。
2008 年度からの特定健診では、年齢にかかわらず130/85(mmHg)という基準が使われています。ところが世界の基準は180/110であり、これを上回 らないと薬は出ません。日本の医者の99%はそんなことを分かっていますが、今のしくみでは低い基準でどんどん薬を出せるようになっています。
日本は一国でインフルエンザ治療薬のタミフルを、全世界の生産量の8割消費しています。コレステロール低下薬や降圧剤も、日本が世界の半分近くを使っているといわれるのです。
降 圧剤は180/110以上なら必要ですが、日本人で降圧剤を飲んでいる100人のうち90人はそれが不要ではないかと私は考えています」 私たちは、メタ ボリックシンドロームを進行させると動脈硬化が進み心筋梗塞などの虚血性心疾患に結びつく、と聞かされている。それなら、そうした病気は本当に身近な脅威 となっているのだろうか。星さんはこの点についても否定する。
「たとえば40代の女性が1万人いる中で、心筋梗塞で死ぬ人は1年間に1人くらいの 割合です。これが男性だと1万人につき五人となりますが、その主な理由はメタボではなく喫煙です。80~85歳の男性1000人のうち、虚血性心疾患で死 亡する人は年間で9・3人で
す。人はそんなに簡単に死ぬものではありません。動脈硬化そのものは小学生のうちから始まっていますが、その結果として80歳 台になっても1000人のうち、990人は心筋梗塞で死亡していないという事実があります。ですから基本的に薬などいらないことになります」

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「手厚い介護」で寝たきりが増える

今 日我々がよく用いるようになった「生活習慣病」という言葉は、アメリカリフォルニア大学のブレスロー博士らが1973年に追跡調査した日常生活習慣と生存 との関連研究を、星さんらが翻訳して初めて日本に紹介したものだ。好ましい生活習慣を持つ人が健康で長生きすることは、科学的にも証明されるようになって いる。
「大事なのは国民がもっと正しい知識を身につけることです。生活習慣の中で健康に最も害を及ぼすのは喫煙であり、子供のころから将来たばこ を吸わないようしつけなければなりません。肺がん死を避けるには、喫煙しながら肺がん検診を受けるより、禁煙したほうがずっと確実性が高いといえます」
生 活習慣という意味では、生きる姿勢も健康の大切な要素となっている。アメリカのイエール大学医学部公衆衛生の教授ベッカ・レービーらが、50歳以上の人 660名を23年間追跡調査した結果、「自分は健康だ」「生きがいを持っている」と老化に対するポジティブな見方を持つ人は死亡率が低く、ネガティブな人 より平均7・5年長生きすることがわかった。
「私たちは、『自分は足腰が丈夫』という生活能力と、『私は健康だ』という主観的な健康感は、どちら が原因でどちらが結果かを検討しました。『にわとりと卵』の関係のように分かりにくい問題ですが、結論は後者のほうが原因であることが分かったのです。す なわち生活能力の維持には主観的な健康感が大切ということになります。自分が健康と感じることができ、人生に満足している人が、3年後も足腰の丈夫さを保 つことができるわけです。『自分はこうしよう』という夢を持ち続けるということが長生きに結びつきます。高齢者の健康のために大切なのは、口紅、化粧、身 だしなみであり、財布を嫁に預けず自己管理することです。一方、薬漬けにするほどかえって早く死ぬことになるのです」
星さんは要介護者の割合が全国の都道府県で格差があることに注目し、その背景を探った。その結果、「介護保険サービスを受けると高齢者の生存率は低下する」という衝撃的な実態が浮上した。

「寝 たきりの時間が短い〝ピンピンコロリ〟が多い代表は長野県で、ここには特養(特別養護老人施設)も病院も多くありません。病院が最も少ないのは山梨県 と千葉県、茨城県ですが、ここも寝たきりは少ない。寝たきりが多いのは沖縄県、福岡県、高知県などで、これらの県は特養が多い。すなわち病院の病床数が増 えれば増えるほど寝たきりが増え、病院が寝たきりを作っている可能性が高いことが分かりました。これには背景がもう一つあって、日本の病院の入院期間が世 界標準の4倍も長いということがあります。長い間病床から動かず点滴を受け続けていれば寝たきりが作られるのは当然です。さらにもう一つ、副作用のリスク が高まる薬の多用ということがあるわけです。また、面白いのは高齢者が最も仕事をしていないのは沖縄県で、いちばん働いているのは長野県だと分かったこと です。こうしたことから、病院や高齢者施設が寝たきりを作り出しているかもしれない、あるいは就労率が寝たきりを予防しているかもしれないといったことが うかがわれました」(図3)

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代替医療の採用は先進国の流れ

星さんが18年間飼っていた犬が、認知症状態に陥ってしまったことがある。このとき、家族がネコをもらってきて一緒にさせると、犬は遊び相手にするようになり病気が治ってしまった。星さんはこれを見て、「健康であるためには役割を持つことが大事」と再認識したという。
「高校生は学校が楽しければ酒やたばこに手を出しません。夢を持って充実した豊かな学校生活を送っているという自己肯定感が大切です。高齢者が元気で長生きす るためにも、夢を持ってできるだけ自分の力で生活することが大きな力になります。ですから夢を持てるしくみを作ることこそ大事です。がんの末期でも、病院 は『これ以上治療の手立てはありません』といったことを告げてしまうことがありますが、そうではありません。これから新開発の抗がん剤治療を選ぶとか、鍼 やモルヒネを使って痛みを抑えるとか、旅行に出かけたりするとか、終末期を迎えるためにやるべきことはあれもこれもいろいろあります。大切なのは多様な選 択肢と正しい情報の提供です。国はそうした情報開示が行われるよう公的責任を果たす必要があります」
これまで情報開示は医師などの専門家を中心と して行われてきた。そして情報収集は本人まかせ、家族まかせにされており、あげくにどこでどんな治療を受けたらいいかとさ迷う「がん難民」が出たり、肺が ん検診、胃がん検診などエビデンスのない無効ながん検診に殺到し、乳がんのマンモグラフィ検診、大腸がんの便潜血検診といった有効ながん検診が敬遠される という現象が生じている。しかし、世界の流れは医療者にも住民にも平等に情報開示される方向に進んでおり、国はそれが適正に行われるよう指導する役割を 担っている。
「日本だけが徹底して薬依存、医療依存の方向に動いていますが、先進諸国が健康づくりのために利用しているのは代替医療です。鍼灸、 カイロプラクティック、温泉療法、森林療法、エステ、笑い、ヨガ、手当てという代替医療がどんどん取り入れられています。これらは生活に取り入れられる医 療です。健康づくりに大切なのはまず生活であり、『生きていて幸せ』と感謝する気持ちです」