コメディカルのスピリチュアリティを研ぎ澄ますために
医療現場でのスピリチュアルケアへの関心の高まりとともに、高野山大学をはじめスピリチュアルケア関連の学科や科目を設ける大学が増えている。その多くは宗教系の大学である。その中で、学校法人・後藤学園では2年後の看護と理学療法を核とした大学(神奈川県横須賀市)の創立に向けて、スピリチュアルケアを教育のひとつの柱とする構想が具体化されようとしている。同学園の大学設置準備室長である三澤久恵さんに、考え方の一端を伺った。
三澤久恵(みさわ・ひさえ)
学校法人後藤学園大学設置準備室長。博士(老年学)。東京大学医学部保健学科などで看護を学び、医療現場で看護師としての経験を積む一方、さいたま市立高等看護学院や共立女子短期大学などで看護師養成教育に長年携わってきた。昨年から現職。
看護の延長上にスピリチュアルケアがある
日本でスピリチュアルケアが広く関心を持たれるようになったのは、1998年WHOの「健康の定義」案に、spiritualの文字が加えられたときからである。看護師として医療現場での経験を持ち、長く看護教育に携わってきた三澤さんも、スピリチュアリティの問題に関わるようになったのは10年ほど前からだ。それまで看護師として、また学生と病院や特養ホームを訪問する中で、看護の対象の中でも高齢者に関心を持った。
「高齢者の方が生きてきた信念って一体何だろう、生きるとはどういうことだろうと、ずっと気になっていました。ある時、生きる根本にあるスピリチュアリティというものにぶち当たったのです。患者さんや高齢者の方が、『夜中になると寂しくて歌を歌っているの。歌が途切れると一人で踊っているの』とか『何で私だけこんな病気になって…、いつ死んでもいいのよ』とかおっしゃる方が多いんですね」
看護の中で、心理的な面だけでは対応し切れない、患者さんの心の不安、いのちや生きるということの意味、そういった根本の問題とどう向き合うか。その問題意識が「スピリチュアリティ」という言葉と重なり合ったときに、三澤さんの中で看護のひとつの新しい方向性が見えてきたともいえる。
もともと、日本でのスピリチュアルケアは、柏木哲夫氏を初めとする先人、宗教者によって「死を目前にした人びと」へのケアとして経験が積み重ねられてきた。その数々の事例は、スピリチュアルケアの将来のあり方にとって何物にも代えがたい貴重なものであることは言うまでもない。しかしそこには限定されたイメージがつきまとう。
「看護師さんの中で、死にゆく人へのケアと限定する人が多いですね。スピリチュアルケアというとターミナルケアや緩和ケアと結びついてしまう。それも大事なことであると思います。ただ私としては、ちょっと病気をされている、普通に生活されている人たちへのケアの必要性を含めてもっと広く捉えたい。病気になったときはもちろんですが、普通の生活の中でも自分の生きている意味や目的が揺れ動くときがある。看護師はそういう人の一番身近なところに立ってそばにいて看護するわけです」
看護つまりホスピタリティの延長線上にスピリチュアルケアも成り立つと三澤さんは考える。その間に線引きはできない。
「高齢者にとっては、他者の関わりが大切なんですね。死を目前にした人も遠い先に考えている人も、自分を支えてくれる仲間、家族、ケアする人がそばにいてくれる、あるいは自分のことを思っていてくれることが心の安定につながります。そのためには、看護師も自分のスピリチュアリティを高め、研ぎ澄ますことが必要だと思います」
新しい大学では、後藤修司理事長の理念である「人間教育」に力を入れたいという。
「ヒューマンケア、ホリスティック医療、それとスピリチュアリティの三つを大学における教養教育の核にして、学生の人間理解を深めていけるような場にしたいですね。スピリチュアリティに関しては、看護、理学療法とともに窪寺俊之先生の講義を中心に実際の事例を用いて、それぞれの患者さんにどのようなケアができるのか、教えるというより、実践的に学生に考えてもらう。そういうトレーニングに多くの時間を割きたい。大体30時間ほど今のところは予定しています」
人間教育、そして看護の実践力。大学としての志としてもうひとつ「地域貢献」を三澤さんは挙げる。地域の病院の医療者、とくに看護師などのコメディカルとの協力や共同作業が新しい展望を開く。「地域と一緒に学び、研究と実践の両面ともにいい関係ができたらすばらしい大学になると思います」。
***
三澤さんが考えている日本人のスピリチュアリティについて簡単に触れておこう。宗教者によって地歩が築かれてきた日本のスピリチュアルケアではあるが「スピリチュアリティは、人間が本来持っているもので、宗教よりも広い意味を持っています」。宗教に立ち入らないということではない。その人の生きてきた歴史、生活感覚、文化を大切にすることである。
古く万葉集の歌にも日本人のスピリチュアリティを感じるという三澤さん、「自分の人生と自然が重なり合うようなスピリチュアリティ、また自分の力が及ばない大いなるものに対するスピリチュアリティを日本人は古来から持っていたと思います」。
実際に、高齢者を対象に詳細なインタビューや調査を試みた。そして対象者の多くが「生かされている自分の存在を確認している」ことに着目して、5つのカテゴリーと3次元の概念モデルを案出する(図参照)。
高齢者スピリチュアリティ3次元(5方向)概念モデル
次元のひとつは「時間軸」(「乗り越えてきた道のり」と「生きている限り」)。第2次元は「大いなるものへの関心」(「目に見えない力」と、その対極にある「自分の心に向かう」)、第3次元が「他者の関わり」(「人の絆」)。日本人のスピリチュアリティは「生かされている自分」という「自己の現在」が中心にあり、こうした要素がぐるぐる回っていると考えられる。これが三澤さんの考えるスピリチュアリティの基礎ともなっている。