医学の進歩によって大きく浮上してきた臓器移植問題。 だが意外と臓器移植や脳死を考えるホームページは少ない。いまこそインターネットでの情報公開や情報交換、あるいは突っ込んだ討論が必要だ。
吉村克也(ルポライター)
インターネットで公に議論を
今年9月、衆議院解散とともに一つの重要な法案が廃案になった。「臓器移植法案」である。
この法案の根幹的な論点として「脳死を人の死と認定するか」という重要な問題がある。移植医側が脳死を人の死として考えるべきであると主張するのに対して、日弁連は必ずしも断定できないとしている。このような重要な問題は一般市民を含めてインターネット上でも公に議論するべきであると考えられるが、臓器移植法案や脳死に関するホームページは見あたらなかった。日本移植学会および医師側からも、あるいは日弁連を含めた弁護士側からも96年10月時点でこれらの問題に関して意見を述べているページはなかった。複雑で専門的な知識を必要とする問題であるが故に関係者たちは関連情報を全て公開し、議論を促す役目があるのではないだろうか。
レシピエント自らが語るページ
臓器や骨髄移植に関するホームページを一覧すると個人や福祉団体がボランティア的な努力で情報発信を行っているケースが目立つ。
臓器の提供を受ける臓器被提供者をレシピエントというが、96年1月に肝硬変のため生体部分肝移植の手術を受けた若林正さんの「ホームページわかば」は若林さん自身の詳細な病状の変化や肝移植の歴史などについて詳しく書かれている。健康な人の肝臓の一部を提供してもらう生体肝移植は脳死肝移植に比べてどのようなメリットがあるのかよく分かる。
若林さんは「私自身、できれば移植前に実際に移植を受けた人に直接会って話を聞きたかったので、これから移植を考えている人の役に立てたらいいなと思ってホームページを開設しました」という。
不安を抱えている患者や家族には有り難い情報だろう。
また骨髄移植に関するホームページでは「骨髄バンクに関する情報」の内容が充実しているが、これはボランティアグループの「神奈川骨髄移植を考える会」(BMT神奈川)のメンバーが運営している。
同会は公的骨髄バンクの設立促進運動から出発し、現在はドナー(臓器提供者)拡大と啓発のためさまざまな活動を行っている。骨髄バンク支援チャリティコンサートや骨髄バンクシンポジウムなどのイベントを主催したり、神奈川県内のイベント会場にPRコーナーを設置するなど活発に活動している。
BMT神奈川のホームページには、骨髄移植の基礎知識からドナー登録の条件、骨髄採取の方法などが分かりやすく書かれている。骨髄バンクの活動に興味のある人は一度見てほしいサイトだ。
骨髄移植を受けた貴重な体験を自ら掲載している直江浩永さんのホームページを見ると、骨髄バンクの重要性がよく理解できる。直江さんは慢性骨髄性白血病という病気に襲われたが、兄弟二人とHLA型(組織適合抗原=白血球の型)が一致せず、骨髄バンクに登録した。幸い二年後にドナーが見つかり移植手術を受けることができ、現在は回復し会社にも復職している。
直江さんはホームページを開設した動機についてこう語る。
「きっかけはやはり骨髄移植や骨髄バンク、白血病のことを広く知ってもらおうと考えたからです。ホームページを開いてよかったことは、医療関係の方々や血液疾患の患者さん、ドナー登録を希望する方々などたくさんの人たちからメールをいただき交流が始まったことです。これはインターネットならではのことだと思います」
直江さんの命を救った骨髄バンクは、厚生省の外郭団体である(財)骨髄移植推進財団が主体となり、日本赤十字社と各都道府県の協力により進められている。ドナー登録の方法は骨髄移植推進財団のホームページに詳しく記載されている。このページも骨髄移植関連の情報が豊富にあり参考になる。
参考になるドナーの体験談
骨髄バンクに登録し、ドナーとして骨髄を提供した嶋典明さんの「骨髄移植とは」というホームページには自身の体験が掲載されている。嶋さんは「献血の延長という考え」で20歳の誕生日に骨髄バンクに登録した。もちろん献血よりも気軽ではないことは分かっていたが、「骨髄も血液もすぐに再生可能で、これで人の命が救えるならば」という気持ちだったという。
骨髄移植とはドナーの腰の骨から骨髄液を注射器で吸引し、患者の骨髄幹細胞と入れ替える手術だ。患者は移植が決まると約2週間前から薬や放射線によって病気に犯された骨髄幹細胞を全て破壊される。そのため造血機能が失われ、感染症などにもかかりやすい危険な状態になる。患者の命に関わるため、この段階でドナーが骨髄提供を撤回することはできない。したがって最終同意に至るまでドナー本人の意思の確認が充分に行われなければならない。
嶋さんも「事故に関しては何度も何度も財団や医師から説明を受けました。確かに死亡事故は皆無ではないが、現在のところ非血縁者のドナーから死亡者は出ていないと聞いています」と感想を書いている。
ホームページを開設したのは「自分のドナーとしての体験と骨髄移植の重要性を感じたからです。このページを呼んだ人から感想や登録希望のメールが届く度にお役に立てていることをうれしく感じています」と嶋さんは語っている。
嶋さんのホームページの主な内容は前述した骨髄移植推進財団のページからの引用だが、「私の体験」というコーナーには骨髄の提供を受けた人やドナーの体験が掲載されている。
そのうちの一人、内場誠さんは27歳の誕生日に際して「自分が生きているときにやるべきことを考えた」ことがきっかけでドナーとして骨髄バンクに登録し骨髄を提供した。その骨髄採取の準備から採取、退院までの経過を分かりやすく体験談にまとめており、具体的で参考になる。
例えば骨髄採取直後、腰に突っ張り感や軽い痛みを感じたが、その日のうちに痛みは消え、6日目には突っ張り感も消えたこと。のどの軽い痛みが2週間ほど続いたことなど。
内場さんは骨髄提供後、「心地よい充実感がある。今回の骨髄提供を振り返ると半分は患者さんのためだったが実は、もう半分は自分のためだったのではないか」と感想を述べている。
ドナーを増やす組織的な手だてが必要
最後に紹介するのは臓器移植の進んでいるアメリカのホームページの一例だ。UNOSは正式には United Network for Organ Sharingという。臓器移植手術を待つ全米の患者のための非営利団体で、現在、4万8000人のレシピエントが登録している。95年に実施された臓器移植手術は腎移植が約1万900件、肝移植が約4000件、心臓移植が約2300件など計1万9136件に達している。
アメリカの現状を見るまでもなく、日本でも臓器移植や脳死を巡る議論を早急に進めなければならないが、同時にいま困っている患者のために骨髄、腎臓、肝臓などのドナーを増やす手だてを組織的に推進する必要があるのではないだろうか。