病気ごとに適正な治療計画を日程表にまとめる
「クリニカルパス」という、アメリカ生まれの手法が少しずつ日本でも広がり始めた。
なぜいま、こうした手法が必要なのか、日程表を作ることで何が変わるのか、
インターネットを通じて調べてみた。
吉村克己(ルポライター)
医療費抑制の切り札
昨年12月、医療制度改革が、患者と保険加入者と医療機関の「三方一両損」という、もっともらしい言葉とともに決着した。
だが一般のサラリーマンは自己負担が2割から3割に引き上げられ、保険料もボーナスを含めた年収全体にかけられるようになるため負担増となる人が増える。なおかつ、保険料の引き上げもあるのだから、三方損どころか一方丸損である。
医療保険財政の悪化に歯止めをかけたいのなら、根本的な医療費増大の抑制策を考えるべきなのに、手っ取り早く収入を増やそうというのは知恵のない話だ。
実はこの医療費抑制と「クリニカルパス」は深い関係がある。日本で最もクリニカルパス導入が進んでいる病院の一つである済生会熊本病院リハビリテーションセンターのホームページには、クリニカルパスについて簡潔な解説がある。
それによれば、「米国で高騰する医療費の抑制のために1986年、診断群別包括支払制度(DGR/PPS)が正式に導入され、質の向上、在院日数の短縮、ケアの標準化、医療資源の効率化等の必要性が生じた背景のもとに導入されたものがクリニカルパスでした」とある。
医療専門のコンサルタント会社である日本メタルカラーのサイトではDGR/PPSについて、「実際にかかった額に係わらず、一定の診断名や状態に対してのひとまとまりの医療行為に一定の診療費が支払われること」とある。
つまり日本の診療報酬は、すべての医療行為に対して支払われる「出来高払い」であるのに対して、DGR/PPSはあらかじめ500程度に分類された病名に応じて、統計的に算出された一定の診療費を支払う「定額払い」である。
アメリカの65歳以上の高齢者および身体障害者を対象とした医療保険制度「メディケア」も、かつては日本同様の出来高払い制だったが、医療費膨張に耐えきれなくなった米政府は最終的にDGR/PPSを導入した。その結果、医療費の伸びが大幅に下がる一方、質的低下は起きなかった。
埼玉県にある一心会伊奈病院もすでにクリニカルパスを実行しているが、そのサイトにはクリニカルパスの起源は、「ミサイルの製造精度を上げるために開発された製造管理のための分析手法」と書いてある。
要するにクリニカルパスは高精度な製品を生み出す管理手法であり、質的低下どころか、逆に品質向上を目的としている。
これに対して、日本の出来高払い制は不幸にも患者の薬漬けや、不必要な治療、検査、入院などを生む温床になっている。
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全員参加と公開がカギ
黒部市民病院(富山県黒部市)整形外科医長の今田光一医師は、日本におけるDRGやクリニカルパスについてこう語る。
「海外では、DRG制度により『できるだけ在院日数を短くする』という経済的目的をメインに導入されているのですが、日本においてはチーム医療の確立、特にコメディカルスタッフ(医師以外の医療関係者)の先鋭化、そして医療の質の向上という効果が大きいと考えています」
今田さんは三年前からクリニカルパスについて検討を始め、富山県ではいち早く黒部市民病院が導入に踏み切った。
黒部市民病院のホームページの「クリニカルパス導入に向けて」を読むと、日本でも導入の環境が少しずつ整いつつあることが分かる。
それによれば、第四次医療法改正で病院は大きく「急性期病院」と「慢性期病院」に分類指定されるが、急性期病院の指定要件の中にクリニカルパス導入が義務づけられている。
またDRGについても、「現在、183の疾患群に対し国立病院で試行中であり、最終的にはこのDRGリストにある疾患については、全てクリニカルパスが必要になる」という。
それでは、どんな病院もすぐに明日からクリニカルパスを導入できるかといえばそれほど甘くはない。
今田さんはこう語る。
「クリニカルパスの形式自体は『医療・看護・リハビリ内容を疾患ごとに記した日程計画表』で、今やっている治療や看護計画をこの形式に直すのであれば、一晩で作れるものです。しかし、クリニカルパスの基本原則は『公開されること』『すべての職種が作成にかかわること』と考えています」
熊本病院リハビリテーションセンター理学療法士である河島英夫さんも、「クリニカルパス作成の過程は、情報の共有化やチーム医療の土台になる部分であり、各職種間の連携が非常に大切であるということを実感します」と語る。
この全員参加と公開は重要なポイントだが、独自に作成されたクリニカルパスは各病院のノウハウとされ、全面的に公開している病院は少ない。
今田さんは公開の意義をこう語る。
「公開されても恥ずかしくない医療・ケア内容をみんなで考えることであり、具体的には『徹底したインフォームドコンセント』と『EBMの取り入れ』と『各医療チーム独自の医療サービスの取り入れ』を意味します。したがって、クリニカルパスは『その医療機関が、その疾患に対して行うべき最良のプログラム』として公開されることを前提に、真剣に検討されて作られるものです」
EBM(根拠に基づく医療)とは、利用可能な最善の科学的根拠に基づき、患者の価値観や意向を考慮したうえで、専門技能を活用して医療を行うことである。
このEBMを効果的に実施するためには「医療技術評価」が不可欠であり、第3者機関による病院の評価を制度化する動きもある。
つまりクリニカルパスとは産業界で急速に進みつつあるオープン化、ネットワーク化、ユーザへのパワーシフトが医療界にも起こり始めたということだろう。
このため病院同士の連携も重要になってきた。富山県ではクリニカルパスを導入した病院が集まって、情報交換のため「富山県クリニカルパス集談会(http://www.med.kurobe.toyama.jp/board/)」を発足させた。今田さんは設立にあたって尽力し、世話人の一人にもなっている。
「他院のケア内容を参考にできたり、自施設のケア内容で修正すべき点が発見できたりなど、すでに多くのメリットを実感できるようになりました」と今田さん。
クリニカルパスを通じてさまざまな病院間で情報が共有できることは、若い医師やコメディカルスタッフの教育にもつながり、医療サービスの質を上げる。
看護職を支援するサイト「看護業務サポートデスク」には、クリニカルパスの導入方法が詳しく解説されているが、重要なのは院内の全職種が参加した開発チームを結 成することだ。
院内外のネットワークづくりこそがクリニカルパスを成功させるカギであり、その中心には患者がいる。
病院経営者の中には当面の収入が減ることからクリニカルパスに後ろ向きな人たちも少なくないが、「今後、患者サイドからクリニカルパスへの関心が高まり、クリニカルパスを比較することで、自分の病院を選択するという風潮が出てくることを予想しています」と今田さんが語るように、患者が選ぶことで病院が淘汰されるという時 代がやってくるはずだ。クリニカルパスがそうした時代の幕を開けたといえるのだろう。
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