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介護サービス利用者のための ガイダンス – 7

医療と福祉の垣根をどう取り払うか

いよいよスタートする介護保険。
さまざまの問題を抱えながらの実施を同時進行で取り上げていきます。
介護保険は、みなさん一人ひとりのものです。
あきらめないで、使い勝手のよい制度にすることを一緒に考えていきたいものです。

中村聡樹 (医療介護ジャーナリスト)

介護と医療の橋渡しを

介護保険制度がスタートして1年半がすぎようとしています。3年後に制度そのものを見直そうという考え方がありましたが、その期間は大幅に短縮され、来年度当初にも見直しの一部が前倒しで実施されるという話もあります。
こうした早期の見直し論を後押ししている背景には、介護保険制度が思ったほどに効果を上げていないということがあるでしょう。問題点が浮き彫りになってこない裏側には、制度そのものの理解と利用が進んでいないことが原因だと指摘してきました。実態にもそのとおりの状況が見えてきたということです。介護保険制度を上手に利用している人が本当に少ないということを多くの人が知るところになった結果です。
制度の運用が始まって1年。多くの関係者にインタビューしました。その中でほとんの人があげたのは、介護保険の要介護認定の矛盾とケアプランの建て方や実施のプランニングがなっていないということでした。つまり、現場に、本当の専門家が不在の状況が続いているということです。制度がスタートする段階で、すでにこうした問題点は指摘されていましたが、何の解決策もないままに時間だけが過ぎてしまったというのが実情です。

介護サービスの細やかさが求められている

さらに、こうした事態を招いた責任の多くが、ケアマネジャーにあると指摘する声も大きいようです。介護を必要としている利用者と介護サービスを提供する サービス機関を結ぶ役割を担っているわけですが、実際には、1人1人のケアマネジャーに課された仕事量が多すぎて細やかなサービスの提供には至っていませ ん。
ケアマネジャーに同情する部分も多々あるのですが、やはり専門家としてのケアマネジャーが育っていないことが大きな問題だといえるでしょう。介護保険制度 は、在宅で介護を実施することが目的で考えられた制度です。しかし、その多くが介護だけでなく医療にも深くかかわったサービスでなければ成立しない状況が 残されています。
ケアマネジャーがいかにサービスのながれをコーディネートしても、医療の部分が抜け落ちていたら在宅での介護を継続することはできません。介護保険の領域 と医療の領域をうまく調節しながらコーディネートするか。この問題が、もっとも大きな課題として残されたままになっています。そして、これらの問題解決を ケアマネジャーひとりの仕事にゆだねることに、私は賛成できないひとりです。

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利用者と共有できる感性

リハビリの重要性に対する理解は進んでいない

そこで、今回は、医療と福祉の垣根を取り払って本当の在宅介護を実践しようとしている人たちの意見を紹介し、理想的なケアプランのあり方に何が欠如しているのか。その問題点をとらえ、今後の対応に必要な方策を考えてみようと思います。
「在 宅医療とは何だと思いますか。これを一言で表すことは非常に難しいことですが、あえていうなら、病気を診るのではなく病人を診る医療だと思います。つま り、患者の生活すべてを診るという全人的な医療であると考えます」栃木県小山市で在宅医療を中心に活動している太田秀樹医師は、医療は自然科学ではなく、 社会科学だと主張しています。配偶者を亡くした高齢者が、後を追うようにして亡くなったりするケースを医療的なサイエンスで語ることはきわめて困難で、患 者の生活の背景を深く知らなければ医療を実施することはできないと指摘しています。

在宅医療の基本的な部分をよくわかっている医師に出会ったことで、在宅での介護と医療は方法論さえ間違わなければ、確実に実施できるのではないかと考えることができるようになりました。
介護保険制度によって介護サービスが提供されますが、身体的に医療的な治療が必要になった段階で、いかに福祉サービス分野と医療分野が連携できるかがポイ ントになります。太田医師の考え方では、介護と医療の橋渡し役は、医療の専門家である医師が責任を持ってかかわることが必要だと指摘しています。
「在宅医療で大切なことは、患者がノーといえることです。在宅医療では患者が治療、療養の主体で医師を選ぶ権利も患者にある。プロフェッショナルな立場に いる医師が、在宅という新しい医療の現場に出向いたとき、真っ先にやらなければならないのは患者と共有できる感性を持つことです。ちょっとかっこよくいう と雪が解けたら水になるという医療じゃなくて、雪が解けたら春がくる、という医療を行うことです。そうすれば、在宅の介護サービスと医療の溝を埋めること ができます。その上にたって、ケアプランのたて方を考えていく。介護保険が始まってずっと考えてきたことですが、真っ先に変わらなければならないのは医者 なのかもしれません」

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必要なケアプランの分析

介護の現場に目を戻してみましょう。介護保険における要介護認定は「施設の物差し」を元に判定基準が作られました。ところが、実際に判定を受ける人は在宅で暮らしている人が大半です。自宅での介護の状況と施設での介護の状況には大きな違いがあります。この違いが、要介護認定の矛盾を作っているわけですが、現状ではその判定方法を大きく変えることはできません。
現場では、必ずしも性格に判定されていない要介護認定にしたがって、サービスを提供するしかないわけです。では、この矛盾点をカバーしていくために何が必要でしょうか。
太田医師の話にもありましたが、介護サービスや医療サービスにかかわる者がそれぞれに専門性を発揮しなければならないのです。仕組みを変えることがすぐに実施できないのならば、現場でのやりくりを考えるしかありません。そのキーマンはやはりケアマネジャーということになるでしょう。
「いかなる組織にも縛られないワイルドなケアマネジャーが存在することです。介護サービスの利用を考えている人からじっくり話を聞いて、本当のニーズを抽出できる力を持ったケアマネジャーが出てきてほしいですね。彼らに能力がないとはいっていません。専門性が欠如していると指摘しているわけです。ケアマネジャーが広く介護や医療のサービスを知り、適切なプランを作れるように育てていくことが必要です」と太田医師は語っています。

ヘルパーの人手も足りないのが現状

また、コムスンの生みの親で、現在、北九州市の社会福祉法人せいうん会の理事長である榎本憲一さんは、「ケアプランそのものに問題があることは多くの人が 指摘しています。では、どのようなケアプランがどういった形で実施されれば介護サービスがうまく提供できたのか。この分析もまだあまり進んでいないような 気がします」と指摘しています。
榎本さんは、介護保険の根幹をなすケアプランの分析に力を入れて、利用者の満足度が得られ、確実に成果の上がったケアプランの成功例を全国レベルで集めた いと考えています。ケアプランの成功例はまだそれほど多くないのが現状だと考えれば、サンプルをきめ細かく分析することはできるはず。もう一度専門の立場 にある者が、ケアプランを考え直してみることに早く取り組むことが必要だと見ています。
「おそらくケアプランを分析すれば、利用者の身体機能を正確に分析し、適切なプランを立てていくには専門的、科学的な手法が必要であることがすぐに理解で きるはずです。裏を返せば、この専門性の不足が利用者に対する説得力のなさにもつながっているのです。これをはっきりとさせて、ケアマネジャーの教育にも 活かしていかなければ、介護保険の利用度を向上させることは難しいでしょう」

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管理の色彩が強くなった介護の現場

「走りながら考える」といって見切り発車した介護保険制度の現実は、太田医師や榎本さんの指摘からも明らかなように、各分野で活動する介護や医療担当者の専門性の欠如によって迷走を始める一歩手前まできていることが明らかになったと思います。
一昔前の老人施設には、介護保険制度というような仕組みはありませんでした。そのかわり、もっと自由に施設の入居者と介護する側がコミュニケーションを図っていた現場があったように思います。
人間同士の付き合いというものです。しかし、高齢化社会が進むなかで、何らかの仕組みをつくらなければ費用的にも介護サービス存続の危機が訪れることが明らかになり、介護保険制度が生まれました。
と ころが、制度の誕生とともに、介護の現場には管理の色彩が強くなって、一昔前のような自由度が見えなくなってしまいました。こうした現場を見るにつけ、漠 とした不安がつきまとっていました。みょうにスマートで、清潔な施設。マニュアルで管理されたサービスの現場で、個々の専門性が抜け落ちていってしまっ た。そんなふうに考えると、介護保険制度がもたらした大きな問題の正体が初めて見えてきたような気がします。

デイサービスを楽しみにしている高齢者は多い

次回は、ケアプランの成功例をいくつか探してみようと思います。そして、どのくらいの費用をかけて介護を実践すれば在宅介護は継続できるのか。制度の矛盾 点ばかりを追っていても何も始まらないという気がします。介護サービスの利用を高めていくためにも、利用者側の専門性を高めていく必要があると思います。
介護保険制度というフィルターを通してみると、要介護認定にしたがって利用者と接するしかない現場の関係者に同情する気持ちも十分感じています。しかし、 あえて苦言を呈するならば、いわゆる「介護のプロ」を自認してきた多くの関係者が、介護保険制度という仕組みをうまく取り入れることができない状態では、 しょせんアマチュアといわざるを得ないのです。
もう一度原点に返って、介護保険制度を上手に使っていく方法を実際のケアプランから学んでみる。利用者も介護サービス提供者も早い段階で処方箋を用意することが問題解決の糸口になるといえるのではないでしょうか。
机上で考えるのはやめて、現場の実状に目を向けるところから再スタートを切ってほしいと思います。

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