緩和ケアにおけるコメディカルスタッフの役割がますます重要になっている。
だが、スタッフやケアの多様性から、現場では、なかなか認知と利用が進まないようだ。
吉村克己 (ルポライター)
患者と家族のQOL
患者の身体と心の苦痛を取り除く緩和ケアは今後、重要な医療分野となるが、それを支えるコメディカルスタッフの孤軍奮闘が続いている。
医師以外の医療従事者を指すコメディカルスタッフは看護師、薬剤師、理学療法士、鍼灸師、臨床心理士、音楽療法士、カウンセラー、ボランティアなど多岐にわたる。身体および精神的な苦痛を取り除く緩和ケアの方法も多様だ。
そもそも、緩和ケアとは何か。(財)日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団のホームページにはその基礎知識が分かりやすく解説されている。
「一般情報」の「ホスピス・緩和ケアとは何ですか」を見ると、その理念として「ホスピス緩和ケアは、生命を脅かす疾患に直面する患者と其の家族のQOL(人生と生活の質)の改善を目的とし、さまざまな専門職とボランティアがチームとして提供するケアである」とある。
つまり、緩和ケアは「患者と家族のQOL」を改善するために、「医療チーム」が担当するものだ。
同財団の解説によると、「日本全国で163(2006年10月1日現在)あるホスピス・緩和ケア病棟(医療保険制度による承認施設)で提供されている緩和ケアの対象となるのは、『主として末期の悪性腫瘍(がん)の患者または後天性免疫不全症候群(AIDS)に罹患している患者』と定められています。(中略)必ずしも末期(治癒不可能)であることを前提としない場合もあります」という。
一般的にホスピスはがん末期の患者を対象とした病院・施設あるいは終末期の患者のケアを指し、一方、緩和ケアはがんの初期、終末期に関係なく、患者の身体的・心理的な苦痛を取り除く行為である。提供される場所もホスピス病棟に限らず、一般病棟や在宅も含まれるが、日本では在宅でのホスピスケアはまだ始まったばかりである。
日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団では2005年に『ホスピス・緩和ケアに関する意識調査』(全国に居住する20~89歳の男女1078名を対象)を実施した。
その結果はホームページに掲載されているが、「ホスピス・緩和ケアを知っているか」という質問に対しては「よく知っている」という回答は11.4%程度に留まり、「ある程度は知っている」が47.2%いるが、その一方でほとんど知らない人たちが40%程度いる。まだまだホスピス・緩和ケアは広く認知されていないようだ。
「自宅で最期を過ごしたいと思うか」という質問に対しては、「過ごしたい」という人は83.3%にものぼる。しかし、そのうち63.3%は「過ごしたいが、実現は難しいと思う」と回答している。
それでは、「自宅で最期を過ごすために必要な条件は」という質問には、62.5%が「介護してくれる家族がいること」、次いで「家族に負担があまりかからないこと」48.2%、「急変時の医療体制があること」43.3%、「自宅に往診してくれる医師がいること」37.3%となった。
病状が急変しがちな終末期を家族だけで介護するのは限界がある。やはり在宅でのホスピスケアや医療体制を今後、充実させることが差し迫った課題だろう。
「死期が近い場合に不安に感じることは」という質問では「病気が悪化するにつれ、痛みや苦しみがあるのではないかということ」が66.7%と圧倒的に多かった。
やはり、終末期には多くの患者がホスピス・緩和ケアを求めていることがわかる。
しかし、痛みや苦しみを取るためには身体から心まで総合的に対処しなければならない。そのために医師をはじめコメディカルやボランティアがチーム医療として取り組む。
心理的ケアでは患者の手を握ったり、身体をさすることも大切なケアだ。死期が近づいて目に見える反応がなくなっても、さすったり、声をかけることが患者の心を癒す。
近年では「アロマセラピー」が緩和ケアに効果のあることが分かり、諸外国では保険適応の補完医療として取り入れられている。
アロマセラピーとは、植物から抽出した精油の香り成分を役立てる療法であり、マッサージや入浴、吸入、湿布などの利用方法がある。
現役のコメディカル・スタッフが集まってアロマセラピーの普及を図るために結成されたNPO法人「アロマセラピーサロンもくれん」代表の宮本陽子さんはこう語る。
「緩和ケアの現場ではアロマセラピーは一度でも実施すれば、そのよさがはっきりと分かるすばらしいケアです。しかし、医師と家族の理解がないと、施術中に急変したときの責任などで、難しい一面もあります。せっかくのすばらしいケアなのに緩和ケアのコメディカルにも認知度はいまひとつで、本来ならコメディカルが行うのが最良と思いますが、ボランティアなどにたよる現状があります」
もくれんでは、アロマセラピーのよさを分かってもらうために、ホスピス病棟や入院病棟、自宅などにおいてアロマセラピーをボランティアで行っている。だが、医療現場の医師やコメディカル、および家族の理解と認知はこれからのようだ。
もくれんには他のコメディカルなどから問い合わせもあるが、「アロマを学んで、いざ緩和ケアの現場に導入しようと思っても、なかなか踏み切れないようです」と宮本さん。
医師やコメディカルなど現場の理解を得ることは簡単にはいかないようだ。
香りだけでなく、音も緩和ケアに効果がある。
「音楽療法」は欧米では治療法として確立し、緩和ケアだけでなく、多くの診療科で活用されているが、日本での導入は端緒についたばかりだ。
医学部として日本で初めて音楽療法に取り組んでいるのが東北大学だ。臨床研究と大学院教育は同大大学院医学系研究科が担い、開発研究は同大未来科学技術共同研究センター、臨床実践は東北大学病院で行っている。
音楽療法への取り組みは同大の市江雅芳教授が2002年に声を上げて始まった。ホームページの中で、市江教授はこう語ってい
る。
「現代の医療は、効率化と均質化を重視した結果、非常に大切なものを失いました。病める人の魂に寄り添い、本来の疾病に対する治療効果をより高めることが、医療の場における音楽療法の役割であると考えています」
音楽療法を医療現場で採用するにはEBM(治療効果の科学的根拠)が必要であり、市江教授たちはその実証研究と体系化に力を入れている。
残念ながら、まだ音楽療法士の国家資格化も実現しておらず、認知・普及までにはもう少し時間がかかりそうだ。
東北大学病院では主治医の紹介を前提に音楽療法を行っており、現在、小児科、緩和医療科、心療内科などで治療を提供している。
緩和ケアとしては、音楽療法士と一緒にギターなどの楽器を演奏したり、思い出の曲を歌ったりする。音楽療法士とマンツーマンで好きな音楽を楽しむわけだ。
このように緩和ケアには多様性があり、患者に合ったケアのプログラムを提供するべきだが、日本の医療制度は多様性を受け入れるだけの柔軟さに欠けている。
欧米ですでに認知され始めている「代替医療」や「補完医療」も日本ではまだ一部で関心が寄せられている程度だ。もちろん、詐欺まがいの民間療法もあるが、鍼灸・漢方のように効果の科学的根拠が示されているものもある。
「代替医療利用者ネットワーク(カムネット)」は安全、適切な代替医療の利用環境の整備を目指して設立された。
カムネットでは代替医療を各国の伝統医学・医療、現代医学に対抗的な医学大系、広義の民間療法など五種類に分類している。
世界的に数え切れないほどの代替医療が存在するが、「方法は異なっていても自然治癒力の賦活という共通の目標がある」と設立趣旨の中で述べられている。
スピリチュアルとの関連性も含め、精神的苦痛の緩和や自然治癒力の向上には何らかの効果が期待されている。
今後の緩和ケアにはこうした代替医療のメリットも了解できる柔軟さが必要だろう。