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中医診療日誌 – 15

腰痛漢方薬と鍼灸を組み合わせた治療法で効果を高める

日本の腰痛人口は1000万人を超えるといわれる。
慢性の腰痛を、中医学では気血の巡りが悪くなった結果起こるものと考える。
腰痛治療は、漢方薬で肝や腎の機能改善で気血の巡りをよくする一方、腰部周辺の気血の通過点である経絡への鍼治療により痛みの直接的な緩和を図ると、より高い効果が得られる例が多い。

平馬直樹 (ひらまなおき)
1978年東京医科大学卒業後、北里研究所付属東洋医学総合研究所で研修。87年 より中国中医研究院広安門医院に留学。96年より平馬医院副院長、兼任で、後藤学 園附属入新井クリニック専門外来部長として漢方外来を担当。

一口に腰痛といっても原因は様々

腰痛にはいろいろな病気が潜んでいることが少なくありません。尿路結石の痛みを腰痛と感じたり、婦人科系の病気からくる痛みも腰痛と間違えられたりするこ とがあります。しつこく続く腰痛が、じつは前立腺がんなどが脊髄に転移して起こっているということもしばしば見受けられることです。
一方、慢性腰痛の大半を占める椎間板ヘルニアに対して、かつて外科手術が施されることが珍しくありませんでした。ところが近年は、MRIの普及によりヘルニアの程度がかなり正確に診断できるようになったため、手術の適応はよほど重症の例や狭窄症の例などに限られるようになり、多くは保存療法が行われています。
これらのことから、腰痛があればまず整形外科などの専門家にしっかり診察をしてもらうことが必要です。ただし、その治療法となると西洋医学ではいまだに確立しておらず、漢方薬や鍼治療の出番が少なくありません。
一般に、痛みに対しては鍼治療が有効だということがわかっています。知覚神経の過敏状態などにおいても、痛みに関しては漢方薬よりも鍼が早く効くことは事実です。ただし、逆に同じ過敏状態であるかゆみに関しては、鍼はあまり有効ではなく、漢方薬のほうが早く効くように思われます。腰痛の中でも、急性のぎっくり腰や腰の捻挫などの場合は、漢方薬を使わなくても鍼治療単独でもかなり早く改善します。
そもそも中国医学では、痛みは気血の巡りが悪くなって起こると考えてきました。腰には中国医学でいうところの気血の通り道である様々な経絡が通り、それらの部分の気血の巡りが悪くなっているため痛みが生じやすくなるのです。
また、腰は中国医学で腎の“入れ物”といわれており、五臓六腑の腎の機能がしっかりしていることが重要になってきます。腎はホルモン系の作用とも結びついていて、骨の強さなどとも関連しているのです。小さい子どもは腎の成長にともない骨格が発達する一方、お年寄りになって骨が弱くなったり骨粗しょう症になるのも腎の機能の低下によって起こる現象と考えられます。
もう1つ、中国医学では肝の働きは筋肉を司っているというふうに理解してきました。筋肉の力が弱ったり、突っ張ったり、こわばったりするのは肝の働きが弱っている証拠とされます。
ですから身体が弱って起こるような慢性の腰痛や老化にともなう腰痛は、肝腎の機能の低下が原因と考えられているのです。
しかし、もう少し若い人に起こる腰痛や急性の腰痛は、腰の周りにある経絡の気や血の巡りがなんらかの理由で悪くなったものと考えられます。1つは冷えなどが原因で、屋外で長く立っていて冷えたり、冷房などの生活習慣で知らず知らず冷えを招いていることが少なくありません。また、心身のストレスも気の巡りを阻害し、それがひいては血の巡りを停滞させて、腰痛の誘因となることがあります。
一方、このように気や血の巡りが悪くなることで慢性の腰痛を招くこともあります。若いころにスポーツなどで腰を痛めたり、ぎっくり腰を起こしたり、お産のときに腰を痛めた結果、オ血という状態が生じます。このオ血が気の巡りを阻害して、それが慢性の腰痛につながるのです。
中国医学で治療の対象となる腰痛はだいたい以上のように説明できます。なかでも長引く腰痛や老化にともなって現れる腰痛、何度も繰り返す腰痛は、体質改善から考えるべきであり、鍼と漢方薬を組み合わせた治療が有効です。具体的な症例を示しましょう。

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長引いていた痛みとしびれに独活寄生湯

62歳の男性Sさんはまだ現役の会社員です。中年のころにぎっくり腰を患ったことがあり、その後しばしば腰痛を繰り返してきました。最近では慢性的な痛みとともに、お尻から右の足にかけていわゆる坐骨神経痛のしびれを覚えるようになっています。
Sさんはこれらの症状を訴えて整形外科を受診し、検査を受けたところ椎間板ヘルニアと診断されました。MRIの所見からはすぐに手術を行う必要がないと判断され、鎮痛剤を内服する一方、リハビリ室に通ってホットパックで温める治療を受けています。
それでも、外出時には痛みを抑えるためにコルセットをつけてソロリソロリと歩かなければなりません。500メートルくらいの距離を進むと、痛みとしびれが強く現れて「もう歩けない」という状態になります。そのため、外出のたびにタクシーを使うようになっていました。
このように持続的な痛みとしびれがなかなか改善しないことから、Sさんは漢方診療を求めて来診されたのです。話をうかがうと、全身がだるくて疲れやすいという自覚症状があり、腰や足に冷えを覚えたときに温めると気持ちがよいとのことでした。
舌を見ると、赤みが薄い“淡”という状態を示しています。また脈は力がなく、初老期ということもあって肝腎の衰えから気血の巡りが悪いことがうかがえました。これは骨や筋肉をしっかりさせる力が低下していることを示すものです。

Sさんへの治療として、筋肉や骨を丈夫にし、体を温めながら痛みを改善する効果のある独活寄生湯という処方を加減(症状に応じて生薬の配合を通常のものと多少変えること)して飲んでもらうことにしました。
同時に鍼治療を併用するのがよいと考え、鍼のスタッフと相談して最初は週3回の治療を始めたのです。肝の機能を強くする肝愈、腎の機能を強くする腎愈など、腰の周辺にあるツボを重点的に選び、肝や腎の機能を強化する寫法、気血を注ぐ補法を駆使してもらっています。
またSさんには、なるべく身体を冷やさないように生活指導も行っています。さらにコルセットに頼ってこれを1日中装着していると腹筋とか背筋が落ちてしまう結果、骨に負担をかけることになるので、歩行のときだけ補助的に使い、自宅や会社では取り外しておくようアドバイスしました。
Sさんは2週間ほどのうちに、安静にしていればかなり楽と感じられるようになってきましたが、長く歩くとしびれと痛みがくる状態はまだ残っていました。
しかし、漢方治療を続けるうち、徐々に症状が和らいできたので、これに併せて鍼の治療も週2回、さらに週1回と減らしていきました。そして2ヶ月後にはかなり長く歩いても腰が痛まなくなり、来院したとき「最近タクシーを使うことがだいぶ少なくなりました」と話しています。
その後も、坐骨神経痛のしびれが多少残っていたので、2週間に一度の漢方薬診療を続けており、これに併せて鍼治療も2週間に1回として続けました。すると、徐々にしびれも収まってきて、治療を終えることができたのです。
このように椎間板ヘルニアは手術をしなくても十分コントロールできる場合があります。ただし、こうした症例では再発することが珍しくなく、その都度早めに漢方と鍼を組み合わせた治療を行っていくことが理想的です。

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再発に結びつく体質を改善

48歳の主婦Dさんは、中肉中背で閉経前ですが、身体を動かすのが苦手で、普段からあまり運動をしない人です。20代にお産したとき初めて腰痛が出ましたが、このときはあまり重症化することはありませんでした。その後も強い痛みが出ることはなかったものの、普段から腰に重い感じがあり、下半身が冷えて足がむくみやすいという傾向があったということです。
Dさんは最近になって外を歩くのが好きな友人に誘われてハイキングに出かける機会がありましたが、これがきっかけで腰痛を再発させることになりました。この友人はたいした運動だとは思っていなかったようですが、Dさんにとってはかなりハードで、だいぶ汗をかくことになってしまったのです。その結果、すっかり身体が冷えて疲れ果てて帰宅することになり、その日はいつもより早めに休んだのですが、翌朝起きたときに異変を感じました。
全身がだるく、頭痛があり、のどがいがらっぽくて、最初は「風邪かな」と思ったのです。そこで検温してみましたが熱はありません。一方、腰から背中にかけてそれまで経験したことのない張りと痛みを覚えていたのです。
風邪のような症状は2~3日で消えたのですが、腰の痛みは収まりませんでした。台所に立っていることもつらくて、「家事ができない」と訴え来診したのです。
痛みの状態を診ると、主に腰に張りがあり、それが背中の筋肉全体に広がっているようです。また、足にだるさを感じているとのことで、少しむくみがあるのがわかりました。
これらの状態からすれば、Dさんの腰痛は腰の骨の異常ではなく、筋膜の緊張から来ているものと診断されます。こうした場合、整形外科的には湿布をしたり痛みが強ければ鎮痛剤を処方するという対症療法をとるのが一般的ですが、このような人は今後発症を繰り返し、だんだん程度も重くなりやすいものです。そこで早めに漢方薬で体質改善を図ることにより、年をとってから腰痛で悩むリスクを少なくすることが期待できます。
Dさんは、もともと胃腸が弱くて下痢をしやすく、寒がりの体質です。雨の日には身体がだるくなったり腰や足が冷えて重だるいという症状があります。舌の色も薄くて、体内に冷えがたまっていることを示し、脈も弱々しく感じられました。これらから身体に水が滞りやすく冷えやすく、抵抗力が低いタイプであることがうかがわれます。今度の腰痛の発症は、こうした体質の人が、ハイキングで汗をかいた末に冷えが加わったということで、東洋医学でいう寒邪が腰の経絡に侵入して気血の巡りを阻害した結果痛みを生じたものと考えることができました。そこで初期の治療は五積散加減と鍼治療を組み合わせました。五積散自体は経絡の寒湿の邪を取り除くという機能をもっていますが、腰痛治療を目的とし て作られた処方ではないので、不要な薬を外して腰に効果のある薬を加えています。また鍼治療は、痛みを直接取るために気血の流れが悪くなってしこりが出て いる場所などを狙って鍼を置くほか、寒湿の邪に対しては別の場所にツボを取って治療してもらいました。この結果、Dさんは1週間で痛みが取れて、鍼治療も4回くらいで終了しました。
当面の痛みは取れても、Dさんは今後も同じような症状を繰り返す可能性があります。そこで、胃腸の弱さや冷えなどをともなう元の体質の立て直しを図ることになりました。
まず当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)に苓姜朮甘湯(りょうきょうじゅつかんとう)という処方を継続的に飲んでもらっています。一方、正しい姿勢でウォーキングを行うなどの軽い運動に取り組み、また腹筋、背筋を少し強化するよう勧めました。
こうしてDさんは徐々におなかも丈夫になって下痢も少なくなりました。「冷えもだいぶ軽くなりました」と喜んでもらっています。少々運動をしても、腰や背中が張ったり痛んだりすることもなくなりました。

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