災害時における耳鍼の有用性をアピール
リチャード・C・ニムゾフ氏(アメリカ医師鍼灸協会会長)
2012年12月10日、学校法人東京衛生学園講堂で、アメリカ医師鍼灸協会会長(Former President of the American Academy of Medical Acupuncture)で軍医でもあるリチャード・C・ニムゾフ(Richard C. Niemtzow)先生の「耳鍼の疼痛緩和について」の特別講演が行われました。ここでは鍼灸科の学生や教員を対象とした耳鍼の実技も公開されました。医療設備もなくコミュニケーション手段も閉ざされる有事の緊急時において簡単に実施できて即効性を発揮する耳鍼治療は、今後津波や地震などの災害被災地などでもおおいに効力を発揮しそうです。
リチャード・C・ニムゾク先生と米軍の鍼灸(学校法人後藤学園理事長・後藤修司氏談) ニムゾフ先生は東京衛生学園での講演の前々日、大阪市で開催された日本統合医療学会学術集会においても「災害と統合医療」というシンポジウムで基調講演されました。もともと放射線医療の専門家でありながら、鍼治療をアメリカの軍隊へ導入するために尽力して来られた経験を踏まえて、鍼治療の有用性について報告しています。 アメリカの陸・海・空軍すべての部隊ですでに鍼治療が取り入れられていますが、最近ではNATO(北大西洋条約機構)軍にも採用されるようになってきました。もちろん「ご本家」である中国の解放軍においても、鍼は非常によく利用されています。こうしたことからニムゾフ先生は、日本の自衛隊や警察など最前線にいる人たちのケアや、地震や津波などの災害の現場での被災者のケアに鍼治療を利用することを提唱しました。 とくにニムゾフ先生が多用されているのは、日本の鍼灸教育ではあまり取り上げられていない耳鍼です。日本では20年近く前に、耳に鍼治療を行うダイエット法がマスコミで大きく取り上げられたことがあります。ところが、この療法がもとになって詐欺事件が発生して耳鍼に対するイメージが損なわれ、教育機関ではあまり耳鍼をカリキュラムに入れなくなっていました。これに対してニムゾフ先生は、私たちがこれまで耳鍼に対して抱いていたものとは全く異なったイメージを示しました。日本の鍼灸教育の中で、耳鍼をもう1度見直す必要性を感じています。
戦時や災害時などに即効性を発揮
ここに集まった皆さんは、全員が鍼灸師ということですから、私たちにはお互いに大きなつながりがあります。すなわち医療者としての原点=困っている患者さんを助けるという最大の目的を共有している点です。 我々はアフガン戦争やイラク戦争などの戦時や災害時など、緊急時をメインに耳の鍼を利用して、この治療を普及させる必要性を認識してきました。緊急時の最前線基地にあって、運び込まれる負傷者に対してはもちろん西洋医学的な治療は必要ですが、例えば病院が破壊されたり倒壊して治療を行えない場合も少なくありません。また、東日本大震災の時にも見られたように、通信網が断たれて医療者を呼ぶためのコミュニケーション手段が途絶えるという大きな問題があります。こうした中で血だらけなっている兵士や被災者に対して、服やヘルメットを脱がせることなく耳に鍼を打つだけですぐに痛みを取るというテクニックは非常に有用なものです。このテクニックは手や足、背中、腰の痛みだけでなく、頭痛にも痛風にも二日酔い、さらにドライアイや口の渇きなどにも有用です。また、有事の兵士や災害被災者には精神的にも大きなストレスがかかりますが、そうしたストレスから解放する力をも発揮します。
米国では広く鍼治療が求められる状況に
アメリカ政府には災害が起こった時専門に動く機関が設けられていますが、日本でもそうであるように役人の仕事はなかなかスムーズに動きません。そんな中でこの耳鍼治療が大きな力を発揮してきました。例えば2010年1月12日、ハイチ共和国でマグニチュード (M) 7.0の地震が起こり、31万6000人ほどに及ぶ死者を出し、ほとんどの病院が倒壊して機能しなくなってしまいました。2012年の10月末から11月初めにかけて、アメリカでは巨大なハリケーンに襲われ、約6000万人が被災しました。このような検査も手術もできない、西洋医学的手段が大きく損なわれた環境のもとで、アメリカの軍隊は救援に当たり、道具がなくても爪を使って耳の鍼に相当する治療を行い、負傷して痛みに苦しむ人たちを救助できたという経験があります。このような中で、アメリカでは鍼治療効果に対するニーズが高まり、人々が耳鍼治療に関心を高める状況になってきました。
両耳の最大10カ所のポイントを活用
私たちが耳鍼用に開発した鍼は、その先端が純金でできた1本50セント(45?50円)くらいのもので、これはフランスでしか作ることができません。緊急時には誰でもすぐに利用できなければならないので、その目的に応じることができるものとしてこの鍼を考案しました。 私たちは、耳鍼を施すのに有用なポイントとして、両耳に①帯状回(Cingulate)、②視床(Thalamus)、③オメガ2点(Omega2)、④原点(Point Zero)⑤神門(Shenmen)という5カ所を見出しました。両耳併せて最大10カ所の刺鍼ポイントを用いて治療に当たることになります。専用の器具に装着された鍼で瞬時に刺すことができ、例えば水中でも利用できます。鍼を刺したあと数十歩歩いてもらうことで、即効性が高まってきます。刺鍼は利き耳(鍼を刺して反応のあった方の耳)で行い、痛みのレベルを0〜10で表してもらい0近くになるまで繰り返し①〜⑤のポイントまで順番におこないます。鍼はそのまま置鍼しておけば3日くらい経過して、自然に抜け落ちてしまいます。
MRIで耳鍼の痛み緩和作用を証明
MRIによる観察で、痛みを覚えている時、脳の視床下部の中で活性化している部位が把握できます。そして、耳に鍼を打つと治療後、この部位が非常に小さくなるのを見ることができるのです。すなわちこの鍼は、中枢神経自体に働いて痛みを抑える作用をしていることが西洋医学的に証明されたことになります。プラセボ効果ではなく、実際に脳に伝わる痛みを抑える作用があるのです。 今日ではアメリカの医療学会の中でも、耳鍼は非常に多く行われ、期待をされています。戦争の前線のために開発した鍼ですが、今日では痛みに苦しんでいる多くの人のために活用できるということで医師たちの同意も得られるようになりました。 本日ここにおられる鍼灸師の皆さんも、ぜひ耳鍼のテクニックを習得していただきたいと思います。きっとみなさんの治療活動に役立つことになるでしょう。
★耳鍼のポイントなどを知りたい方は、リチャード・C・ニムゾフ先生のホームページを参照してください