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「粗食」を考える – 1

「粗食」が健康を支えるキーワードになってきた

経済の高度成長期以来、飽食の時代を過ごしてきた日本人は、いまや食に関して「栄養不足」より「過剰摂取」を問題にしなければならなくなってきたといわれる。
その一方、女子栄養大学の調査によると「飽食の中の栄養失調」という事態も起きている。
健康ブームと相まって「粗食」という言葉がクローズアップされているが、その現代的な意義を問い直してみる。

「健康食」と認められた「日本食」

書店の店頭に立つと「粗食ブーム」が実感できる。粗食をテーマにしたレシピ集や料理本が平積みにされているのだ。この「粗食」とは「未精製の穀物とみそ汁と漬物を中心にして、季節の野菜や魚介類を加えた日本の伝統食を取り戻そう」ということのようだ。辞書によると本来「粗食」とは「粗末な食事をすること、粗末な食物」という意味で、日常家庭で食べる日本食は「素食」という文字を当てはめていた。

ともかくもこうした考え方が幅広い層に受け入れられ、とくに20歳代の女性に支持が広がっているという。
長らく続いた飽食の時代の美食ブームの中で、肥満をはじめとする生活習慣病が目立つようになってきた。現在粗食が注目される理由は、何といっても「健康 食」や「ダイエット食」としての観点からだと思われる。一方、欧米でも日本人の長寿化に目を向け、60年代以前の日本の食事に学ぼうとする動きがある。
アメリカでは53年に発表されたひとつの研究報告が衝撃を与えた。朝鮮戦争で戦死した平均年齢22歳の兵士300人を解剖したところ、何と77.3%に動脈硬化が発見されたというのである。

さらに、この動脈効果の原因は脂肪を摂りすぎた食生活にあるという報告もなされた。
その後アメリカでは肥満や生活習慣病の急増に伴う医療費が増大し、75年度には62年度の約4倍にも上る1180億ドルに達してしまった。米政府は「医療 費の増加がこのまま進めば、国家経済は破綻をきたすことになる」として、この問題を早急に究明して対策を取ろうと決意したのである。そして、米上院に問題 の解決のための「栄養と人間のニーズに関する特別委員会」(委員長・ジョージ・マクガバン議員)を設置し、第一線の専門学者らが、各国の研究組織の情報、 資料を収集し、食生活と心臓病はじめ各種の成人病との関係について調査を行った。

77年、2年間にわたる調査の結果、同委員会は「マクガバン・レポート」と呼ばれる食生活改善提言を発表した。5000ページにおよぶこのレポートでは、 「生活習慣病の多発は、アメリカのまちがった食生活が原因であること」と指摘し、次のように食事の目標が具体的に示されている。

1.食べ過ぎをしない。
2.野菜、果物、全粒穀物による炭水化物摂取量を増やす。
3.砂糖の摂取量を減らす。
4.脂肪の摂取量を減らす。
5.とくに動物性脂肪を減らし、脂肪の少ない赤肉、とり肉、魚肉におきかえる。
6.コレステロール摂取量を減らす。
7.食塩の摂取量を減らす。

このレポートは、大きな反響を呼び、それ以後ヨーロッパでも、同じような調査が行われ、同様の勧告が出された。このようないくつかの調査の中で、「60年ごろの日本人の食事は、摂取エネルギー中の脂肪の比率が低く炭水化物の比率が高く、理想に近いもの」と報告されている。
マクガバン・レポートが発表されてからアメリカ人の食生活に変化が起こり始めた。牛肉、豚肉、羊の肉などの消費量が減り、鶏、魚の消費量が増えている。そして、「日本食は健康だ」というイメージが広がり、現在の「すしブーム」や「豆腐ブーム」が起こった。

長寿村をむしばんだ食生活の変化

日本では第二次世界大戦後急速にパンなどの粉食が浸透した。これはアメリカの農業政策の側面が強く、それに押されて50年代には官民あげて、「ごはんより パンを」「主食を減らしても、おかずを食べよう」と奨励した。日本中「キッチンカー」と呼ばれる洋食メニュー啓蒙の宣伝カーが駆け巡り、学校給食にはパン とミルクが用意されるようになっていった。こうしてコメ離れ、日本食離れが急速に進んでいる。

さらに日米貿易摩擦の時代を迎えると、アメリカから牛肉や果物などの食品が大量に低価格で入り込み、日本食がどんどん置き忘れられるようになったのである。80年代にアメリカでは日本食のブームが起こったのに対して、当の日本ではアメリカが捨てつつある食生活が支配的になっていった。
現在、私たちの食生活は30~40年前に比べて、牛肉の摂取量は約30倍、卵は数十倍、牛乳は約20倍ととても贅沢になっている。日本の国民の栄養状態は「欧米並み」を達成することに成功したのである。

ところが、気づいてみると、30~40年前にはめったに見られなかったような病気の発症率が高まっている。
80年代前半には、日本の子どものコレステロール値はアメリカの子どもを追い抜いた。最近では生活習慣病やさまざまなアレルギー性疾患に苦しむ子どもも少なくない。
このように子どもたちの健康をむしばんだのは、食生活の乱れや極端な欧米化にあるのではないかという声が、各界から上がり始めた。いわゆるキレやすい子どもを生み出した原因は食事にあるとさえいわれている。

山梨県上野村にある「棡原ゆずりはら」は、全国有数の長寿の村として知られてきた。この村ではどの家も山の斜面に沿って点在しており、また、多くの畑も急 な傾斜地に作られていたのである。こうした土地では水田が作れないのでコメを育てることができず、ほとんどムギやアワ、ヒエ、ソバ、トウモロコシ、小豆な どの雑穀やイモ類などの野菜に限られていた。流通機関もない時代は、村ではこれらの食物によるまったくの自給自足の生活を守らなければならなかったのであ る。肉はおろか、コメさえめったに食べることができなかった。村人たちの最大の願いは、「コメの飯をたらふく食って死にたい」ということだった。
そして、急勾配の耕作のためには厳しい労働に従事しなければならなかった。

多年にわたり長寿村の疫学調査を行った東北大学の故近藤正二教授と山梨県甲府市の古守病院の古守豊甫院長は、棡原の長寿の秘密がこの粗食や重労働にあるとしている。古森院長はなかでも棡原で主食になっていたムギを「各種ビタミン、食物繊維に加えて脳卒中、心臓発作を予防するマグネシウムが豊富」と評価している。
棡原では村人たちは老いても都会人のように顔や身体にシミも少なく、腰が曲がるということも珍しかった。寝たきり老人もおらず、夫婦がそろって長生きするというのが普通であった。

50年代になるとこの長寿の村の人々の生活にも大きな変化が起こるようになった。村民が待ち望んだバスが開通すると、経済成長が進み、逆に村民は昔ながら の農林業、炭焼きでは生活できなくなってしまったのである。それまでの仕事を捨てて東京方面に出稼ぎに出始める一方で、さまざまな物資が村に入り込んだ。 白米や、肉類、卵、牛乳に酒やインスタントラーメンなど、都会と変わらない食生活となっていった。また電化製品や自家用車が普及し、労働の機会が大きく損 なわれるようになったのである。
まもなく妙なことが起こり始めた。

80~90歳代の親よりも50~60歳代の子どもが成人病で寝込み、先に死んでしまうという現象が生じるようになる。葬式を出す順番が逆だというので、この現象は「逆さ仏」と呼ばれた。
古守院長はこの原因を、「食生活が変化したため」と指摘している。動物性タンパク、脂肪、コレステロールが増え、その反面人体にとっても最も肝心な各種ビタミン、ミネラル、食物繊維が減少したためと分析した。まさに粗食を忘れたことが、長寿村を崩壊させたことになるのだ。


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疫学調査で見る粗食とは
病気の発生と生活習慣の関連を医学的、統計的に長期間調べていく学問を「疫学」という。
アメリカでは疫学研究は長い歴史を持ち、たくさんの研究がなされている。

どうしてアメリカで疫学研究が発達したかというと、アメリカは宗教や生活習慣、食習慣の異なるたくさんの民族が移民により集まって成立した国であり、疫学調査を行うのにいい条件が整っていたためだ。
このようなアメリカでの長い歴史を持った疫学的な研究の結果、現在では食習慣を中心としたライフスタイルががんなどの生活習慣病の発生や平均寿命と密接な 関係があることがわかってきた。
国や地域によって、多い病気と少ない病気の偏りが出てくるのは、人種の違いではなく、食生活の違いが最も大きいと見るべきようだ。「同じような生活習慣だと、同じ病気にかかりやすい」といえるわけだ。

たとえば同じアメリカでもユタ州に住む230万人のモルモン教徒たちは、同州のアメリカ人よりもがんや生活習慣病になりにくい。モルモン教徒患者では、女性の食道がんは90%も低く、糖尿病や心臓病は50%低い。モルモン教の宗教的制約が禁酒・禁煙や肉食の禁など食事にまで及んでいるからと考えられる。
こうした疫学研究の一つでよく知られているのは、60年代後半に行われた日本からハワイに移民した人たちの疾病の変化に関する調査研究だ。日本人は一般に 白人に比べて動脈硬化を起こす年齢は遅いが、ハワイに住んでいる二世は、一世に比し動脈硬化が若年化し、三世ともなると白人との差はほとんどど見られなく なる。

同じようなことが、がん発生のパターンを調べた研究でも明らかになった。これによると、日本にいる日本人の大腸がんの発生率は100万人あたり八七人なの に、ハワイに移民した日本人は371人と大きな差が生じている。また、一世、二世、三世と代を重ねるに連れて、胃がん、肝がんが多く大腸がん、前立腺がん が少ない「日本型」から、その逆の「アメリカ型」に移っている。

70年代には、疫学調査や研究から、脂肪分の摂取量ががんの発生に大きく関与していることを明確に示した報告が見られるようになった。最も有名な研究とし ては、疫学者のキャロル博士が、世界三九か国において脂肪を摂る量と乳がんによる死亡率に相関性があるとした報告を76年に提出している。
乳がんに続き、大腸がんの発生も脂質のとり方と関係があることがわかってきた。85年に日本とアメリカ、イギリスとの間で男性の大腸がんの死亡率を比較し たデータがある。日本人の男性の人口10万人当たりの大腸がんの死亡率は10.3人であり、アメリカ人は20.1人、イギリス人は20.8人だった。

一方、「カロリー制限」とがんの発生の相関を調べた動物実験がよく知られている。
94年にマサチューセッツ工科大学のタンネンバウム教授によって行われた実験では、マウスの一方のグループに一日につき11.7カロリー、もう一方のグ ループに一日につき9.6カロリーの餌を与えて自然発生のがんを調べている。その結果、カロリーを低く与えた方のグループが25%もがんの発生が低いこと がわかった。

アメリカでは80年代にアメリカ国立科学アカデミーより『食と栄養とがん』報告書が発行された。このような疫学的な研究の結果からカロリーや脂肪、食塩の 摂りすぎががんの発生に結びつくと警告する一方、多くの植物性食品成分にがんを予防する効果があると期待されるようになったのである。すなわち、低カロ リー、低脂肪、低塩分という「粗食型」はがんの危険性を引き下げるといえるわけだ。


長寿を導く魚・大豆・海藻・野菜

日本人の食卓がいずこも同じように「粗食型」であった時代にも、一方では長寿の村が生まれ、もう一方では短命の地域が生じていた。すなわち粗食ではあっても、健康と長寿を支えることができる内容と、そうではない内容になってしまうようだ。長寿村研究の故近藤正二氏は、次のような点をあげている。

1. 長寿村では食生活に魚か大豆が必ず豊富にある。
2. 長寿村では目立って野菜が豊富に食べられている。
3. 米の偏食・大食の食習慣のある村は例外なく短命である。
4. 主食については一定した結論は見出せないが、概して米が少なく、麦が主でサツマイモも多いところに長命者が多い。
5. 海藻を常食とする所は、食べない所より一段と長寿者が多い。

こうした疫学調査の結論は、最近のアメリカにおける食と健康の関係についての知見などによっても裏付けられるようになってきた。たとえばアメリカ食品栄養予防医学センターが、4500件以上の研究を基に発表したがん予防のための「食生活のガイドライン」などにも共通した内容がうかがえる。

ハワイのがん研究センターの研究者らが85年から93年までの子宮がん患者332人とその他の女性500人以上を比較調査したところ、豆類や豆腐などの食 品を多く摂った女性は子宮がんの罹患率が54%低下したという。カリフォルニア公共健康基金のデービッド・T・ザヴァ博士は、大豆成分のイソフラボンが、 がんの成長を促進すると考えられている酵素の活動を抑制し、がんの危険性を低下させるとしている。
また魚については、結腸がんをはじめとするさまざまながんの予防に一役買うという報告もされている。
スペインの研究者グループが、イタリアのがん入院患者 一万人とがん以外の疾患患者8000人の魚の摂取量を比較調査したもので、魚を食べる回数が1週間に1度以下、1週間に1回、1週間に2回以上の3つのグ ループに分けて調べたところ、1週間に2回以上のグループはある種のがんの危険性が顕著に低下していることが分かったという。

一方、日頃から野菜の摂取を心がけることで肺がんにかかる危険性が低下するという報告も出ている。
スウェーデンで行われた非喫煙者を調べた研究で、非喫煙 者の男女で肺がん患者124人と健康体235人を比較したものだが、野菜摂取量が高い被験者は肺がんに罹る危険率が30%低かったという。
穀類については未精白のものががん、心血管系疾患などの死亡率を低下させることができるという報告もなされている。アメリカ・アイオワ州で55歳から69 歳までの女性3万8740人を調べた研究により、未精白穀類を摂取するほど病気に罹らない健康な生活が営めるという結論に至ったという。

見直される「身土不二」と「一物全体」

さて、日本人は古くから「身土不二」とか「一物全体」といった食物観を備えていた。身土不二という考え方は「人間は身体(身)と環境(土)は密接に関係し合っている(不二)」ことをいう。
す なわち、「その土地に育ったそのときどきの滋養に満ちたもの(旬)を食べよう」という意味になる。東洋医学にも、これに近い食養生の考え方があり、食材に は身体を冷やす力「陰のもの」と、温める力「陽のもの」があり、旬の食材を食べることにより、夏は身体を内側から冷やし、冬には温め、環境の変化から身体 を守ってきた。

また最近では、それぞれの伝統的食生活のなかで長い時間をかけて培ってきた代謝酵素により、民族によって吸収しやすい栄養素と、そうでないものがあることが知られるようになった。すなわち、土着のなじみのある食物こそ、その地域の人々にとって消化しやすいわけである。
しかし現代では、世界で流通革命が進む一方、温室栽培や養殖の技術が進み、野菜や果物、魚介類も季節を問わずにスーパーの店頭に並び、旬が失せてしまっ た。本来食材は旬に最も栄養価が高くなることが知られており、たとえば夏場が旬であるホウレンソウは冬場のものになると鉄分は4分の1に、ビタミンCは半減してしまう。

一物全体を食するという考え方は「一つのものを丸ごと食べる」こと、すなわち野菜や果物などは「皮つき、根つきで食べよう」という意味だ。
私たちはもっぱら歯ざわりやのどごしの良さを追い求め、穀物においても精白、精製したのを食べるようになった。それまで人類が長い歴史の中で摂り続けてき た穀物の皮や胚、野菜の皮の部分に特有のビタミンやミネラル、食物繊維など身体に必要とされるものが多く含まれているのだが、ここ50年くらいの間にどんどん見捨てられてきた。

人類の長い歴史の中で、99%は飢えの歴史でもあった。それゆえ、我々の身体は栄養の不足には強くできており、とりわけ日本人は、身体の中にとにかく栄養 を溜め込もうとする「節約遺伝子」という仕組みを持っていて、過剰摂取が続くとたちまち糖尿病などの健康破綻がもたらされやすいといわれる。
本来「粗食」こそ日本民族に合った食事だったともいえるのだ。
そのような食糧も自給率が40%を切り、先進国の中では珍しいほど、食料を輸入に頼らなければならなくなっている。伝統的な食材が見失われるとともに、発がん性の疑いのある防腐剤、防カビ剤、ポストハーベスト、放射線などを浴びた農産物が氾濫していることも心配だ。

これまで日本人はたびたび、「これさえ食べれば健康になる」「これさえ飲めば痩せられる」といった食べ物情報に踊らされきた。これに対して、現在提唱され ている「粗食の見直し」は、従来の健康食ブームのように何か特別のものを無理して食べようということではない。それは飢えと隣り合わせの時代の中で生み出 された身土不二や一物全体という、かつてあたり前だった食べ方の知恵を思い出そうということなのではないだろうか。逆にいえば、私たちの飽食の中の食生活 はこれまで、きわめて自然に反し、歪んだものになっていたことへの反省だろう。