肥満への過剰な警戒に
ブレーキをかけるべき時がやってきた
飽食の時代にあって、若い女性たちが錦の御旗としているダイエットへの取り組みはどこか歪んだものを感じさせる。厚生省はこのたび国民栄養調査の結果を発表し、日本人の男性の肥満が増える一方、若い女性のやせすぎが目立ってきている実態を示した。また、国民が食生活の改善に取り組むための新しい「食生活指針」(参考資料へ)が決まり、適正体重を知り、無理な減量をやめることが呼びかけられている。この指針の策定に参加した前東京女子医科大学第二病院院長の村田光範医師に、肥満とダイエットへの新しい見方を示してもらった。
村田光範(むらた・みつのり)
1960年千葉大学医学部卒。六五年同小児科学修了し、小児科学教室入局。68年東京女子医科大学附属第二病院小児科講師、七一年同助教授、83年同教授、九四年同病院院長(兼任)、2000年東京女子医科大学定年退職し、同大学名誉教授になる。主な著書に『子どもの肥満』、『子どもの健康とスポーツ』、『子どもの成長障害』(いずれも医歯薬出版)。
男性の肥満と若い女性のやせが顕著
厚生省が2000年2月に発表した国民栄養調査の結果は1998年10月1日の人口をもとに、肥満の判定に用いられるBMI(Body Mass Index 標準値は22とされている)を基準とした肥満の割合を推計したものだ。
これによると日本の肥満人口(15歳以上)は男性で1300万色人、女性で1000万人となっている。
1979年からここ20年間の肥満者の割合の年次推移からみると、男性では、肥満者(BMI25.0以上)の割合が15~19歳で、 6.0%→11.4%、20歳代で9.2%→19.0%、30歳代で16.3%→30.6%とそれぞれほぼ2倍の増加を示し、若年層において増加が著しい。
一方、女性ではやせ(BMI18.5未満)の人の割合が15~19歳で13.5%→20.4%、20歳代で14.4%→20.3%と増加し、若年女性のやせの傾向が顕著になってきている。
1979年に比べ男女とも自ら「太っている」と評価する者が増加している。
やせすぎといえる15~19歳、20~29歳の若い女性でも、「太っている」と評価する人のほうがはるかに多い。
調査では肥満度別に体型に対する自己評価をみている。現実の体型を「肥満」、「普通」、「やせ」の肥満度別に分けてみているが、男性はいずれの年代でもほぼ半数以上は適正に評価している。一方、女性は現実の体型より太めに評価する傾向にあり、現実の体型が「普通」であっても半数以上は「太っている」と評価している。
このように国民栄養調査では、「男性の肥満」と「若い女性のやせ」が浮き彫りにされた。さらに女性の多くが、「太りすぎ」を気にしてやせたがっている様子がうかがわれる。
肥満は皮下脂肪が厚いタイプと、腹腔内の内臓脂肪が多いタイプに分けられる。前者はお尻の周りに脂肪がつく体形になりやすいことから「洋ナシ型」といわれ、後者は腹の周りに脂肪がつく体形になりやすいことから「リンゴ型」といわれる。同じ肥満でも糖尿病や高脂血症などの合併症に結びつきやすいのはリンゴ型だ。リンゴ型は洋ナシ型に比べて、血中の中性脂肪が増えやすいことがわかっている。
「問題は脂肪が身体の中でどのように分布しているかということであって、太っていることの質に注目しなければなりません。悪いのは合併症を伴う”肥満症”なのであって、肥満そのものを病気と考えるのは間違いです」(村田氏)
女性では理想体重に近づくよう努力している人が
20~40歳代で70%を占め、50~60歳代では80%に達している。
これに対して男性は15~19歳では45.7%、20~40歳代でも50%台にとどまっている。
また肥満者であっても、男性は体重コントロールを心がけていない者が40%を超えている。
体重コントロールを心がける理由は、男性ではいずれの年代でも「健康のため」という理由がいちばん多い。とくに40歳代以降は70%前後を占める。
一方、女性の体重コントロールの理由は、「きれいでありたいから」が若い年齢層でもトップを占め、とくに15~19歳で62.9%、20歳代で51.0%と多くみられるが、40歳代以降になると「健康のため」が多く、60%台を占めている。
肥満大敵とジョギングに汗を流す
もちろんやせていることがきれいであるという考え方は、日本の女性たちに限ったことではない。アメリカ、ジョンズ・ホプキンス大学のベンジャミン・キャバ レロ博士らは、美人コンテスト「ミスアメリカ」の歴代優勝者の体格を80年前までさかのぼって分析した結果、最近「やせすぎ」の傾向が目立ってきたことを 明らかにしている。
80年間に、優勝者の身長の伸びはわずかだったのに、体重の伸びは減っているのがわかった。
さらにBMIをもとに、栄養学上の健康度を判定した。
そ の結果、60年代前までは特に問題がなかったが、70年代から90年代前半まで身長と体重のバランスが悪く、世界保健機関(WHO)の基準に照らすと栄養 不足による健康障害と分類される女性も少なくないことがわかったという。やせの体形に美の基準をおくことが、若い女性の栄養障害など、さまざまな弊害を生 んでいる。
国民が食生活の改善に取り組むための「食生活指針」がこのたび改定され、「美しさは健康から。
無理な減量はやめましょう」と初めてやせすぎの問題が取り上げられた。村田医師も同じ意見である。
「女性の生殖年齢期には、妊娠して赤ちゃんを生むために体脂肪率が25%くらいなければなりません。
ところが、身体の4分の1が脂肪というと、一般にはたいへんな太りすぎというふうにとらえられてしまいます。多くの女性が理想とする体重では、体脂肪率は15%程度にしかならず、やせすぎです。
これでは妊娠の資格がないとさえいえるでしょう。
女性たちは、ヒップアップということをさかんにいいますが、これは皮下脂肪の少ない小さいお尻になろうということです。デンとした大きなお尻こそ女性本来の機能を備えたいいお尻といえます」(村田氏)
一方、1999年度の「食料・農業・農村の動向に関する年次報告」(農業白書)は、脂肪の摂取比率が適正比率の上限を上回っていることなどから、国産農産物を中心にした日本的食生活への回帰を訴えている。
さらに子どもたちの間に「欠食」「孤食」が目立つ現状を指摘する一方、食べ残しなど「食料ロス」や、食の洋風化を背景に食糧自給率が低下している問題についても言及している。
現在は飽食の時代といわれるが、食べるものの種類や量が豊富になったことが、必ずしも人々の健康や豊かさにはつながらないということが認識され始めたようである。肥満・やせの増加やダイエット・ブームは、人間としての本質的な生活のあり方や食事とは何かを問いかけているのかもしれない。
最近の研究で、肥満には遺伝的背景があることがわかってきた。
β3アドレナリン受容体が働くと、エネルギーを燃やす働きのある褐色脂肪細胞を活性化させ、余分なエネルギーを放散させやすい。すなわち遺伝的にβ3アド レナリン受容体が働きやすい人は肥満しにくいというわけだ。また、新しい肥満治療薬も考えられるようになってきた。しかし、村田氏は、「遺伝的な背景が肥 満の決定的な要素ではない」と強調するのである。
「人類は飢えの歴史を生きてきました。そのため、食べられるうちにエネルギーを中性脂肪として蓄える機能が備わったのです。
ですから、太るということは本質的に生命を守るというポジティブな意味を持つのです。β3アドレナリン受容体というものがわかってくると、『これが働きに くい人は異常なのではないか』と勘違いする人が多くなっています。
しかし、溜め込んだ脂肪をすぐに燃やしてしまうというのは本来、決して”いいこと“では ないはずです。日本人は貯蓄を美徳としていました。ところが、現在は貯蓄せずに過剰に消費することが経済を動かすのでよいといわれるようになっています。 要するに現在の社会状況が問題なのであって、肥満そのものが問題ではないのです。身体が備えた美徳的機能を見つめ直すべき時です。『肥満に気をつけよう』 と言いすぎることは、見直す時期に来ているのではないでしょうか」(村田氏)