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EBMを考える – 3

補完代替医療のEBMを考える立場から
金沢大学大学院医学系研究科
井上正樹教授に聞く

井上正樹 (いのうえ まさき)
1973年金沢大学・医学部卒業。77年大阪大学大学院医員。79年同産科婦人科学助手。84年米国ハーバード大学、マサチューセッツ総合病院病理部留学。93年大阪大学医学部産科婦人科学講師。94年金沢大学医学部産科婦人科学教授。2001年同大学院医学系研究科がん医科学専攻、分子移植学(産科婦人科学)。03年より同がん医科学専攻長。

補完代替医療に使用されるサプリメントにおけるエビデンスの必要性

今年10月29日〜31日、金沢市で「補完代替医療のエビデンスを求めて」というテーマのもとに、第7回日本補完代替医療学会(JCAM)学術集会が開催され、井上正樹教授が大会会長を務める。1996年に設立されたこの学会は、補完代替医療(Complementary and Alternative Medicine=CAM)の臨床的な有効性と安全性を科学的に証明することを大きな目的として掲げてきた。
「補完代替医療は、保険診療の中で一般的に認められている治療法に対して、『代わる医療』、『補完する医療』という意味ですが、一般的にすでにとてもよく使われています。ところが、まだ科学的根拠があるかどうかわからないものが大半です。それを明らかにしていこうということで、JCAMは活動を続けてきました。2002年には金沢大学に補完代替医療講座が設けられました。さらに、このたびJCAMでは国内向けの雑誌を発行しました。まもなく海外に向けて英文雑誌もオックスフォードプレスから創刊される予定です」
井上教授は、JCAMの活動状況をこう紹介する。
補完代替医療にエビデンスを求める研究の世界的流れは、アメリカで始まった。1992年にNIH(国立衛生研究所)にOAM(Office of  Alternative Medicine=代替医療事務局)が創設され、本格的な研究が行われるようになった。主な目的は、補完代替医療の効果を科学的に研究し評価を進めることだ。98年にはNCCAM(National Center for Complementary and Alternative Medicine=国立補完代替医療センター)に格上げされ、さらにがん領域における補完代替医療の研究を進めるOCCAM(Office of  Cancer CAM)という事務局も作られ、NCCAMと連携しながら研究が進められている。
一方、日本においては、医療者の代替医療に対する認識は、アメリカのように高くはなかった。そのため、この領域に対して系統的研究がほとんど行われてこなかったのが現状である。では、現代西洋医学の最先端をゆくがん治療研究を専門とする井上教授が、なぜ補完代替医療のEBMを求めようとするのだろうか。
「患者さんの中には、いろいろな西洋医学的な治療を施しても、治療に至らないがん患者が少なくありません。そうした人たちが我々に相談をせずに、あるいは隠れて、サプリメントなどを利用しておられるケースを多く見かけます。これは、『主治医に質問しても答えてもらえない』、『医者は答えることができないから』というふうに考えておられるからでしょう。むしろ、あきらめて医師に相談されないのだろうと思います。したがって、我々医師も『民間療法だから』とか、『食品だから』ということで、ノータッチでいいというわけではありません」
「我々医者は医師免許をもらって、治療のために結果的に患者さんを手術で傷つけたり、副作用のある薬を飲ませたりしていますが、これはある意味で制度に守られているわけです。医師も職業である以上、『そのことは知りません』ではすませられないと思います。専門家として勉強し、答える努力をする必要があると思います。一般医療として定着していない補完代替医療について、我々が患者さんから治療について質問されたり、薬を使用するとき、根拠がある情報を提供する必要があるのではないでしょうか。我々自身が補完代替医療をよく理解していない部分もあるので、互いに情報交換しながら補完代替医療の根拠を示していく必要があります」

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普遍性にも個別性にも対応する医療が理想

サプリメントのEBMも問われ始めてきた。

現代西洋医学で高いエビデンスが得られる医療は、細胞実験や動物実験などの基礎医学で出来上がったものをベースにして、RCTなどのよくデザインさ れた臨床試験を行ったものとされる。さらにここから生まれた臨床論文を検討するメタアナリシスで「(比較する治療法に対して)有意差がある」と認められた ものが「最高」となるわけだ。ところが、井上教授は、現在の豊かで複雑な社会の中で、そうした標準化した医療は、限界を見せはじめているのではないかと感 じている。患者自身が満足をしていないのではないか、そのために、サプリメントや伝統医学などの補完代替医療ブームがあるのではないかと考えられるわけ だ。

「たとえばRCTによる検証の過程で落とされた治療法の中にも、ある患者さんにとっては有効なものもあるかもしれません。西洋医学のEBMは、普遍性・再現性を求めており、そのこと自体は重要なのですが、もう一つ重要なのは本来人間というのは普遍的なものではなくて個人個人が独立した存在であるという考え方です。ものごとの考え方も違うし、治療方法に対する選択や思い入れも違う。それを一人の人格として認識すべきという概念もあるのです。こうした概念に基づく医療はナラティブ(記述)・ベイスド・メディスン(Narrative Based Medicine=NBM)といわれています」
NBMは情緒的な概念でもある。個人個人は特有の遺伝子を持っていて、たとえば同じ量のアルコールを飲んでも、代謝酵素の活性が違うために人によって酔い方に違いが生じる。あるいは遺伝子の発現の仕方によって免疫活性も違ってくる。そこで、それをとらえて個人個人に最適な医療を、「テーラーメイド医療」として実現しようという方向もある。
「ところが、一人ひとりの人間を遺伝子分子の異なる個人としてとらえようとしても、その人にどの程度個人的な差があるか十分わかりません。そうかといって、個人個人に差があるということを否定するのではなく、エビデンスを確立するためには求める科学の中でそれを検証していかなければならないのではないかと思います。ここにジレンマがあります。そこで科学性や普遍性を求めるEBMと、感性や個別性を求めるNBMは両極にあるけれど、それぞれ置き換えられるものではなく、相互に補完して病気の治療にあたることが必要だと思います。この二つを統合した医療こそ多くの人が求めている理想的な医療ではないでしょうか」
すると、RCTなどの手法によって検証されるEBMに対して、NBMを検証する臨床試験は別の方法があるのではないかという考え方もできる。しかしその方法はまだ分かっていないし、これから探っていかなければならない。
「たとえば抗がん剤などは、がんが完全に消える完全寛解や半分以下まで縮小する部分寛解が2、3割あれば『有効』と認められます。これに対して、腫瘍をそれ以上大きくさせない薬があったとしても、『効果なし』と判断され、抗がん剤としては認められないわけです。しかし、患者さんにとっては副作用がなくて、がんの進行を止めるような薬があれば、それは意味があるものだと考えられます。そこで、NBMの立場からは、そうした薬をEBMとは別の検証方法で見つけていくということもあるのではないでしょうか」

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EBM未検証のものも否定できない

そもそも西洋医学のRCTなどは、新しい薬を開発するために、せいぜい5年くらいをめどにして結論を出すようデザインされた臨床試験の手法だ。1つの新薬を開発するためには、500億円という巨額の資金を要するといわれ、何万人もの被験者を必要とする。これに対して、サプリメントや漢方薬などの補完代替医療の分野では、資金力を持った大きな企業はないし、すでに広く使われているものがあるのに、今さら多額の投資をするというリスクをおかしてまで検証することはできないという事情がある。
一方、サプリメントの材料になるハーブや漢方薬の中には、何十世紀もの間使われてきたものも多く、この長い経験によってある程度の効果と安全性が証明されてきたともいえる。この意味において、現代の新薬にはまだ十分検証されていないものがある。たとえば最近、分子標的薬と呼ばれる新しい抗がん剤が次々と登場しているが、短期間での腫瘍縮小や延命は証明されているものの、まだ5年、10年の長期生存を達成できたものはない。
「補完代替医療の中で、あるものを食べると体調がよくなったり、鍼灸やマッサージ治療を受ければ気持ちがよくなることは分かっているのだから、それらは確かに効果はあると思います。ただその効果のある・なしの客観的な評価の方法が今のところわからないわけです。『調子がよくなった』、『気分がよくなった』ということをどう評価していくかが問題であり、ものに応じて評価の方法を変えていくという可能性もあるでしょう。たとえば鍼灸やマッサージを受けると、リラックスをうながすようなホルモンが出て免疫活性が上がってくるというエビデンスが出てくるかもしれません。これらは検証できていないから否定するのではなく、積極的にその効果と安全性を明らかにするように取り組むべきだと考えています。いちばん大事なところは、『なんとなく効く』ではなく、『本当に効くかどうか』、『どのくらい効くのか』、『どういうメカニズムで効くか』、さらに『安全なのか』ということを検証して、我々臨床医が患者さんに伝えられるようにしていくことだと思います」


たとえば、人類は何の役にも立たなかった青カビから抗生物質のペニシリンを作り出した。解熱剤のアスピリンは柳の枝の成分から生まれたし、最近抗がん剤と して脚光を浴びているタキサンは西洋イチイという樹木の成分から抽出したものだ。我々の周りには、まだまだ埋もれている素材が数多くあるかもしれない。補 完代替医療のエビデンスを求める研究には、そうしたものを発掘していく役割もありそうだ。
「最近西洋医学で定評のある雑誌を見てみると、とくに目 立つのは食品が病気の予防に効果があるという報告です。従来、食品の薬効は、もっぱら試験管実験や動物実験の結果などで語られていましたが、最近ではかな り大規模な臨床試験のデータも見られます。たとえばトマトのカロチンであるリコピンに前立腺がんを予防する効果があるとか、緑茶のポリフェノール成分であ るカテキンにがんを予防する効果があるといったことが、一流の医学雑誌に報告されているのです」

補完代替医療研究の夜明け

JCAMでは今年9月、「eCAM(Evidence‐based Complementary and Alternative Medicine)」という国際ジャーナル誌を創刊する。補完代替医療に関して世界的にEBMを確立し、情報交換をしてデータベースを作っていこうとする動きだ。
「我々は医療従事者なので、臨床試験を積極的に行ってその情報を市民に提供していく義務があるわけです。アメリカなどは、日本の補完代替医療の研究にとても注目しています。どうしてかというと、日本は様々な民間療法や漢方などの東洋文化の上に、西洋医学をうまく導入して世界一の長寿を達成している国だからです。そういう国で、補完代替医療を西洋医学的な観点から検証するということが非常に高い関心を集めているのです。日本が補完代替医療の情報発信の場になることを、世界の人が願っているのではないでしょうか。
これまではまったく光が当たらず不透明であった補完代替医療の世界で、我々は講座を作り、学術集会を開いたりしながらそれらを検証する作業に取り組んできました。世界中の各民族の間で民間療法や伝統医学がずっと受け継がれてきているのは、何か良いところがあると考えられてきたからです。もちろんこうしたものを科学的に検証する場は世界の1ヶ所だけではなく、いろいろなところで行われて連携されていく必要があります。さらに補完代替医療の世界的なデータベースを作る必要があります。今はようやくそうした補完代替医療に光が当たりはじめた『夜明けの時期』です」