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中医診療日誌 – 1

「病邪」と「体質」の両面を考えた
花粉症の予防と治療

アレルギーを中心にした中医学の診療に力を注いでおられる平馬直樹先生に、中医学を分かりやすく説いてもらうことになった。
連載の1回目は、10年間近く花粉症を発症し続けてきたあるOLの臨床例を通して、中医学の診断と治療の特徴を示す。

プロフィール写真

平馬直樹 (ひらまなおき)
1978年東京医科大学卒業後、北里研究所付属東洋医学総合研究所で研修。87年 より中国中医研究院広安門医院に留学。96年より平馬医院副院長、兼任で、後藤学 園附属入新井クリニック専門外来部長として漢方外来を担当。

患者は典型的な「薄着タイプ」

12月になって、かなり冷え込み始めたのに、診療室に入ってきたS子さんは上半身はブラウス1枚だけという姿で、スカートも短めです。年齢は24歳。身長は162センチ、体重は45キロで、今の若い女性なら標準的な体格でしょう。中学生の時から花粉症が続いていて、「年によって症状が重い時もあれば軽い時もある」
とのこと。お母さんに勧められて、「花粉のシーズンに備えて予防のためのお薬が欲しい」と訪れたのです。問診を行います。
――風邪はひきやすいですか?
「冬場に時々ひく程度です」
――胃腸は丈夫ですか?
「あまり丈夫ではありません。よく下痢をしたりします」
――手足が冷たくなりませんか?
「はい、今の季節は冷えます」
――生理は?
「周期はきちんと来ますが、ちょっと重めだと思います」
――ほかに、病気は?
「花粉症以外は、健康のことでそれほど気になることはありません」 
仕事は事務で、1年中ほとんどエアコンの効いたオフィスの中で、パソコンに向かいながら仕事をしているそうです。普段の食事は、だいたいパンに野菜サラダといったものが中心で、毎朝牛乳を飲んでいるといいます。「典型的な薄着タイプの花粉症だな」と感じました。
――脈をとらせててください。
細い手首を軽くつかませてもらいます。それほど大きな問題はありませんが、若い女性にありがちなように、脈はやや細くて弱いようです。
――舌を出してください。
舌診では、きれいなピンクではなく、やや白っぽいのがわかりました。また、ちょっとぼてっとして腫れたような感じもあるようです。 
もし病邪が入り込んでいるようなら、脈が強く打ったり、舌に厚い苔が生えたりしているはずですが、S子さんの場合はそこまではいっていません。こうした場合、病邪を排除するより、体質を矯正することのほうがポイントになります。まず「気」と「血」を強化して冷えを改善し、抵抗力を養っていく必要があると見立てました。

病気の原因は病邪と体質

中医学では病気がどう起こるかについて、1つは身体の機能、すなわち抵抗力不足が原因であると考えます。もう1つは、身体に働きかける環境因子(病邪)が原因で発病すると考え、多くは風や熱さ、寒さ、湿気などの気候因子(外邪)の異常が身体を障害して起きるのだとします。  
もちろん、純粋に身体の機能低下で起こる病気もあるし、一方では純粋に環境因子で起こる病気もありますが、多くの病気はこの両方が関わっていると見ることができます。とくに慢性の病気になると、両方を兼ねているものがほとんどです。 
アレルギーという病気の仕組みを考えてみると、まず身体がアレルギー反応を起こす素因を持っていて、その反応を呼び起こすアレルギー源が働きかけます。このアレルギー源は環境因子でもあります。花粉症はアレルギー性鼻炎の一つですが、アレルギー性鼻炎のアレルギー源はスギ花粉ばかりでなく、他にもヒノキの花粉やブタクサの花粉、ダニやハウスダストが原因になることもあります。つまり、アレルギーとは環境因子と体質と両方が関連しあって起こる病気だといえるわけです。 
これは中医学の病気の起こり方の考え方とまったく一致することになります。アレルギー疾患は中医学が非常に得意とする病気の一つなのです。 
ところが、現代医学はスギ花粉症であれば、原因はスギ花粉だけというふうにしか見ていません。そこで、花粉症の予防には、例えば減感作療法など、もっぱら花粉が身体に反応しない対策だけに目を向けるわけです。
これに対して中医学は、スギ花粉という病邪だけでなく、身体の抵抗力不足も原因の1つでもあると考えます。


身体の抵抗力は何に支えられるかといえば、五臓六腑を中心とした身体の組織、器官がしっかりしていること、また、気とか血とか津液と呼ばれる生命エネルギーが澱みなく全身を巡っていることにるのです。 
スギ花粉というものが風邪として働くにしても、病気の症状がはっきり出ない限り、風邪を感受していないわけです。それを感受するのが、身体の抵抗力の衰えに よるものとだというふうに考えます。『黄帝内経』という中医学の古典には、「邪が集まればその気必ず虚す」と書かれています。ある人にとってスギ花粉は何ともないのに、別のある人にだけ何故出てくるのかというと、体質と抵抗力の違いです。現代医学は体質はどうしようもないという考え方をする面がありますが、中医学はこのように体質も含めて対策を考えるという治療法を行います。

スギ花粉も「病邪」の1つ

もともと中国という国は、日本のようにスギがたくさんないために、花粉症の症例がほとんどありませんでした。そうしたことから、1980年代に、スギ花粉は中医学で伝統的に考えてきた病邪の中に含めてしまっていいのかということが、日本で中医学を勉強している人たちの間でずいぶん論議されました。 
それまで中医学の病邪とは、細菌とかウイルスであるというふうに考えてきたのです。例えば寒い屋外に長時間たたずんでいればその晩から鼻がぐ
ずぐずしてきてカゼにかかりますが、これは寒邪と風邪が複合したものが病邪になっているわけです。その正体はカゼを起こすウィルスです。そこで、果たしてスギ花粉がこうした病邪と同じものと考えていいのかどうかを、それこそ侃侃諤諤と意見を闘わせたものです。こうして、スギ花粉をアレルギー性鼻炎の病邪と見ることには間違いはないという結論に達しました。
アレルギー性鼻炎の病邪に対して身体の非常に浅いところで起こるのが、鼻水が出たり、目や皮膚がかゆいという症状です。しかし、身体のもっと深いところではその人の体質の問題、気血の巡りのバランスが悪くなっているという問題が起こっています。そして、多くのアレルギーでは、主に胃腸(脾)の弱い人のタイプと、もう1つ生命力を司る腎が弱くなっている人のタイプとの2つに分けられると考えられます。
中医学ではこうした観点から、患者さんの体質を診断して、スギ花粉の時期を迎える前にそうした身体のバランスを養っていくという治療を行おうとするわけです。

食生活の改善も不可欠

S子さんのような胃腸(脾)が弱く、気血の働きに弱点があるタイプの患者さんには、たとえば「当帰芍薬散」と「気脾湯」という薬などを花粉の時期まで飲んでもらい、体質、体調を整えてもらっておくことが有効と考えられます。毎日2回飲んでもらう煎じ薬を処方しました。
漢方薬はいくつかの生薬を組み合わせて作ります。ちょうど中国の料理と同じように、数多くの食材を組み合わせて煮ることによって複合的な効果を期待するわけです。この薬の組み合わせが非常に大事で、煎じ薬の場合は、体質と病邪の関係を見立てて、患者さん1人ひとりに合わせたオーダーメイドの処方をすることができます。
一方、漢方薬を製剤化したエキス剤の場合は、昔から使われてきた経験に則る1種の約束処方で、ある程度方向性のある治療はできますが、既製服のようにしっくりなじまないこともあると考えなければなりません。 


また、体質改善には薬だけではだめで、やはり薬と同じ方向にある程度ライフスタイルを変えていただくことも欠かせません。すなわち、冷えへの備えというこ とがひとつの問題です。それにはまず物理的に冷えない服装をするということと、もう1つは食事が問題で、その面でもアドバイスをしました。
身体を 冷やさないためには、生ものや冷たいものはいけません。果物も冬ならミカンやリンゴなど、旬のものならいいのですが、ハウス栽培や南半球から輸入したよう なものはなるべく食べないほうがいいのです。そして、植物が冬を越すために滋養を蓄えた状態である豆類、穀類など種のものや、イモ類、根菜類をよく摂るよ うにします。こうしたものを豊富に取り入れることのできる食生活は、やはり米食中心でなければなりません。パン食になると副食はどうしてもサラダとかバターなどの油っぽいものなど選択肢が限定されて、土台が崩れてしまうのです。もちろん体質によってはパン食のほうが合う人もいるのですが、S子さんのよう な冷え性の人は、できるだけお米をしっかり食べてもらうことが大切です。また、冷え性タイプの人には牛乳はあまり向かないので、「毎朝は飲まないほうがい い」と伝えました。

体質と症状に応じた生薬配合

最近は日本の現代医学も、アメリカでの代替医療の普及の影響などから、ある程度は柔らかい構造になってきました。例えばアレルギー性鼻炎なども、治らない場合は漢方薬とか民間療法なども取り入れる動きがあります。ほんの数年前までは、治療といえばその季節だけ、鼻水は点鼻薬で、目のかゆみは目薬で抑え、皮膚科領域の症状が出ればもっぱら塗り薬で対処していたのですが、最近では飲み薬で身体の中から変えていこうという考え方が優位です。現在のところ、治療効果としてはまだまだですが、発想としてはスギ花粉の季節を迎える前に予防しよう、身体の中から治していこうという考え方になっており、大きな進歩だと思います。ただし、現代医学の場合は一律に抗アレルギー薬を飲むなど、アレルギーの一連の仕組の中でどこかでブロックすることによって、「アレルギー反応が軽くてすむかもしれない」という考え方で対応しているわけです。この点、中医学は、どこにその人の問題があるのかを考え、冷えやすい人と診断すれば、冷えやすい体質そのものを改善しようというきわめて論理的な治療を行うわけです。 


さて、S子さんは結局、2月下旬になって、ちょっとくしゃみが出たり、目がかゆくなるなど、花粉症の症状が出始めました。そこで、今度は鼻の通りをよくす る作用がある「防風」と「辛夷」という生薬を加えました。防風という生薬の名前は、「風邪を防ぐ」という意味から来たもので、今度はS子さんの体質の問題 だけでなく、病邪の影響が強くなってきたと見て投与したものです。また、目の炎症に対しては菊の花が有効なので、これも加えました。このように季節に応じ て対処することにより、S子さんは従来よりずいぶん楽に花粉症シーズンを乗り越えてもらうことができたと思います。