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心の診療日記 – 2

患者を診るために視点を変える

データ的には治っているのに、少しも良くならないと訴える初老期の患者。
西洋医学をベースに東洋医学や心身医学を併せて挑む。

プロフィール写真

永田勝太郎 浜松医科大学保健管理センター(心療内科)

1948年、千葉県生まれ。福島県立医科大学卒業。医学博士。千葉大学第一内科、北九州市立小倉病院心療内科、東邦大学麻酔科などを経て、現在浜松医科大学保健管理センター講師(心療内科)。
1996年「ヒポクラテス賞」(第一回国際医療オリンピック)、1997年「シュバイツァー賞」(ポーランド医学会)を受賞する。
主な著書に「全人的医療の知恵」(海竜社)「バリント療法」(医歯薬出版)「新しい医療とは何か」(NHK出版)など多数。

老年医療の問題点

わが国の老人の人口比は、確実に増加してきています。それにともなって老年医療の問題性がよく議論されるようになってきました。
よく「小児は成人を幼くしたものではなく、また老人も成人を単に老いさせたものではない」といいますが、高齢者を単に成人とみなして考えると、医療では危険なことになりかねません。高齢者は成人と比べると、症状がはっきり現れにくく、薬などの副作用が出やすいことなどがあげられるからです。
このことは、高齢者になると全身のホメオスタシス(調節機能)の低下が引き起こされることから、病態が一部の細胞や臓器に限られず、全身に及ぶことや、身体的病態のみならず、病態が患者固有の心理面や社会性など、実存的問題にまで及ぶことを考慮しなければならないからです。

動脈硬化の潜在と不安定高血圧

老化とは「血管が老化すること」とよくいわれますが、高齢者になると動脈硬化が多くなり、それがもとになった軽症高血圧がよく見受けられます。また高齢者には潜在性心不全があることも多く、これらがあいまって結果的に高血圧を引き起こすことも多いようです。
高齢者の軽症高血圧の血行動態を調べてみますと、以下のような特徴がみられます。

1. 収縮期血圧(SBP)の割には、拡張期血圧(DBP)が高い。
2. 心拍出量(CO)は比較的正常か、または低下している。昂進していることはまれである。
3. 総末梢循環抵抗(SVR)が比較的高い。

などがあげられます。


したがって老人性軽症高血圧の場合、降圧剤のACE阻害剤やカルシウム拮抗剤などが、一般的に血管拡張の目的で用いられることが多いようです。もちろん薬剤で対応するばかりでなく、減塩食や運動療法などの生活習慣の改善が前提となっているのは言うまでもありません。
一方、東洋医学的アプローチとしては漢方方剤の釣藤散や七物降下湯、柴胡加竜骨牡蛎湯、大柴胡湯、黄連解毒湯などが主に患者の証(タイプ)に合わせて用いられます。
我 々が多くの施設で、釣藤散の降圧効果について調査すると、釣藤散は収縮期血圧(SBP)をやや下げ、拡張期血圧(DBP)を下げ、総末梢循環抵抗 (SVR)を有意に低下させました。心拍出量(CO)に対しては影響を与えませんでした。同時に測定したQQL(生命の質)では、釣藤散は老人のQQLを 向上させました。また、副作用はほとんど認められず、漢方方剤も有用な軽症高血圧治療薬と考えられました。

不思議な症状を持った大高さん

高血圧と診断されながら、不思議な症状がなかなか消えなかった症例をあげてみましょう。
大高義雄さん(仮名)。六四歳の男性で60歳の定年まで会社員(経理部)として働いてきました。退職後は週に2~3回、近所の商店の経理事務を手伝っていました。1ヵ月ほど前から、朝起きたときの頭重感、めまい感という症状が出始めたため、かかりつけの医師に診てもらうと、座位の血圧は180/98mmHgといわれ、高血圧と血液検査によって軽度の高脂血症と診断されました。
医師からは、降圧剤のニフェジピン(カルシウム拮抗剤)を1日1回服用するようにいわれ、大高さんは家庭でも毎日血圧を測り続けました。すると確かに血圧は正常になりましたが、症状は相変わらずでした。
困ったことに、さらに、立ちくらみ(目まい感)や後頸部のつっぱり感なども出てきました。医師に相談しても、首をかしげるばかりで、そのうち倦怠感も著しくなったため、その医師から紹介されて、当科を受診しに来ました。


大高さんの初診 時の診察所見を見てみると、168cm、62kg。聴打診にて異常所見を認めず。貧血なし。腹部触診にて肝を軽く触知。浮腫なし。胸部レ ントゲン写真にてやや心肥大傾向。心電図に異常なし。家族歴は、父が心筋梗塞で死亡。母は老衰。既往歴は特になく、従来健康であり、会社の検診などで異常 を指摘されたことはないと記録されています。
大高さんは来院時の血圧測定では、163/90mmHg とやや高めでしたが、深呼吸を5回した後、再測定すると143/84mmHg と安定化しました。

家庭で測定すると220/120mmHg~98/70mmHg とたいへん変動が大きいといいます。
さらに起立試験(坐位と立位で血圧を測定)を行うと、安静臥位で138/83mmHg だったのが、立位直後には104/73mmHg となり起立性低血圧と診断されました。
起立性低血圧とは、起き上がると20mmHg 以上血圧が降下する疾患をいいます。このような不安定高血圧はたいへん治療が難しく、一筋縄では行きません。
そこで、視点を変えて、東洋医学的方法で診断してみることにしました。
やや赤ら顔。 血スコア30点。胸脇苦満(きょうきょうくまん)+。心下痞硬(しんかひこう)。
以上の診断から、大高さんは中間証から実証という状態にあると考えられました。
経過を示しましょう。大高さんの場合、不安定高血圧に起立性低血圧の合併した例と考えられました。起立
性低血圧の方は本来あったものか、服用していたニフェジピンの副作用なのかは明らかではありませんでしたが、大高さんのような初老期には起立性低血圧がよくみられます。それは老化に伴う脳動脈硬化症が一因ですが、そのよい治療法はまだみつかっていません。
この場合、視点を変えて西洋医学的降圧剤より漢方方剤の方が大高さんの病態に合うと考え、釣藤散の証と診断して、大高さんの納得の上、ニフェジピンを中止して釣藤散エキス剤を服用してもらいました。
二週間後、血圧は148/85mmHg(安静臥位)、128/88mmHg(立位)と正常になり、同時に患者を苦しめていた諸症状はほとんど解消しました。四週間後も同様の安定性が維持でき、大高さんはすっかり元気になりました。
こうした大高さんのような症例は、高齢者に比較的多く認められます。ただ座って血圧を測るのではなく、起立試験などの体位変換に伴う血圧の変化や、運動負荷による血圧の変化、24時間血圧の測定などの検討が必要です。

漢方方剤の適応


西洋医薬の中には秀れた高血圧治療薬が多々あります。にもかかわらず漢方方剤が適応するのは、どのような場合でしょうか。
例えば比較的軽症の高血 圧や、西洋医薬(降圧剤)を使いにくい症例などがあげられます。以前、白衣性高血圧の症例において、柴胡加竜骨牡蛎湯がよく効いた例を経験したことがあり ます。この場合、西洋医学的には抗不安剤を処方するのですが、眠気やだるさの誘発などの副作用を考えると積極的には使いたくない薬剤です。特に高齢者で は、転倒などの事故と結びつきやすく要注意です。
柴胡加竜骨牡蛎湯では、精神安定作用は報告されていますが、このような副作用はないので比較的安心して使用できます。

昼間と夜間の血圧が大きく異なる症例(昼間は高血圧、夜間には低血圧)の場合も治療が難しいのですが、患者の水滞(すいたい)と 血の症状に注目して当帰芍薬散加紅参末を処方し、軽快しました。
水滞とは、主に細胞間液が滞った状態を意味し、 血は主に、全身ないし局所の血行不良を示す東洋医学的表現です。
また、西洋医薬の降圧剤では副作用の現れやすい症例も漢方方剤の適用と考えられます。例えばβ-ブロッカーの長期連用による潜在性心不全の誘発などは最も顕著な例でしょう。
東洋医学的にみると、一般的に高血圧患者は実証であると考えられがちですが、老人の場合は中間証ないし虚証の場合もよくみうけられます。西洋医薬の降圧剤は東洋医学的視点から見ると瀉剤が中心ですが、老人の場合は補剤を使用しなければならない場合も少なくありません。こうした場合、西洋医薬のみによる治療では、難しい場合もあります。八味地黄丸が効果的に作用した軽症高血圧を経験したこともあります。
軽症高血圧患者に漢方方剤を使用するにあたっての注意は、

1. まず証にあわせた処方をすること
2. だらだらと長期連用をしないこと
3. 漢方方剤を使用する目的を明確にしておくこと
4. 原則的には一処方を選択すること
5. 甘草を含んだ数処方を併用して偽アルドステロン症(高血圧、低血圧)を誘発しないようにすること

終わりに

現代医学をベースに東洋医学や心身医学をいかに併用していくかは、我々に与えられた課題です。それを全人的医療の文脈の中で実践していきたいと願っています。また、治療者がさまざまな方法論を駆使できる自由性、柔軟性を持つことも大切だと思います。
医療が医学を越えるには治療者が患者の個別性、特異性に対し、柔軟に対応し、使用しうるあまたの方法の中から、モア・ベターと考えれる方法を科学的・倫理的に選択し、患者と共有できる態度を取れることが必要ではないでしょうか。