剣門で食べた麻婆豆腐は、最初は唐辛子で火を噴くがごとく辛く、
山椒が口の中をしびれさす。
その後、豆腐のまろやかさが口の中に旨いという調和をもたらした。
岡田明彦
剣門閣は天然の要塞として天下にその名を轟かせている劉備が帝位についた蜀漢は、現在の四川省一帯を指す。四方を深い山々に囲まれた蜀は、難攻不落の要塞を持ち、豊かな自然の恵みを持つ「天府の都」と称された。天然の要塞の中でも特に険しいのが剣門閣で、蜀の桟道に通じ、最後まで魏の曹操軍を悩ませた所である。
この剣門閣を擁する剣門の街は四川料理として有名な「麻婆豆腐」発祥の地でもあるという。というのは麻お婆さんの作った豆腐料理というのがその名の由来で、麻婆とは痘痕のあるお婆さんということである。その麻婆さんが成都で売り出したのが四川料理の代名詞ににもなっている麻婆豆腐である。
では麻婆豆腐は成都が発祥かといえば、剣門の人たちは麻婆さんの故郷が剣門だからここがルーツだとゆずらない。いわれてみれば剣門豆腐という豆腐が名物で、町の通りには豆腐料理屋が軒を連ねている。料理屋には常時200~300種類の豆腐料理が置かれていて、それぞれ味を競っていた。
剣門の名物豆腐料理を作る三国時代にも剣門の人々が姜維に豆腐を献上した故事がある。
明代の医学者、李時珍が著した『本草綱目』に豆腐のことが載っていた。豆腐の性質は、 涼感があり、味は甘いとされ、食すると脾臓に入り、胃や大腸に作用して、乾燥した体液を潤し、清熱散血をし、乳の出をよくする効用があるとされる。また、 麻婆豆腐に薬味として使用される山椒は、中医薬では蜀椒といい、薬効は健胃、蛔虫駆除、痛み止めとして使われている。その名が示す通り蜀の山椒には特別な パワーが秘められているのかも知れない。
中医学で豆腐や山椒の薬効性や滋養性を事細かに調べているのは、これらに限らずさまざまな食材の薬効や性味を研究して、毎日の食事そのものが薬となるように、食養生の必要が説かれていたからで、これらを主る医師を食医といい、最上位の医師としたのである。