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食生活とサプリメントのこれから

サプリメントの市場が拡大している中で、
厚生省では「いわゆる栄養補助食品に関する検討委員会」で、
そのあるべき姿を探っているところだ。
同検討会の委員を務めておられる江指隆年さんは、
国立健康・栄養研究所で「栄養学一筋に歩んで来た」と自認しておられる。
飽食の時代のなかで、健康食といわれる和食を常食している
我々日本人にとってのサプリメントの役割と
上手な付き合い方についてうかがった。

江指隆年 (えさし たかとし)
1967年東京農業大学大学院博士課程修了。文部省の日本学術振興会奨励研究員を経て、68年国立栄養研究所研究員。93年国立健康・栄養研究所応用食品部長。管理栄養士国家試験委員、厚生省特別用途食品検討会委員、厚生省いわゆる栄養補助食品に関する検討会委員などの社会活動を展開中。著書に「お父さんの健康にアドバイス」(食べもの通信社)、共著に「日本の食糧問題」(大月書店など)

損なわれつつある日本の伝統的健康食

江指隆年さん
後藤
健康のことを考える上で食事の問題は抜きにできません。その中でサプリメントと呼ばれる食品が脚光を浴びていますが、これを語る前に、日本固有の和食は、世界的に健康食として高く評価されているはずですね。
江指
ええ、そのとおりです。和食が注目されるようになったのは、日本が1970年代中頃から男性も女性も世界第1位の長寿国になり、戦後の50年間で 30歳近く平均寿命を伸ばしているからです。世界でもこんな国は例がありません。そこで世界中でその秘密を探ろうとした結果、最終的には和食であろうということになったわけです。
後藤
そうしたものを食べている国で、何故、
今サプリメントがもてはやされるのでしょうか。どのような背景があるとお考えですか?
江指
それはそうした伝統的な和食を、日本人が忘れるようになったからでしょう。1つは戦後パン食が浸透して、日本人が嗜好を徐々に変えてきたこと。また、ご飯もパンも麺類も精白・精製した穀物を材料として使うようになったことも挙げられます。
そうした材料を使ったほうがのどごしもよく、おいしく感じられるわけですが、精白・精製の段階で捨てられる米の胚芽や大豆カスのような部分に重要な栄養成分が含まれているわけですから、これが非常に摂取しにくい状況になってしまいました。
たとえば日本人の3大死因である、がん、心臓病、脳血管障害のうち、がんの原因の半分くらいは食物だろうといわれています。また、心臓病や脳血管障害も、脂肪やエネルギーの過剰摂取やそれ以外の栄養素の不足が原因とされるようになり、そのほかの糖尿病、高血圧、骨疾患なども、いろいろな栄養素がアンバランスな食生活を長期的に続けることにより引き起こされるということが指摘されるようになってきました。
もう一つ、日本人の食事を変えたものは、食べ物に関する価値観でしょう。一般によくいう「うまい、安い、早い」が重視され、これが「健康」ということには結びつかなかった。人間の摂食本能の限界ともいえることで、「おいしい」ということばかり求め続けた結果、健康障害がもたらされることになったわけです。そこで、現代の食事の何かを直さなければならないという考え方で、マスコミなどが部分的な情報で動いているということが、現代サプリメントを流行させる背景にあると考えてよいでしょう。
後藤
以前、食生態学の西丸震哉さんが、そうした食生活の著しい変化が日本の若い人たちの短命化を招くのではないかという仮説を示して話題になったことがあります。そうした悪い食生活が健康障害に反映するにはどのくらいの時間がかかるのでしょうか?
江指
じつは国立健康・栄養研究所には、食事が健康障害に結びつくには時系列的にどのくらいかかるのかという研究に取り組んでいる研究者が1人いて、たとえば結腸がんが出てくるまでには脂肪摂取量が増えてから約16年とか、食物せんいの摂取量が減少して約24年で増加するというふうにはじき出しています。一方、今の若い人たちが早死にするのではないという指摘はけっこうたくさんあるのですが、このことは心配いらないようです。厚生省の人口問題研究所というところで推測統計学の手法を使って計算すると、今の子供の平均寿命は、むしろ現在よりもっと伸びて90歳くらいまではいくのではないかという予測さえ出ているのです。
後藤
食事の欧米化などによる健康障害などが指摘されているのに、そうした予測が示されているのは、サプリメントの役割も期待できるからでしょうか?
江指 もちろんそのほかにもいろいろな要素があって、それらすべてを加味して考えた結果です。ただし、長寿でさえあればいいというものでもなく、元気で長生きしなければ意味がありません。国の方ではそのためには、今の食事は変えたほうがよい、と考えていろいろな提言をしています。
これに対してテレビの番組などでは、「これさえ食べれば健康になれる」といった情報が横行していて、多くの人たちの食行動はそちらのほうに押し流されてしまいがちです。せっかく厚生省が根拠に基づいたデータを示しているのに、なかなかそれが振り向かれないので、人が動いてくれるような説得力のあるプレゼンテーションをしなければならないと反省しています。
後藤
医学の世界ではEBM(Evidence Based Medicine:根拠に基づいた医療)ということがさかんに言われていますが、食事の面でも統計的にきちんと根拠のあるものが求められるわけですね。しかし、一般にはテレビや近所の人から、「これさえ食べれば」と断定されると、医者の言うことよりそちらになびいてしまう。科学者の立場からだとなかなかそんなふうには断定はしにくいところがあるわけですね。そのへんからいうと、プレゼンテーションはとても難しいですね。
江指
本来、人の思考は保守的ですからなかなか考え方を変えるのは難しいところがありますが、食事やサプリメントについては変えないと心配なところがあります。
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「まず食事を大切」にが大前提
健康づくりの期待を集めるさまざまなサプリメント
後藤
サプリメントは過剰摂取による障害などの問題も考えられていますね。厚生省の検討委員会は、そうした心配を解消するためのお仕事をされているのですか?
江指
それと、もう一つは国際的な貿易の自由化の大きな流れの中で、外国では許可されているけれど日本では売れないようなサプリメントがたくさんあります。これにどう対応しようかという検討も大きな仕事となっています。
後藤
ヨーロッパなどではそうした食品の輸入に対する防波堤が高いといわれていますね。日本ではどのようなものを栄養補助食品として受け入れたらよいでしょうか?
江指
日本も防波堤が高いので「低くしろ」という外圧があるわけです。ヨーロッパなどはもともと食事で健康を作るという伝統的な考え方もあるので、WHO(世界保健機構)とFAO(国連食糧農業機関)が一緒になって国連でCodexという委員会をつくっていて、栄養補助食品をどう扱うかを検討しようとしているのですが、そこで必ず前提となるのは「まずきちんとした食事をしましょう」ということです。その上で、「場合によっては、栄養補助食品で補うことも意味がある」という考え方をします。
私の考え方では「場合によっては」というのは、たとえば高齢者になると食が細くなって栄養が十分とれなくなった時などです。1人の人間として1日にこれだけの栄養を補給したほうがいいという所要量は、これまでの人体実験などでわかっているわけですが、老人保険施設などではそれを計算して食事を作ってもたくさん食べ残しが出てしまい、摂取の絶対量が少なくなってしまいます。
人間の本能としてはお腹が空いたとか、甘いものやしょっぱいものを食べたいというのは自覚できますが、ビタミンB1とかカルシウムなどの微量栄養素が足りないというのはまったく自覚できません。これらの栄養素は自動車でいうならオイルですから、補給しないとガソリンがうまく燃えないのです。
このように食べられなくなった人に補給するような場合、栄養補助食品も効果はあるわけです。ただし、本人が自覚できないわけですから、専門家が生活診断、栄養診断を行って、「この栄養素が足りない」というものを補給する必要があります。
それからあまりお勧めしたくないライフスタイルですが、非常に忙しくて夜と昼を取り違えて生活しているような人とか、とくにストレスのかかる活動をしている人にも栄養補助食品は有効だと思います。普通の人なら食事だけで栄養は補えますが、これらの人は尿の中にビタミンやミネラルが大量に排泄されてしまいます。そうした時にビタミン、ミネラルを栄養食品で補給するという効果は大きいでしょう。
後藤
普通の食事を大切にしてこそ、栄養補助食品にも役割があるということですね。食の役割は栄養だけではないわけですから、家族としての食事の仕方といったことから考えていかなければなりませんね。
江指
家族みんなで食事するという機会は絶対なくしてはいけないと思います。世界的にもそうですが、日本の栄養学も「身体の健康」に主たる関心を向け、体が大きくなったり、風邪をひかないということが中心に据えられてきました。その結果、食が作り出す心の豊かさや、食べ物に対する「うれしい」といった感受性、あるいは食べ物による心の絆などが隅に追いやられてきたわけです。
たとえば昔は隣同士、近所同士でお惣菜をやりとりし合ったり、お祭りの時ご馳走を分かち合ったりしました。このことは、子供にも大人にも優れた社会教育になっていた面があると思います。
私がずっと主張し続けているのは食べ物は身体の健康ばかりでなく心の健康、社会的存在としての人間のあり方にまで影響するのだということです。例えば大学の近くのコンビニへ行くと学生がお昼に、バランス栄養食品とジュースやコーヒー牛乳だけ買って、それで昼食を済ませているというシーンにお目にかかります。これらは食べ物に対する感受性の低下だといえるでしょう。音楽を聴いたり、映画を観たりするのと同じ感動が食べ物にあっていいはずですが、サプリメントにはそれはないと思います。サプリメントは食文化にはなりえませんが、それ以前に食事が文化ではなくなり、餌として扱われつつあることが心配です。
サプリメントの規制緩和は公共のために
後藤
現在サプリメントは、一般の人が健康雑誌や近所の人などの情報から「自分はビタミンAが足りない」といったことを判断して飲んでみるといったことか ら売れているのではないでしょうか。ところが、その飲んでいるビタミンAが糖衣錠だと糖質の摂取過多などという問題が起こってくる。また、食べ合わせや飲 み合わせによる副作用の発生ということも心配されます。そこで栄養補助食品も、「こういうものをこう摂ったほうがよい」という指導が必要になるのではない しょうか。現状では日本では誰がそうした指導してくれるのでしょうか?
江指
日本の今の制度では、そうした指導は医師が横についていなければならないことになっているのですが、医学教育のなかで栄養教育というのはほんのわずかなものですから医師では指導できません。基本的には栄養士や管理栄養士がアドバイスできるということになっています。日本には栄養士の資格を持つ人は全部で数十万人はいて、機関に勤めている人も、在宅の人も、仕事もしない人もいますが、勉強してきた人たちは相当の栄養の知識を持っています。
また、インターネットではずいぶんそうした情報が充実しており、オンラインでの栄養補助食品についての相談も見られるようになっていますので、利用してみてはいかがでしょうか。
そうした相談では何をどれくらい、何時に食べているかという情報が大切になります。また、飲んでいる薬との相互作用の問題もあるので、これも何をどのくらい飲んでいるかを正確に伝えなければなりません。もちろん既往症などの情報も不可欠です。
後藤
規制緩和の流れの中で、本人の判断に任せようというということになってしまうのは心配ですね。何も知識がないのに、テレビで話したことがそのまま受け入れられたりする危険性もあるかもしれない。消費者が最適の判断分析ができる教育や、それを助言する仕組みが欲しいですね。
江指
アメリカの場合は「栄養教育法」という法律を作り、一般市民にもきちんと栄養教育をして自分の判断でサプリメントを選べるようにしています。ですから、仕組みと教育の2本立てでやらないといけません。検討会を通じてぜひそれは実現していきたいと思っています。
後藤
アメリカでは様々な食品に栄養表示法に基づいたラベルを貼って売っていますね。どんな成分がどのくらい入っていると細かく表示しているので、確かに消費者は選択の目安が与えられています。
ところが、食品にはある効果を示す成分があっても、別の悪さをするものも含まれている可能性もありますね。たとえばホウレンソウなどはビタミンやミネラルなど栄養豊かな食物なのに、シュウ酸カルシウムを多く含んでいるので結石の心配のある人などはあまり食べてはいけないといわれる。栄養というのはそういう側面も考えなければならないのではないでしょうか?
江指
それは非常に大切です。食品というのはいわゆる総合バランスですから、消費者にも本当にそういう判断をしてもらわなければなりませんね。ですから、できる限り消費者にわかりやすい形で情報は表示すべきだと思います。なかでもアメリカの表示では、「これだけ摂ると、あなたの1日の必要量は満たされます」というふうに書いてありますが、私はそうしたものが必要だと思います。
それから、はっきり身体にいいことがわかっている栄養素については、その補助食品の1粒なら1粒に含まれている量は、普通の人が1日に必要とする量の何%までというふうに上限を決めておく必要があると思います。
例えば日本人は食事からカルシウムを摂ることはなかなか難しいのですが、サプリメントを利用すれば簡単に摂れます。ところが、カルシウム以外にも必要なミネラルが十数種類あって、カルシウムが摂取過多になると亜鉛とか鉄の吸収を逆に抑えてしまうということが起こります。
そこで今度は鉄や亜鉛を供給しなければならないということが起こる。さらに亜鉛を摂りすぎると、今度は血液を作るとき非常に重要な銅の吸収を阻害するので、貧血を起こす恐れもある。こうしたバランスを判断することは、なかなか普通では難しいところです。
江指
検討会でも、これがいちばん議論の集まっているところで、中にはいいものもあるのだろうけれどかなり怪しげなものもあって、玉石混交です。科学的に批判に耐えられるデータがないものが少なくありません。
これらはサプリメントの中でも、「栄養補助食品」というよりは「健康補助食品」と位置付けられるべきものですが、現在は定義さえされていません。ともかく 全体にあまりに数が多いので厚生省自身では規制できない状態なのです。そこで、業界では日本健康栄養食品協会という外郭団体を作って自分たちで規格基準を 決めて、それに照らして客観的にみて一定の効果があるというものについて認定マークを与えており、これが選択の目安の一つになります。ところがこの協会に参加していない企業がいっぱいあって、どちらかというとこちらのほうで事故などの問題が起こったりしがちです。規制緩和が迫られていますが、私たちは公共のためになる規制緩和を大切にしなければなりません。
後藤
高齢化社会を迎える中で、国民医療費が経済を圧迫しているといわれます。厚生省の考え方、あるいは政策的に、サプリメントが予防医学的に用いられることにより、医療費を削減しようという意図はあるのでしょうか。あるいは先生ご自身はそういうお考えはお持ちですか?
江指
厚生省の考え方もそうだと思いますし、私もサプリメントを適切に用いることができれば病気は減らせると思います。そのためにも、きちんと使えるようにする教育が大切なのです。
後藤
サプリメントを通じて、幅広い食文化に関するお話を聞かせていただきありがとうございました。ぜひ先生には大きな声をお出しいただき、サプリメントを健全な産業として育成していただくことにご尽力くださいますよう、期待いたします。