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鍼灸の現在 – 2

大学病院鍼灸施設で活躍する鍼灸師たち

いま大学病院で鍼灸治療が求められる時代になってきた。その最先端で活躍する後藤学園OB3人に臨床現場の現状を聞く。

大学病院で鍼灸に求められていること


司会者、兵頭明後藤学園中医学研究部部長

兵藤明

本日は、後藤学園を卒業して、現在大学病院で鍼灸治療に携わっておられる3人の鍼灸師にお集まりいただ きました。鎌田剛さんと福岡豊永さんは、後藤学園中医学研究部の客員研究員というかたちで、岐阜大学と日本医科大学に入って後藤学園の鍼灸プロジェクトに 協力してもらっています。玉井秀明さんは自治医科大学の大学院に在籍し、大学の研究生として大学病院における鍼灸の治療・研究に携わっておられます。
まず自己紹介を兼ねて、各大学病院において鍼灸治療がどのように行われているのか、またそこで鍼灸治療に何が求められているのかについてお聞きしたいと思います。

鎌田
私は平成13年から岐阜大学に出向しています。現在は水曜日を除いて岐阜大学で外来と病棟の鍼治療を行うかたわら、週3回、四日市の東洋医療専門学校で中医学鍼灸を教えています。
私が所属しているのは呼吸器・腎臓内科ですが、呼吸器の肺がん、腎臓病は完全に治るものばかりでなく、そのなかで鍼灸治療を合わせて行うと西洋医学の治療が効果的になったり、薬が効いたりします。たとえば嫌悪セラピーでは、副作用の程度が強ければ治療ができないため、それを鍼で抑えて予定された治療のクールをこなしていく。西洋医学の薬でなんとかならない部分を、医師が鍼灸師に要求しているというのが病棟ではあります。
不定愁訴への対応も多いですね。いま中医学に興味をもっている医師の方々と勉強会をしているのですが、それに参加されている循環器科の医師も、外来で困るのは不定愁訴だと言っています。口が苦いとか、体がだるいという症状には、西洋医学では対処できない。それに対処できるツールとして中医学が有用だという認識をもって、勉強会に参加されています。

兵頭
勉強会の話が出ましたが、いまのは中医学について理解を示してくれる医師の例ですね。

鎌田
そうですね。なかにはまったく拒否する人もいるし、興味はあるけどやろうとしない人、また自分ではやらないけれど鍼灸をどんどん広めようとする人もいます。興味をもつきっかけはいろいろあると思いますが、医師自身の具合が悪いときに鍼灸師に鍼を打ってもらったり漢方薬を出してもらって具合が良くなった、その経験がきっかけになる場合が多いようです。勉強会に参加してくる人のなかでも、だんだん離れていくのはそういう実体験がない医師ですね。
医師のなかには鍼をやりたい人もいるし、中医学を学んで湯液漢方薬をやりたい人も結構います。でも身近に教えてくれる人がいないし、本を読んでもよくわからない。だから中医学を学んだ私たちが大学の医療機関に入っていく意味は、そこにもあるんだと思います。

兵頭
福岡さんはいかがでしょうか。日本医科大学のほうで針灸師として、東洋医学講座に所属されているわけですね。

福岡
はい。私は現在、神奈川県の葉山町で開業するかたわら、昨年の秋口から週1度、日本医科大学付属病院の東洋医学外来で鍼灸治療にあたっています。日本医科大学では、鍼灸師が毎日在室するようになって、5月現在でまだ半年だということを先に補足しておきます。
東洋医学外来ではまず漢方がベースにあって、ある疾患に対して漢方治療が始まって、この疾患には鍼がいいかもしれないとなると、鍼のほうにまわってくる、という流れになっています。まだ始まったばかりなので、中医鍼灸でどこまで治療できるのかということについて、医師の方々はもちろん、私自身もよくわからない段階ですが、これからいろいろ進展があるんだと思います。

兵頭
それでは玉井さん、自治医科大学の場合はいかがでしょうか。

玉井
私は平成17年春に自治医科大学大学院の医学研究科修士課程に入学しました。現在は鍼灸の研究と、麻酔科外来での治療、また入院病棟での治療に携わっています。
身近な例からお話ししますと、麻酔科にはペインクリニック外来がありますので、そのなかで投薬をしても効かない症例について鍼を使ってはどうか、というかたちで医師から紹介を受けています。そういった場合に中医弁証などを使って、臨床のうえで効果を見せると医師も興味をもたれます。
また、麻酔科では実際に手術で麻酔をかけるので、周術期にいろいろな問題が生じることがあります。術後の嘔気嘔吐や疲労感が出るといったことなどに対して、西洋医学では適切な予防法なり改善法が確立されているわけではないのです。それに対して中医鍼灸では早くから臨床研究されているので、麻酔科の医師に紹介し、自治医科大学でもこうした研究を進めようとしています。こういう話し合いをするなかで、鍼が何に効くかということを、針灸師の側から積極的に紹介していかなければならないと痛感しています。
また機会は少ないんですが、他科の医師と話し合いをしていくなかでも、鍼は効果があるらしいが、この疾患についてはどうかと問われることもあります。

他科との連携をどうとっていくか

兵頭
いまお話がありましたが、各大学の中で他科との連携がどのようにこなされているのでしょうか。現在、日本で鍼灸を採用している大学病院は20ヶ所あるのですが、ややもすると他科との連携がとれなくて、孤立してしまっているところもあると聞きます。みなさんの大学ではどうか、まず岐阜大学はいかがですか。


鎌田剛さん

鎌田
岐阜大学は2年前に新しい病院に移ったのですが、古い病院のときには他科との連携はめったにない状態でし た。現在は電子カルテになって、それまで勉強会で一緒に勉強してきた医師からが中心だったのですが、全然知らない医師からオーダーがかかるようになりまし た。どういう患者が来るかというと、基本的には西洋医学的な治療では難しい問題を抱えているか、東洋医学的な治療を患者が希望をしている場合です。とくに 外来レベルでは他科からよくオーダーがかかってきます。病棟レベルでは患者の転科があるので、転科先の医師からオーダーをかけてもらえば、その病棟のベッ ドサイドに行くこともできます。人材的な問題があって全部を網羅しているわけではありませんが、こちらから他科に出向いて患者をみることもあります。電子 カルテにはいろいろな問題はあると思いますが、私たちの側からするとかなり有益に働いている印象がありますね。

兵頭
今後、大学病院だけでなく、民間病院でも電子カルテを導入しつつあります。そういうなかで、岐阜大の例のように鍼灸の存在を知り、どういう疾患に有効なのかを分かってもらえれば、鍼灸のニーズもより広がっていくでしょう。
自治医科大学の場合はいかがですか。

玉井

他科では、主に脳神経外科から紹介をいただきます。はじめに依頼を受けたのは頭部外傷の患者で、非常にシビアな状態で、筋緊張や意識障害がまったく改善しなくて、鍼で治療してはどうかということになったのです。その患者の症状は予想より大幅に改善し、これは鍼の効果によるものではないかという印象を医師にもっていただきました。その症例があったことで、同様の患者さんが入院したときに、救急のほうからコンサルトがきたという経緯もあります。他科の医師との連携はまだまだ進んでいないのが現状ですが、3月末までの半年間、週に一度、兵頭先生にいらしていただいて中医学セミナーを行っていました。そこには様々な科の医師が参加していたので、そういった教育活動を通じても、少しずつ連携が広がっていくのではないかと考えています。

兵頭
いまご紹介していただいたように、半年間で20回ということで、自治医科大学で中医学セミナーを担当させてもらいました。そこでは系統的に中医学の勉強をしたいということで、十数の診療科から約30名の非常にやる気のある医師が登録されていました。
日本医科大学の場合はいかがでしょうか。鍼灸治療がフル稼働してからまだ半年ということですが、そのなかでも少しずつ患者さんが増えていると聞いていますが。

福岡
他科の医師から漢方を紹介されて鍼灸のほうに回ってくる場合と、患者さん自身の希望で鍼灸にいらっしゃる場合があります。昨日は小児科から頭痛を訴えて女の子が来ましたが、このように他科からも少しずつ鍼灸に来ています。また先ほど医師自身が治療を受ける話がありましたが、日本医大でも、医師や看護師が鍼灸を受けることが多くて、それが鍼灸に対する認知度を高めるのに効果的だと感じています。

兵頭
私がかかわっている民間病院でも中医学の勉強会を開いたんですが、非常に興味をもってくれたのがやはり看護師たちですね。看護師が鍼灸や中医学に興味をもつことが、病院あるいは大学の中で医師や患者に広げていくことに非常に重要な役割を果たしているのではないかなと、最近とくに感じるようになりました。岐阜大ではいかがですか。

鎌田
私たちもほぼ毎日病棟に行って患者の様子を見るんですが、患者の変化をいちばんよく見ていて敏感に分かるのが看護師です。鍼の効果はちゃんと観察していないと分からないことがよくあります。たとえば雑病や慢性病では1回や2回では顕著な変化は出てこないし、実際には効いているのに患者が効いてないと訴えている場合もあります。そんなとき、「今までほとんどベッドに横になっていたのに、最近は車椅子に座っていることが多いよ」とか、「少し笑顔になってきたよ」「しゃべるようになってきたよ」といった細かなことを看護師を通して聞いたりします。看護師も針灸師も一緒に患者を見ているという感覚を共有できるようになれば、いろんな情報を看護師のほうから引き出してくれるんですね。

鍼灸治療の効果のデータをとる

兵頭
大学病院ですから治療の他に、研究・教育ということも関わってきます。とくに治すだけじゃなくてデータを残さなければならない。担当する患者の疾患の違いによってデータの取り方も違うと思うんですが、そういった面で工夫していること、苦労していることはありますか。

鎌田
臨床・教育・研究、すべて必要なんですが、大学病院ではやはり研究が重視されて、極論すれば、研究をやらないと人として認められないほどです。鍼灸の弱いところは、ある程度規模の大きな研究によって結果を出すことが足りない点ではないか、とある放射線科の医師は言っています。その人は鍼を普及させようと盛んに活動していて、大学病院から今度関連病院に移ったのですが、そこに併設されている国土交通省管轄の中部療護センターで、岐阜大や、京大へ行った人たちとプロトコルを組んで大掛かりな研究をやろうということになっています。そうしていかないと、なかなか結果が出せないのが現状です。それに鍼は評価を出すのが難しいので、いかに効果が出たかということを、いろんな方法を試みながらやっているわけです。

兵頭
玉井さんは研究生でもあるわけですね。その立場から、どういうデータを作っていこうと努力されているのでしょうか。


玉井秀明さん

玉井
たしかに鍼は客観的な効果の評価が難しいということがあります。たとえば筋緊張が緩和されたとしても、そ れを客観的な機器で計測する方法が確立されていないですから、それを測る評価者の主観が入ってきます。しかし一方で、たとえば脳神経外科の患者さんでは、 機能が回復するにあたって脳血流が増加しているなどの可能性があるわけですから、鍼治療をする前と一定期間たった後とで脳血流がどのように変化したかを、 客観的に評価できる先端機器を使って測定する方法もあります。
また、痛みを客
観的に評価する方法もありませんが、患者さんの主観的な感覚に頼りつ つ、現在のところはビジュアルアナログスケールを使って評価しています。ビジュアルアナログスケールというのは、100ミリ単位のスケールを用いて、症状 がないのをゼロ、もっとも悪いのを100として、今の痛みの程度を指差してもらう、というものです。

兵頭
3人の方々は十分認識されていると思いますが、ここで注意しなければいけないのは、治療は患者を治すためにやっているわけで、データを変化させるためではないということです。これを取り違えると、とんでもないことになってしまう。データは良くなっているけれど患者の症状は良くなっていないということになると、20世紀のやり方に逆戻りしてしまうわけです。せっかく大学病院の中で鍼灸が認知されながら広がっていって、大学内部の医療連携も好循環を生み出そうとしているなかで、われわれ鍼灸師自身がそこのところを取り違えないようにしないと、ここまできているのを台無しにしてしまいます。

研修制度の現状と問題点

福岡豊永さん

兵頭
ちょっと話題を変えて、次に研修制度についてうかがいたいと思います。日本医科大学の東洋医学講座 でも研修医を受け入れる体制づくりを去年から始めたと高橋秀実教授がおっしゃていました。鍼灸学校の学生だけでなくて医学生、研修医などが、中医学、漢 方、あるいは鍼灸の研修にこれからどんどん来るようになると思うんですね。そのなかで、研修や見学の現状について、これまでいちばん多くの研修生を受け入 れてきた鎌田さんに、岐阜大の例についておうかがいしたいのですが。

鎌田
まだまだ研修も見学も試行錯誤の連続なんですが、大学病院に来たら学生のモチベーションはかなり上がります。鍼灸師が医師と対等に話したり、医師から治療についてオーダーを受けている姿を見るだけでも刺激になるらしいんですよ。今まで勉強してきたなかでも、どこか自分たちだけの世界でやっている感覚が学生にはあったと思うんです。それが医療現場に出て患者の治療に携わって、場合によっては患者が亡くなることもあるのを体験することによって、医療人の一員なんだという意識をはっきりもつようになるのではないでしょうか。
問診もとれない重症の患者さんでも鍼は使えるわけだから、そういう可能性を学生に示せれば、勉強のモチベーションも上がるでしょう。本当に鍼は有効なんだよ、これだけ治っているんだよ、ということを実際に見せるのが、研修や見学では大事なんです。
ただ研修制度で一番問題なのはお金なんです。やる気のある研修生は大勢いるのに、お金が出ないので生活できなくて続かない。今度、岐阜大ではスタッフに対していくらか給与が支払われることになるので、そうすると人材も残っていきますが。大学病院への針灸師の導入については、病棟の中、外来の中、というかたちで浸透していって、最終的に人材確保のための金銭問題がクリアできれば、開拓の段階は波を乗り切れるという感があります。

兵頭
東大病院では、針灸師に他の職員と同様、国家公務員並み給与を出すようになり、東北大学などでもお金を支払おうという動きがありますが、経済的な身分保障については、器づくりに関係してくると思うんですね。個別にわれわれが一生懸命卒業生のためにということでやっていても個の集団になってしまいますから、身分保障はまったくなく、実際に生活費にも困ってしまう。ですから器づくりは教育機関でバックアップを考えていく必要がある。たとえば、卒後1年目がジュニアコース、2年目がシニアコース、3年目がマスターコースという三年コースを作ったとします。そこでマスターまで進んだ研修生には給与が出る仕組みにすれば、研修制度自体が好循環でまわっていきますし、これを学校がからんだかたちで制度化すれば、臨床能力も増えていくと思う。鍼灸では学生の段階からリハビリテーション科や看護科のように病院実習を組めない現状をかんがみれば、新しい器づくりというものを教育機関で考えなければいけないと思います。

鍼灸師も漢方を学ばなければならない

鎌田
あと、大学病院に入っていくと、病院側では鍼灸師はふつうに漢方についても理解していると認識しているんです。岐阜大へ行ってそういう面で全然勉強が足りないと実感しました。そこで、私は薬を出せないわけだけど、基礎的な内容や教科書レベルのことなら一緒に学べるので勉強会を始めたわけです。たとえば卒後研修でも漢方のレベルアップを図って、鍼灸師としてよりも中医師としての認識をもった教育をしていくべきだと思います。

兵頭
中医学の場合、鍼灸と漢方はもともと一体となっていたもので、必要に応じて使い分けていたわけです。チーム医療を組むうえでも、鍼灸師が漢方の知識を備えていることは重要ですね。日本の鍼灸師が、漢方を出せないからといって知らないままでいいということになれば、将来の新たな医療連携を考えるうえでも問題が出てくるし、病院の中で彼らは孤立していく可能性があります。

鎌田
漢方を出せなくても、アドバイザーのような役割を果たせることが必要です。そういう意味では、院内処方は限られているけれども、鍼をやっていて、漢方の相談も受けられて、処方のアドバイスもできるというのがひとつの理想ではないでしょうか。

ネットワークづくりにおける教育の役割

兵頭
自治医大の場合、岐阜大や日本医科大と比べて成り立ちが独特で、そこで学んだ人は地方に出てかなくてはいけないという使命をもっている。なかには何の手当ても持たずに、離島や無医村に赴く医師も多いわけですね。

玉井
中医セミナーに参加した学生の中にも将来、離島や無医村に行かなければならないこともあります。そこでは最先端の検査機器があるわけでもないし、初期診療といってもプライマリケアですからどんな病気の患者が来るかわからない。そういうときに初期医療としてちゃんと対応できて、身近なのは鍼灸ではないかな、という意識をもっている学生・大学院生が何人かいますね。


岐阜大学医学部付属病院での鍼灸回診

兵頭
実際、自治医大には日本地図があって、卒業生がどのエリアに赴任しているか一目でわかるようになっています。それをベースにネットワークを築くことができれば、超高齢化社会を迎えるにあたって大きな役割を担うことになるでしょう。
ネッ トワークづくりでいちばんいいのは、教育の中に入れて、学生のときから中医学の考え方や鍼灸について教えていくことで、全国の医学部教育の中にも取り入れ るべきなんです。アメリカでは、75~80%の医学部の中にCAM(相補・代替医療)の教育が入っています。そしてCAMを前提にした教育を受けた学生た ちが卒業して全国にちらばっていくわけですから、10年後にはすごいネットワークができるはずです。日本でも、医学部教育の中にちゃんと入れて、現代医学 の一つの柱と、伝統医学のもう一つの柱というように、それぞれが専門として、双方の長所を尊重して補いあえばいい。そのことが、10年後に日本の医療を救 うことにつながるんじゃないでしょうか。