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介護サービス利用者のための ガイダンス – 11

介護保険制度見直し論議の舞台裏

いよいよスタートする介護保険。
さまざまの問題を抱えながらの実施を同時進行で取り上げていきます。
介護保険は、みなさん一人ひとりのものです。
あきらめないで、使い勝手のよい制度にすることを一緒に考えていきたいものです。

中村聡樹 (医療介護ジャーナリスト

経営危機の表面化も時間の問題

2003年1月に予定されている介護保険の介護報酬見直しの答申に向けた議論が本格化しています。同時に、2004年の通常国会に介護保険法改正案の提出が決まり、保険制度の細目を検討する部会が社会保険審議会に設置されることも決まりました。
来春実施予定の介護報酬見直しは、特別養護老人ホームや老人保健施設、療養型病床群に支払われる介護報酬額を引き下げ、ホームヘルパーなどの派遣やケアマネジャーによるケアプラン作成などにかかわる分野への介護報酬引き上げが検討されています。

快適な個室を完備している施設

もちろん、福祉施設の担当者から聞こえてくる声は、介護報酬引き下げに対する反対論ですが、この流れが覆ることはおそらくないでしょう。事実、施設の経営状況を見る限り、介護保険が施行された2000年4月以降、施設の経営は黒字で推移しています。限られた介護保険の財源は、黒字で推移している機関から赤字の機関へと資金が移動することで、当面の対策が一段落しそうです。
介護保険制度がスタートしてわずか3年で、資金繰りに行き詰る介護サービス機関が多数あるという事実を見る限り、介護保険制度がいかに脆弱な制度であるか理解できると思います。しかし、国が実施しようとしている改革案(介護報酬の見直し)は、必要ではあるけれども、表面的な対策に過ぎないといえるでしょう。いずれ、時間の経過ともに、経営が立ち行かなくなる介護サービス事業者の姿が、表に出てくると思います。その段階になって、あわてたところで、今の、日本経済となんら変わらない状況を迎えるだけでしょう。現在、経営が安定している福祉施設でも、破綻する可能性は残されているのです。
制度の見直し論が議論されつつある状況の舞台裏をのぞくと、介護保険制度の枠組みの中でいかに事業者が生き抜いていこうとしているのか、その実情を知ることができます。とくに、施設の経営者個々の考え方には大きな差が出始めています。将来に対する危機感を強く持ち始めた施設と、まったく危機感なしに経営を続けている施設の区別が容易につくようになりました。経営を真剣に考えている施設では、今後、福祉施設の経営がさらされるあらゆる状況に対するシュミレーションが進んでいます。
今後、福祉施設が抱えるであろう問題をいくつか提示してみましょう。

施施設の老朽化と人材の確保

施設においてリビングルームは欠かせない存在

まず、施設の老朽化にいかに備えるかです。新設の施設は問題を先送りにすることができますが、当然のことながら施設の修繕、改築費を将来に渡ってプールし ていくことが求められます。現状では、利益を残すことに成功している施設であっても、その蓄えを計画的に管理する視点が抜け落ちていると、いざというとき に修繕、改築の資金を準備することができません。
これに対して、待ったなしの状況に追い込まれているのは、すでにオープンから20年以上たった施 設です。当時の施設には、個室で高齢者を受け入れるという考え方がありませんでした。ほとんどの施設が4人部屋か6人部屋の構成で、個室化が進んだ新しい 施設との差は歴然としています。こういった施設が、劣悪な住環境を改善できないままに見すごせば、現状では入居待ちの長い列ができているとはいえ、敬遠さ れることになるでしょう。そうならないためには、施設の修繕、改築が待ったなしの状況であることは間違いありません。

図書室のある老人施設も珍しくなくなってきた

おりしも、2002年度予算で、老人施設の全個室化、ユニットケアの方針も打ち出されています。新設の施設は個室化が義務付けられたようなもので、古い施 設との差はさらに広がっていくと思います。個室が100%の特別養護老人ホームは、新型特養と呼ばれていますが、その是非論については、後述します。
さ らに、今後、老人施設が抱えるであろう大きな問題としては、人事に関する課題があります。不況が長引くことによって、福祉分野への就職希望者は膨らんでい ます。このため、採用に苦労することはまったくないわけですが、よい人材を確保するという課題は残ったままです。なかなかよい人材を確保することはできま せん。また、ようやく仕事に慣れて、これからという人材が、他の福祉施設に流れてしまう現象も顕著になっています。有能な人材をとどめておくことは難しい と、現場の担当者からは、よく聞かされます。
その原因は、給与の大幅なアップが期待できない職場であるという点に集約されています。福祉の仕事は、それほど儲かる仕事ではないと、職場で働く人たちにも理解はされていますが、やはり、少しでも待遇の良い職場があれば、そちらに移ってしまうわけです。

有能な人材が確保できない状況が続けば、福祉サービスのレベルを高度に保つことも難しくなります。サービスの質が落ちれば、入居者確保にも悪影響を及ぼします。人事の問題が、今後の施設運営には大きな悩みの種になることは必至です。
もし、高額な賃金を支払ったり、定期昇給のアップ率を高めて、人材の流出を防ぐことができたとしても、その資金繰りは将来に大きなツケとなって跳ね返ってきます。施設のメンテナンス費用と人件費の問題が、今後の施設経営に影響することがお分かりいただけたと思います。

新型特養とユニットケア

介護報酬の見直しや制度そのものの見直し論議が高まっていく中で、施設の経営そのものが危うくなるのでは、という視点はすっぽりと抜け落ちているのです。ユーザー(入居者とその家族)の立場に立って考えると、施設のよしあしを測る尺度のひとつに、施設の経営状況をチェックするという視点を加えることも必要です。
そこで、施設の経営にも目を向けるべきという観点を意識しながら、最近の施設の状況に対する分析をしてみましょう。

先ほどお話した、新型特養を例に、施設の経営者がユーザーに対して何を訴えようとしているかを考えてみました。すべての施設経営者がそうだと言い切ること はできませんが、設備の整った施設を作ることで、ユーザーの心象をよくすることができる、そのように考える施設経営者は少なくないのです。
個室化 された施設は、従来型の4人部屋や6人部屋がある施設に比べれば、住環境は格段に改善されています。「人間らしい住まいへの転換」「自分らしく生きられる 空間の提供」といった言葉が、個室化された施設のパンフレットには掲載されています。こうした施設に入居されたお年寄りの気持を考えても、清潔で、プライ バシーが確保されている空間というものは歓迎されるはずです。同時に、施設経営者にとっては、個室化を実現することで、さらに多くの補助金を得られるわけ で、資金繰りに関しても従来に比べれば改善が可能です。
最近では、ユニットケアという考え方も支持されるようになり、個室10室ほどの単位ごと に、ケアを考える設備が増えています。個室から一歩出ると小さなリビングがあって、その空間がセミプライベート空間として位置づけられています。入居者 は、この空間で同じグループに入った人々と交流しながら暮らします。このフロアから一歩先に出るとパブリックスペースとなり、社会との接点が用意されてい るわけです。要するに、施設に暮らしながら自宅にいるのと同じような環境が提供される仕組みと考えてください。介護サービスも、このユニットを単位に提供 され、「入居者とともに暮らす」という考え方が中心となりつつあります。
ただし、こうした介護施設に懸念材料がないわけではありません。
新型特養という新しい制度が動き出したことで、そこに流れ込むお金も大きな額に上ります。
制度を創設した段階では、入居者の住環境整備が目的であったものが、ゆがんで利用されるケースも考えられます。

家族との面会に利用される喫茶室

つまり、新型特養を作ることで得られる資金が目的で、新たな施設が生まれる可能性も否定できません。
これを防いでいくためには、施設の運営にかか わる人の自覚がもっと高くなる必要があります。「ユニットケアを採用したからすぐに施設サービスの内容が向上する」こんなオートマチックな考え方をしてい るようでは、ユニットケアを使いこなすことは不可能です。ユニットごとにいかにケアの質を向上させるかを考えた場合、人員の配置、スタッフの勤務シフトな ど、再構築が必要な項目が山積しているのです。
なぜ、ユニット化が必要であったのか、各施設がこれまでの介護の現状と照らし合わせて、もう一度見直しを図らなければなりません。これを怠っている施設では、ユニットケアが絵に描いた餅になってしまいます。

同時に、ユーザー側ももっと賢くなる必要があります。ユニットケアを実施しているから良い福祉施設であるといった判断基準を捨てて、見るべきところをしっかりと見る必要があります。
ケアスタッフが、ユニットケアをどのように生かした介護サービスを提供しているか、入居前に、しっかり観察しましょう。
施設の経営状況を観察するという視点と同様に、施設の中身に関しても関心を持つことです。介護保険が始まって、2年半が過ぎていますが、大きな問題は、いっこうにユーザーが賢くならないことです。介護報酬の見直し論議も、ユーザーの存在を無視した形で進められています。

いつも受身でいる必要はありません。介護の問題は、いつか、誰もがかかわりを持つテーマです。そのことを強く意識しなければ何も始まらない、そんな気がします。
介護報酬の見直し論議が高まり、また、施設介護の変化が顕著になってきた、現在の状況に、介護を他人ごとにしないきっかけがあるといえるのです。