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『上を向いて歩こう』で命をつなぐことができた

『上を向いて歩こう』で命をつなぐことができた

スピリチュアルケアには、いまだ標準的なコンセプトもガイドラインも存在するわけではない。その中で、死の臨床に関わるコメディカルは、自分なりの考えに基づき、スピリチュアルケアの活動や取り組みを開始している。音楽療法を活用したスピリチュアルケア実践の様子を紹介する。

片山はるみさん
音楽療法士

ピアノは小さい頃から学んでいた。若い頃は中学校の音楽教師を務めていたことも西ある。音楽療法に関心を持ち始めた頃、関学院大学に通学する子息の指導教官だった窪寺俊之氏と会う機会があり、「スピリチュアルケアについて勉強しないか」と誘われる。氏らが運営する「パスクの会」という勉強会に参加するようになった。

「教師経験のおかげで、名前を覚えるのが早い、人の前に立つのに恥ずかしがらない、緊張しない、大きな声が出るなど、音楽療法士としての強みは身についていたと思います」

片山さんが加わる兵庫県の音楽療法士会では、現在150名くらいが参加し、県の健康福祉課助成金を得ながら、認知症の高齢者などをケアする活動に取り組んでいる。同会で音楽療法士と認められるためには、楽器が使えるという音楽的スキルが求められるのはもちろん、実技試験もある。片山さんはピアノと歌が専門で、ハーモニカやリコーダーなども扱う。現在は福祉施設の老人を定期的に訪問するのが主な仕事だ。

「音楽療法には、演奏を聞いてもらうだけの『受動的音楽療法』と、音楽に合わせて動いてもらったり演奏してもらう『能動的音楽療法』とがあります。私たちが実践しているのは、どちらかというと自ら動いてもらって心身を活動的にするための療法です。『音楽など関心がない』と言っている人たちも、私たちが演奏しているのを横で聞いていて、自然に体を動かし始めたりする人が多いですね。血液の循環が良くなるし、手足の筋肉も鍛えられることになります」

好きな音楽は人それぞれで、個々に自分にぴったりのテンポを持っている。

ただどちらかというと相手は高齢者が圧倒的に多いので、比較的ゆっくりな曲を選ぶことが多い。

「一般に日本人は『三拍子が苦手』といわれていますが、三拍子ももちろん取り入れています。が、やはり基本的に二拍子、四拍子の曲がなじみやすいようです。最近気づいたのは、多くの人が『ギッチラ、ギッチラ』という舟の艪を漕ぐときのリズムで始めるととてもノリがいいということです。日本人特有の自然に出てくるリズムなのかもしれません」

さらに音楽はスピリチュアルケアのツールとしても有用だ。かたくなに閉じこもりがちな人の心を解きほぐす効果があると考えられる。老人施設では職員が、「あの人は動いたことがないのに動いた」「笑ったことがないのに笑った」といったことを伝えてくれる。感染症にかかり、高熱を発していた90歳代の高齢者の生命の危機を「救った」こともある。

「『もうだめだと思うから、最後に好きな歌を生で聞かせたい』とご家族の要望があり、出かけてみました。骨と皮ばかりのお年寄りがベッドに横たわっています。『歌いましょうか?』と聞くと、のどの奥から『はい』と声を絞り出しました。『ふるさと』を歌いました。すると、手も足も動かせないこの方は、口でパチパチと拍手をしてくれたのです。音楽は、一曲でこころもつながれば私も『よかった』と思えます。その後、この方は、一年以上も長らえることができました」

ある高齢者施設で、集団の中で「痛い」「苦しい」「助けて」と大声をあげる80代の女性がいた。たまたまこの女性に面会に来ていた20代の孫と、音楽療法で訪れた片山さんが出会う。「僕はお婆ちゃんのために何かできることはないですか?」と、相談された。「ケアのプロたちがいるのだから、心配せずに任せていたらいいのでは」としかアドバイスのしようがなかった。

ところが、片山さんが演奏に入ると予期しないことが起こる。たまたま『上を向いて歩こう』が始まると、その女性が立って曲に合わせて歌い出したのである。

「おばあちゃんが音楽が好きだったなんて、信じられません。小さい時から歌を歌ったところなんて見たことがなかったですからね」

青年は演奏のあと、感激して礼を言いに来た。

「お婆ちゃんはもう長くないかもしれないけど、これからも『上を向いて歩こう』を聞くことがあったら、お婆ちゃんのことを思い出してあげてね」

このように青年に告げた。「もしかすると、『いのちをつなぐ』ということができたかもしれない」と、思っている。