メニュー 閉じる

医療コーディネーターの仕事

場の見つからない患者の意思決定をサポート

看護師・助産師・医療コーディネーター 岩本ゆりさん

<プロフィール>
1994年 東京医科大学 看護専門学校卒業
1995年 三楽病院附属 助産婦学院卒業
1995年 東京医科大学病院 産科病棟勤務(’98年退職)
1999年 東京大学病院 婦人科病棟勤務
2001年 東京大学病院 特別室・緩和ケア病室勤務(’03年退職)
2002年 NPO法人楽患ねっとを設立し副理事長就任、現在に至る。
2003年 医療コーディネーター開業、看護学士取得
2007年 楽患ナース株式会社を設立し、取締役就任、現在に至る。

患者の「声なき声」に外部から対応

岩本ゆりさん 

大学病院勤務の看護師だった頃、岩本さんはなかなか患者の本音を聞けていないことに気が付いた。自分たちは患者のいちばんそばにいるつもりなのに、「病人は人質に取られているようなものだから」とか、「命令されるばかりでケアを受ける者とケアを施す者は対等ではない」、「皆が忙しすぎて声を掛けられない」といった患者の遠慮や先入観が間に立ちはだかる。なんとか患者の声をすくい上げることができないかと考え、2001年患者と社会をつなぐ『NPO法人楽患ねっと』を作り、主にインターネット上で患者会を紹介する活動を始めると患者から思いもよらない相談が寄せられるようになる。

『情報が欲しい』、『仲間が欲しい』、『先生(医師)とコミュニケーションがうまく取れない』、それから『情報はいろいろあるけれど、自分にとってどれが大事かわからない』、『次までに決めて来てください、と言われたけれど、なにをどうやって決めたらいいかわからない』といった相談が目立っていました。また患者さんが何に迷っているのか、自分でわからないというケースもよくあります。これらは本来、看護師が病院の中でサポートすべき問題ですが、患者さんは病院の中では話しにくいのか、なかなか胸の内を話してくれないわけです」

医療相談のボランティアで患者さんの相談に対応する中で、岩本さんがその限界を思い知らされるケースがあった。顎骨の慢性骨髄炎で中国地方の病院で何年間も治療を続けていた中年女性からの相談で、「だらだらと内科的治療を続けるより、手術してすっきり治したい」と相談をすると主治医から「当面は薬物治療で様子をみたほうがよいのではないか」と提案があり、どちらにしても「手術を受けるか、薬物治療にするかは自分で決めて欲しい」と突き放された気持ちにされた。「東京へ行って、ほかの医療機関のセカンドオピニオンを受けたいので、その手配をしてもらえないか」と相談を寄せてきた。
岩本さんは地方に住む女性患者が単身上京して療養するということの苦労を配慮して、療養スケジュールから宿泊先を手配するまでの環境を整えたり、医師を決めるためのカウンセリングにも対応している。ところが、さらに女性患者は、「医療の専門家として、医師の診療に同席して大事なことを洩らさずに聞いて欲しい」と要望してきた。

「診療への同行ということになると重要な責任を伴うことであり、単なるボランティア活動では対応できないことでした。やはり医療コーディネーターという仕事として活動するにはきちんとお金をもらってやらなければいけないと考えたのです。また、病院の中で職員として働きながら患者さんのコミュニケーションをサポートするということはなかなか難しく、『それなら独立して病院の外で患者さんの相談に応じられないか』と考えました。こうして2003年に、個人事業として医療コーディネーターを始めたのです」

相談の7割が進行がんの患者や家族

医療コーディネーターは公的な資格ではない。岩本さんたちは私的な資格として、「看護師免許を持っていて5年以上の臨床経験があること」を条件に、医療コーディネーターを養成し、認定してきた。ほかに2003年に発足した医療コーディネーター協会という機関でも、医療コーディネーターの資格認定を行っている。

「医療相談に応じる医療ソーシャルワーカーという職種もありますが、そちらは社会福祉士の資格を持って病院の中で働く職員です。私たち医療コーディネーターは病院の外にいて、患者側と病院側との中立な立場で相談を受けています。医学知識の面では、医療コーディネーターはソーシャルワーカーよりずっと豊富ですので、そこが大きな役割があります」

これまで岩本さんたちのグループでは、23名の医療コーディネーターを誕生させ、首都圏のほか北海道、静岡、大阪などに拠点をおいてきた。全国約500団体の患者会を結ぶ『楽患ねっと』とのつながりを作り上げることで、患者や家族からの相談を全国レベルで対応している。2003年から現在まで、約650件の医療相談を受けてきた。有料の面談費用は1時間1万500円で、自宅や病院へ出かける場合は別途交通費実費の負担を求める。

「相談の7割は進行がんの患者さんやご家族からのものです。
『ほかにいい病院はないですか?』という相談がいちばん多く、がん末期で医師から治療を打ち切られ、『何かよい治療法を探したいとワラにもすがる』といった相談も少なくありません。当初は相談先がなく、困り果てた末にようやく医療コーディネーターにたどりつくといったことが多かったのですが、最近は『医療崩壊』と叫ばれるような現実を背景にした相談が増えてきました。
例えば『治療を受けたが何の説明もされない』、『入院ということになっているけれど、どんな手術をするのかわからない』、『全然治っていないのに、リハビリ入院期間を過ぎたから言われ病院を放り出された』などとなってきており、医療制度の改革に伴って医療制度の説明を受けるための相談依頼も増えています。これは医療コーディネーターと
いう職種が認知されてきたから、ともいえるでしょう。
私自身は専業でやっていますが、他のスタッフは病院勤務などの仕事を持ち、空いた時間を使ってコーディネーターを務めています。早く専業化出来るように各方面にも働きかけているところです」

「自分で選んだ」という思いで前向きになれる

医療コーディネーターは、患者が自分の治療について何かを決めるところに関わる。その決定の結果、必ずしも完治するとは限らず、治療の副作用や後遺症など、何らかの不具合を抱えて生きていかなければならない場合も少なくない。この場合、最初の治療体験が良くないとその後ずっと「あの時、医者にあんなことをさせられたからだ」といった思いを引きずるような不幸な状態となる。

「でも、自分で治療を選んで『これが自分にはベストだったんだ』と思うことができれば、同じように副作用、後遺症があっても前向きに生きていける人が多いのです。『自分が選択した』という納得感があるかどうかが、病気と向き合えるかどうか、いい人生を過ごせるかどうかに関わってきます。
側から見て、『あれが痛い』『ここの具合が悪い』という人は治療に納得できていないと思われるところがあり、だからこそ説明して納得して治療を受けてもらえるようサポートしていくことが大切だと思っています」

岩本さんへの医療相談の半分は患者本人からのものだが、家族からの相談も半分を占める。家族の相談は多くの場合、高齢の患者を支える若い家族であることが多い。

「70代、80代といった方々は『先生にお任せ』の他力世代ですから治療に納得していることが多いのですが、もっと多くの情報を持っているその子どもの世代が『本当にこれでいいの?』『家族を何とかしてやりたい』との思いで相談に訪れることがあります。
このように家族間での思いにズレがある場合は、あくまでも本人がどうしたいかが主体でなければなりません。ところが、夫婦や親子といった家族の間でもなかなか本音で話し合えなかったりすることがあります。家族の中に入ってみんなで考え合える場を作ることもしばしばあります」

ある重症糖尿病を持つ男性の患者は、まだ50歳前後の若さだったが網膜症で失明し、両足も壊死を起こしていて切断されていた。ようやく血糖のコントロールもできて落ち着いてきたので、療養型病床に移ろうかという状況になったが、患者は「家に帰る」と主張し始めたという。妻が、岩本さんに「夫が帰って来ては困るので、入院させておいてくれるよう医師を説得して欲しい」と相談に訪れた。
話を聞くと、夫の妻への暴力など、夫婦問題が背景にあることがわかってくる。しかし、治療は本人が正しい病気の知識を持って、了解のもとに行われなければならない。岩本さんは「まずご主人と向きあって、話し合いを持つことのほかに、問題解決の道はありません」と奥さんを説得することから始まった。

「私たちが得意としていることは、病院の中では聞くことができない患者さんの本音にたどりついて、その人が悩んでいる課題を見つけるというコミュニケーション・スキル。病院は治すところなので、治すためには『これをしなさい』という指示は出しますが、それができる人とできない人がいます。
なのに、病院のスタッフの中には『どうしてあなただけ治ることをしないの?』という考え方が支配していて、患者さんが『そうじゃない、ただ何を選択していいか分からないだけ』とは言えない環境になっているわけです。その結果患者さんはエビデンスのある治療を受けなくなったり、エビデンスのない民間療法に走ってしまったりすることがあります。そういった状況に現在おかれている患者さんに対してどういうふうにアプローチすれば本音を引き出すことができるか、そして最もその人らしく生きるためのサポートをどう行っていくのかを考えるのが、医療コーディネーターの役割なのです」

■リンク
①NPO法人 楽患ねっと
http://www.rakkan.net/

②ナースオブザイヤー
http://www.noty.jp/

③自立した看護師のためのSNS
http://www.inurse.jp/