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日本鍼灸に関する東京宣言2011

21世紀における日本及び世界のより良い医療に貢献するために

2011年6月19日、『日本鍼灸に関する東京宣言2011』が発表されました。宣言の全文を掲載。(宣言文を発表する後藤修司(社)全日本鍼灸学会会長)

(社)全日本鍼灸学会 第60回学術大会 共催 日本伝統鍼灸学会 第39回学術大会 が2011年6月19日東京有明医療大学を会場に開催された。
この大会では東日本大震災復興のおり、中止の検討もされる中、規模を縮小して開催されたにもかかわらず全国から770余名の両学会員、関係者が参加した。大会最後に宣言者後藤 修司((社)全日本鍼灸学会会長)、形井 秀一(日本伝統鍼灸学会会長)らによって―21世紀における日本及び世界のより良い医療に貢献するために― として『日本鍼灸に関する東京宣言2011』が発表され満場一致で採択された。
このことは鍼灸の世界的潮流にあって日本が育んできた日本鍼灸の多様性を確認すると共に世界の鍼灸をも受容する中で、世界のより良い医療に貢献することを日本鍼灸界全体となってアピールしたもので鍼灸史上かってないことであった。

宣言を採択する学会員

日本鍼灸に関する東京宣言 2011

―21 世紀における日本及び世界のより良い医療に貢献するために―
2011 年 6 月 19 日

Ⅰ.前文

  本宣言は、〔心と身体をみつめる日本鍼灸の叡智〕をテーマに、2011 年 6 月19 日に社団法人全日本鍼灸学会ならびに日本伝統鍼灸学会の共催により開催された学術大会において、様々な討議を経て採択されたものである。学術大会の後援団体は以下のとおりである。厚生労働省、社団法人日本医師会、財団
法人東洋療法研修試験財団、公益社団法人日本鍼灸師会、公益社団法人全日本鍼灸マッサージ師会、社団法人東洋療法学校協会、社団法人日本東洋医学会、全国盲学校長会、日本理療科教員連盟、社団法人全国病院理学療法協会、日本東洋医学系物理療法学会、日本良導絡自律神経学会、日本臨床鍼灸懇話会。

  宣言の起草は、日本の関連分野の科学者 20 人により構成された〔日本鍼灸に関する東京宣言起草委員会〕において、2010 年初頭より討議を重ね、作成されたものである。以降、第 1 草稿が 2011 年 5 月、社団法人全日本鍼灸学会のwebsiteに公開され、パブリックコメントを求めた。その後、第 2 草稿が〔日本
鍼灸に関する東京宣言起草委員会〕において作成され、上記の学術大会に示された。
本宣言は、日本鍼灸の歴史的変遷を踏まえ、その独自性について現状分析をするとともに、鍼灸が健康に寄与する医学(あるいは医療)としてさらに進化、発展するために策定されたものであり、各国政府、関連業団体、関連学術団体をはじめ、全ての人々に向けて発せられる。  

Ⅱ.背景  

 鍼灸医学は、最初のまとまった古代中国医学書とされる『黄帝内経』の成立時期から考えると、ほぼ二千年の歴史がある。陰陽学説、五行学説、蔵府(臓腑)、経絡、?穴、病因、治療の原則など、現代日本の鍼灸の基礎理論はこの『黄帝内経』の体系を引き継いでいる。また、本体系は、黄河流域に生活していた漢民族の医学であり、漢字文化圏を中心に広がり、東アジアの国々の医学として各国の国民の健康保持、疾病治療に長い間重要な役割を担ってきた。鍼灸医学が日本へ正式に伝来したのは 6 世紀とされるが、日本人と朝鮮半島 の人々との
交流はそれ以前から続いており、中国医学は朝鮮半島経由で早くから日本へもた
らされていたと考えられる。その中国医学の一分野である。
鍼灸医学が公的に日本の医学として採用されたのは奈良時代以前のことで、701
年(大宝元年)に制定された「大宝律令」の「医疾令」がそのことを示している。
「医疾令」には「針生七年成」と記され、針師、針博士に関する事項等が記載さ
れており、当時の鍼灸医学教育の概要を知ることができる。 

  その後、日本の鍼灸は、日本の風土、文化、日本人の特性、思想などに適合
しながら工夫、改良がなされ、江戸時代までは、漢方とともに日本における正
統医学として位置付けられてきた。そして、日本の文化遺産としても今に伝え
られている。明治時代になって富国強兵に向けた施策があらゆる分野において
布かれ、医療分野においても西欧諸国の医学が取り入れられ、日本の鍼灸は正
統医学の地位を失うことになった。しかし、その後、東洋医学的思想、理論と
西洋医学的理論を折衷的に取り入れながら、鍼灸医学を体系的に整理し、多様
性のある独自の鍼灸医学を発展させてきたものと考えられる。近年では、現代
中医学や韓医学あるいは、現代医学の新しい知見などを導入しながら更に進化、
発展を遂げている(脚注1)
このように多様性に富んだ鍼灸医学は、日本鍼灸の特質である。それは、人
体の複雑性に応じて様々な理論を用いて施術にあたろうとする日本人の積極的
な姿勢があったからこそ可能となったものである。実地臨床においては、東洋
医学的診察法と現代西洋医学的診察法の両面を生かし、東西両医学を取り入れ
た診察法を駆使し、人体の自己治癒力を高め、個体差に配慮した治療を施すこ
とを目指す医療として機能している。
こうした多様な特質を有する鍼灸医学は、昨今、医療機関からも関心を集め
るようになり、西洋医学との有機的な連携が増えてきている。このような徴候
は、?なからず、西洋医学系の医療従事者に鍼灸が認知され、受け入れられて
いる証拠とも言える。

  江戸期まで、日本の医学として国民の保健を担ってきた漢方と鍼灸は、明治
時代になってその座を追われ、西洋医学にとって替わられた。鍼灸に関しては、
国の医療制度とは異なる制度として位置付けられ、法律が整備されていく事と
なった。明治後期には、いわゆる鍼灸営業の免許鑑札制度が公布され、太平洋
戦争後は、GHQの勧告により、鍼灸の禁止要望が出された。しかし、学者及
び鍼灸関係者からの強い反対運動により撤回され、その後に現在の「あん摩マ
ッサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律」に直結する法律が制定さ
れた。1988 年(昭和 63 年)には、はり師・きゅう師は厚生大臣免許(現厚生
労働大臣免許)となり、今日に至っている。 (脚注2) 

 明治時代以前の鍼灸教育は徒弟制度の中で行われてきたが、明治時代の法整備
以降、学校教育へ移行してきた。特に 1947 年(昭和 22 年)以降は数次にわたっ
て法律が改正され、現在は高等学校卒業後、専門学校あるいは4年制大学で鍼
灸教育が実施されている。はり師・きゅう師の資格は、これ等の課程を修了し
た後、はり師・きゅう師の国家試験に合格することにより取得することができ
る。 (脚注3)

 現行の日本の鍼灸教育は、西洋医学を基盤とし、その上に鍼灸に関する専門
科目で構成する教育課程により行われている。このことが、上述したように日
本人の心性(メンタリティー)と思考に醸成され、「日本鍼灸」の特質である多
様な鍼灸を創る土壌となってきた。そして、補完医療や統合医療を推進するう
えでの素地にもなっている。
   日本における鍼灸研究においては、基礎医学的研究が数多く報告されており、
治療効果のメカニズムに関して一定の確証が得られるまでに進展している。こ
れらの知見を国際的な学術交流を通して発信し、鍼灸医学の基礎研究の発展に
貢献する必要がある。一方、鍼灸の臨床研究については、ランダム化比較試験
による検証も必要であるが、鍼灸本来の特性に沿った臨床研究のデザインを検
討し、鍼灸固有の臨床効果について研究を行い、その成果を発信することが望
まれる。  

Ⅲ.現状分析

日本では、西洋医学による一元的な医療制度の中で、鍼灸はその制度とは別
の形で取り扱われているが、医師や歯科医師と同様に鍼灸師にも開業権が与え
られている。従って、施術所においては、健康維持・増進から疾病の治療まで、
自由に診療が行えることが保証され、国民の健康保持・増進及び疾病の治療の
一端を担っている。
西洋医学による一元的医療制度の発達した日本において鍼灸がこうした役割
を担うことができるのは、東西両医学の視点に立って診療を展開しているから
である。そうした特色を有する日本鍼灸は、医療現場においては多様な疾患、
症状に広く用いられている 1-10) 。 (脚注4)

また、鍼灸治療は、鍼と灸というシンプルな治療手段を用いて行うことから、
医療機関の充足していない地方や医療機関が充分機能しない状況においても行
うことが可能である。この度の東日本大震災においては、その特色を活かし、
被災者の健康支援やケアとして鍼灸治療が実践されたことはよい例である。
今日のように医療技術が進歩し、高度化した現代医療が普及した世の中にお
いても時代を超えて国民に寄り添う身近な医療が必要であり、日本の伝統医療
である鍼灸はその役割を十二分に発揮することが可能である。しかし、そこに
は学術的な裏付けが必要であり、着実な研究とその成果が求められている。

日本における鍼灸に関する研究活動は活発化しており、論文数、発表数とも
に増加し、質的にも向上している 11-15) 。また、その研究対象も拡大してお
り、教育、古典、産婦人科疾患、老年疾患、癌など新たな領域の報告が増加し
ている。
このように日本の鍼灸研究は確実に進歩しているが、それらの知見を世界
に発信することが不十分であったことから、今後は国際交流を促進し、世界の
鍼灸医学の発展に貢献するとともに、更なる研究の推進が求められる。加えて
質の高い鍼灸医療を国民に提供するためにも、鍼灸の一層の技術向上を図るた
めの教育、研修制度の整備が必要である。

鍼灸の臨床面においては、日本では細い鍼を用いて浅く刺入する、或いは刺
入しない皮膚刺激法も含めて、患者負担がほとんどない微細な鍼術を多くの鍼
灸師が実践し、国民の支持を得てきた。この鍼術に対する評価は世界において
高まりつつある。
診断では触診を重視し、経穴あるいは治療部位を定めるに際しても、体表に
触れて患者の反応を確かめながら決定する方法をほとんどの術者が行っている。
また、個体差を考慮した個別的治療であるという認識が持たれてきた。
しかし、近年の欧米における大規模な臨床研究においては、個別的治療を否
定するような報告もある 16-17) 。それに対して、日本的個別治療の有効性を
実証した研究があるが 18-19) 、エビデンスとしてはまだ十分とは言えない。
また、病因論に基づく西洋医学と違い、鍼灸では様々な要因を複雑に考慮して
行っている。そのため、現行の臨床研究方法で特異的な有効性を検出するには、
非常に難しい問題を抱えている。
そこで、鍼灸の特性を生かした臨床研究の方法論を検討しなければならない。
特に微細な刺激を特徴とする日本鍼灸では、個別的治療を?体とする介入の効
果に関する評価手法や研究デザイン等の確立が不可欠である。このことは、テ
ーラーメイドの医療を指向し始めた現代医療に対しても学術的に貢献できるも
のである。そのためにも、鍼灸臨床研究については精度の高い成果を発信する
ことが急務である。

Ⅳ.今後の課題と提案

1,今後の課題

日本の鍼灸は、千年以上前に朝鮮半島を経由して伝来した古代中国の鍼灸医
術をもとに、日本の風土と日本人の体質に合わせて独自の鍼灸技法を考案し、
さらには近代に至って導入された西洋医学をも巧みに同化して独自のスタイル
を構築してきた。そして鍼灸がグローバル化しつつある今日、日本鍼灸の担い
手自らが日本鍼灸の特質と課題に対する認識を深め、世界に発信する必要に迫
られている。
臨床においては、多様性の中にある共通部分を明確化すべきであろう。その
ためには、診断治療の技法だけでなく、鍼灸医学の根底に流れる身体観、哲学、
職業人魂、使命あるいは倫理観といったものにも光を当て、何をもって日本鍼
灸のアイデンティティーと呼べるのかについて合意を探る努力が求められる。
疾病の予防と治療に対する貢献はもちろんのこと、生命の帰結が死であるこ
とを考えるならば、日本鍼灸は高齢社会において健康の質だけでなく、死にゆ
く過程の質、すなわち生命の質にもどう関わるかについても模索していかなけ
ればならない。鍼灸なしの医療は何が足りなくなるのか、あるいは鍼灸を導入
した医療は何ができるのかについて、日常臨床経験から実感を伴うデータを集
積する必要がある。
研究においては、鍼灸刺激によって生起する無限に近い生体反応の一部を切
り取って観察する手法だけでなく、より総合的な視野と評価尺度で、人間の心
身をまるごと捉える研究も推進すべきである。もちろんランダム化比較試験に
代表されるような手法で、対照群との比較によって得られる良質のエビデンス
を作る作業は重要であることはいうまでもない。また、鍼灸が未病の改善に貢
献することを明確にするには、疫学的手法を用いた研究にも力を注がなければ
ならない。
しかし、一方で、対照群の設定、個体差の取り扱い、臨床試験環境の特殊性
といった、現行の研究方法論を改革する議論も積極的に行っていくべきであろ
う。過去に鍼麻酔報道をきっかけとして痛みの研究が進歩したように、微細刺
激による生体反応やプラセボ効果をめぐる議論などについては、日本鍼灸の領
域から発展してくる可能性が期待できるからである。これらの新しい知見や概
念を海外に発信していくことは研究者個人レベルだけでなく本学会としての課
題でもある。
教育においては、一定の質を保証できる人材を養成するためにコア・カリキ
ュラムを策定すべきであるが、知識や技術の習得だけでなく理念の継承も行う
ためには、やはり日本鍼灸のアイデンティティーを明確することが課題となる。
また、教育の質の保証のためには教員の質を高めることが重要である。そのた
めには教員や臨床家に対する卒後教育・継続教育をより積極的に実施していか
なければならない。
さらに、プライマリーヘルスケアやプライマリーケアの分野をはじめとして
だけでなく、リハビリテーションや緩和ケアなど幅広い領域において鍼灸が高
い可能性を持った医療であることを国民全般および医療従事者にもっと理解し
てもらうために、日本鍼灸の基礎知識や臨床的エビデンスに容易にアクセスで
きるデータベースを充実させる作業も、重要な課題である。

2.提案

本宣言をするにあたり、日本の鍼灸の歴史的背景や現状分析を行った。そし
て、そこから導き出された日本鍼灸の特質や将来に向けて取り組むべき課題を
明確に表現することによって、鍼灸医療に携わるすべての人々や医療関連職種
の人々、並びに医療行政に携わる人々に正確な理解を図ることができればこの
宣言は大きな意味を持つものと考えられる。そして、日本鍼灸の特質を明らか
にすることは、そのまま世界の鍼灸のあり方へ一石を投ずることになると考え
る。
我々は、ここに以下の6つの項目を宣言する。

(1) 鍼灸に関する最新の知見を医学界及び国民に向けて広く発信し、鍼灸への
正しい理解と適正な医学的評価を得ることに努める。
(2) 鍼灸の臨床効果を立証するために相応しい研究デザインを確立し、世界の
鍼灸臨床の有効性と安全性に関する研究の発展のために貢献する。
(3) 日本の伝統医学である鍼灸を医療システムにおいて適切に位置づけること
に努める。
(4) 鍼灸は日本の貴重な文化的遺産の一つであることの理解を深め、さらにその
普及に努める。
(5) 日本鍼灸と世界各国の鍼灸との交流を推進し、各国鍼灸に対する相互理解を
深め、その特色を尊重し、世界における鍼灸の多様性の維持・継承と発展に
努める。
(6) 心と身体をトータルにみつめる鍼灸医療を通して、これまで以上に人々の
健康保持増進、疾病予防及び治療に寄与することに努める。
 

この東京宣言の内容は、時代とともに変わるものであり、決して固定化され
るものではないと考える。それは、鍼灸が、未来に向けて進化・発展する使命
を内包しているからに他ならない。

宣言の解説

(1)と(2)の宣言:現代西洋医学でも効果が十分でない慢性疼痛疾患、加齢に伴う運動
器疾患と障害などの相補的医療として今まで以上に鍼灸医療を機能させていくことは、質
の高い医療の提供に繋がり、患者にとって大きなメリットとなるはずである。また、鍼灸
医療の診療内容からいってプライマリーヘルスケアやプライマリーケアとして十分活用す
ることが可能である。さらには、癌患者の緩和ケアなど幅広く医療的な利用価値を提示し
QOL向上に寄与することが必要である。そのためには、日本および世界各国の鍼灸臨床に
関する質の高いエビデンスを蓄積し、その成果を医療関係者および国民に向けて強力に発
信し、これまで以上に鍼灸の啓発と普及を図らなければならない。日本における鍼灸研究
においては、基礎医学的研究が数多く報告されており、治療効果のメカニズムに関して一
定の確証が得られるまでに進展している。これらの知見を国際的な学術交流を通して発信
し、鍼灸医学の基礎研究の発展に貢献する必要がある。一方、鍼灸の臨床研究については、
ランダム化比較試験による検証も必要であるが、鍼灸本来の特性に沿った臨床研究のデザ
インを検討し、鍼灸固有の臨床効果について研究を行い、その成果を発信することが望ま
れる。
また、鍼灸治療は安心・安全な医療であることは学術的な観点から見ても明らかであり
20-この点についても理解を広めなければならない。特にディスポーザル鍼の使用やニー
ドルテクニックの実践をより広く普及させる必要がある。今後とも治療で用いる器具等の
安全性についてエビデンスを追求するとともに、より安全性の高い治療用具の開発を行い、
世界をリードすることが重要である。(3)と(4)の宣言:加えて、鍼灸は日本医学の一分野
として発展してきた日本の伝統医学であり、また貴重な文化的遺産でもあり、いわば日本の
アイデンティティーであることの理解を国民の中に広く啓発し、日本鍼灸の発展を図ること
が肝要である。
また、中国や韓国においては、鍼灸医学が国の伝統医学として正当に位置付けられている
ように、日本においても医療システムの中に適正に位置付けられることが必要である。

(5)の宣言:一方、世界に目を移すと鍼灸はもはや東アジアの伝統医学に留まることなく、
グローバル化し、世界の伝統医学になりつつある。そのような背景の下に鍼灸の国際的標
準化の気運が年々強くなってきているが、鍼灸を伝統医学としてきた国においては、それ
ぞれの歴史的発展がある。そうしたことから、中国や韓国を始めとする世界各国の鍼灸関
係者と交流を深め、各国の鍼灸の特色を尊重することが肝要である。このことが、それぞ
れの国において鍼灸医学のレベル向上につながり、ひいては世界の多様性の維持・継承と
発展に貢献するものと考えられる。

Appendix

脚注1

日本においては、江戸期になると、前期は後世方派が引き続き力を持つが、中期の元禄
以降では、古方派が台頭する。また、江戸期を通して、西洋医学がオランダ経由で日本に
もたらされ、漢方にも影響を与え、江戸後期には漢方と蘭方を折衷する漢蘭折衷派も生ま
れた。その後、西洋医学が東洋医学に取って代わることになる明治維新の変革へと突き進
んでいくことになる。
鍼の分野では、安土桃山から江戸前期の流れの中から管鍼法が生まれ、細い鍼や鍼管を
使った微細な刺激法へと独自の変化が生まれた。また、灸は、石臼や唐箕などを使った精
製度の高い艾を製造して、?ない熱量の刺激法へと変化し、民間での活用がますます広が
った。
この江戸時代には、日本は鎖国体制を取って、アジアの国々を植民地化した西欧の圧力
を避けながらも、中国・朝鮮からだけでなく、オランダを通じて、海外の文化・文明を自
分のペースで摂取した。同時にオランダ経由で日本から管鍼法、打鍼法など日本独特の鍼
灸もヨーロッパに紹介された 23) 。その結果、日本的な文化・文明を独自に育てながらも、
世界から孤立せず、むしろ最先端の医学的発見や治療の試みを行うなどの業績を残した。
この特殊な背景が、日本の鍼灸を日本の文化・風土にあったものに質的に変化させる要因
となり、その質的変化は、明治以降の近代化・現代化に『黄帝内経』系の鍼灸が順応する
所以と考えられる。
現代の日本鍼灸には、陰陽五行理論ベースの『黄帝内経』系の古典的鍼灸、現代中医学の
影響を受けた現代中医学的鍼灸、現代医学をベースにした現代医学的鍼灸、圧痛や反応に
対応した治療、また、スポーツ鍼灸や美容鍼灸など専門科鍼灸、などが併存する。それら
は、現代の日本鍼灸の様相に見えて、実は、過去の時代の鍼灸のあり方と関係深く、類似
した存在の仕方をしているようにも見える。

脚注2

鍼灸に関する法律は、1874 年(明治 7 年)に発布された「医制」第 53 条が最初である。この医
制第 53 条は、鍼灸を西洋医学の管理下に置くことを規定しようとしたものであったが、施行さ
せることはなかった。しかし、その精神は、それ以降の法律に組み込まれ、今も変わることなく
息づいている。その後、1885 年(明治 18 年)「鍼術灸術営業差許方」が公布され、鍼灸施術が正
式に営業できるようになり、1911 年(明治 44 年)「鍼術灸術営業取締規則」の公布により鍼灸営
業は免許鑑札制となった。
それを大きく変える契機となった事件が、1945 年(昭和 20 年)GHQ の進駐軍衛生部の勧告「医
業以外の治療行為を全て禁止」)であった。この禁止勧告に対して、全国的な鍼灸存続運動が展
開され、1947 年(昭和 22 年)「あん摩、はり、きゅう、柔道整復等営業法」が公布され、営業身
分が身分免許となった。しかし、鍼灸が医療システムに組み込まれることはなかった。その後、
数次の改正を経て 1970 年(昭和 45 年)「あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する
法律」が制定され、その内容が昭和 63 年大幅改正されて都道府県知事免許から厚生大臣免許(現
厚生労働大臣免許)となり、今日に至っている。

脚注3

我が国における近代鍼灸教育は、明治維新以降早い時期に始められ、1903 年(明治 36 年)に東
京盲亜学校が発足し、盲学校における鍼灸マッサージの教科を教える教員養成が始まった。これ
は現在も筑波大学理療科教員養成施設(文部科学省認可)で行われている。1911 年(明治 44 年)
に定められた「鍼術灸術営業取締規則」により、小学校卒業以上で指定校(4年制)を卒業すれば
営業免許を取得できるようになり、徒弟制度による鍼灸師養成に並行して学校教育をスタートさ
せた。それが大きく変わることになったのは 1947 年(昭和 22 年)「あん摩、はり、きゆう、柔道
整復等営業法」の制定以降であり、すべての鍼灸師の養成は学校教育(専修学校、特別支援学校)
において行うこととなった。この法律は 1970 年(昭和 45 年)に改正され、更に 1988 年(昭和 63
年)に大幅改正され、高卒 3 年を修業年限とした単位制(86 単位以上の修得。基礎分野 14 単位・
専門基礎分野 27 単位・専門分野 45 単位)による教育が導入されることとなった。その間、1978
年(昭和 53 年)明治鍼灸短期大学の開学を嚆矢として高等教育化が始まり、大学及び大学院鍼灸研
究科修士課程、博士課程(鍼灸学)が開設され、鍼灸教育の完成をみるに至った。また 1987 年(昭
和 62 年)筑波技術短期大学が、2005 年(平成 17 年)筑波技術大学が開学され、2009 年(平成 21 年)
国立大学法人筑波技術大学大学院技術科学研究科修士課程(鍼灸学)が設置され、視覚障害の有
無を問わず鍼灸の高等教育機関が整備された。

脚注4

日本鍼灸の具体的特徴の第一は「触れる」を重視することといえよう。診断面では触診
を重視し、特に脉診を重視したが、独自の解釈で六部定位脉診を開発して生まれた「経絡
治療」はその典型といえる。また、脉診以外にも難経十六難以外の腹診術が開発される等、
様々な触診技術が新たに開発され、進化して発達した。治療面では、皮膚を触れて経穴の
反応を重視して取穴することや、圧痛・硬結等の皮膚・皮下の反応を重視し、それらの反
応のあるところに施術することが多い。
第二の特徴として、西洋医学的発想の鍼灸治療の開発或いは診断器具の開発が挙げられ
る。良導絡、皮電点、差電点等の客観的診断器具・経穴探査機の開発と治療法が開発され
たこと、また、運動器疾患の診断に徒手検査を応用して客観性を重視したことが挙げられ
る。また、日本では科学的臨床基礎研究が発達し、臨床面に応用されてきている。これら
のことも一因となり、日本では西洋医学的発想の鍼灸が適応しやすい運動器疾患の患者が
圧倒的に多く、更に交叉刺等の症状がある部位局所への刺鍼術も発達した。
第三の特徴として患者負担の?ない弱刺激の鍼灸治療の開発を進めた結果、管鍼法、細
く・浅い微鍼、接触鍼、小児鍼、皮内鍼、円皮鍼、レーザー鍼、電子灸等が開発された。
第四に、日本人の柔軟性のためか西洋医学的発想の治療法と『素問』『霊枢』等の古典に
基づいた治療法を折衷する等の診断・治療法や手技・哲学を折衷する施術者が日本では一
番多い。またそれだけではなく、温熱・電気治療等の器具を使った治療やマッサージ、カ
イロプラクティック、柔道整復術等や西洋医学との併療も広く行われている。
第五に、灸治療が非常に盛んなことがあげられる。特に透熱灸の実践は世界に類をみな
い。これは繊細な技術力で燃焼温度が低い艾が開発されたことに起因していると考えられ
る。
第六に、未病の治療が挙げられる。疾病治療に止まらず、養生の灸、三里の灸等健康管
理・増進を目的に鍼灸を受療する患者でない健康人、或いは未病の半健康人がどの施術所
にも一定割合いる現状がある。

References

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22)Melchart D, Weidenhammer W, Streng A, Reitmayr S, Hoppe A, Ernst E,
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23)ヴォルフガング・ミヒェル:16~18 世紀にヨーロッパへ伝わった日本鍼灸. 全日本鍼
灸学会誌. 2011;61(2):150-163.

東京宣言起草委員会委員
後藤 修司 ※1  (学校法人 後藤学園 理事長)
形井 秀一 ※2  (国立大学法人 筑波技術大学保健科学部 教授)
坂本 歩 ※3     (学校法人 呉竹学園 理事長)
石原 克己      (東明堂石原鍼灸院 院長)
伊藤 和憲      (明治国際医療大学 臨床鍼灸学教室 准教授)
小川 卓良      (東京衛生学園専門学校 臨床教育専攻科 講師)
川喜田 健司    (明治国際医療大学 生理学教室 教授)
北小路 博司    (明治国際医療大学 臨床鍼灸学教室 教授)
小松 秀人       (十字堂治療院 院長)
篠原 昭二       (明治国際医療大学 伝統鍼灸学教室 教授)
妹尾 匡躬       (八綱療院 院長)
高橋 大希       (東京衛生学園専門学校 東洋医療総合学科専任教員)
東郷 俊宏       (東京有明医療大学 保健医療学部鍼灸学科 准教授
戸ヶ崎 正男     (蓬治療所 所長)
福田 文彦       (明治国際医療大学 臨床鍼灸学教室 准教授)
船水 隆広       (呉竹医療専門学校 専任教員)
村上  哲二      (東京医療専門学校  専任教員)
矢野 忠          (明治国際医療大学 健康・予防鍼灸学教室 教授)
山口 智          (埼玉医科大学病院 東洋医学診療科 講師)
山下 仁          (森ノ宮医療大学大学院 保健医療学研究科 教授)
(五十音順)

※ 1  社団法人    全日本鍼灸学会    会長
※ 2  日本伝統鍼灸学会    会長
※ 3  東京宣言起草委員会    委員長