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国内治験の「空洞化」はなぜ進む

新薬の承認を受けるための治験を受ける患者が減り続け、
国内の製薬メーカーが海外での治験を先行させる例が増えているという。
なぜ、治験が日本で困難になっているのか、
どのような課題があるのか探ってみた。

吉村克己 (ルポライター)

減り続ける国内の治験

厚生労働省において、去る6月10日、「大規模治験ネットワーク懇談会」の初会合が開かれた。
大規模治験ネットワークとは、複数の大規模病院をネットワークし、治験を迅速に進める体制を作り上げることだ。
なぜ、こうした施策が出てきたのかといえば、国内における治験が減少し続け、海外での治験を先行する製薬メーカーが急激に増えているからだ。いわゆる治験の「空洞化」である。
厚生労働省の調べでは、1993年に160件あった初回治験届出数は、2001年には43件と激減している。また、日本製薬工業協会によれば、日本の製薬メーカーが「海外先行および海外のみ」で開発中の医薬品の比率が93年には18%だったが、2000年には40%まで拡大している。

厚生労働省が今年4月にまとめた「医薬品産業ビジョン(案)」では、この空洞化の原因について、海外に比べて国内の治験は「時間がかかる」「質がよくない」「費用が高い」の3点を指摘している。
つまり、「遅い・まずい・高い」というわけだ。これがレストランなら3日でつぶれている。
治験は新薬開発に欠かせないプロセスにもかかわらず、なぜこんな状況に陥ってしまったのだろうか。
製薬メーカーの治験業務を代行・支援するCRO(Contract Research Organization=医薬品開発業務受託機関)である医療産業(本社・東京都文京区)などが運営する「治験情報ネット」では、治験を受ける患者側の不安についてこう解説している。

「マンガで知る治験」の「治験について考えよう」というコーナーでは、患者の家族がこんなセリフをいう。
「治験に参加するってことはつまり実験台になるってことでしょう?副作用だってあるかもしれないじゃない!」

これが一般の人々の治験に対するとらえ方だろう。確かに副作用の危険は否定できないが、実は一般の患者に対して行われる治験の前に二段階の治験が実施されていることはあまり知られていない。
第一段階(第一相)は健康な成人に対して行われ、第二段階(第二相)では少人数の患者に対して実施される。そして、最後に一般の患者に対する第三段階(第三相)の治験が行われるため、副作用の危険はかなり取り除かれている。
一方、副作用どころかまったく薬効のない「プラセボ」と呼ばれる偽薬を服用させられる可能性もある。これは薬の効き目などを比較するためだ。最新の治療を受けるつもりが、単に通常治療の機会を奪われただけという結果にもなりかねない。

こうした治験に関する基礎知識は、治験情報ネットの「治験とくすりの豆知識」にまとめられている。また、後ほど述べる「治験ナビ」というサイトの「治験FAQ」というコーナーにも詳しく載っている。
このようにリスクやメリットをちゃんと理解した上で治験を受けるべきだが、どのような治験が募集されているかは、治験情報ネットや治験ナビで知ることができる。治験情報ネットでは、会員登録(無料)すると新着の治験情報をメールで送ってくれるサービスもある。
また、日本製薬工業協会の運営する「おくすりの評価法」というサイトにも治験検索システムがあり、症状や病名から治験募集情報を集めることができる。

手薄なネットの情報発信
厚生労働省の治験届出数を見ると、97~98年頃の落ち込みが激しい。同省はその原因として「新GCP施行」と「外国での試験結果の承認申請データとしての受け入れ拡大」などを挙げている。
新GCPとは「Good Clinical Practice(医薬品の臨床試験の実施の基準)」であり、98年4月から施行された。これにより治験を実施する際は、患者に対して文書による説明と同意の取得を行うことをメーカーだけでなく、治験実施の医療機関および担当者に義務づけることになった。
患者側の人権と安全に対して当然ともいえる措置だが、この結果、治験が減ったとすれば裏を返せば、これまでいかに患者に対して、正確な説明と同意の確認がなされていなかったかということではないだろうか。

国内治験数の減少は、治験を実施する体制の不備や専門家の不足など環境面の問題、および日本の健康保険制度などの要因もあるが、患者に対してメーカーや医療機関が充分な情報提供を行ってこなかったツケが回っているともいえる。
それでは肝心のメーカーは自社のホームページでどのような治験情報を提供しているのかといえば、意外なことに募集情報を掲載している企業は少ない。
主要な国内製薬メーカーのサイトを軒並み見たが、トップページで分かりやすく治験コーナーを設けていたのは武田薬品工業、持田製薬、第一製薬ぐらいだった。

持田製薬広報室では、治験コーナーを設けた理由について、「医薬品の開発における治験の位置づけ、重要性をご理解いただければと考えております。治験募集の終了後も、情報提供ページとして残す予定です」と語っている。
新GCP施行後、治験参加者が減ったために、メーカーは新聞や雑誌などマスメディアによる治験募集広告を増やすようになったが、なぜ、インターネットによる情報発信にあまり力を入れていないのだろうか。

治験ナビの「治験FAQ」では、治験参加者募集型サイトの問題点について「登録者の多くは軽症の患者で、冷やかしも多く、登録者の質が問題になる」と指摘している。また、告知型サイトでは「募集期間にホームページを見てもらわないといけないので、媒体特性として新聞に見劣りする」という。
個人的にボランティアとして、この治験ナビを運営している西塔京四郎さん(ハンドルネーム、医薬品業界勤務)は、「製薬企業や治験を実施する医療機関から情報を与えられるのを待つのではなく、積極的に、こちらから治験の情報を探し求めよう」という。

西塔さんは治験ナビを開設した動機をこう語る。
「現在ある『被験者募集サイト』の多くは、企業が運営しているサイトであり、基本的に製薬メーカーから資金が流れるしくみです。
これでは製薬メーカーの都合のよいことしかホームページ上には掲載されません。私は、より公平な立場で、いや、むしろ情報が不足しがちな患者側の立場に立ったサイトが必要だと考えました」西塔さんは、治験情報サイトの多くには、副作用などの「有害事象」の情報が不足していると指摘する。
製薬メーカーのサイトにおいても、「一番知られたくない『副作用が発生した場合』については、その後の対応が明確に記述されていません」という。
治験FAQでも、「重度の副作用が起こる危険性はかなり小さくなっていますが、軽度の副作用が起こる可能性はあります」と西塔さんが書いているように、いたずらに治験の副作用を気にする必要はないが、いざ何かのトラブルが起こってしまったときにメーカー側がどのような対応をしてくれるのか患者側は不安だ。メーカーにとってはいいたくないこともオープンにしていくことが、患者側の信頼を得ることにつながるのではないだろうか。

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治験ナビ
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