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介護サービス利用者のための ガイダンス – 8

介護者の介護を考える

いよいよスタートする介護保険。
さまざまの問題を抱えながらの実施を同時進行で取り上げていきます。
介護保険は、みなさん一人ひとりのものです。
あきらめないで、使い勝手のよい制度にすることを一緒に考えていきたいものです。

中村聡樹 (医療介護ジャーナリスト)

介護者が倒れれば介護は不可能

介護者が倒れれば介護の続行は不可能

「ケア・フォア・ケアテイカー」という言葉をご存じですか。直訳すると、「介護者のための介護」ということになります。
介護の現場では、ことさら介護される方の状況に関心が集まりますが、介護する側、すなわち介護者の立場に立って考えるという視点はおろそかにされているのが実情です。
しかし、介護者が倒れれば介護を続行することは不可能であり、介護者不在の在宅介護者をすべて受け入れるだけの施設数も準備されていません。理想的な介護のあり方は、様々な形で語られていますが、すべては、介護者が健在であるという前提に立ったものにしか過ぎないのです。
高 齢者の人口はこれからさらに増加します。2025年には全人口の25%が高齢者で占められることはすでに周知のことですが、同時に、介護者の人口も増大す るわけです。介護保険の範疇では、介護者の立場を守る施策を盛り込むことはおそらく難しいでしょう。せいぜい介護保険を使うことで、介護者の負担を軽減で きるくらいです。介護者の保護に一歩踏み込むことはできません。
自身の反省を込めてお話しするのですが、介護保険制度や介護施設、老人医療のあり方ばかりに目を向けるのではなく、介護の原点である介護者と要介護者の関係について深く学び、その中から解決方法を見いだしていく努力がこれから必要だと思います。

介護には介護者の生き生きした暮らしが必要

「介護者がおしゃれをして、おいしいものを食べにいったり、美術館やお芝居を鑑賞する。旅行に出かけるのもよいわね。介護者が萎んでしまったらけっして良い介護はできないものよ」
ケ ア・フォア・ケアテイカーの言葉に添えて、介護者の生き生きとした暮らしが必要であることを教えてくれたのは、故本田桂子さんでした。作家・丹羽文雄さん の娘さんで、アルツハイマーにかかったお父様を15年間介護してきた女性です。今年の6月、突然お亡くなりになったのですが、私は、毎月、本田さんをイン タビューして朝日新聞の『論座』という月刊誌に連載していました。その中で、介護者の介護を考えるという新しい視点を教わったのです。

「15年という長い時間、介護を続けていて、いつも感じていたのは、いったいいつまで続くのかしらということです。介護者は、介護が始まった瞬間からこの 呪縛に支配されるのです。自分が投げ出したら介護はそこでストップしてしまう。プレッシャーに押しつぶされそうになって、毎日が戦いなんですよ。だからこ そ、どこかで気持ちをゆるめる時間を持たないと駄目になってしまう。介護を続けてこられたのは、その気分転換が人一倍上手だったからかもしれません」
介護者が置かれている状況は人それぞれまったく違うものです。100人の要介護者をかかえる家族がいれば、100通りの介護者の立場が存在します。ですか ら、介護者の考え方をマニュアルにすることはできません。「介護者はこうあるべきだ」といった、主張を展開することも必要ではありません。
しかし、どんな状況に置かれた介護者にも、自分自身が生きていることを実感し、介護の重圧に押しつぶされるようなことのないように工夫する権利は存在していると思います。
言葉にすることはたやすいことですが、介護者が、自分自身を大切にして、介護にも精一杯、没頭できる環境づくりをこれから積極的に考えていきたいと思います。
すでに、本田さんとは、ケアテイカー(介護者)の会を作り、みんなで介護の苦労話を愚痴ったり、新しい介護の方法などを語り合う場をつくろうと計画してい ました。ところが、本田さんが亡くなったことで計画そのものが宙に浮いてしまったのですが、ようやく、この計画そのものが実施できることになりました。来 年の春を目標に、会の設立準備を進めています。
そこで、介護の現場で介護者がどのような状況に置かれているか。その例をいくつか紹介します。そばで見ていても事情はよくわからないものですが、介護者一人ひとりに時間をかけて取材すると、いろんな話を聞くことができました。

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問題に背を向けずに取り組もう

まず、要介護者との折り合いがなかなかうまくつかない事例を紹介します。
埼玉県大宮市在住の関根ひろ子さん(54・仮名)は、夫の両親と同居を続けてきました。
今年の4月、義父(82)が軽い脳梗塞で倒れたことで、突然、介護の問題に直面したわけです。
すでに、義母は他界し介護の役割はひろ子さんに降りかかってきました。
しかし、在宅介護をはじめてみるとまったく自分の時間がなくなってしまい、週に1回の料理教室の講師の仕事もままならなくなり、結局、しばらくの間、教室を休校することになったそうです。
介護保険を利用すれば、デイケアサービスを使って、週に1度の外出も可能だと簡単に解決方法を見いだせるのですが、実際には、そんなにすんなりとことが運ばないのです。
義 父は脳梗塞の後遺症は軽かったものの、左半身に軽い麻痺が残っています。トイレや入浴には介助が必要な状況で、目を離すわけにはいきません。しかし、本人 は、それほど自分の状態が悪くなっているとは理解していない。自分で何でもできるという意識がまだまだ強く残っているために、介護サービスの利用にはまっ たく興味を持たないそうです。

介護には気分転換も大事

夫は、ひろ子さんにまかせっきりで相談相手にもなりません。義父に介護サービスの利用を勧めたいものの、ままならない状況のなかで、介護に日々追われてい るというわけです。この状況が長く続けば、いつかはひろ子さんが参ってしまう日がやってくるでしょう。そうなったときでは手遅れというのが介護の最も厄介 な問題です。
ひろ子さんは、こうした事情を他人に聞いてもらうだけで、少し楽になったといいます。しかし、このまま放置するわけにはいきません。私は、お節介を承知で介護サービスの利用をうながす方法をあれこれアドバイスしました。
「おじいちゃん、私を助けて。1日だけ、介護サービスを利用してくれたら、私も幸せになれるの。だから、助けてください」
問題から目を背けずに、真正面から義父に話をすることで、ひろ子さんにも展望が開けました。もうすぐ、介護サービスの利用が始まると、先日連絡をいただきました。
家族の関係にとやかく口を出すことはできませんが、義父の立場を守りながら、うまく語りかける方法が見つかったことで、問題解決の糸口がつかめた事例です。

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無神経な言葉に傷つく介護者

また、親類から厳しい批判の目にさらされている介護者も少なくありません。本田さんは、「お金も、手も出さない人ほど口を出す。特に親類はね」とよく話していましたが、そのとおりの事例は嫌というほど見せてもらいました。
自分たちは介護に直接かかわらないくせに、要介護者の父や母の前では、優等生であり続ける親類。彼らの発する無神経な言葉に傷ついている介護者もたくさんいます。
「自分は家族の一員ではなく、使用人のような気分になってしまった」
介護のシンポジウムに集まった方々が、ちょっと自分の家庭の事情を話すと、同じような体験をした人の輪が瞬く間に広がっていきます。愚痴を言い合っている姿はあまりよいものではありませんが、こうした機会でもなければとてもやっていけないであろうということも理解できます。
ケアテイカーの会は、こうした人たちの声をできるだけ多く集めて、みんなで考えられるものにしたいと考えています。介護者の鬱積した心の痛みや、気持ちのゆがみを少しでも和らげることをこれからは、強く意識していかなければならないと思いました。
同時に、ケアテイカーは、家庭で介護に従事する人たちだけではありません。私は、福祉施設などで働く人たちも、ケアテイカーの一人だと考えています。施設に要介護者を預けたら最後、一度も訪ねてこない家族もたくさんいます。施設の職員は、そうした家族と要介護者の間で本当に苦労しているのです。なかには、ノイローゼになって現場から離れていった人も少なくありません。
ケアテイカーという立場を広げて解釈すれば、在宅介護で頑張っている人たちから介護を専門にする立場の人までが範疇に入ります。この、大きな輪のなかで介護について考えていけば、介護保険の仕組みや介護施設のあり方、介護の方法論ばかりを議論することが無意味な行為ではないかと気づくことができます。

問題解決には率直に語り合うことが重要

現在、介護保険は見直しの準備が進められています。国庫補助の負担を軽減することを目的に、施設の運営に関しても大幅な改革が実施されようとしています。 社会福祉法人でなくてもケアハウスなどの施設運営ができる方向性も示されました。長引く不況下で、新しい雇用創出の市場として福祉分野に対する期待度も アップしています。
しかし、こうした机上で考える介護のあり方は、結果的に介護の本質を見失ったままで進む危険性をはらんでいるのではないでしょうか。介護の現場を強く意識し、そこから何ができるかをもう一度考えるべきです。
介護者の介護。介護者が自分の人生を実感しながら介護を続けられる社会の仕組みづくりや方法を語り合うことが先決です。「ケア・フォア・ケアテイカー」に注目してください。介護保険の今後を占う意味でも、重要な視点だと思います。
次回は、大阪の千里ニュータウンのど真ん中にオープンしたばかりの老人施設をレポートします。

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