(社)全日本鍼灸学会 第60回学術大会 共催 日本伝統鍼灸学会 第39回学術大会 が2011年6月19日東京有明医療大学を会場に開催された。
この大会では東日本大震災復興のおり、中止の検討もされる中、規模を縮小して開催されたにもかかわらず全国から770余名の両学会員、関係者が参加した。大会最後に宣言者後藤 修司((社)全日本鍼灸学会会長)、形井 秀一(日本伝統鍼灸学会会長)らによって―21世紀における日本及び世界のより良い医療に貢献するために― として『日本鍼灸に関する東京宣言2011』が発表され満場一致で採択された。
このことは鍼灸の世界的潮流にあって日本が育んできた日本鍼灸の多様性を確認すると共に世界の鍼灸をも受容する中で、世界のより良い医療に貢献することを日本鍼灸界全体となってアピールしたもので鍼灸史上かってないことであった。
宣言を採択する学会員
『日本鍼灸に関する東京宣言 2011』
―21 世紀における日本及び世界のより良い医療に貢献するために―
2011 年 6 月 19 日
宣言の解説
(1)と(2)の宣言:現代西洋医学でも効果が十分でない慢性疼痛疾患、加齢に伴う運動
器疾患と障害などの相補的医療として今まで以上に鍼灸医療を機能させていくことは、質
の高い医療の提供に繋がり、患者にとって大きなメリットとなるはずである。また、鍼灸
医療の診療内容からいってプライマリーヘルスケアやプライマリーケアとして十分活用す
ることが可能である。さらには、癌患者の緩和ケアなど幅広く医療的な利用価値を提示し
QOL向上に寄与することが必要である。そのためには、日本および世界各国の鍼灸臨床に
関する質の高いエビデンスを蓄積し、その成果を医療関係者および国民に向けて強力に発
信し、これまで以上に鍼灸の啓発と普及を図らなければならない。日本における鍼灸研究
においては、基礎医学的研究が数多く報告されており、治療効果のメカニズムに関して一
定の確証が得られるまでに進展している。これらの知見を国際的な学術交流を通して発信
し、鍼灸医学の基礎研究の発展に貢献する必要がある。一方、鍼灸の臨床研究については、
ランダム化比較試験による検証も必要であるが、鍼灸本来の特性に沿った臨床研究のデザ
インを検討し、鍼灸固有の臨床効果について研究を行い、その成果を発信することが望ま
れる。
また、鍼灸治療は安心・安全な医療であることは学術的な観点から見ても明らかであり
20-この点についても理解を広めなければならない。特にディスポーザル鍼の使用やニー
ドルテクニックの実践をより広く普及させる必要がある。今後とも治療で用いる器具等の
安全性についてエビデンスを追求するとともに、より安全性の高い治療用具の開発を行い、
世界をリードすることが重要である。(3)と(4)の宣言:加えて、鍼灸は日本医学の一分野
として発展してきた日本の伝統医学であり、また貴重な文化的遺産でもあり、いわば日本の
アイデンティティーであることの理解を国民の中に広く啓発し、日本鍼灸の発展を図ること
が肝要である。
また、中国や韓国においては、鍼灸医学が国の伝統医学として正当に位置付けられている
ように、日本においても医療システムの中に適正に位置付けられることが必要である。
(5)の宣言:一方、世界に目を移すと鍼灸はもはや東アジアの伝統医学に留まることなく、
グローバル化し、世界の伝統医学になりつつある。そのような背景の下に鍼灸の国際的標
準化の気運が年々強くなってきているが、鍼灸を伝統医学としてきた国においては、それ
ぞれの歴史的発展がある。そうしたことから、中国や韓国を始めとする世界各国の鍼灸関
係者と交流を深め、各国の鍼灸の特色を尊重することが肝要である。このことが、それぞ
れの国において鍼灸医学のレベル向上につながり、ひいては世界の多様性の維持・継承と
発展に貢献するものと考えられる。
Appendix
脚注1
日本においては、江戸期になると、前期は後世方派が引き続き力を持つが、中期の元禄
以降では、古方派が台頭する。また、江戸期を通して、西洋医学がオランダ経由で日本に
もたらされ、漢方にも影響を与え、江戸後期には漢方と蘭方を折衷する漢蘭折衷派も生ま
れた。その後、西洋医学が東洋医学に取って代わることになる明治維新の変革へと突き進
んでいくことになる。
鍼の分野では、安土桃山から江戸前期の流れの中から管鍼法が生まれ、細い鍼や鍼管を
使った微細な刺激法へと独自の変化が生まれた。また、灸は、石臼や唐箕などを使った精
製度の高い艾を製造して、?ない熱量の刺激法へと変化し、民間での活用がますます広が
った。
この江戸時代には、日本は鎖国体制を取って、アジアの国々を植民地化した西欧の圧力
を避けながらも、中国・朝鮮からだけでなく、オランダを通じて、海外の文化・文明を自
分のペースで摂取した。同時にオランダ経由で日本から管鍼法、打鍼法など日本独特の鍼
灸もヨーロッパに紹介された 23) 。その結果、日本的な文化・文明を独自に育てながらも、
世界から孤立せず、むしろ最先端の医学的発見や治療の試みを行うなどの業績を残した。
この特殊な背景が、日本の鍼灸を日本の文化・風土にあったものに質的に変化させる要因
となり、その質的変化は、明治以降の近代化・現代化に『黄帝内経』系の鍼灸が順応する
所以と考えられる。
現代の日本鍼灸には、陰陽五行理論ベースの『黄帝内経』系の古典的鍼灸、現代中医学の
影響を受けた現代中医学的鍼灸、現代医学をベースにした現代医学的鍼灸、圧痛や反応に
対応した治療、また、スポーツ鍼灸や美容鍼灸など専門科鍼灸、などが併存する。それら
は、現代の日本鍼灸の様相に見えて、実は、過去の時代の鍼灸のあり方と関係深く、類似
した存在の仕方をしているようにも見える。
脚注2
鍼灸に関する法律は、1874 年(明治 7 年)に発布された「医制」第 53 条が最初である。この医
制第 53 条は、鍼灸を西洋医学の管理下に置くことを規定しようとしたものであったが、施行さ
せることはなかった。しかし、その精神は、それ以降の法律に組み込まれ、今も変わることなく
息づいている。その後、1885 年(明治 18 年)「鍼術灸術営業差許方」が公布され、鍼灸施術が正
式に営業できるようになり、1911 年(明治 44 年)「鍼術灸術営業取締規則」の公布により鍼灸営
業は免許鑑札制となった。
それを大きく変える契機となった事件が、1945 年(昭和 20 年)GHQ の進駐軍衛生部の勧告「医
業以外の治療行為を全て禁止」)であった。この禁止勧告に対して、全国的な鍼灸存続運動が展
開され、1947 年(昭和 22 年)「あん摩、はり、きゅう、柔道整復等営業法」が公布され、営業身
分が身分免許となった。しかし、鍼灸が医療システムに組み込まれることはなかった。その後、
数次の改正を経て 1970 年(昭和 45 年)「あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する
法律」が制定され、その内容が昭和 63 年大幅改正されて都道府県知事免許から厚生大臣免許(現
厚生労働大臣免許)となり、今日に至っている。
脚注3
我が国における近代鍼灸教育は、明治維新以降早い時期に始められ、1903 年(明治 36 年)に東
京盲亜学校が発足し、盲学校における鍼灸マッサージの教科を教える教員養成が始まった。これ
は現在も筑波大学理療科教員養成施設(文部科学省認可)で行われている。1911 年(明治 44 年)
に定められた「鍼術灸術営業取締規則」により、小学校卒業以上で指定校(4年制)を卒業すれば
営業免許を取得できるようになり、徒弟制度による鍼灸師養成に並行して学校教育をスタートさ
せた。それが大きく変わることになったのは 1947 年(昭和 22 年)「あん摩、はり、きゆう、柔道
整復等営業法」の制定以降であり、すべての鍼灸師の養成は学校教育(専修学校、特別支援学校)
において行うこととなった。この法律は 1970 年(昭和 45 年)に改正され、更に 1988 年(昭和 63
年)に大幅改正され、高卒 3 年を修業年限とした単位制(86 単位以上の修得。基礎分野 14 単位・
専門基礎分野 27 単位・専門分野 45 単位)による教育が導入されることとなった。その間、1978
年(昭和 53 年)明治鍼灸短期大学の開学を嚆矢として高等教育化が始まり、大学及び大学院鍼灸研
究科修士課程、博士課程(鍼灸学)が開設され、鍼灸教育の完成をみるに至った。また 1987 年(昭
和 62 年)筑波技術短期大学が、2005 年(平成 17 年)筑波技術大学が開学され、2009 年(平成 21 年)
国立大学法人筑波技術大学大学院技術科学研究科修士課程(鍼灸学)が設置され、視覚障害の有
無を問わず鍼灸の高等教育機関が整備された。
脚注4
日本鍼灸の具体的特徴の第一は「触れる」を重視することといえよう。診断面では触診
を重視し、特に脉診を重視したが、独自の解釈で六部定位脉診を開発して生まれた「経絡
治療」はその典型といえる。また、脉診以外にも難経十六難以外の腹診術が開発される等、
様々な触診技術が新たに開発され、進化して発達した。治療面では、皮膚を触れて経穴の
反応を重視して取穴することや、圧痛・硬結等の皮膚・皮下の反応を重視し、それらの反
応のあるところに施術することが多い。
第二の特徴として、西洋医学的発想の鍼灸治療の開発或いは診断器具の開発が挙げられ
る。良導絡、皮電点、差電点等の客観的診断器具・経穴探査機の開発と治療法が開発され
たこと、また、運動器疾患の診断に徒手検査を応用して客観性を重視したことが挙げられ
る。また、日本では科学的臨床基礎研究が発達し、臨床面に応用されてきている。これら
のことも一因となり、日本では西洋医学的発想の鍼灸が適応しやすい運動器疾患の患者が
圧倒的に多く、更に交叉刺等の症状がある部位局所への刺鍼術も発達した。
第三の特徴として患者負担の?ない弱刺激の鍼灸治療の開発を進めた結果、管鍼法、細
く・浅い微鍼、接触鍼、小児鍼、皮内鍼、円皮鍼、レーザー鍼、電子灸等が開発された。
第四に、日本人の柔軟性のためか西洋医学的発想の治療法と『素問』『霊枢』等の古典に
基づいた治療法を折衷する等の診断・治療法や手技・哲学を折衷する施術者が日本では一
番多い。またそれだけではなく、温熱・電気治療等の器具を使った治療やマッサージ、カ
イロプラクティック、柔道整復術等や西洋医学との併療も広く行われている。
第五に、灸治療が非常に盛んなことがあげられる。特に透熱灸の実践は世界に類をみな
い。これは繊細な技術力で燃焼温度が低い艾が開発されたことに起因していると考えられ
る。
第六に、未病の治療が挙げられる。疾病治療に止まらず、養生の灸、三里の灸等健康管
理・増進を目的に鍼灸を受療する患者でない健康人、或いは未病の半健康人がどの施術所
にも一定割合いる現状がある。
1) 未病治としての鍼灸治療の臨床研究:財団法人東洋療法研修試験財団、2003.
2) 丹澤章八、石崎直人、岩 昌宏、小野直哉、矢野 忠、川喜田健司、西村周三:日本国
内の鍼灸利用状況に関する横断研究、東洋療法研修試験財団平成 14 年度報告書
3) 丹澤章八、石崎直人、岩 昌宏、小野直哉、矢野 忠:鍼灸治療受療要因に関する調査
報告書、東洋療法研修試験財団平成 15 年度報告書
4) 丹澤章八、石崎直人、岩 昌宏、小野直哉、矢野 忠:鍼灸治療に関する意識調査報告
書、東洋療法研修試験財団平成 16 年度報告書
5) 矢野 忠、石崎直人、川喜田健司:東洋療法研修試験財団平成 17 年度報告書
6) 矢野 忠、石崎直人、川喜田健司:東洋療法研修試験財団平成 18 年度報告書
7) 矢野 忠、川喜田健司、石崎直人:鍼灸治療の受療喚起に関わるアンケート調査、東洋
療法研修試験財団平成 19 年度報告書
8) 高野道代、福田文彦、石崎 直人、矢野 忠:鍼灸院通院患者の鍼灸医療に対する満足
度に関する横断研究、全日本鍼灸学会雑誌 2002;52(5):562-574.
9) Yamashita H,Tsukayama H,Sugishita C:Popularity of complementary and alternative
medicine in Japan:a telephone survey.Complement Ther Med 2002;10:84-93.
10) 山下 仁、津嘉山洋:日本における相補代替医療の普及状況. 医道の日本誌, 2003;
第 710 号.151-157.
11) 尾崎昭弘、今井賢治、伊藤和憲ほか:耳鍼に関するこれまでの研究展開. 全日本鍼灸
学会誌. 2006;56(5):779-792.
12) 樫葉均、石丸圭荘、伊藤和憲ほか:慢性疼痛に対する鍼灸の効果と機序. 全日本鍼灸
学会誌. 2006;56(2):108-126.
13)尾崎昭弘、若山育郎、田中秀明ほか:筋疾患および筋機能・代謝における鍼灸の効果
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14) 矢野忠、佐藤優子、内田さえほか:末梢循環に対する鍼灸治療の効果. 全日本鍼灸学
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15) 川喜田健司、角谷英治、野口栄太郎ほか. 内臓痛・消化器機能・消化器症状への鍼灸
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17) Cherkin DC, Sherman KJ, Avins AL, Erro JH, Ichikawa L, Barlow WE, etal. A randomized
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18)伊藤里子他.ランダム化比較試験を用いた高齢者の慢性腰痛に対するトリガーポイント
鍼治療の有用性の検討.全日本鍼灸学会誌.2009;59(1).
19)渡邉勝之、篠原昭二.強力反応点への鍼刺激の有効性に関する研究-ランダム化比較試
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20)Yamashita H, Tsukayama H, Tanno Y, Nishijo K. Adverse events related to acupuncture.
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23)ヴォルフガング・ミヒェル:16~18 世紀にヨーロッパへ伝わった日本鍼灸. 全日本鍼
灸学会誌. 2011;61(2):150-163.
東京宣言起草委員会委員
後藤 修司 ※1 (学校法人 後藤学園 理事長)
形井 秀一 ※2 (国立大学法人 筑波技術大学保健科学部 教授)
坂本 歩 ※3 (学校法人 呉竹学園 理事長)
石原 克己 (東明堂石原鍼灸院 院長)
伊藤 和憲 (明治国際医療大学 臨床鍼灸学教室 准教授)
小川 卓良 (東京衛生学園専門学校 臨床教育専攻科 講師)
川喜田 健司 (明治国際医療大学 生理学教室 教授)
北小路 博司 (明治国際医療大学 臨床鍼灸学教室 教授)
小松 秀人 (十字堂治療院 院長)
篠原 昭二 (明治国際医療大学 伝統鍼灸学教室 教授)
妹尾 匡躬 (八綱療院 院長)
高橋 大希 (東京衛生学園専門学校 東洋医療総合学科専任教員)
東郷 俊宏 (東京有明医療大学 保健医療学部鍼灸学科 准教授
戸ヶ崎 正男 (蓬治療所 所長)
福田 文彦 (明治国際医療大学 臨床鍼灸学教室 准教授)
船水 隆広 (呉竹医療専門学校 専任教員)
村上 哲二 (東京医療専門学校 専任教員)
矢野 忠 (明治国際医療大学 健康・予防鍼灸学教室 教授)
山口 智 (埼玉医科大学病院 東洋医学診療科 講師)
山下 仁 (森ノ宮医療大学大学院 保健医療学研究科 教授)
(五十音順)
※ 1 社団法人 全日本鍼灸学会 会長
※ 2 日本伝統鍼灸学会 会長
※ 3 東京宣言起草委員会 委員長