アトピー性皮膚炎
「内因」と「外因」からのアプローチで
克服するアレルギー
後藤学園附属クリニックに専門外来として漢方外来が誕生した。激増し、難治化が目立つアトピー性皮膚炎への対応をはじめとして、漢方治療の充実がはかられている。アトピーの2つの症例を通じて、病気を外因と内因から追究する治療法の合理性、有効性を紹介する。
平馬直樹 (ひらまなおき)
1978年東京医科大学卒業後、北里研究所付属東洋医学総合研究所で研修。87年 より中国中医研究院広安門医院に留学。96年より平馬医院副院長、兼任で、後藤学 園附属入新井クリニック専門外来部長として漢方外来を担当。
アレルギー治療と共通する東洋医学の考え方
当クリニック漢方外来に来院される患者さんのうち、アトピー性皮膚炎の患者さんは約半分を占めます。また、喘息、すぎ花粉症、蕁麻疹(じんましん)などを加えると、アレルギー疾患の患者さんは7割近くなっています。当クリニックに限らず社会全体でアレルギーの患者さんが増えており、しかもだんだん治りにくい症例が多くなってきました。大人になっても治らないとか、大人になってから発症し、20代、30代でもアレルギーに苦しめられている人が珍しくありません。この度、スタートした専門外来では、漢方治療の特徴を生かしながら、こうした難治性疾患の患者さんに最良の医療サービスを提供していきたいと考えています。
アレルギー性疾患の背景には遺伝的体質も関与していますが、けっして単純な遺伝の病気ではありません。もしそうなら、昔から同じような割合で出現しなければならないはずなのに、最近だんだん発症数が増えてきて、しかも治りにくくなっているのです。すなわちアレルギーには遺伝的体質の要素に、「プラス・アルファ」が関与していることになります。
現代アレルギー学は、アレルギーの原因として、体質素因のほかに、ダニ、ホコリ、スギ花粉、排気ガスに代表される大気汚染物質などの環境因子や、食べ物、睡眠、疲労、ストレスなどの生活習慣に関する要素が複合的にかかわっているとしています。ですから、アレルギーの治療、対処も複合的に取り組む必要があるわけです。
痒みのあるアトピー性皮膚炎に対して、炎症と痒みを抑えるためにもっとも効果的なのはステロイド剤です。また、スギ花粉症も気管支喘息もくしゃみや咳を抑えるのに、ステロイド剤を利用した治療法は格段の進歩をしました。
し かし、こうした対症療法は万能とはいえません。アレルギーを原因から治そうとすれば、患者さんにできるのは生活環境を整備することです。遺伝的体質は変え られませんが、ダニが原因ならダニを退治し、食生活が原因なら食べ物のバランスを考えることから、アレルギーの根治が始まります。
じつはこのよう にアレルギーが体質的因子に環境因子が加わって発症するという考え方は、中国医学の病気の原因を求める考え方とほとんど一致します。中国医学では病気の原 因として、「内因」「外因」「不内外因」というものを考え、これらが合わさって発生すると考えます。内因は身体の内側に求められる要素ですが、中国医学で ちょっと特徴的なのは精神・情緒を重視することです。外因は「風邪」とか「湿邪」などと呼ばれる環境因子です。さらに内因でも外因でもない「不内外因」と いうものが加わりますが、これは生活習慣、疲労、食事、セックスなどが関係します。
アトピーの外邪は「湿邪」「燥邪」「熱邪」
小学6年生のS君が初めてアトピー性皮膚炎でクリニックへ来院した時、手の荒れのほか、肘の内側、膝の裏、鼠蹊部(そけいぶ)などに湿疹が見られました。S君は幼児期から耳の付け根や肘の内側などに皮膚炎ができ始め、小学校低学年の頃は手の荒れがとくに目立つ程度になっていましたが、ここ1年くらいの間に湿疹が広がってきたとのことでした。家族では、2歳年上のお兄さんが子供の頃、気管支喘息だったことがあるそうです。
それまで小児科でステロイド軟膏をもらっていましたが、塗っている間は効果があるものの、使うのを止めて数日経つとまた同じような症状が出てきてしまいます。ご両親がステロイドの治療を長くするのは止めたほうがいいと考え、治療を止めて6か月前から玄米菜食療法を試みていましたが、暑くなるとともに汗をかくようになって痒みがひどくなり、漢方治療を求めて来院したのです。
アレルギーの抗原を調べる検査をした結果、ダニなどに陽性反応があるほか、ハウスダスト、卵の白身、大豆などにも弱い陽性反応が出ました。肘、膝、手の病変部を見ると、赤みはあまりなくピンク色に近く、また掻きこわしているためじゅくじゅくした状態になっていました。
問診すると普段は消化器が丈夫ではなく、しょっちゅうお腹をこわして下痢を起こしたりしているようです。発育自体は正常なのですが、のどが渇いてやたら冷たいものを飲みたがる傾向があります。
アトピーでは、症状が非常に強く出ている時と収まっているときがあります。収まっているときはむしろ内因、すなわち体質の偏りと生活習慣の矯正に重点をお くべきと考えられます。この場合は身体の中の乱れを脈を診たり舌を診て、五臓六腑の機能を診断して身体の中を調節するわけです。
これに対して炎症が強い場合、そこは病邪が暴れている状態が極めて象徴的に現れるという考え方をします。このように皮膚へ症状の現れ方によって身体の中で暴れる「病邪」の種類を特定するのです。
ア トピーの病邪の中で「湿邪」というのは、ジメジメ、ベタベタし、滲出(しんしゅつ)液が出たり、腫れて浮腫が出たりする皮膚病変が関係します。逆に乾いた 病邪が「燥邪」で、皮膚がかさかさになって掻くと皮膚のクズがパラパラと落ちたりしま
す。皮膚が赤く腫れて灼熱感があり、さわると熱を持っている赤い紅斑 が広がるというのは「熱邪」や「火邪」などの皮膚病変です。このような病邪が生じる条件は身体の中にあります。そこで次は脈や舌を診たり問診していくこと によって、全身の状態をつかみ身体の大きな問題点を突き止めていくということになります。
S君は脈を診ると身体の中に比較的熱が旺盛であることを示す「滑脈(かつみゃく)」という脈が観察できました。舌診をするとやや正常より赤みが強いようです。熱が旺盛だと舌の苔が黄色くなってくるのが普通ですが、S君の場合は白くてほぼ正常の苔がうっすらと生えているという状態でした。
治療は体質改善と症状改善の2本立て
アトピー性皮膚炎は炎症により熱を持ちますが、中医学ではその熱が身体の浅いところにあるのか、深いところにあるのかを見分けます。見分け方としては、熱が気の中にこもった熱=「(気)分の熱」なのか、血の中にこもった熱=「血分の熱」なのかを考えます。炎症がまだ浅いうちは気に熱がこもった状態で、時間が経つとだんだん血の中にこもった状態になります。それによって使う薬が変わってくるのです。
熱の生じる原因の1つは、胃腸で食べ物から生まれるものです。食べ物は身体に栄養を供給してくれる大事なものですが、日本人にとってはあまり高カロリーだったり、肉や乳製品が多すぎると、1種の消化不良になり胃腸の中に熱を与えます。
もう1つはもともとは体質的にちょっとしたことで熱を生じやすいという場合があります。これは中医学の陰陽のバランスからいえば「陰虚陽盛(いんきょようせい)」といいますが、子供にはこういう体質が多いものです。
それからもうちょっと成長すると、思春期の悩みをかかえるようになります。中医学では悩みとか怒りといった心理状態が、身体の中に熱を生むと考えます。五臓六腑でいうと心臓の中に「心火」、肝臓の中に「肝火」が燃えやすくなります。こうして生まれた熱が、身体の中を気や血がめぐっていく中で局在的に偏在するとそこに炎症が起こります。それが皮膚に現れるのがアトピーだという考え方です。
熱がまだ浅い気の中にあるのか、深く血の中に入り込んでいるのかを判断するうえで、いちばん簡単に参考にできるのは皮膚病変の赤みの強さです。(気)分の熱でも熱が旺盛だと、赤味がけっこう強くなりますが、血の中に熱がこもると煮詰められるため、やや暗い感じの赤みが強くなります。こうした身体の状況は舌の色でも同じように見ることができます。
熱は浅いところから深いところに入ってくるので、病気が始まって2、3年だと気分の熱が多いのですが、長く持ち越して思春期や大人の熱だとこもって血分の熱になることが多くなります。ですから、アトピーの治療は、炎症を起こしている元がどんな体質素因であり、どんな病邪が関与し、熱がどういうふうに生じているのかということを総合的に診ます。そしてもともとの体質を治していくことと、今皮膚炎を起こしている病邪を体から排除していくことの2本立てになります。
S君の場合、診断として、まず体質サインとしては胃腸が弱い「脾虚(ひきょ)」という素因があり、これがいちばんの問題点と考えられました。脾が弱いということは食べ物の消化が弱いということのほか、とくに子供の場合は飲んだ水を上手にさばけず、身体の中に湿り気が溜まりやすくなりがちです。また、S君の病邪はダニが主ですが卵やハウスダストも少しかかわっています。皮膚の病変はじゅくじゅくした感じでそれほど赤味が強くないので、まだ血分には熱が入っていない湿熱が旺盛な状態であろうと判断をしました。
そのために1つは胃腸を丈夫にして、湿をさばくということに重点をおくことになりました。中医学の言葉でいうと「健脾化湿(けんぴかしつ)」という。もう1つは気分の熱と痒みとが問題になっているので、熱をとって痒みを止める「清熱止痒(しよう)」という治療方針です。気分の熱の治療には石膏とか知母という薬を主に使います。
S君は、服薬してから2週間くらいで痒みが軽くなって、お母さんと一緒に来院しましたが、お母さんは「驚くほどきれいになった」とおっしゃいます。皮膚を見ると股のところ鼠蹊部と膝の裏は、きれいな皮膚になっています。
手 の湿疹と右腕内側の掻きこわしはしばらく消えませんでしたが、3か月くらいで治療できました。悪化したりぶり返したりすることはほとんどなく、ごく少量の 薬ですむようになったのです。その後半年くらいで皮膚病変は完全に消えましたが、この時点でやめるとまたぶり返すケースも少なくありません。そこで、病邪 を取り除くための薬はやめて、胃腸を丈夫にし体質をしっかり整えるための薬をさらに半年間続けました。すると胃腸の調子もはっきりよくなっていったので す。ちょうど成長期だったということもあり、体重が1年間で6キロも増え、非常にしっかりした体格になりました。こうして来院から1年で無事治療は終了し たのです。
S君は食事も最初は菜食だけで、学校の給食を取るのもいやがっていたのですが、私は「あまり神経質に反応しないで、普通の生活ができる のだというふうに考えるほうがよい」とアドバイスしました。こうしてだんだん食事を普通のものに戻していき皮膚の状態が良くなった時点では給食も食べるよ うになったのです。