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鍼灸のこれから – 2

鍼灸は生涯スポーツを支える

後藤学園は日本で最も早く、鍼灸教育に中医学を導入した。これは伝統ある優れた治療術を、単なる「肩こり・腰痛治療」に閉じ込めておくのではなく、全国民が幅広い領域に利用できる医療に発展させようという戦略に基づくものだったのである。その鍼灸のなかで、たとえばスポーツ鍼灸と呼ばれる分野への関心が高くなり、「スポーツ選手の故障を癒す医療から、生涯スポーツを支える医療へ」という視点を備えるようになっている。さらにアメリカでは鍼が医療費高騰を救済する役割をもつのではないかと注目を集めるようになった。広がりを見せる鍼の世界のこれからを展望していく。

国体選手からの信頼が篤い鍼灸

神奈川衛生学園専門学校東洋医療総合学科の朝日山一男主任は、第58回日本体力医学会で、「国体参加陸上選手の傷害及びコンディションイングに関する調 査」について発表した。宮城国体、高知国体に参加した選手に、日頃傷害を受けたときどこに治療を受けに行くかをアンケートした(複数回答)ものである。こ れによると、鍼灸マッサージ院36.6%、整形外科院25.4%、整骨院19.7%、病院14.1%、その他4.2%という結果であった。スポーツ選手か ら、鍼灸が大きな支持を受けていることを示すデータである。

「スポーツに対して鍼灸マッサージが取り入れられるようになったのは、第二次世界大戦前といわれます。東京オリンピックのときには針灸マッサージ師がチー ムを組んでマッサージに当たっていました。しかし、スポーツ選手から鍼灸がこれだけ大きく注目されるようになり、神奈川校でこの分野に取り組み始めて、ま だ20年も経っていません。『スポーツ鍼灸』というふうに呼ばれるようになってからまだ10年くらいのものです」もっとも「スポーツ鍼灸」という特殊な技術がとくにあるわけではない。基本的にはこれまで培ってきた鍼灸の技術をスポーツ選手に応用しているのがこの分野なのである。
「『スポーツ選手は扱ったことがない』という治療家が治療を行った結果、患者さんが故障から回復し、『すばらしい先生だ』と感動したという話はいっぱいあります。選手自身が実際に『身体が軽い』『痛みが確かに消えていく』と効果を体感し、また腱鞘炎や肉離れの治りが早いことを実感するうちに、『スポーツには鍼がいい』というふうになってきたのでしょう」
スポーツによる傷害は、種目でよってそれぞれ独特の現れ方をする。サッカーは脚部、野球は手や肩に集中しがちだし、同じ陸上競技でも投擲、競走、ジャンプでは故障個所も異なることが多い。もちろん練習の質や量に影響されることもある。最近は中高校で競技を始めた初心者にも目立っているという。
「私自身もかつて陸上競技の選手で、坐骨神経痛の障害をもったとき、『鍼灸がいいのではないか』と勧められ、その効果を実感したのが、この分野に取り組むきっかけです。いま鍼に関心をもつスポーツ選手は増えているし、有効性があることが認識されています。レベルが高い選手ほど鍼に対する志向が強い傾向があります」
しかし、注意しなければならないのは、鍼や東洋医学を万能のように考え、鍼を第一選択にしようとする傾向が患者にも、またしばしば治療家にもあることだ。限界はきちんと踏まえておかなければならない。
「骨折したりじん帯が切れているのに、それを鍼治療でくっつけたりすることはできません。まず整形外科などのドクターに相談しなければなりません。また、捻挫なら最初はやはりアイシングが必要です。そういうことは鍼灸の知識だけではわからないことですから、当学科の教育では鍼灸の限界もきちんと知ってもらうようにしています」

故障治療からケアへ

もともとスポーツ分野での鍼灸の応用は、故障時の治療を目的としていた。しかし、最近では鍼灸は治療ばかりではなく、試合の前のコンディションづくりなどにも用いるようになってきた。
「鍼灸というと何か傷害が起こったときに使うというというイメージがスポーツ選手にもありますが、予防、すなわち未病治こそ、これから鍼灸のいちばんうまみのある方法ではないでしょうか。慣れた選手の中には調子を整えるために、定期的にきちんと通院しながら『先生、どうでしょうか?』とコンディションのチェックを受けている人がいます。鍼治療は、試合前の不眠を改善するとか緊張をほぐすということなど、効果も小さくありません」
鍼灸を用いるスポーツトレーナーも増えている。いろいろな形態があって、企業が雇用して試合などの遠征につねに帯同する場合、あるいは合宿や試合のときだけ出向くといった場合など様々だ。
神奈川県では競技場やスポーツイベントで、鍼灸マッサージ・コーナーやメディカルサービス・ステーションを設けて、鍼灸マッサージ師が地域の生涯スポーツを支えるトレーナー活動も展開している。開業鍼灸マッサージ師も現場に出向いて活動する機会が増えてきた。メディカルサービス・ステーションなどでは、医師、理学療法士、柔道整復士などと合同で活動を行えるため、異業種のコミュニケーションの場としても役立っている。
「こうした実績から、神奈川県では全国で初めて県立高校にトレーナー派遣制度が定められました。トレーナー派遣の予算が組まれ、今年から実施されています。このことで鍼灸マッサージ師の活動の場をさらに拡大したといえるでしょう」
神奈川校では鍼灸を用いたスポーツ・トレーナーを職業にしようと志望する学生も増えてきている。