排尿障害
腎を強化する治療で頻尿と排水困難を同時に改善
蛇口が老朽化すると水漏れが起こりやすくなるように、人の排尿機能も老化とともに衰え、頻尿や尿漏れ、排尿困難といった問題が目立ってくる。
東洋医学ではこれら排尿障害を、多くの老化現象と同様に、主に腎の衰えによって起こるものと考える。そして、腎を強化する治療により、頻尿と排尿困難という互いに矛盾した症状やその他の老化にともなう諸症状を同時に改善する「異病同治」を実現する。
平馬直樹 (ひらまなおき)
1978年東京医科大学卒業後、北里研究所付属東洋医学総合研究所で研修。87年 より中国中医研究院広安門医院に留学。96年より平馬医院副院長、兼任で、後藤学 園附属入新井クリニック専門外来部長として漢方外来を担当。
刺激症状と閉塞症状がある
老化とともに、尿がすっきり出ない、排尿のあともすっきりしない、あるいはトイレが非常に近くなるといった現象が現れがちです。尿を溜めておいて排湛することがうまくいかなくなるわけで、これらの症状に悩む人は少なくありません。
すなわち、膀胱には尿を溜める蓄尿機能と、これを外に出す排尿機能という、大きく2つの機能があります。じつはこれらの機能は、非常に複雑なしくみで神経に支配されているのです。
膀胱を作っている膀胱壁は、例えていえば風船のようなもので、その中に水を溜めており、根元のところに括約筋と呼ばれる栓がついていて、普段はきゅっと締まっています。栓が開くと膀胱壁の風船は緊張して縮まるために排尿が行われ、栓が閉まっていると風船のほうが緩んでいて尿を蓄えるのです。
この膀胱壁と括約筋のように、連携がうまくいっていると、蓄尿や排尿がスムーズに行われることになります。そのためには、膀胱壁を支配する神経が緊張をうながす時、括約筋を支配する神経が緊張をとって緩むというように、複雑な神経の連携が機能しなければなりません。
排尿障害の多くは、こうした高次元の神経支配がうまくいかないことによって起こります。例えば、脳卒中の後遺症としての排尿困難もよく見られます。
もう1つ排尿障害の大きな要因になるものに、老化にともない膀胱の機能そのものが衰えるという現象があります。ここでは主に、この膀胱の機能が原因となる排尿障害の問題について考えていきましょう。
排尿障害のうち、尿を膀胱の中にうまく潤めておけない蓄尿障害は、膀胱の刺激症状とも呼ばれます。腎臓で作られた尿は膀胱に流れてきますが、尿がある量になるまで溜まって膀胱が膨らんでくると、膀胱壁にある受容体が内圧が高まったという刺激をキャッチします。これを脳に連絡し、それにより脳が尿意を覚えるので、「トイレに行こう」という気になるのです。
ところが、膀胱に尿がちょっと溜まっただけでも脳に刺激が伝わってしまい、排尿が指令されてしまうことがあります。刺激により排尿が我慢できないために頻尿とか尿失禁など、膀胱の過敏症といわれる現象が起こるのです。
もう一つは排尿困難といわれる症状があります。尿がうまく出ず、排尿に時間がかかる、尿に勢いがない、だらだらと出て排尿が終わったと思ってもまだだらだ ら漏れるという症状に苦しめられます。これらは刺激症状に対して閉塞症状といわれ、これも老化が1つのファクターになった膀胱機能の異常です。
とくに男性の場合は、この閉塞症状が多くなります。膀胱の出口には尿道の括約筋を取り巻くような形で前立腺という臓器があり、これが年をとるとともに肥大してくるために尿道を圧迫して尿が通りにくくなるのです。
もっとも前立腺肥大の程度には個人差があって、80歳を過ぎても何ともない人もいるし、60歳くらいでも顕著に出てくる人もいます。また、泌尿器科的に診 断して前立腺肥大がかなりひどくても尿がうまく流れている人もいるし、それほど肥大の程度はひどくなくても「排尿がつらい」という人も出てきます。結局、 括約筋の働きと尿道の閉塞の程度によって排尿がスムーズにいくかどうかが決まってくるわけです。
腎気を強化し「異病同治」を実現
中医学でも、現代医学と同じように、膀胱の機能には尿を溜める貯尿という機能と排尿という機能があると考えています。そして、貯尿はまた、膀胱の「約束機能」とも呼ばれ、膀胱の入り口をぐっと縛って尿が漏れないようにしているのです。もう一つの排尿機能は、水分を外へ排出する機能ということで「気化機能」と呼びます。この2つの機能の不調和で、いろいろな排尿障害が起こるわけです。中医学では、膀胱の機能は五臓六肺の腎の作用にコントロールされていると考えます。腎は水をつかさどる機能があって、水分代謝の中枢器官です。
このほかに水の代謝に関与する臓器には肺とか脾があります。肺は気を巡らせる臓器ですが、その気を巡らせる力で水も一緒に循環させるという考え方をするのです。一方、脾は飲食物から水分を身体の中に取り込む器官として重要な機能を持っています。
水の代謝異常の中でも、むくみのような病気は肺や脾の失調で起こることが多くなるわけです。これに対して、排尿障害では膀胱の機能の異常との関わりが大きく、膀胱を支配している腎の失調によってもたらされることが圧倒的に多くなります。
そのほか中医学では、身体の中の水分や気の通り道として、五臓六腑のうち六腑の一つとしての「三焦」という器官を考えてきました。水が代謝するためには、三焦がうまく水を巡らせる「通調水道機能を保っておかなければなりません。
この三焦の機能をうまくコントロールしている臓器の1つは肺であり、もう1つは肝です。肺は気を巡らせ、肝は気の巡りをコントロールする疏泄機能というものにより、三焦の通調水道機能を助けています。排尿障害はこれらの臓器の失調で水を巡らせる機能が悪くなるために起こるわけですから、それらの機能
を回復するということを考えて治療を行います。
膀胱は腎気の作用を受けるので、膀胱の異常のうち尿が出やすい刺激症状であっても、尿が出にくい閉塞症状であっても、腎気を強化すればお互いに逆のような症状でも同じ薬で改善するということが少なくありません。このように異なった病状を1つの薬で治すことを「異病同治」といいます。西洋医学では、頻尿ならば括約筋を締めるような作用をする薬を用いるので、今度は排尿困難という副作用が現れることがあります。逆に排尿困難を改善する薬を飲んだら頻尿になってしまうことも起こります。その点、調節機能そのものを改善する働きを持った漢方薬は、副作用も少ないうえ、万能薬的な効果を示すこともあるのです。また、腎気を強化するということは1種の抗老化作用であり、前立腺肥大そのものに対して進行を抑えるということも期待できます。同じようにいろいろな老化に基づいて起こる症状、すなわち老人性白内障や耳が遠くなるということ、骨粗しよう症などにも異病問治の働きを期待できるのです。
冷えの改善によリ夜間頻尿を解消
昨年の秋口、67歳の男性Jさんが、「尿がすっきり出ない」という訴えで来院しました。サラリーマンを定年退職後、マンション管理会社に再就職し、週3~4日仕事に出るという生活をしている方です。症状を詳しくうかがいました。
「数年前から排尿に時間がかかるようになり、尿の切れもよくありません。時により排尿後に下腹部に不快感が残ることもあり、また夜中に3、4回トイレに起きることもあります。尿の量は多くないけれど、残尿感があってすっきりしません」
Jさんは半年ほど前に泌尿器科を受診し、軽度の前立腺肥大で尿道が狭窄しているとの診断を受けています。超音波を利用して排尿前後の膀胱の容積を測定する装置を利用した検査を受けた結果、「排尿後に約80ccの残尿が認められる」と言われたそうです。若い人は排尿にともない膀胱がぐっと縮んでほとんど容積ゼロに近くなるのですが、だんだん年をとるにしたがい、残尿が多くなっていくのです。
Jさんの前立腺肥大は、まだ手術するほど進行していなかったので、薬物治療を行うことになりました。肥大自体が小さくなることもある女性ホルモン剤(プロスタール)を処方され、半年間にわたって服薬したそうです。が、本人は「あまり効果がない」と感じて服薬を中断して、漢方治療を求めて来院したとのことでした。
Jさんは身長168センチ、体重52キロとやせ型で、15年前に痔の手術を受けたものの、ほかはとくに大きな病気の経歴はありませんでした。健康診断では、「糖尿病のボーダーラインで、治療の必要はないけれど要注意」と言われています。体力はあまりないほうで、足が冷えて、冬になるとしもやけになりやすく、足が普段からむくみやすい傾向があります。また、身体を使う作業をすると下半身が重く疲れを覚えるそうですが、胃腸は割合丈夫だとのことです。
脈を診ると、「沈で弱」といった、力のない脈です。舌は紅みが薄く、苔は薄白でした。全身パワー不足気味で、冷えやすい体質であることがわかります。腎の気が不足しており、弁証は「腎陽虚」、「膀胱気化不利」と診断しました。
治療方針は、腎の気を補う「温補腎陽」、水の巡りを、つながす「化気利水」を考えます。処方は、八味地黄丸の類方である「牛車腎気丸」量加減というものでした。
この治療によって、Jさんは1ヶ月くらいのうちにだんだん尿の出方がスムーズになり、切れもよくなってきました。夜間の排尿が少なく、朝方までぐっすり眠れるようになったと話しています。治療を始めてまもなく冬を迎えましたが、例年のように悩まされてきたしもやけにもならず、あまり深刻な冷えを覚えることがなく過ごすことができました。
その後、泌尿器科を再受診すると、前立腺肥大は改善してはいないけれど進行してもいないので、やはり手術は必要ないという診断を受けています。さらに夏に向かって暖かくなるとともに、体調がますますよくなり治療はいったん終了しました。
頻尿ど更年期諸症状を同時に改善
52歳の主婦M子さんの主訴は、頻尿と残尿感でした。40代になってから膀胱を数回繰り返してきたとのことです。過去1年くらいは膀胱炎が治っても頻尿ぎ みで、しばしば残尿感、下腹部不快感を覚えてきました。婦人科泌尿器科を受診して尿の検査を受けても、細菌も白血球異常も検出されず、「膀胱炎ではない」 と言われ、膀胱過敏症とか膀胱神経症などと診断されています。
M子さんは2人の子供がいますが、すでに2人とも独立しています。身長155センチ、体重50キロと、中肉中背タイプです。48歳で閉経し、その前後から 眠りが浅い、頭重、肩こり、動停、イライラしやすい、食欲のムラ、便秘、下痢、便通が不安定、のぼせやすい、多汗などの典型的な更年期障害の症状に悩まさ れてきました。血圧もやや高く、婦人科では膀胱過敏症も「更年期障害の部分症状ではないか」と説明され、ホルモン補充療法をすすめられたが副作用を恐れて 治療を拒み、漢方治療を求めて来院したものです。問診で、尿が出にくく感じたり、咳が出る時に少量失禁するなど、「排尿のことがいつも気になり悩みのタネ である」と話しています。
脈診では「弦で滑」、舌診はやや紅みが強く、苔は薄白です。更年期の老化的な要素があり、腎の機能の衰えも関与していますが、同時に肝の気の巡りが悪くなっているのがわかります。そのため三焦の水を巡らせる機能が不安定になっています。
弁証は「肝気欝結」、「気滞」、「三焦の通調水道機能失調」と診断しました。肝の気の巡りを整え、三焦の水を巡らせる機能を回復させる治療が必要と考えられます。処方は、「加味遁遥散」と「沈香散」を合わせた処方を加減して飲んでもらいました。
この治療により半年くらい経過して気がつくと、尿の出方は気にならなくなっており、そのほかの更年期症状も改善しました。多少のぼせや肩こりは残っているものの、「以前よりだいぶラクになってきた」と自覚が出てきており、この処方で治療を続けています。