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中医診療日誌 – 13

めまい抹梢性や心因性のめまいに漢方薬が威力を発揮

めまいの原因はじつに多様であり、しかも原因が分からないものも少なくない。
重大な疾患が隠れている場合もあるので、めまいの検査は迅速で正確である必要がある。一方、大半を占める末梢性や心因性のめまいには、気の上昇を助けたり痰飲を取るなどの漢方の処方が満足度の高い効果を示すことが多い。

平馬直樹 (ひらまなおき)
1978年東京医科大学卒業後、北里研究所付属東洋医学総合研究所で研修。87年 より中国中医研究院広安門医院に留学。96年より平馬医院副院長、兼任で、後藤学 園附属入新井クリニック専門外来部長として漢方外来を担当。

多種多様な要因を探ってチェック

「めまいがあんなに恐いものだと思いませんでした」
「グルグル回って気持ちが悪くて、食べたものをみんな吐いてしまった」
めまいのために クリニックへ来院される方は、こんなふうに訴えられることが少なくありません。めまいは患者さんにしかわからない深刻な自覚症状をもたらすことがあり、入院治療が必要になることもあります。ときには、命に関わるような病気が潜んでいることもあるので、絶対に軽視できません。
めまいの原因はとてもた くさん挙げられています。日本めまい平衡医学会という学会では、別表のようにめまいをその原因から16種類に分類しています。表の中で1~15は、肉体の どこかに故障のあるために起こるめまいという意味で「器質的なめまい」と呼び、16は肉体的な問題はないのに起こるめまいとして「機能的なめまい」と呼び ます。機能的なめまいもけっして少なくありません。
人間の脳は、内耳にある三半規管や耳石器からくる情報、目から届く視覚情報、手足、首などの筋肉や関節からの知覚情報などをキャッチして、自分の運動や姿勢を認識します。ふつうはこれらの感覚の間に食い違いはないので、めまいを感じることはありません。
逆に、こうした情報を送ってくる器官のうちのどこかが故障して起こるのが、器質的なめまいです。たとえばメニエル病という病気は三半規管の障害ですが、三半規管の調子が悪くなると、実際の動きや姿勢とは異なる信号情報が内耳から発信されます。すると、実際に身体は動いていないためにほかの視覚や筋肉や関節などの身体の感覚情報とはズレてしまうことから、これを「めまい」と自覚するのです。
三半規管だけでなく、内耳の他の部分が故障することもあるし、視覚、首や腰などで異常が発生するためにめまいに結びつくこともあり、これらは「末梢性のめまい」とも呼ばれます。またそれらの情報を集めて処理する脳に脳腫瘍や脳梗塞などの病気があれば、やはりめまいを感じることになりますが、これは「中枢性のめまい」と呼ばれます。めまいで耳鼻科などを受診すると、多くの種類の検査が行われますが、このようにどこに異常の原因があるかを総合的にチェックする必要があるためです。ただし、こうした検査により原因が分かるめまいのほか、原因不明のめまいも多いのです。

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末梢性や心因性めまいに有効な漢方

めまいには大きく分けて、周囲や天井がグルグル回る「回転性めまい」と、身体がふらついたり、まっすぐ歩けないなどの「浮動性めまい」があります。
回転性めまいの多くは急に発症することが多く、過半数は内耳の故障が原因です。難聴や耳が塞がれる感じ、ジーッとセミが鳴いているような耳鳴りなどの聴覚症状とともに、吐き気・嘔吐をともなうことも少なくありません。
こ れに対して浮動性めまいは、エレベーターに乗ったときのようにフワッと持ち上げられるような感覚を覚えたり、立ちくらみ、頭痛、しびれをともなうことがあ り、身体や頭を動かすとますますひどくなることがあります。高齢の方の浮動性めまいでは高血圧、高脂血症、糖尿病、心疾患などを合併するケースがしばしば 見られます。発症がそれほど急激でなくても、全身の疾患が隠れていることがあるのでやはり詳しい検査が必要です。
また、小脳出血などの重篤で緊急を要する中枢性めまいも、浮動性めまいとして起こることが多くなります。なかなか症状が改善せず、手足のしびれ・麻痺・頭痛などの症状をともなうことも多いので、そうした場合は耳鼻咽喉科、神経内科、脳外科などをできるだけ早く受診することをお勧めします。
めまいの症状をもつ患者さんから、過労や睡眠不足がうかがえることや、職場や家庭内のトラブルについて話されたりすることがしばしばあります。このような肉体的・精神的ストレスがめまいの原因になったり引き金になったりすることも少なくありません。日頃、規則正しい生活を送り、精神的にもリラックスするよう心がけることが大切です。
さて、このような状態を東洋医学では「腎の消長が脳と連結する」という考え方をします。そこで、めまいも腎の機能の衰えの一つととらえてきました。一方、脳は腎精だけでなく、気によっても養われているため、気が不足する「気虚」のために起こるめまいも考えることができます。脳を養っているのは、身体の上部に昇っていく「清陽」の気の働きであり、これが衰えると、物忘れや、見るものがぼやける、耳鳴りといった症状とともに、めまいが引き起こされるとされてきました。
漢方薬は、西洋医学でいう末梢性のめまいや心因性のめまいなどに対して、威力を発揮することが少なくありません。

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突発性難聴に気が昇る力を補う処方

46歳の主婦T子さんの症例です。
ある朝、T子さんは目覚めとともに、周りがグルグルと回るのを覚え、どうしても起き上がることができません。「どうしたんだろう」と思いながら、そのまま横になってウトウトと過ごしたのです。
お昼近くなると、ようやくめまいも収まってきました。おそるおそる起き上がろうとしたとき、左耳がジーンと耳鳴りしていることに気づきます。吐き気もともなっているようです。すぐ近所に住んでいる友だちの主婦の家に駆け込みました。
「おかしいわ。左の耳が聞こえないの」と訴えると、友だちは「私が送るから」と、車で耳鼻科に連れて行ってくれたのです。
「左耳の突発性難聴ですね」
医師はT子さんから自覚症状を聞き、耳を調べるとこう診断しました。そして、その場でステロイド剤を点滴で投与したのです。
「毎日点滴が必要です。しばらく通院してください」
こう言われ、T子さんはこの耳鼻科に通うことになります。
2週間ほど経過すると、めまいと耳鳴りの自覚症状はかなり軽くなっていました。ただ、T子さんはわずかに左耳に難聴を覚え、左右の耳の聞こえ方が違うのを感じています。
「ほぼ回復していますね。もう点滴はいいでしょう」
耳鼻科医はこう話し、「あとは自然に治るのを待ちましょう」とビタミン剤だけ処方しました。
ところが、その後2ヶ月経過しても、T子さんは完全に難聴がとれず、多少のふらつきを感じ続けていたのです。そのため家事もこわごわとこなさなければなりませんでした。こうしてより満足のいく治療を漢方に求めて、クリニックへ来院されたのです。
「めまいがこんなに大変だとは思いませんでした」

T子さんは、こう訴えました。彼女はやせ型ですが、これまで大きな病気をしたことはなかったそうです。問診などの診察から、ふだんから冷え性で、あまり体 力もなく、また胃腸が丈夫ではないことがわかりました。動くとふらつき、むかむかと吐き気を覚え、食が進まないとのことです。
T子さんは気のパワーが不足した状態である「気虚昇堤無力」という診断がなされました。そこで、気を補って上へ昇らせる「益気昇陽」という方法をとることにします。そのために、「補中益気湯」という処方をし、さらに血の巡りをよくするセリ科の植物の川芎という薬を加えました。
その後の経過はきわめて良好でした。 2~3週間でめまいも収まり、食事も満足がいくまでとれるようになっています。もともとこの病気は自然治癒もありうるので、漢方が治したのかどうかははっ きりしませんが、耳鼻科ではなかなか解決できなかった悩みをきわめてうまく解決したといえるでしょう。

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メニエル病に「痰飲」を排除する処方

次は32歳で独身のOL、M子さんの症例です。彼女はスキューバ・ダイビングを愛するとても活発な女性でした。ところが、3年前にメニエル病を発症し、以来たびたびめまいの発作を繰り返して苦しんできたのです。
最初の発作は、やはり、朝、目が覚めたときに起こりました。グルグル回る感覚がひどくて、トイレにも立てません。めまいが収まったと思うとまた始まるということを繰り返し、1回に30分、ひどいときは1、2時間も続きます。軽い耳鳴りはともなうけれど、聴力は問題ありませんでした。2、3日静養したのち、内科で診察してもらいましたが、「これは耳鼻科の病気です」といわれて耳鼻科を受診しています。
耳鼻科の治療により、めまいの頻度は減り軽くなっていきました。3週間後に多少ふらつきは残るものの、通勤には問題がなくなったのです。
その後めまいのことは忘れていたのですが、8ヶ月経過してT子さんは2回目の発作に見舞われます。今度は最初より軽くて、2、3日の治療で会社に行くことができるようになり、10日くらいで収まりました。さらにその後もう1回発作を起こしましたが、これもそうひどくはありませんでした。
こうしてしばらく発作はなかったのですが、半年ほど前、4回目の発作に襲われました。これまででいちばんめまいの症状は激しく繰り返して現れ、いったん周りがグルグル回転しはじめると、長いときでも1時間しか立っていられません。
今度の発作も、これまでと同じ耳鼻科医の治療を受け、めまいは少しずつ減っていきましたが、3週間経過しても完全には収まっていません。めまいがないときもふらつき感が強く、またそれほど気にならないけれど耳鳴りが続き、テレビの音声なども耳が塞がれているような感じでよく聞こえなくなったり、それがまた戻ったりします。そしてムカムカと吐き気が続いて十分食べられないため、体重も3キロ減ってしまいました。

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治療のために胃腸をしっかりさせる

M子さんは耳鼻科医師は信頼しているものの、思うほど治りが十分ではなくいつまた発作が起こるかわからないと不安でした。友達に相談したら、「漢方がいいのでは」と勧められクリニックに来院されたのです。
M子さんは中肉中背で、もともと活動的な女性だっただけに、年齢よりかなり若く見えます。ただし、彼女は3年間めまい発作を繰り返すうちに体力が低下したようで、乗り物酔いしやすい体質になっていました。
中国医学では、M子さんのように乗り物酔いなどのムカムカ感を覚えるのは、「痰飲」による病という考え方をします。診察すると、滑脈という脈が現れ、舌苔が 白くてベタッとした「白膩」という状態になっていました。これらは痰飲が体内で旺盛であるというサインです。痰飲が上ってきて気血や精が供給されるのを邪 魔され、頭や目の機能をかき回されるため、めまいが起こると考えられます。こうした現象を「痰濁内盛」といいます。

治療のためには、胃腸をしっかりさせる「健脾燥湿」という考え方、痰を取り除く「化痰熄風」という考え方をします。グルグル回るのは風邪があるためであり、これも取り除こうとするのが「燥風」という治療方針です。
これに合うのは、「半夏白朮天麻湯」という処方です。半夏はサトイモの仲間であるカラスビシャクという植物のイモです。たいへんえぐ味があり、痰を取る力の強い薬となっています。また、天麻は、きれいな花が咲くラン科のオニヤガラという高山植物の根です。たいへん高価な薬ですが、めまいの薬といわれています。
この治療を始めて2ヶ月ほど経過すると、M子さんは身体全体に本来の元気さを取り戻し、「もうふらつきは感じない」というようになりました。これに対して私は、「これからいつ発作が起こるかもしれないので予防の必要がある。治療は終わってはいないので、しっかり薬を飲んでください」と話しています。が、ご本人はすっかり自信をもち、「この夏からスキューバ・ダイビングを再開したい」と張り切っています。

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