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ケアの幅を広げるツールとして鍼灸を活用

ケアの幅を広げるツールとして鍼灸を活用

スピリチュアルケアには、いまだ標準的なコンセプトもガイドラインも存在するわけではない。その中で、死の臨床に関わるコメディカルは、自分なりの考えに基づき、スピリチュアルケアの活動や取り組みを開始している。鍼灸を活用したスピリチュアルケア実践の様子を紹介する。

大橋奈美さん
訪問看護ステーションハートフリーやすらぎ 看護師・鍼灸師

看護学生の時代、学校で非常勤講師を務めていた女性医師が子宮がんにかかり、みずから西洋医学の治療ばかりでなく鍼灸や漢方薬など東洋医学も取り入れながら闘病している姿を目撃した。これがのちに鍼灸を学ぶきっかけになったという。

「西洋医学のがんを治す治療には “ギブアップ”はあるかもしれないけれど、東洋医学による癒しにはギブアップはなく、最後までできるということを学びました。訪問看護を始めてから、『もう治療の手立てがない』と言われている患者さんに対しても何かしてあげられることはないかと考えて、鍼灸の専門学校にも通い始めたのです」

モルヒネなどによる疼痛緩和の医療技術は発達しているとはいうものの、終末期の患者の身体的苦痛は小さくないし、そのことが患者にとっては大きな脅えだ。「死ぬのは怖くないけど、痛いのが怖い」という人が少なくない。鍼灸はまずこの問題に対して力を発揮する。

「医療現場では『痛い』『つらい』の訴えに対して、『検査してみましょうね』といった無為な励ましが行われることが少なくありません。これに対して鍼灸は、『こうすれば楽になりますよ』という具体的な方法を提供できるわけです。とくに有用と感じているのは、がん末期の患者に多いリンパ浮腫や便秘など。便秘に活用するツボは大腸愈、天枢、腎愈、中?などです。ステーションの看護師たちも、鍼灸治療の有用性を知っているので、便秘に対する第一選択は鍼灸と考えるようになりました。ただ鍼灸ができるのは私だけなので、患者さんが腸閉塞になりそうだったり『お腹が苦しい』と訴える緊急時に備えて、看護師たちにもツボを教えておい
て、簡易型の灸で対応できるようにしています。また、リンパ浮腫には、三陰交、足三里、陽陵泉、陰陵泉など、リンパの走行に沿ったツボが有効だと感じています。『しんどい』『つらい』という訴えに対して、『もしよかったらここにお灸しましょうか?』と提案できるので、ケアの幅が大きく広がりました」

また、在宅療養の患者は訪問看護師に、「自分はまもなくこの世からいなくなる。この先どうなるのだろう」といった問いをぶつけてくることも多い。薬ではとってあげられないスピリチュアルな痛みである。

「病棟の看護師だったら『また呼んでくださいね』とか、『先生に相談してみましょうね』というふうに言って逃げられる場所があるかもしれませんが、訪問看護は一時間ゆっくりその人のそばにいるのでごまかしようがありません。多くの患者さんは、『治しようがない』と言われたことで落ち込んでいるのですから、実際に痛みを和らげる効果がある鍼灸を体験できれば、『治療をしてもらっている』という納得感を得てもらえることになります。鍼灸はいわゆる “手当 “として、じかに患者さんの肌に触る治療をしていくことで、患者さんに『この人は逃げない』いう安心してもらえるわけです。」

最初から「この人のケアに鍼灸治療を組み込んで行こう」いうふうに、計画的に考えているわけではない。もちろん「鍼は怖い」と抵抗感を見せるような患者に無理強いすることもない。

「うつ伏せになって鍼治療を受けている患者さんが、『ああ、うちで療養できてほんまによかったわ』と言ってくださると、訪問看護師としてのモチベーションにつながり、患者さんに感謝する気持ちがわいてきます。在宅の多くの患者さんは、残り一、二ヶ月間という時期。その短い間を何もせずに見守るのでなく、治療も行われているという『ほどよい感覚』というのを作り出せるのではないでしょうか」