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睡眠障害を考える – 1

睡眠障害とは何か?
大熊クリニック・大熊輝雄院長に聞く

日本人の5人に1人が不眠症といわれる。睡眠障害はいまや「国民病」の一つに数えられるようになっている。睡眠不足が続けば心身の健康に悪影響を及ぼしかねないが、一方で過眼も社会的な問題となってきた。睡眠障害はどうして起こるのか、どうすればより快適に眠ることができるのか。睡眠研究の第一人者、大熊輝雄さんに聞いた。

大熊輝雄 (おおくま・てるお)

岡山県出身東京大学医学部卒業。カリフォルニア大学、ハーバード大学留学。現在、国立精神・神経センター名誉総長。東北大学名誉教授、大熊クリニック院長。2002年には「第12回世界精神医学会横浜大会」組織委員長を務めた。専門は精神生理学で、なかでも臨床脳波学、操うつ病、睡眠と夢などが主な研究領域。著書に『現代人の不眠症読本』『夢博士のグッス快眠学』など。訳書に『スリープ・ウォッチャー』『夜ふかしする人、眠る人』など。

ストレス社会が眠れない人を増やす


ポジトロンCTで脳の働く部位を見る。

日本ではじつに5人に1人が「よく眠れない」という悩みを持つという。さらにこのうちの半数、つまり日本人の1割が重症の不眠であり、治療が必要な人たち とされている。そして、日本人の1%くらいが睡眠薬による治療を受けている。不眠をはじめとする睡眠障害に専門的に対応する睡眠外来を持つ病院は、どこも 予約でいっぱいという状況だ。
「私が本格的に睡眠医学を研究し始めたのは、鳥取大学にいた昭和40年(1965)頃のことで、当時地域の住民などを対象に調査したところ、やはり5人に1人くらいは不眠を訴えていました。そんな昔の地方都市のデータが、現在とほとんど変わらないということは、どの社会にも5人に1人くらいは『眠れない』と感じている人がいるということなのかもしれません。しかし、不眠の程度からすれば、現在は本格的な不眠がずっと増えているといえるでしょう」
大熊クリニックの大熊輝雄院長はこう語る。同クリニックは、新宿という大都会に隣接する東京・大久保にあ-、リストラに直面した中高年の会社員、経営不振に悩む事業主など、今の時代を反映した患者を多数抱えている。そして、大熊院長は、「眠れない人を作る最大の要因は、ストレス社会」と話す。
「不眠でいちばん多いのは、『精神生理性不眠』といわれるもの。これはとくに内科の病気とか精神の病気がなくて、性格的にはわりと神経質で完全癖が強い人が、『寝よう』と考えるためにますます眠れなくなるものです。社会的にストレスが多いということが、こうした不眠を増やしていると考えられます。人間にとって睡眠は脳の休息をとるためのものですが、自律神経のうち、昼間の活動時に優勢な交感神経に代わって、夜間に働く副交感神経が優勢になって休息状態に入る。ところが、昼間さんざんストレスにさらされると夜になっても交感神経の緊張がとれず、寝つきが悪くなってしまうわけです。」
じつは不眠の割合は、5人に1人の日本より欧米のほうが多いらしい。アメリカでは国民の3人に1人、ヨーロッパでは4人に1人が悩んでいるといわれる。すなわち、欧米のほうがストレスが大きい社会であり、日本社会はそれに近づいているということになりそうだ。

高齢化社会や24時間勤務も増幅要因

 

 

高齢化社会も不眠を作り出す要素となっている。睡眠は脳が疲れたから眠るというより、脳が脳自身を休ませるために自ら作り出すものだ。脳が若くて健康な ら、この眠りへのスイッチの切り替えがきちんと働くが、年齢とともに脳が萎縮していくとその働きが悪くなり、不十分で浅い眠りしか作られず、高齢になるほど誰でも睡眠の質は落ちてくる。
さらには夜更かし型社会が進んだことも不眠の要因としてあげられる。人間は夜明けとともに目覚めて、日没となれば帰宅するというのが本来の生活リズムだったが、24時間体制の交替勤務の職種が増えて、人間の生活スケジュールにズレが生じている。


「かつて24時間勤務型の仕事といえば、看護師など医療関係とか、交通機関の仕事などに限られていましたが、コンビニエンスストアの店員や警備会社のガー ドマンなど、終夜労働の職種が増えてきました。最近では、会社をリストラされてガードマンや運転手に転身する中高年が増えてきたこともあります。若いうち なら適応能力もありますが、何10年間も昼間働いて夜眠るという生活を続けてきた人が、そのような転職をしても適応能力は高くありません。徹夜勤務で、朝仕 事が終わって帰ってきてもなかなか寝つけないし、昼間寝てしまうと今度は夜眠れなくなる。うまく睡眠時間を確保できずに、慢性的な睡眠不足になりがちで す」
このように現代社会には、不眠を増やす3大要因があるということになる。

睡眠障害には不眠と過眠がある

睡眠障害とは、人間の眠りと目覚めに関連する様々な疾患のすべてを指す言葉だ。
その中には、精神活動にかかわる異常から、身体が原因で起こる2次的な異常まで、たくさん含まれる。1990年に公表された「睡眠障害国際分類」では、睡眠障害は4群88種類に分けられているが、大きくは不眠症と過眠症があり、それぞれ次のように定義されている。

不眠症の定義

以下のような不眠の訴えがしばしば見られ(週2回以上)、かつ少なくとも1ケ月間は持続するもの。

入眠障害
夜間なかなか眠りに入ることができず、寝つくのにふだんより2時間以上かかる。不安や緊張が強い時に生じやすい。

中途覚醒
入眠後続けて眠ることができず、途中で何回も(少なくとも2回以上)目が覚める。高齢者、ストレスや環境の変化、お酒の影響などによる。

早朝覚醒
ふだんより2時間以上早く目が覚めてしまう。高齢者やうつ病に多い。

熟眠障害
眠りが浅く、朝起きた時にぐっすり眠った感じが得られない。
また、不眠のため苦痛を感じるか、社会生活または職業的機能が妨げられることなども不眠症の条件になっている。
なお精神的なストレスや身体的苦痛のため一時的に夜間よく眠れない状態は、生理学的反応としての不眠ではあるが不眠症とはいわない。

過眠症の定義

日中に過剰な眠気に襲われたり、実際に眠り込むことが毎日のように繰り返し見られる状態で、少なくとも1ケ月間は続く。そのため社会生活または職業的機能が妨げられ、あるいは自らが苦痛であると感じる。ただし1回の持続期間が1ケ月より短くても繰り返して過眠期が見られるものもこれに含む。

ほとんどのうつ病は睡眠障害を合併

睡眠障害が心の病と結びついている例もある。代表的なもはうつ病で、うつ病の98%は睡眠障害の症状を示す。とくに朝やたらに早く目が覚めてしまう早朝覚 醒が多い。大熊院長は、「今のような厳しい競争社会、リストラ社会では、中高年で『眠れない』という人にはまずうつ病を疑う必要がある」と主張する。
「不 眠を訴える患者さんに、睡眠薬だけ出して対応しているうちに自殺してしまったという報告もあります。うつ病というのは全体に人間の本能的な機能のレベルが 下がっているように受け取られますが、身体の機能の一部は興奮気味になっているのです。ストレスを受けると、コルチゾールと呼ばれる副腎皮質刺激ホルモン などは過剰に分泌され、この結果、自律神経の交感神経や内分泌系のレベルが上がっていらいらしたり、眠りを悪くするということも考えられます。いちばん大 事な意欲にかかわる脳の前頭葉などの活動は低下しがちなのに、身体のほうは逆に緊張状態にあると考えられるのです。このため、うつの不眠は夜だけでなく、 昼間の居眠りもできません」

社会的影響が大きい過眠症

睡眠障害というと従来は不眠が主だったが、現代は過眠もクローズアップされている。代表的なものに居眠り病とも呼ばれる「ナルコレプシー」という病気がある。職場で仕事や会議の最中に突然眠気が襲い、眠り込んでしまうというものだ。
さらに最近注目を集めているのが「睡眠時無呼吸症候群」だ。睡眠中に断続的に呼吸が止まって眠りが妨げられるので、昼間にひどい眠気が起こり、放置すると高血圧や脳梗塞などを合併することもある深刻な症状だ。
「過眠の中でも、最近はナルコレプシーや睡眠時無呼吸症候群のような典型的な過眠症ではなくて、『単に眠いだけ』という患者さんが増えてきました。この中にはうつ病の過眠型というものが含まれます。うつ病は普通、不眠が圧倒的に多いのですが、過眠タイプの人は『つらくて寝ている』というのではなく、『ひたすら眠っている』という状態です。どちらかというと双極型といって、うつと躁が交代でやってくるようなタイプの人に多く見られます。
また、数は多くないが、季節性うつ病というものがあります。これは秋になって日照時間が短くなるとうつになり、過眠気味になって一日中眠いというタイプです。内分泌的な異常も同時に起きて多少食欲が増進するため、過食にもなります。このタイプはアラスカで見つかった症例をフロリダに連れていくと治ったことから、最近人工光を当てて治療する『光療法』というものが開発され流行になっています」
こうした過眠症の患者は、じつは若い頃からよく居眠りをしていて、学生時代くらいまではっきりしなかったが、社会人になってから明らかになるといったケースが少なくない。従来はこうしたものが「病気」だという認識はなかったが、インターネット情報の普及などによりそれが睡眠障害の一つであり、治療ができることを知り、睡眠障害の相談窓口を訪れる例が多くなっている。
「不眠は夜眠れなくてもその人だけの問題であり、昼間の仕事にはあまり差し支えないことが多いのですが、その点では過眠のほうが社会的影響が大きいといえるでしょう。ドライバーなどは事故を起こす危険性があるし、病気なのに周囲からは『たるんでいる』と批判を浴びて、リストラの対象にもなりかねません」

睡眠は大脳を休ませるしくみ

睡眠は何のためにあるか、ということは昔から問われてきたが、まだはっきりとした答えは示されていない。しかし、睡眠が不足している時の私たちはいらいらと不愉快になったり、頭がぼーっとしたり、やる気をなくしたり、疲れやすくなるなど、QOL (Quality of Life=生活の質)が低下してしまう。もちろん、何日も眠らないということになれば、生命に危機が及ぶことさえある。すると、睡眠とはこのような状態を生じさせないように、自分を守るためのしくみだということになるだろう。
現代の脳の研究により、睡眠とは脳が疲れるために働きを止めてしまうという現象ではなく、脳が脳を休ませるという能動的な働きをすることによって生まれる現象であることがわかってきた。睡眠中大脳が休むことはわかっているので、一般に睡眠は大脳を休息させるための機能だろうと信じられている。しかし、同じ脳の中でも生命活動をつかさどる脳幹は、睡眠中も休むことはない。
一晩の睦眠には、浅い眠りの「レム睡眠」と深い眠りの「ノンレム睡眠」の二種類があり、この一組が約90分の周期で繰り返される。
レム睡眠は覚醒時と似たような脳波を示し、筋肉が緩み、身体は休んでいるものの脳は活動している状態で、活発な眼球運動をともなう。この時に夢を見ることが多い。
ノンレム睡眠は、筋肉の緊張はある程度保たれているが、大脳の活動は休止している。この時の眠りの深さは4段階に区別され、深くなるほどゆっくりした脳波が現れる。
このサイクルが一晩に4~5回繰り返され、脳が十分な休息をとれると、朝方になるとだんだんレム睡眠の割合が増えて目が覚める。
深いノンレム睡眠時に成長ホルモンが大量に分泌され、身体の修復や成長に結びつくという説もある。また、眠らないと風邪にかかりやすくなったりすることから、睡眠が免疫機構を増強させるともいわれている。
こうしたレム睡眠とノンレム睡眠をコントロールする脳には、起きている状態を保つ「覚醒中枢」と、脳を休ませる「睡眠中枢」があることもわかってきた。そして、この二つの神経のバランスがうまくとれていることによって、よい睡眠が得られると考えられている。ストレスがあると、このバランスが崩れて覚醒中枢が優位になり、眠れなくなってしまう。

脳内物質を利用した新睡眠薬も

脳内で作られて眠りを誘発する「睡眠物質」というものが注目されるようになった。その候補として現在までに約30種類が見つかっている。
それらの中で、最も有力な候補として、大阪バイオサイエンス研究所の早石修所長は、今から20年ほど前、プロスタグランジンD2 (PGD2)という睡眠物質を発見している。覚醒中枢と睡眠中枢の2つの神経に深い関わりを持つ睡眠物質という。
PGD2は、体内で分泌されるホルモンの一種として古くから知られていたが、早石氏らはこれをネズミの脳に注射する実験で、ネズミがすやすやと眠ってしまうことを発見した。さらにPGD2を作る酵素が、脳を覆っているくも膜や軟膜で盛んに作られていることを突き止めている。
大熊輝雄氏が話す。
「睡眠にはいろいろな物質が関与しているらしいことがわかってきました。どういう物資がどう働くかについて、世界中で研究が進められ、候補があがっています。その中で、みんな誤りではないが、最終的にどれがいちばん本質的なものかはまだわかっていません」
しかし、睡眠物質は、もともと生体由来のものなので、ここから副作用の少ない睡眠薬を作ることができる可能性もある。日本ではそうした薬の開発が進められており、実用化が近いといわれている。

睡眠衛生の基本は昼夜のメリハリある生活

良質な睡眠は、昼間の活動期に優位になっている交感神経が、夜間に副交感神経優位に切り替わることによって得られる。不眠は心に不安があって、昼間から緊張して自律神経が交感神経優位になって、それが夜になっても収まらないことによって起こる。そこで、睡眠衛生の基本は、昼と夜の生活にメリハリをつけ、昼に十分な活動を、夜は十分な休息をとるという人間本来の睡眠・覚醒リズムを強化することだ。
また、毎日決まった時間に就寝・起床するようにする。就寝前には、入浴をしたり、音楽を聴くなどリラックスに務め、寝具を整えるなど徐々に寝るための準備を進めるとよい。
しかし、もしいつも睡眠がうまくとれていなければ、かかりつけの医師に相談し睡眠障害の程度と種類を診断してもらうとよい。必要と判断されれば、精神科や心療内科、睡眠外来、睡眠クリニックなどに紹介してくれるだろう。
「病気になるとかかりつけ医から軽い睡眠薬をもらうことになるでしょう。それで治ってしまう患者さんもいますが、2種類くらい薬を使って効果がなければ専門医が紹介されるというパターンが多いようです。専門医では患者さんから専門的に睡眠の話を聞いてあげることができるので、それも精神療法(カウンセリング)になるわけです。半分くらいの患者さんはそれだけで不安を取り除くことができ、症状を改善できます。これに睡眠薬を組み合わせます」

最後は薬に頼らなくても眠れるように

最近の睡眠薬は昔ほどの毒性や習慣性はないが、副作用がまったくないわけではないので、医師が処方してくれたものを忠実に服用することが大切だ。不眠症の治療薬は、持続時間によって次のように4つに分類される。

起短時間型
ハルシオン、アモバン
短時間型
レンドルミン、リスミ-、エバミール、ロラメット、マイスリー

中間型ロヒプノール、サイレース、ユーロジン、ベンザリン、ドラール

長時間型
ソメリン、グルメート、インスミン

これらの薬の中から、医師が患者の不眠のタイプや年齢などによって考え、適切に使い分ける。例えば、入眠障害や一時的な不眠には短時間型の薬を用いる。中間覚醒や熟眠障害、早朝覚醒には中間型や長時間型が向く。また、高齢の人には副作用の出にくいリスミ-やロラメットがすすめられている。
「患者さんの中には、2、3の施設を回ったあげく、『なかなか治らない』とか『なんとか薬を減らしたい』と駆け込んでくる人が少なくありません。日本は精神科医でも、1つの薬が効かないと、どんどん種類を増やして多剤併用しがちです。でも、1つ効かなければ他の薬に切り替えて単剤で処方するというのが原則です。薬の種類を増やすと、互いに干渉し合って効果が出なかったり、また飲みすぎると記憶障害に陥ることがあります。
私は、寝つきが悪い患者さんには、マイスリーとかハルシオン、アモバン、2、3時間で目が覚めるという患者さんには、レンドルミンとかサイレース、ユーロジンというふうに使っています。だいたいこの5、6種類くらい使えば、問題を解決できることが多いですね」
ただし、頑固な不眠では、睡眠薬にプロクラジン、ヒルナミン、レポトミンといったフェノチアジン系といわれる向精神薬を組み合わせることもある。さらにうつ病をともなう睡眠障害には、三環系と呼ばれる抗うつ薬のなかでも、沈静作用の強いものを選んで処方することが多いという。「だいたい2週に1回通院してもらいながら、『これで眠れる』という薬を見つけ、その薬の服用を1ケ月続けて眠る癖をつけてもらいます。『この薬を飲めば眠れる』という安心感を持ってもらったら、だんだん薬を減らしていき、最後は薬に頼らなくても眠れるようになってもらうよう治療していきます」