ストレス社会といわれる現代、
人間関係や仕事をはじめ、あらゆることがストレスの元になる。
ストレスからくる心や病気の不安を抱えている人は多い。
自分だけは大丈夫と思っている人にこそ、このレポートを読んでもらいたい。
吉村克己 (ルポライター)
寄り添える場所を作りたい
「けろけろ」さん(20代、女性)は98年11月、電車のホームで待っているとき突然、動悸が激しくなり、冷や汗が出て、意識がもうろうとした。それが「パニック障害」の最初の発作だった。
パニック障害とは、ある日突然、めまいや動悸、呼吸困難などの症状が発作的に起こる病気で、原因はいまだはっきりしていないが、その一つとしてストレスが発症に深くかかわっているとみられている。
けろけろさんは子ども時代からの両親との葛藤や、結婚問題をきっかけに発症したが、当時は病気とは考えず、そのうちよくなると思っていた。ところが職場の異動によって激務にさらされるうちに病状が悪化、頭痛、吐き気、下痢など「自律神経失調症」の症状が現れてきた。
一般内科に診察を受けても、胃腸薬や点滴の処方だけで、異常なしの診断が続いた。その後、鬱病の症状も併発するほど病状が悪くなり、心配した父親の勧めで昨年3月に心療内科を初めて受診した。幸い、その医師と信頼関係もできて、いまは回復に向かっている。
けろけろさんは、こうした病気との闘いを日記として綴った「けろけろワールドへようこそ~!」というサイトを今年6月に開設した。その動機についてけろけろさんはこう語る。
「夜中や土・日曜日など病院(心療内科)の休診日では、パニック障害の発作が起こるのではと不安になります。そこで、同じ患者同士が、寄り添える場所を作 りたい!と思ったことが最大の動機です。
また、心療内科患者は誤解や偏見を受けやすく、それがさらに病状を悪化させたり、回復を遅れさせたりします。そ こで、少しでも、”心療内科患者を“理解していただきたいという願いを込めて作成しました」
けろけろさんのサイトには、日記のほか掲示板や相談室、心療内科を受診したい人のための基本情報などが掲載されているが、現在、1日平均5人の掲示板書き 込みがあり、けろけろさんにアドバイスを求める人や相談する人が多いそうだ。実際、相談室には心療内科医やカウンセラーを変えるべきかどうかなどの投稿が あり、悩みを抱える人たちの「寄り添う場所」になっている。
「ほのページ」というサイトの作者も、けろけろさん同様、ある日突然、通勤の電車に乗ろうとして激しい動悸に襲われた。以来、自律神経失調症との闘いが始まった。「ほのページ」には、その課程が綴られている。自律神経失調症という病気の怖さを誤解している人たちにはぜひこのサイトを読んでいただきたい。励ましが厳禁であることや、家族の支えが重要であることがよくわかる。
自律神経失調症やパニック障害は他者から理解されにくく、怠けているのじゃないかなどの誤解を受けることが多い。そのため周囲の人が患者を助けるどころ か、逆に追いつめてしまうことも少なくない。そして、どんな人間も日々ストレスにさらされており、これらの病気は決して他人事ではない。
けろけろさんは「自分がストレス性の病いを患うなんて思ってもいませんでした。どちらかというと、外向的で楽天的な人間であると思ってました。しかし、大きなストレスに対応できず、誤った考え方により、いとも簡単にパニック障害や自律神経失調症を患いました」という。
ストレスを安易に考えることなく、また心の不調を感じたらなるべく早く心療内科やカウンセラーを訪ねるべきだろう。
ストレス発散には話すこと
自分はストレスに強いとか、ストレス発散が上手だと何の根拠もなく思っている人は少なくない。だが、ストレスの状態を自ら正確に把握することは簡単ではない。「ストレスケア・オンライン」ではストレス状態をチェックする四つのテストを受けることができる。ストレスの要因、仕事とプライベートにおける時間および性格のバランス、心の柔軟度(環境の適応性)を計ることで、何らかの危険サインを読みとることもできるかもしれない。
同サイトにはストレスのはけ口としての投稿欄やリラクセーションの方法なども用意されているが、96年10月の開設以来、投稿やアンケートなどは3万通以上に達し、「こちらからは何も返事をしていないにもかかわらず、『書いているうちにスッキリした』というようなコメントをたくさんいただいています」(「ストレスケア・オンライン」編集長の加藤貴之さん)という。
ストレス発散の第一はまず他者に話すことだが、このはけ口としての機能だけに特化したユニークなサイトが「王様の耳はロバの耳」である。このサイトは誰でも何でも自由に投稿し、運営者の結城浩さん(プログラマ兼ライター)がそれを必ず読んでくれるが、決して返事は出さないし、投稿内容はサイト上に掲載されない。
このサイトは97年7月に生まれたが、結城さんはその動機について、こう語る。
「何だか調子が悪いときに人としゃべったり、メールを書いたり、掲示板に書いたりすると、ちょっと気分がよくなったりすることがあります。面白いのは、メールを書いて、返事をもらう前にすでに気分がよくなっているということです。それならば、最初から『きちんと読まれることは保証されるが、返事は絶対にこない』という形式の手紙も、何か意味があるんじゃないか、とずっと以前から考えていました」
結城さんが語るようにストレスや心の傷、悩みは、口に出すことによって徐々に癒されていく。それは人間には自らの肉体だけでなく心も治す自己治癒力が備 わっているからだ。もちろん薬物による治療も必要な場合もあるだろうだが、カウンセラーやセラピストは、基本的には人間の自己治癒力を引き出す手伝いをし ている。
96年に発足した「メディアセラピー研究会」は、この自己治癒力を重視し、音楽も絵画も旅行や自然も、友人知人や専門のカウンセラーでさえ、癒しの道具・手段としての「メディア」と見なして、その情報や体験を共有し合うための団体だ。
発起人の一人である原嶋一裕さん(医療保健福祉関連会社勤務)は、こう語る。
「私を含めて、メンタルヘルス上の問題で困った経験を持つ人というのは、なかなか人に言えず、一人で悩みや苦しみを背負い込んでしまいがちだと思います。とはいえ精神科医やカウンセリングを利用しようにも、近くになかったり、訪ねることに抵抗があったりと、悩みをこじらせることも少なくないと思います。
そういう方々に、私たちのページを利用していただいて、自分のメンタルヘルスの状態や長所などを確認してもらって、自分の問題や可能性を整理する手がかりや、専門機関を利用する足がかりにしてもらえればと思っています」
同研究会のサイトでは、独自に作成したメンタルヘルステストを受けることができる。将来的にはメディアを通じたセラピーのプログラムを提供したいと考えており、「ブロードバンド時代に対応して、よりマルチメディアな方法を活用できたらと、いろいろアイデアを練っているところです」と原嶋さん。
ネットは今後、ストレスケアには欠かせないメディアとなることだろう。