利用者が増えない原因とは?
いよいよスタートする介護保険。
さまざまの問題を抱えながらの実施を同時進行で取り上げていきます。
介護保険は、みなさん一人ひとりのものです。
あきらめないで、使い勝手のよい制度にすることを一緒に考えていきたいものです。
中村聡樹 (医療介護ジャーナリスト)
介護保険料は年金生活者に痛手
介護保険がスタートして半年が過ぎました。表面上は介護保険にまつわる問題が浮き彫りにされることもなく順調に進んでいるように見えます。しかし、実際に 介護保険の現場に足を踏み入れると、介護サービスの提供者や、介護サービスを受ける高齢者が困っている問題に直面します。
介護は、医療と違って誰 もが直接影響を受けるものとは違います。介護が必要な家族がいたり、あるいは介護を必要とする当事者にならない限り介護との関わりは生まれません。高齢化 社会が進展したといっても、高齢者の大半は元気に暮らしています。介護が必要な状況に追い込まれているのは、せいぜい2割程度というのが実情です。
ヘルパーの道具箱にはソーイングセット、オリーブ油、爪切り、ヘアーブラシ、メジャー消毒綿、体温計などが入っていた。
つまり、介護に直面し、介護保険が非常に使いにくいものであったり、介護事業者との関係がぎくしゃくする事情を抱えている人は、ほんの一握りにすぎないわけです。その結果、介護保険の抱える問題点が大きくクローズアップされることはありません。
こうしたお話は前回にも述べましたが、日を追うごとに状況は悪化しています。介護サービスの事業者の経営そのものがたちゆかなくなったり、サービスの利用をあきらめざるを得ない事情を抱えている利用者の姿も増えています。
さらに、10月からは65歳以上の高齢者から介護保険料の徴収がスタートしました。これによって、介護サービスを利用しない限り介護保険制度と関わりのなかった高齢者全員が、介護保険制度に組み込まれることになります。当面保険料は、正規の保険料の半分を支払うだけでよいのですが、1ヵ月に1000円、2000円を支払うことは、高齢者の生活に直接影響するものです。介護を必要としないからといって他人事ではすまされない状況へと事情は変わっています。
利用者が点在する農村地帯を受け持つ「宮城登米広域介護サービス会社」のヘルパー
年金生活者にとっては、介護保険料の徴収はかなりの痛手になるでしょう。月々5万円程度の年金でやりくりしている生活者にとって、月額1000円といえど も出費はかさむはずです。国民年金だけで生活している高齢者に聞いた話では、支払う保険料がいかに生活に痛手となっているかを教えられました。このおばあ さんは、月4万5000円の年金生活者で、家賃と光熱費で月2万円、食費と雑費で2万円。残る5000円のうち医療費を差し引くと2000円程度しか残り ません。さらに、この中から介護保険料を差し引かれると、一銭も残らないというのが現実です。しかも、介護保険料は年金支給額から天引きされることになっ ていますから、どうしようもありません。
厚生省の見解は、最後の受け皿として生活保護があるという考え方を示していますが、すべての人に無条件で生活保護が受けられるような仕組みになっているかといえば疑問の残るところです。このおばあさんは、家族と離れて暮らすようになってすでに10年以上たつそうです。「今さら、家族に居場所も知られたくない」と話していました。生活保護を受けるとなれば、手続き上、家族に居場所が知られてしまう可能性もあります。介護保険が、1人の高齢者に投げかけた問題は、あまりにも大きいというのが実感です。
こうした事例が、日本全国くまなく歩けばたくさん出てくるのでしょう。そのたび、問題を取り上げたところで何の解決にもなりません。一刻も早くこうした制度の問題に対する改善策を考えていく必要があると思います。
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良心的にやればやるほど損をする
一方、介護サービス事業者の実体を見ても状況は芳しくありません。事業者で働くホームヘルパーさんに聞くと、仕事が予想以上にきついと本音で答える人が多くなりました。
ヘルパーの仕事は、介護サービスのひとつの項目で、各家庭を訪問して食事のお世話や排泄の介護、入浴の介助などを行います。しかし、こうしたサービスに支払われる対価は、サービスを提供している時間に限られたものです。各家庭を移動する時間は、給与に含まれていないというのが実情です。
今年の夏は本当に暑かったです。移動するだけで汗びっしょりになってしまう毎日が続きました。
着替えを何枚ももって、水筒持参で頑張ったヘルパーさんがたくさんいます。
しかし、移動時間が長くなれば、それだけ予定通りに現場に向かうことも難しくなります。契約通りのサービスを提供するためには、時間厳守がとても大切なのですが、思うようにいかない毎日に精神的に追い込まれていったヘルパーさんも少なくないと聞きました。
「時間が間に合わないのでタクシーで移動すると、働いた給与があっという間に吹っ飛んでしまいます。パートですから、固定給もないので、非常に不安定なな かで仕事をしていますね」身銭を切って、必死でサービスを提供しても月の賃金は7~8万円にしかならないそうです。学生のアルバイトでも労働条件はもう少 し高い水準が確保されています。ヘルパーさんがいかに過酷な労働にさらされているかおわかりいただけたでしょうか。
広い受け持ち区域をカバーするには運転免許も必須アイテム
その一方で、こうしたヘルパーを派遣している事業者が大きくもうけているかといえばそれほどでもありません。ある老健施設の理事長は、「まじめにやればや るほどもうからない」と半ばあきらめ気味に笑って話してくれました。「時間通りに現場に到着しても、サービスを始めるまでに10分くらいの準備時間がかか ります。それから30分のサービスを行うと合計40分かかりますが、 それで30分以上の料金を請求するのは忍びないでしょう。ビジネスライクに考えれば、40分のサービス料を請求することもできますが、それはできません。 良心的にやれば、サービスする側が損をするという仕組みですね」さらに、ホームヘルパーを派遣している事業者は、「食事の介助が必要な時間帯、入浴の時間 帯、すべてどの家庭でも重なってきます。
お昼ご飯は11時から1 時の時間帯で食べたいでしょうし、夕飯も午後5時から7時くらいが希望の集中する時間帯です。しかし、それ以外の時間帯のオーダーがなければ、むやみに職員数を増やすこともできない。結局、さばけるサービスの量は限られたものになってしまいます」という話を聞いた。
つまり、需要が一時に集中するために、対応できる顧客には限りがあるというものだった。そうなってくると、事業者の仕事量には限りがあるということで、仕 事量はある一定のレベルから増えることはなくなってしまいます。結果的に、思ったように収益が伸びないという悪循環に陥ってしまうのが現状なのです。
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増えないサービス利用者
さらに、介護サービス利用者にとって、利用したサービスの費用のうち一割を自己負担するということは、相当な負担になっているようです。要介護度3と判定された場合、月額約26万円の介護サービスの利用ができます。しかし、これを目いっぱい使ったら、自己負担額は2万6000円になってしまいます。多くのサービス利用者が限度額の2割か3割程度しかサービスを利用していない状態で、思ったほどにサービス利用者の数が増えていません。
家族の介護を他人任せにすることにも罪悪感を感じる人が多く、介護サービスが思った以上に利用されない原因となっています。こうなると、事業者がいくらサービスを展開しようとしても、利用者側のニーズが発生しない悪循環が生まれてしまいます。さらに、サービス利用者の希望する時間帯が一時に集中するとなればなおさらのことです。
介護の社会化、みんなで介護を支えていこうという考え方は、早くも多くの矛盾を抱えてとん挫する危険にさらされているというわけです。介護保険で、介護サービスが利用されるはずのもくろみが、依然として家族が老親を面倒見るという事態のままに取り残されているというのが現実です。介護保険がスタートする前は、保険あってサービスなしという事態が危惧されました。しかし、実際には、サービスはあっても利用者がいないという形になりつつあるようです。
その原因は、先ほどからいくつか事例をあげて説明しましたが、保険料の負担感増大、自己負担分の重荷といったことが考えられます。こうした現実にどのような対策が講じられるかが今後の焦点になりますが、その行く先は不透明なままです。
各自治体ごとの取り組みは少しずつ変化しています。保険料を軽減したり、自己負担分を少なくするよう配慮する自治体もあります。それぞれの自治体が運営者となっている介護保険制度ですから、こうした格差が生まれることは当然といえるでしょう。ところが、また中央からの一声で、介護保険料の徴収方法にも変化が出そうな状況が生まれています。低所得者からの保険料聴取は行わないといった考え方が明らかにされています。
介護保険には地域の特性の考慮も必要
こうなると、国民一人一人が支えていこうという基本的な考え方でスタートした介護保険制度は、根幹から方向性の違ったもにになってしまうでしょう。生活保 護のお話を少ししましたが、こうした既存の制度を使いやすくしながら、介護保険の基本的な考え方を守るべきだと思います。問題を先送りにするような方策を いくら進めても根本的な解決はできません。
本格的な介護保険制度の見直しは2、3年先になるという方針も聞かれますが、それでは手遅れになってしまうでしょう。事業者がそれまで持ちこたえることができるかも疑問の残るところです。
おそらく来春までには、生き残れる事業者とそうでない事業者が完全に選別されるという話もあります。
静かなスタートを切った介護保険。改めて自分たちの暮らしのなかでどのようなポジションにあるか見つめ直してください。いくつかの問題点が見えてくるはずです。介護が必要になったとき、まったく使えない制度にならないように、今一度介護保険に関心を持っていただきたいと思います。
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