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介護サービス利用者のための ガイダンス – 5

要介護者の外側にも視野の拡大を

いよいよスタートする介護保険。
さまざまの問題を抱えながらの実施を同時進行で取り上げていきます。
介護保険は、みなさん一人ひとりのものです。
あきらめないで、使い勝手のよい制度にすることを一緒に考えていきたいものです。

中村聡樹 (医療介護ジャーナリスト)

根強く残る「与えられるもの」という観念

介護ビジネスに住宅産業も参入。介護ニーズに応えて、まるごと水洗いできる家を提供

「結局のところ、介護保険に対する理解はまったく進んでいないというのが素直な感想です」
介護保険制度がスタートした昨年4月から、保険を利用する高齢者を相手に相談にのってきたケアマネジャーの多くが、いっこうに利用者の保険に対する理解が向上しないことを嘆くようになっています。
昨年10月から、要介護認定の見直しが始まりましたが、こうした制度の仕組みを知らず、うっかり見直しを受けないまま、介護保険が継続的に利用できなくなっている利用者が増えています。
要 介護認定の見直しを忘れると、その期間の介護保険利用はできなくなります。再申請から認定を受けるまでには少なくとも2週間くらいかかるので、その期間 は、全額介護サービスの利用料を支払わなければならない人もかなりいるようです。介護保険の適用を受けないで介護サービスを利用した場合、半月ほどで利用 料は20万円近くに上るケースもあり、請求書が届いた段階であわてて役所に相談にやってくる利用者も増えています。

現在、各自治体では、こうした利用者にできる限り利用料の負担を軽減するための便宜を図る方向で検討が進められていますが、救済策も知らないままに泣き寝入りしている利用者もかなりの数に上るだろうと、前出のケアマネジャーは話しています。
制度がスタートして、もうすぐ一年になりますが、こうした問題が起こることを考えると、利用者が介護保険制度を理解していないという結論が導き出されても仕方のないことだと思います。
では、どうしてこのような問題が起こってしまうのかを考えてみると、ひとつの結論が見えてきました。介護保険制度は、利用者が支払った保険料でまかなわれるもので、基本的に従来の福祉制度に規定されていた措置制度とはまったく違う制度としてスタートしたわけです。ところが、利用者には、サービスを利用するというよりは、依然として介護サービスは「与えられるもの」という感覚が根強く残っているようです。
介護サービスを利用する、しないは、利用者にその選択権があると聞かされてもピンとこないまま月日がたってしまいました。その結果、サービスを上手に利用している人とそうでない人には大きな格差が生まれています。
介護保険の要介護認定に従って、デイサービスやホームヘルパーの派遣を受け入れ、在宅介護だけでは行き詰まっていたであろう介護を心地よいものに変えることができた人もいれば、制度をうまく利用できないことで、在宅介護が限界に近づいている人もいます。
「介護保険が始まりました。仕組みはこのようになっています。ぜひ、みなさん介護サービスを利用しましょう」と広報活動にはほとんどの自治体が力を入れて取り組んできました。しかし、現状では、制度への理解も進まないまま、利用者間の格差も広がっているのです。
そこで、視点を少し変えて介護保険制度の現実を探ってみることにしました。つまり、制度の理解もさることながら、介護保険制度にかかわっているいわゆる介護サービス事業者の実体にもメスを入れる必要があるのではないかということです。

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介護ビジネスの本末転倒な事態

失禁などの匂いを部屋ごと洗い流すことで解消するという

介護保険の周辺を取材していると、ある矛盾に気づかされました。介護保険制度は、そもそも論で考えると、介護を必要としている人たちの暮らしを支え、さらに自立に向けた改善策を模索するところに目的があったはずです。
と ころが、現実に目を向けてみると、要介護者を自立させないことが介護ビジネス市場を成長させるという図式が定着しつつあるのです。言葉は悪いですが、介護 保険を食い物にして利益を上げようとしているビジネスがかなりの数に上っているということです。これでは、エンドユーザーにとって決して良質のサービスが 提供されているとはいえないわけです。
介護保険の利用者に格差が生まれているとお話しましたが、良い事業者にあたるかそうでないかによって、得られる介護の環境には大きな差が生まれることは当たり前です。

介護保険という枠組みの中でしか成長できないビジネスがあまりにも増えすぎているのではないか。そんな矛盾を感じるようになりました。介護を取り巻くビジ ネスは、大きな可能性を秘めています。しかし、介護保険の対象者だけを顧客に設定したビジネスでは、いつまでたっても介護保険の費用を吸い上げるだけで、 それ以上の広がりは期待できません。永遠に介護を必要とする対象者を確保することがビジネスの成功を意味するという本末転倒な事態が待ち受けているという わけです。
高齢者のうち、介護保険のサービスを必要としている人は約2割程度にすぎません。高齢者を対象とするビジネスを今後拡大していくためには、残りの8割に目を向けつつ、ケアについても配慮できるビジネスの在り方を模索していく必要があると思います。

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要介護者の外側にも視野を広げた提案を

最近の住宅展示場では介護、自立支援のテーマ型フェアが多い

1月14日、小田急電鉄成城学園駅にほど近いABCハウジング住宅展示場に行って来ました。ここで催されている「介護住宅フェアー」をのぞいてみた かったからです。展示場にはモデルハウスが建ち並んでいます。その一角に「介護住宅」という幟を立てたモデルハウスが3軒ありました。積水化学工業、ロイ ヤルハウジングOKISHIMA、郡リースの三社が出展した介護用の住宅です。

基本的には、既存の住宅に介護専用の居室を建て増しするものと、介護が必要になったときのことも想定した住まいづくりの提案がなされたモデルハウスでした。そのなかで、ロイヤルハウジングOKISHIMAが提案した介護住宅は、室内が丸ごと洗える住宅として提案されていました。
痴呆症の高齢者を抱えた家族にとって、室内丸ごと洗浄できる住宅は、まさに夢の住宅といえます。排泄の介護ができなくなって施設に預けるケースが大半を占めているので、洗える住宅の存在価値は大きいと思いました。この住宅であれば、お年寄りが粗相しても、すぐに洗い流すことができます。においも残らないし、いつも清潔な住環境を確保することができます。
こうした発想で、シルバービジネスに参入しようという取り組みは、今後この業界にも必要なことといえるでしょう。介護ビジネスの枠組みを考えても、もうひとつ外側に視野を広げた提案がなされているように感じました。

介護を前提に商品開発を行うわけですが、利用者が介護に前向きになれるような工夫が盛り込まれたものがこれからは必要です。要介護者だけを対象としない視点で、介護を考えていく商品開発が進んでいる事例といえます。
こうした動きはファッション業界でも顕著になっています。九五年に設立されたユニバーサルファッション協会では、誰もが選べる服の提供を目標に活動を行っ ています。身体の一部に麻痺が起こっている人、関節の曲がりが悪くなった人、体形が崩れて流行のファッションが身につけられなくなった人たちが納得して着 られる服の提案を行っています。
これも、既存の介護ビジネスの外側にある取り組みといえるでしょう。利用する人が楽しむために、機能性ばかりでなく、利用することで出来事を想像するという工夫が、ファッションの業界にもようやく見られるようになってきました。

家を探しに来る人たちを対象に、オムツのあてかたの講習会まである

介護保険のサービスに加えられることが検討されている介護タクシーを日本ではじめて企画した、福岡県のメディスタクシーの木原圭介社長は、「車社会がここ まで進展したら、介護を必要としている人でも時には車に乗って出かけたいと思うでしょう。家の中に閉じこめたままで、至れり尽くせりの介護をするだけで は、その人の自立は考えられません。昔よく飲みにいった店にいきたいという願いをかなえることも、今後は必要な介護ビジネスだと思います」と語っていま す。
介護という枠組みにとらわれて、サービスの利用者が今後どのように生きていくのか、あるいは自立するのかという視点が抜け落ちたサービスの存続は危うくなっていくと考えられます。
介護保険が始まって一年近く立ちましたが、サービス提供者や利用者が、もう少し視野を広げて介護について考えていく時期を迎えていると思います。

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サービスの改善はサービスを利用することから

「基本的な仕組みがまったく理解されていない」という現場の声も次第に大きくなっていますが、本当に必要なことは、具体的な利用方法を積極的に提案していくことでしょう。
同時に、サービスを利用する側は、よりよい介護環境を勝ち取るために、どん欲にサービスを追求する姿勢を持つことです。そのためには、利用者の方がサービス提供者よりも先に、自分たちの置かれている環境の周辺に目を向けることです。
衣食住すべての分野で、自分たちが利用できるかもしれないサービスが生まれているはずです。要介護者やその家族がこうしたサービスの利用を積極的に進めることで、サービス提供者側が、はじめて気づくこともたくさんあるはずです。

介護保険は、多くの人が議論し、試行錯誤を繰り返しながらようやく実施にこぎ着けた制度です。しかしながら、その制度そのものはすでに硬直化が始まり、非常に使い勝手の悪いものになりつつあります。
これを改善していくには、ユーザーとサービス提供者が同じテーブルについて、実際のサービスを利用しながら使い方を工夫するしか解決策はないでしょう。新しい年を迎え、介護保険の周辺に目をやることの重要性を私自身も感じているところです。

介護のさまざまな分野で先駆ける女性10人のルポ。本稿筆者の中村聡樹さんの著作『介護保険を動かすおんなたち』が小学館より発売になりました