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介護サービス利用者のための ガイダンス – 6

わかりやすく使いやすい介護保険制度に

いよいよスタートする介護保険。
さまざまの問題を抱えながらの実施を同時進行で取り上げていきます。
介護保険は、みなさん一人ひとりのものです。
あきらめないで、使い勝手のよい制度にすることを一緒に考えていきたいものです。

中村聡樹 (医療介護ジャーナリスト)

「今年の花見は中止になりました」

北海道音更町の田園風景

5月のはじめ、桜前線がようやくたどり着いた北海道のとある町の特別養護老人ホームでは、恒例の花見大会の中止を決めたそうです。介護保険が始まって1年、入居者が楽しみにしている花見を実施できない事態に追い込まれようとは、施設の誰もが予想もしていませんでした。
介護保険の始まる前、介護サービスが福祉の措置制度として実施されていた頃は、老人施設の福利厚生的な催し物に対しても、措置費として支給される費用の中から融通することが認められていました。
しかし、介護保険制度のスタートによって、こうしたイベント費用を盛り込んだ項目は姿を消し、各老人施設が独自に費用の捻出を迫られることになったわけです。
少 しお酒を出して料理をつまむくらいの宴会なら、十分に実施できる財源はあっても、参加者から一定の金額を徴収しなければ会計上の項目が成り立たない。介護 保険による弊害は、こうした分野にまで及んでいるわけです。施設運営の融通が利かなくなった実情を目の当たりにすると、介護の社会化はまだ絵に描いた餅に すぎないのだと考えさせられました。

昨年の4月、介護保険制度のスタートは、タイトなスケジュールの中でぎりぎりの準備をこなして間に合わせたという感じでした。いずれ時間がたてば、細々とした問題点の整備は進められると誰もが考えていたようです。「介護保険は走りながら考える制度」と説明する自治体関係者もいました。しかし、一年が過ぎていえることは、個々の問題点の解決を先送りにしたままで、何となく格好を付けているような状況が続いているように感じます。
不良債権処理の進まない金融機関と同じく、介護保険においても問題先送りの傾向が強まっているようです。

表だって問題点が明らかにされないことも、介護保険が倉庫に山積みになりつつあるというのが現状です。
介護保険1年を機に、いくつかのデータが発表されました。厚生労働省がまとめた「介護保険制度導入前後のサービス利用量の変化」を見ると、2000年3月と7月のサービス利用量は、全体の67.5%にのぼる人が「サービス量が増加した」と回答しています。(図―1参照)。

 

介護保険によって、提供されたサービスが確実に増加していることを示す資料といえます。全国規模の資料はまとめられていないのですが、サービスの供給量が 増えたことに伴って、サービスの利用量も確実に増えているようです。神戸市がまとめた資料を見ると、訪問介護、訪問看護、デイサービス、ショートステイの 利用が確実に増えていることがわかります(図―2参照)。

しかし、介護保険の要介護度認定に定められた支給限度額のどの程度までを利用しているかを見ると、厚生労働省のまとめた数字では、平均で43.2%という 結果が出ています。これは、要介護度の最も高い要介護5の場合、支給限度額は月額35万8300円ですが、実際の利用状況は約15万円程度で推移している ことを示しています。利用者は、利用額の一割負担が原則ですから、15万円使った場合には1万5000円の自己負担が生じます。老親の介護に月3万円を支 払うとなれば、一般家庭の場合かなりきつい数字といえます。このことから明らかになったことは、サービス利用量は増えているものの、支払える範囲で利用者 が何とかやりくりしているというのが実情といえます。

音更町の役場

介護保険が始まって、保険料を支払っているのだからサービスを利用しなければ損という感覚は利用者側に生まれていますが、自己負担額を考えた場合、すべてのサービスを満足のいくまで利用できているかは疑問の残る結果といえるでしょう。
一方で、介護保険が始まってから、まだ1年という見方もあるようです。たしかに、1年で大きな変化を求めることは難しいかもしれません。自己負担の金額に ついてはやりくりを考えるものの、制度そのものの利用方法や改善点を指摘する声がなかなか聞こえてこないのも、利用者意識がまだ成熟していないことの現れ です。

介護保険のスタートしたことで、福祉はある意味で市場の原理にゆだねるという考え方に変わりました。しかし、民間の介護サービス事業者にゆだねられた福祉の状況を見る限り、市場任せにはしておけない限界点のようなものが見え隠れしているような気がします。
サービス事業者は、利用者の多いサービスに集中し、ほとんど利用者のいないサービスへの参入には消極的です。数少ない利用者の要望に応えるためには、公的 な機関が提供するサービスの充実も考えなければならないのです。市場の原理にゆだねていては、こうした問題を解決することはできません。
また、介護保険の利用者は大半が六五歳以上です。保険料を支払っている40歳以上64歳の人で介護保険が利用できるのは、特定疾病に規定された病名に該当 する人だけです。年齢が若くても介護サービスの利用が必要な人はたくさんいますが、こうした人たちは、介護保険の利用ができないことで、病院に社会的入院 をすることを強いられているケースも少なくありません。

取材中に知った栃木県に暮らすある大工さんは、45歳で転落事故に遭い、寝たきりの生活になりました。24時間介護を受けなければ何もできない状況でも、 介護保険の利用はできません。こうした問題に対して、各自治体の対応は遅れています。介護保険をスタートさせるために多くの犠牲を払った結果が、介護保険 以外のサービスの充実を妨げているのです。
介護保険でまかなえる福祉とその他の福祉をどのように両立させていくかが、自治体にとって大きな課題になっています。

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ケアマネジャーの育成を音更町の役場

介護保険制度の利用相談をしてきたお年寄り。音更町で

さらに、介護保険制度そのものにも細かな問題は山積しています。新しい試みとして誕生したケアマネジャーの立場から介護保険をのぞくと、彼らに押しつけられた負担は想像以上に重いものであることがわかります。
ケアマネジャーの仕事は、要介護認定を受けた利用者のケアプランを立てることです。そのためには、利用者1人1人と面談して、どのような介護サービスを利用したいかを一緒に考えていく作業が求められています。

ところが、実際に作業を初めてみると、単なるプランナー的な仕事とはほど遠い状況が待っていました。介護保険に対する知識のまったくない利用者を相手に制度の説明を繰り返し、ようやくプランの作成に取りかかっても、利用者はいくらかかるのかだけが関心事で、サービスの組み合わせについてともに考える状況には至っていません。

デイサービス利用者の買い物風景。音更町で

しかも、お互いが信頼しあって腹を割って話し合わない限り、質の高いケアプランを構築することはできないものですが、ケアマネジャーひとりが担当する利用者の数は30人から50人というのが現状で、きめ細かな対応はできていません。
一方で、ケアマネジャーのレベルも一定していないようです。どのケアマネジャーにあたるかで運命が決まってしまう。ケアマネジャーの育成が進まない状況では、利用者もなかなか安心して物事を任せられません。すべてが、準備期間の短い中で、体裁だけを整えてスタートしたことによる弊害といってしまえばそれまでですが、このままの状況が、これから先もかなりの期間、続きそうであることは間違いありません。

結局のところ、介護保険制度が始まった直後に聞いた問題点と、一年が経過した段階で聞こえてくる問題点にはさほど変わりがありませんでした。つまり、なにも解決されないままに、惰性で制度が何となく運営されているような気がしてなりません。
福祉は、やはり施しという概念から抜けきれないままに、サービスを受ける側が弱者という構図が残されているようです。介護保険制度は非常にうまく整備され た制度であると、海外からも高い評価を受けています。しかし、制度が理想的なものとして評価されることと、使い勝手のよいものであるということは別問題で す。

「もっとわかりやすくて、使いやすいものなら使いたいです。でも難しいでしょ。私にはわからない」
花見の中止になった老人施設でお年寄りから聞きました。彼は、介護保険が始まる前から老人施設にいたので、難しい手続きを踏まないでもここにいることができました。
「施設の職員さんが、細々とした書類を準備してくれたからここにいられるんです。これをすべて自分でやるとなったら、ここにはいなかったでしょう」
このおじいさんの言葉が、いまの介護保険の現状をすべて映し出しているのかもしれません。

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