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患者置き去りの在宅医療・ケア

4月1日から介護保険がスタートした。
「巨大ビジネスの誕生」とばかりに大きな期待を抱いて参入した事業者は、予想外の患者の反応に肩すかしの格好だ。
果たして、在宅医療・ケアはうまく根づくのだろうか。

吉村克己(ルポライター)

重度の患者ほど困っている

「介護保険を巡ってはあまりにウソが多い」と在宅医療専門の医療法人社団黎明会大塚クリニック(東京都豊島区)事務長、中村哲生常務理事は次のようにはきっぱりと語る。
「当初、在宅介護市場は10兆円といわれ、その後、4兆円と下方修正されました。だが、それもウソ。実は、これまで医療保険で扱ってきた高齢者の長期療養、訪問看護、リハビリ、薬剤配達など2兆2000億円を横にスライドしただけで、実は、介護そのものは約1兆8000億円です。」
厚生省が高齢者にかかる医療費の拡大を怖れて、介護保険による在宅での看護・介護・リハビリを無理やり促進しようと、急ハンドルを切ったために、いま現場では混乱と怒りがあふれている。何より、受け皿のないまま病院から放り出される患者は悲劇でしかない。

大塚クリニックは1995年から在宅医療を専門に手掛けてきた。厚生省や自治体の無理解もあって、平坦な道のりではなかったが、現在、医師一六名、看護婦 7名などスタッフ53名、12台の専用往診車によって、豊島・板橋・文京区などを中心に都内10区で、180名の患者の在宅看護・リハビリテーションなど を行っている。
同クリニックでは、これまで医療保険の適用内で在宅看護を行ってきたわけだが、介護保険の導入後は、重度の患者ほどサービスの量と質が下がる結果になった。
「医療保険で月70~80万円かかる重度の患者さんはこれまでたくさんいたが、介護保険になると、『要介護5』の重度の認定でも上限利用額が月約36万円 になります。一方、『要介護1』の軽度の患者さんは上限が約16万円と手厚くなり、その結果、要介護1~2の患者の訪問看護やヘルパー派遣の回数が増え、 逆に要介護4~5の重症患者は、従来より回数を減らさざるを得ないという実に奇妙なことになったのです」と中村さんは憤慨する。
しかも、医療保険ならば70歳以上の患者の自己負担金額上限は月2120円だが、介護保険では最大1万5000円だ。要介護認定を受けてしまうと、介護保険が優先されるので、負担金は上がってサービスが落ちるという結果になる。

このような矛盾点を知りたければ、大塚クリニックのホームページから「掲載記事」を覗くと、『KAIGO Journal』(平成12年6月号)に中村さんがインタビューを受けた記事が載っているので参照願いたい。
またこのホームページに「遠隔医療システム」というコーナーがあるように、大塚クリニックはIT(情報技術)を積極的に導入して、サービス向上と事務作業の合理化を図っている。その1つが、テレビ電話を使った遠隔医療システムである。患者宅とクリニック、医師の自宅、緊急支援用の病院などにテレビ電話を設置した結果、夜間および緊急往診の回数が2カ月の調査期間中に13回から2回に激減した。現在、人工呼吸器を付けた患者五名に、このテレビ電話を無料で貸し出して活用しているが、医師が的確に器機類の操作を指摘できると同時に、患者は医師の顔を見ながら安心して相談できる。
また、患者用データベースシステムにNTTのナンバーディスプレイサービスを融合させたCTI(Computer Telephony Integration)システムも九八年から導入している。これは、企業のコールセンターなどでよく利用されているシステムだが、患者がクリニックに電話をかけると同時にコンピュータがナンバーディスプレイによって相手を判断し、画面上に、その患者のデータを表示するものだ。これによって病院側が患者を素早く把握でき、仮に相手が名前を言い忘れても心配ない。またデータベースの構築によって、請求業務や年間8000枚にも達すると予想される種々の書類作成業務が大幅に合理化された。
在宅看護・介護サービスを充実させるためには、民間企業の参入を促すのも必要だが、こうした地道な自助努力をしている在宅医療専門の機関を支援するべきではないだろうか。

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在宅医療は自分の問題

群馬県高崎市にある医療法人一歩会(小笠原医院・ホスピス訪問看護ステーションいっぽ)は自宅で人生の終末を迎える人を看護する「在宅ホスピスケア」のサービスを提供している。その「いっぽのホームページ」は、まさにホスピタリティあふれる様子がサイト全体から伝わってくる。患者が生を全うするために必要なあらゆる心と身体のケア・サービスを提供し、音楽療法まで導入している。
このホスピスケア・サービスを受けたのが、「ある身障者からの主張」というホームページを作成したNさんである。Nさんはがんに侵されて、いったん手術を受けたものの、再発、進行し、自宅で家族と一緒に最期まで過ごすという選択をした。Nさんがなぜ在宅看護を選んだのか、在宅看護のメリット・デメリットなどについて率直な意見を掲載しており、とても参考になる。
「自宅というのは、すべていちばん自分が暮らしやすいような状態になっているわけですし、(中略)何よりも自分が死ぬまで、あるいは死んでからのもろもろの手続きなどについて早めに考え、できるものは先にできることがいちばん大きいです」とNさんは書いている。こうした状況で思い立ったのがホームページによる在宅看護の記録だった。

実は、Nさんは昨年10月に享年39歳で永眠されたのだが、亡くなる直前まで家族に囲まれ、明るい笑い声の漂う中で旅立たれたそうだ。Nさんが望んだとおりの在宅看護が実践されたことの証だろう。
金子金一さんは、2度にわたる脳出血によって重度(一級)の障害者になったが、パソコンとインターネットを活用した自宅でのリハビリで、見事に社会復帰した。
金子さんの「車椅子の視線から」というホームページを読むと、前向きな姿勢と、人とのつながりがいかに身体を回復させるかがよくわかる。
「はじめは、自分のリハビリテーションに役立てばいいと始めたホームページですが、掲示板の常連さんが増えてきて、自分が決して1人ではなくインターネットによって外の社会と繋がっていることを強く意識するようになってきました。そのうちに自然と、誰もが元気をもらったり、あげたりできる『心のリハビリテーション』になるようなホームページに育ってきました。私は車椅子生活になった運命を感謝しています。なぜならそのおかげでインターネットに出会い、大勢のネットの友人に出会えたのですから」と金子さんは語る。
最後にご紹介したいのが、訪問看護を担当している看護婦の櫻井栄子さんが作った「Sakuおばさんのホームページ」だ。ここには看護する側のいろいろな悩みや、大変さが櫻井さんの実体験を元に綴られている。櫻井さんはホームページを作った動機について、
「介護しなければならなくなった時点で考えるのではなく、老いること、障害を持って生きていくこと、親と子、介護、介護される者の心情など考えてみる機会になってくれればうれしい」と語る。
私たちはいつ介護する側、あるいはされる側になるか分からない。もう少し自分の問題として在宅医療・ケアを考えてみたい。