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看護師のしごと1

プライマリーケアを求めて

高橋晴代(たかはしはるよ)

NHKの朝ドラで話題を呼んでいる「梅ちゃん先生」の活躍する舞台になっている大田区蒲田は日本のプライマリーケアの発祥の地。地域密着型のSクリニックに勤める看護師の高橋晴代さんに地域看護を聞く。

患者さんの声をきくために

高橋晴代さんは看護師になって17年目。大田区梅屋敷のSクリニックに勤め11年目のベテラン看護師として地域の患者さんや家族の方々から慕われている。そんな高橋さんにも看護師としてやっていけるのだろうかと、看護師になりたてのころは悩みがあった。医療系短大の看護科を卒業して、北関東の中核病院で数年勤務したのだが、看護師の現場では処置や手術の準備など治療のためのケアが優先。それに追われて患者さんとゆっくり接する時間は勤務時間内にはとれなかった。勤務が終わった後、聞き取れなかったことを埋めるために、病棟に残り患者さんのベッドを尋ねることも度々あったと言う。

担当した患者のBさんは、喉頭がんの手術後、声を失ったうえに、抗がん剤投与が必要となっていました。そのことを伝えられるとBさんは何か深く思い悩んでいるようでした。少し気になって、いつものように勤務が終わってからベッドの横でBさんと筆談で話し合いました。するとノートには「2週間後に、娘の結婚式が控えている。治療を始めたら結婚式には出られない」と切々と訴えるのです。Bさんは、声を失い医師や看護師に心境を充分に訴えることもままならない状態で悩んでいたのです。私は看護師たちと相談し、医師にそのことを伝え、少しだけ抗がん剤投与を遅らせてもらうようにしました。Bさんは念願の愛娘の結婚式に無事出席することが出来ました。

その時Bさんにとって、最も大事だったのはがんの治療ではなく、娘さんの結婚式に出席することだったのです。筆談でしか会話のできない患者さんとゆっくり話ができた。あの勤務後の聞き取れなかったこと埋めるという時間がなければ実現しなかったことでした。

当時を振り返って高橋さんは「私がやりたかった看護とは何だったのだろう。 機械の歯車としての看護よりは、人と向き合う看護を求めていたはずだ。Bさんの時のようにちゃんと他の患者さんとも向き合っているだろうか」と自問する毎日だったという。

そこでもう一度自分を見直そうと退職を決意し、沖縄へと単身向かうことになった。大した準備もなく、行けば何とかなると赴いた沖縄だったが、海やふれあう人々に自分の心身は癒される。だが、就職活動がなかなか上手くいかなかった。

それと「おじいさんおばあさんの方言が聞き取れなくてコミュケーションがとれない」という笑えない話まで起きてしまった。

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やっぱり患者さんの話し相手がしたい

日進月歩の医療の世界で、このままではいけないと再度東京へ戻ることを決め、東京は品川の大手病院に就職をしたのだが、その病院は経営悪化の状態で看護師の人数も減らされるという有り様で、患者さんに寄り添うという看護はさらに求められなかった。

高橋さんは沖縄にいた2年間を「ぶらぶらしていただけ」と笑いながら言う。しかしそこで高橋さんにとっての「看護とは?」と考え続けていたようだ。さらに看護師になった動機を尋ねると。

「もともと看護師に憧れて短大に行ったのではなく、当時一般的な考えとして、女性は手に職を付け無ければというくらいの気持ちでした。18歳の時に祖母が入院し、手術室に運ばれるとき看護師さんがストレッチャーを壁にぶつけてしまい、その音と振動で祖母がものすごく不安がり、もっと優しく扱って欲しいと思ったことが、看護師への動機といえるかも知れません」

そして入学してから学んだナイチンゲールのことが、看護師の姿として思い描くようになった「窓を開け空気を入れ換え、患者の訴えを良く聞き、手当てをする」といった、いつも患者さんのそばにいる看護師が目標になり、自然と卒業論文のテーマはナイチンゲールとなっていた。

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京浜工業地帯の小さなクリニックで

夕暮れの梅屋敷

高橋さんは結婚してからも、すぐには看護師生活を止めなかった。今度は京浜工業地帯大田区のSクリニックでパート看護師として働き始めた。クリニックは内科の医院長1人に看護師が3人と受付事務二人と糖尿外来、リュウマチ外来のある日に来られる専門医師がいるだけの地域密着型のクリニック。

「大学病院などの大きな病院では、各専門科はありますが、このような地域密着型のクリニックにはありません。内科という看板を出していますが、様々な訴えや疾患の患者さんが来院します。病気になったら、怪我をしたら、とりあえず近くのいつもの掛かり付けに行く」というのが地域のクリニックや診療所というわけです。そのような患者さんを受け入れるには、「まず受付のスタッフと連携しながら患者さんの訴えをゆっくりと聞き取るようにします」。というのは地域の特性もあってお年寄りの方も多く、クリニックに来たことで安心感を持ってもらうようにしているからだ。

「例えば、転んで骨折したお年寄りが来たことがあります。本人は骨折しているとは思わずに、痛みだけを訴えて来ます。クリニックには整形外科が無いのですから“診られません”と言って帰ってもらう分けには行きません。医師と相談して、地域連携病院に連絡し、病院へ車椅子でお送りすることもあります」

2世代3世代にわたって来院される患者さんも多く、患者の家族とも深い繋がりが出来るというのも地域医療の特徴でしょう、と言う。

「脳梗塞の母親を介護していた娘さんの体調が優れないのを察知して、超音波診断を勧めると、胆汁が溜まっていて大変な状態になっているのが分かりました。早速、医師の指示で医療連携の大学病院で手術が行われ事なきを得ましたが、手術をすると母親の面倒が見られなくなると悩んでおられました。そこでご家族と話し合われることをアドバイスすることで家族が協力することになり早期の手術が可能になりました」

これらの例にみられるように地域のクリニックでは、地域の住民の初期医療(プライマリーケア)のためには素早い医療連携が大切とされている。それについて高橋さんはプライマリーケアを実践する看護師に求められることは「さまざまな疾病に対しての知識を持つことと、医師を始めとする医療スタッフが患者さんに対して、地域ならではのフレンドリーな関係で患者さんとのコミュニケーションを図ることが、疾病の早期発見・治療にもつながる」と考えている。

高橋さんは「ここには今まで経験したことのないコミュニケーションが医師、看護師、患者やその家族を含めて行われている、この環境が好きだ。そして今、最も大切にしているものは、患者さんやご家族から頂く「ありがとう」という言葉だと言う。

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