慢性閉塞性肺疾患(COPD)タイプに合わせて漢方薬を処方し長期治療を続けることで症状が緩和
日本にCOPD(Chronic Obstructive Pulmonary Disease=慢性閉塞性肺疾患)の患者は530万人いるというデータが示されている。タバコなどの汚染物質により、肺の中の気道に炎症が起こって空気が通りにくくなる病気で、患者のQOL(生活の質)が大きく損なわれることが多く、命に関わる状態に進行することもある。肺機能の障害は不可逆とされているが、平馬医師は、中医学がCOPDの症状や苦痛を和らげたり、風邪や肺炎などの合併を少なくするなどの面で貢献する可能性を示した。
平馬直樹 (ひらまなおき)
1978年東京医科大学卒業後、北里研究所付属東洋医学総合研究所で研修。87年 より中国中医研究院広安門医院に留学。96年より平馬医院副院長、兼任で、後藤学園附属入新井クリニック専門外来部長として漢方外来を担当。
高齢者人口の増加とともに増える患者数
COPDは、以前は「肺気腫」、「慢性気管支炎」と呼んでいた病気を合わせた呼称です。肺気腫とは、肺の中の気道(空気の通り道)の先端部分が汚染物質などのために炎症を起こして肺胞壁が破壊される病気を指していました。また慢性気管支炎は、もっと中枢の気道で粘膜腺が肥大して起こるとされていた病気です。
1990年代に厚生省(現、厚生労働省)は、COPDにかかっている人は23万人程度と報告していました。ところが2000年、日本呼吸器学会が中心となって行った疫学調査では、なんと530万人のCOPD患者がいると報告されたのです。死亡者も年間10万~15万人にのぼると推定されています。
COPDはお年寄りになるほどかかりやすく、重症化しやすくなる病気です。ですから、増加の最も大きな理由は高齢者人口が増えてきたことだといえます。
また、COPDの最大の原因は喫煙であり、タバコを吸う人の15~20%がかかる病気です。日本ではいまだにタバコを吸う人の割合が高いこと、とくに若い時期にタバコを吸い始める人が多いことも、罹患者が多い要因となっています。このほか、大気汚染が進んだことなども、COPD増加の要因として加わるでしょう。
COPDの症状は、咳や痰が出やすくなったり、呼吸するとヒューヒューとのどが鳴るなどが典型的なものです。そして風邪を引きやすくなり、肺炎を併発したりすることが多くなります。やたら息切れするようになり、とくに階段を上る運動がつらくなりがちです。駅やビルなどではエレベーターやエスカレーターを利用せずにはいられないなど、行動が大きく制約されるようになり、QOLも損なわれます。
COPDがもっと重症化すると平地を歩くこともつらくなり、やがて家の中で寝たきり状態になる人も少なくありません。また肺がんになりやすくなるほか、脳梗塞、狭心症、心筋梗塞などの動脈硬化性の疾患や、胃潰瘍などを合併するリスクが高くなります。
COPDを診断するためには、肺活量の検査のほか、スパイロメトリーという装置を使って肺機能を調べます。「1秒量」と「1秒率」という値を求め、これに よりどのくらい気道が狭くなっているかを評価するのです。1秒量というのは息を深く吸い込み、思い切り吐き出したとき、最初の1秒間で息を最大どれくらい 吐き出せるかということを空気量で示したものです。また1秒率は、肺活量に対する1秒量の割合です。健康な人の1秒率は70%以上、若い人なら80%です が、息が吐き出しにくいと70%を下回り、COPDの疑いが出てきます。
COPDという段階まで進むと、肺胞の病変を元の健康な状態に戻すことは 難しいと考えられます。これに対して、現代医学でも気管支拡張剤などの薬剤を用いる吸入療法などによる対症療法が開発されました。これらの治療法に漢方薬 を併用することによって、風邪を引きにくくしたり肺炎を予防するなど、中医学の役割も期待されるようになっています。
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熱を持ちやすいタイプに清肺湯
68歳のM子さんは身長152センチ、体重42キロと小柄な女性です。喫煙歴はありませんが、中年以降風邪を引きやすくなりました。こじらせて肺炎を起こし入院したことも3、4回あります。
その後、普段でものどに痰がからむようになり、息切れを感じるようになりました。痰は透明でサラサラしているときもありますが、黄色っぽくて粘っこくなるときもあり、この状態では喀痰しにくくて苦しい思いをします。通院している病院の呼吸器科では、肺機能検査を行った結果、1秒率が低下していることなどから慢性閉塞性肺疾患という診断を下しました。
M子さんは感染をしょっちゅう繰り返し、微熱が出ることが多く、そのつど抗生物質を飲まなければなりません。このとき痰が黄色く濃くなり、咳と息切れがひどくなります。息を吐くのが難しくて、うつ伏せになってようやく吐くという有様でした。
日常生活では階段を上るのがどんどんつらくなり、行動範囲もすっかり狭くなっています。「なんとかもう少し楽に過ごせるようにならないか」と、現代医学の治療以外に漢方診療を求めて来診しました。
M子さんの脈をみると、沈んで細い滑脈(かつみゃく)という所見で、痰が旺盛であることが示されています。舌は黄色い苔が生えているという特徴があり、感染を繰り返していることから、熱のほうに傾いていることがわかりました。
中医学の診断としては「肺陰虚」、「痰熱内擾」という証です。清肺湯(せいはいとう)という漢方薬を加減して投与しました。
こ の薬を飲むようになってからは痰が薄くなって透明に近くなるとともに、しょっちゅう風邪を引いたり悪化することがなくなっていったのです。長期にわたって 治療を続けており、階段などで息切れをするところはあまり変わりませんが、方々に出かけられるようになり、行動範囲が広がりました。
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冷えが顕著なタイプに喘四君子湯(ぜんしくんしとう)
72歳のKさんはMさんに輪をかけたような痩せ型で、すでに会社を退職して10年近くなります。若いころからタバコを吸っていたようですが、本人の話では1日1箱以内だったとのことです。中年ごろから普段水っぽい薄い痰がのどにからみやすくなり、朝起き抜けなどに咳き込むことが多くなっていました。さらに風邪を引くと緑色っぽい濃い痰になり、咳がなかなか取れなくなっていたのです。
数年前から症状がさらに進み、坂道を上るたびに息切れがひどくなり、痰の量も多くなってきました。3年前に風邪がこじれて咳、痰、呼吸困難が強く現れ、「気管支肺炎」という診断で緊急入院をしたことがあります。X線やスパイロメトリーによる肺機能検査の結果から、「慢性気管支炎と肺気腫を合併している」との診断で、退院後も通院治療の必要があるとされました。
その後もKさんは痰の量が増えていき、日常の比較的ゆっくりした動作でも息切れを覚えるようになっていきます。冬になると風邪をこじらせることが多くなり、気管支炎や肺炎を併発して入院を2回繰り返しました。この間、強く禁煙を勧められタバコを止めていますが、あまり症状は改善していません。「なんとかつらい症状を和らげられないか」と、漢方外来を受診されました。
Kさんの訴えを聞くと、痰は普段透明でサラサラしていますが、非常に量が多いとのことです。風邪になると緑色で粘っこい状態になり、痰を吐きたいのに吐ききれず、咳をしてなんとか吐き出そうと苦しむというのが癖になっています。また、一人で外出することはできるけれど、階段を上るのが苦痛で、「駅などに来るとエレベーターかエスカレーターを探すことがいつのまにか習慣になってしまった」と話します。家にいるときもつらいので横になりがちで、とくに息を吐くのが苦しいということです。
顔色を見ると、白っぽくてつやがありません。脈は沈んで弱く、舌を見ると赤みがごく薄くてM子さんとは対照的に熱が失われ寒がりの様子です。
Kさんの場合、長年痰が肺を冒し、肺気を消耗して痰が旺盛であるため、肺気虚という所見があります。そこで肺気を補い、痰を減らすという方針で治療に当た ることになりました。用いた処方は喘四君子湯に半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)という漢方薬で、内科の吸入薬や去痰剤を併用しています。
その結 果、普段の痰がだんだん減っていって、歩行時の呼吸が楽になってきました。それとともに、それまで「あまり外に出たくない」「横になっていたい」と思って いたのに、買い物に出かけたりすることがかなり楽にできるようになってきたといいます。それでもときどき風邪を引くので、この場合内科の抗生物質などの投 薬に併せて、肺気を補って風邪を治す役割を持った参蘇飲(じんそいん)という漢方薬を処方しました。
こうして中医学の治療を受けるようになってか ら3年ほど経過し、咳も少しずつ減り、痰の量も少なくっていったことから、六君子湯(りっくんしとう)に苓甘姜味辛夏仁湯(りょうかんきょうみしんげにんとう)という処方に変えています。この間風邪を引いてもそれほどこじらせることなく、肺炎を併発して入院するということもなくなってきました。そして、病院で肺機能の検査を受けると、一般にCOPDの症例ではあまりないことですが、かつてより肺活量も1秒率も改善しているという結果が出て、Kさん本人も喜んでいます。
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