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中医診療日誌 – 19

終末期のがん鍼治療と手技療法によってがん疼痛の苦しみと心の痛みをやわらげる

がん疼痛に対する薬物療法の進歩は患者さんの大きな福音となったが、薬物療法が及ばない痛みや副作用をやわらげる面で漢方薬の出番がある。さらに、終末期に低下するQOL(生活の質)を改善したり、全身の衰弱を補うという面でも、鍼灸を含む中医学の役割が期待されている。平馬医師が経験した症例を中心に、患者さんや家族の満足度の高いがん医療のあり方について考えていく。

平馬直樹 (ひらまなおき)
1978年東京医科大学卒業後、北里研究所付属東洋医学総合研究所で研修。87年 より中国中医研究院広安門医院に留学。96年より平馬医院副院長、兼任で、後藤学 園附属入新井クリニック専門外来部長として漢方外来を担当。

穏やかな最期を支援する中医学

がんの終末期医療はこのところ大きく変わってきました。まず患者さんに病気を告知して、死が逃れられないことを隠さず話すようになったことです。死期につ いては確定できないものの、これからの経過がどうなっていくのかをお話しして、患者さん自身に客観的な情勢を理解していただくということが、医療には不可 欠と考えられるようになってきました。
患者さんにとっては、死の受容ということ自体が苦しみですが、肉体的な苦しみが襲ってくるのではないかという恐怖心も小さくありません。痛みが強くなってくればやはりそれが患者さんの最大の苦しみとなっていき、それを支える家族も地獄を見る思いがするでしょう。
これに対して現代医学は肉体的疼痛を緩和できる技術を大きく進歩させてきました。患者さんに対してこうした技術を用いることができることを説明しながら、 患者さんの不安をやわらげ、より穏やかな気持ちで死を迎えられるよう支援するのが、医療人としてなすべきことになってきたわけです。
現代医学の緩和ケア技術は経口剤を中心に発達しています。そして、口から摂取できない人のためには貼り薬が工夫されているし、モルヒネでうまくいかない局 所の痛みを緩和するために神経ブロックなどの技術も普及しています。このように少しでも痛みをやわらげる対応を積極的にしているのは現代医学の評価できる ところです。
これに対して中医学には何ができるのでしょうか。漢方薬の効果は、痛みの中でも筋肉痛や関節痛などの慢性疼痛に関しては、かなり評価できます。しかし、がん疼痛に対する効果はやはり相当厳しく、もしくは有効性は低いといえるでしょう。
一方、鍼治療は、慢性疼痛だけでなくがん疼痛に対してもある程度の効果が期待できます。ただ、その場合も、何日も効果を持続させることはなかなか難しいでしょう。それでも、実際に痛みを覚える個所に対応して鍼治療を行ったり、按摩マッサージをするという手技療法の中から、心の痛みをやわらげる効果は期待できます。
また、終末期のがん医療について中医学ができることの一つとして、いろいろな治療による副作用の緩和という面が挙げられるでしょう。たとえばモルヒネ製剤を使うとほとんどのケースで便秘傾向になりますが、こうした場合には漢方薬や鍼の治療により胃腸の動きを活発にすることで改善できる可能性があります。そのほか、抗がん剤投与により、手足のしびれ、筋肉痛、脱毛、白血球の減少などさまざまな副作用が現れますが、これらをある程度やわらげることはできるでしょう。
一方、終末期のがんでは痛み以外にいろいろな症状が伴いますが、これらは東洋医学ならではの役割が期待されます。具体的な症状は強い倦怠感、呼吸困難、お腹の張り、吐き気、食欲不振、味覚障害、排尿困難、失禁、腹水・胸水などです。一方で不安感や恐怖、せん妄状態などの精神症状も出てきますが、これらは家族をも大変苦しめます。QOLを低下させるこうした症状全体に対して、漢方薬や鍼も含めた総合療法がある程度対応できることが知られるようになりました。
もう一つ漢方の効果が期待できるのが、衰弱を補うという点です。現代医学では、食べられない人に経管栄養や中心静脈栄養という手段でエネルギーを補給しており、それが患者さんの延命につながります。これに対して漢方治療は、気・血を補うという発想から、できるだけ体力の低下を小さく抑え、衰弱をなだらかにすることでエネルギーを持続させようとするものです。中医学は患者さんに少しでも安心感をもたらし、最期の時間をより穏やかに過ごしていただくことに貢献できると考えます。

肺症状を緩和する養陰清肺の処方

2007年8月、77歳で亡くなった男性患者Tさんの症例を紹介しましょう。Tさんのお宅は子供のいないご夫妻だけの家庭でしたが、看取るまで夫人が献身的に在宅で介護をされました。
Tさんは2005年2月、初診で見えました。原発の確定できない転移性肺がんなどですでに「末期」との診断を受けておられたのです。
Tさんは70歳のとき退職し、その直後前立腺がんが見つかって前立腺摘除術を受けていました。その後腫瘍マーカーのPSA(前立腺特異抗原)は正常値となり、泌尿器科では「経過は順調」と説明されていたそうです。
ところが、前立腺がん手術から2年後に、たまたま検診でX線撮影を受けると、左胸に2センチ径の腫瘍が3つ、その他両肺に小さな腫瘍巣が無数見つかりました。腫瘍細胞を調べた結果、転移性のものであることがわかったのです。
転移性肺がんを診断した呼吸器科では、前立腺がんの既往から「原発は前立腺ではないか」としています。ところが、泌尿器では「PSAが上がっているわけではないから、別の部位だろう」との見解でした。
そこで原発はどこかが検査されたのですが、その過程で今度は大腸にポリープが3個見つかります。そのポリープを採取して組織を調べてみると、一個が悪性であることが判明しました。こうして肺の転移巣は大腸がんからの転移ということも疑われることになりました。
そればかりでなく、今度は口の中に四センチ大の口腔底がんが見つかり、その周囲のリンパ節に転移していることも分かったのです。かなり大きい腫瘍なので、咽喉を塞いで呼吸困難などが起こることから摘出手術が検討されましたが、Tさんは手術を拒否。そこで、神奈川県のがん専門病院頭頸科に入院、2ヵ月間にわたって放射線照射と化学療法を併用する治療を受けたところ、口腔底がんの腫瘍は一センチにまで縮小しました。
Tさんは泌尿器科では前立腺がんの術後補助療法としてホルモン剤注射を受けており、退院後は頭頸科でも経口抗がん剤UFT-Eを服用することになりました。その中でも、肺の腫瘍はX線検査のたびに増大するという状態だったのです。
当漢方外来を初めて受診した時点で、Tさんは「もう先は長くない」と自覚していましたが、歩いて来院しておられます。Tさんは長身で体格の良い方で、元気なころは70キロを超える体重があったと考えられますが、このころは65キロになっていました。
このときTさんは、「痰がからんで息切れしやすい」、「背中や胸など身体のあちこちが痛む」などと訴えておられます。また、放射線照射の後遺症から、「口内炎のため食物がしみる」、「食べ物に味がなくて食欲がない」、「のどが渇く」という訴えもありました。体重減少を来し、軽度の貧血や栄養障害もうかがえます。また、前立腺のほうは、がんの経過はいいものの、「排尿に時間がかかる」とのことでした。
これらの症状に対する治療方針として、まず食事をしっかりとれようにすることと、息切れをもたらす痰のからみを取ることに主眼をおき、養陰清肺という処方を考えました。さらに抗がん生薬といわれる2剤、アカネ科の薬草フタバムグラの白花蛇舌にタデ科イブキトラノオという薬草の根である草河車を加えています。これらは胃腸障害などの副作用もないので安心して使え、症状を安定させる効果を期待できる薬剤です。
その後の経過としては、残念ながら味覚が回復せず、食欲はないものの食べる量はやや増えて体重減少が止まりました。排尿もしやすくなり、痰や口の中の痛みも少し楽になり、1年間は歩いて通院をしながら合間に旅行をするなど穏やかに過ごすことができていたのです。

最期まで前向きに漢方を服用

2006年の初めごろから、Tさんは徐々に胸や背中の痛みを訴えるようになってきました。さらに食欲不振による衰弱が進み、外出することが少なくなり、自分で通院できずに、夫人が来院して症状の報告だけ受けて処方するようになっています。
5月になると胸の痛みがさらに強くなり、家族はホスピスへの入院も考えるようになりました。親戚に頼んでホスピスを探してもらい、空きベッドが見つかってすぐ入院できる手配ができていましたが、本人が同意せず見送りとなっています。
痛みに対してモルヒネの投与が検討されましたが、夫人は私に「大丈夫でしょうか」と不安を相談されています。「ほぼ確実に苦痛を少なく過ごすことができる ようになる」とアドバイスしたところ、疼痛ケアセンターに通院してモルヒネ剤のMSコンチンの投与を受けることになりました。これにより痛みをコントロー ルできるようになったのです。
すると、痛みが収まっただけで食欲を取り戻し、体力・気力が回復してきました。一時は1人で外出して買い物や散髪に行くこともできるようになっています。
しかし、3ヵ月後の9月には、MSコンチンの副作用で便秘になり、モルヒネの投与は中止することになりました。ただ、それほど痛みはひどくならずに我慢できる範囲だったのです。
10月になると、呼吸困難と体力低下が進み、横になることが多くなりました。ただそれなりに安定した日が続いています。
この段階での治療は、肺の症状を取るというよりは、少しでも食事がとれるようにしたり体力を補うことが主眼となってきました。そこで、気を補い胃腸を丈夫にする補気健脾を主として、肺に対しては養陰滋肺という治療方針に切り替えています。これによりTさんは元気を取り戻し、夫人が驚くほど食欲も回復しました。
2007年の正月、Tさんはおせち料理を食べ、ビールも飲みました。正月明けに夫人が喜んでそのことを報告に見えています。体重は58キロまで減りました。
ところが、その後また容態が悪化することになりました。痛みが強く出てきたのです。
そこで今度は、デュロテップパッチというモルヒネの貼付剤を使用することになりました。この貼付剤は通常3日毎に1枚貼り替えるのですが、痛みがかなり強いために2枚併用して、そのうち1枚は2日目に貼るという対応をしています。胸と背中の痛みの訴え方から、肺の転移が胸膜にまで浸潤していることがうかがわれました。
5月には寝たり起きたりの生活となっており、呼吸困難が起こって在宅酸素療法で対応しています。体重は55キロまで減少していました。
7月になると、体重は52キロとなり、衰弱はかなり進みました。そうした中でも、Tさんは漢方薬に希望を託してきちんと服用を続けています。
7月25日にはついにホスピス入院となりました。病院では夫人に対して「よくこんな状態なのに、一人で介護を続けてきたものだ」と、驚かれたとのことです。この時点で漢方治療を終了し、病棟で痛みと呼吸困難を抑制するケアを受けておられます。
ホスピス入院から15日後にTさんは衰弱死されました。残された夫人から手紙をいただき、その中には「夫は長い命ではないと覚悟してから2年半も延命し、亡くなる2週間前まで家で過ごすことができた」と、感謝の意が伝えられています。衰弱が進む中でも、患者さん本人は前向きに漢方を服用し続けることで、ぎりぎりまで住み慣れた自宅で過ごし、夫人もそれを献身的に介護し、穏やかに終末を迎えられたとても印象的な症例です。

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