いわばしる
初夏の日差しの中、7時間ほど河津七滝を巡った。「七滝」と書いて「ななだる」と呼ばせるのは、この地方の古い言葉に由来する。
水が落ちる様を表す垂水がその語源であるらしい。そういえば枕詞の「いわばしる」は垂水や滝にかかる。万葉言葉の美しさに惹かれた。滝は下から順に大滝、出会滝、かに滝、初景滝、へび滝、えび滝、釜滝と続き、総称して七滝になる。
山深いこの地でも、木々はもう新緑から夏の緑に移りかけていた。勢いづいた木々はその枝葉をのびのびと自由気まま
に張りめぐらせ、川面に覆いかぶさり、届くべき初夏の日差しを遮っていた。谷間に風が吹くたび枝葉が揺れ騒ぎ、ざわざわと音を立てている。
森林浴を楽しみながら歩いていると滝壺に水の落ち入る音が近づいてきて、目の前が開け初景滝に出た。滝壺の周りが少し広くなっていて、そこには旧制高校の学生服姿と髷を結った旅の踊り子の姿をした二体のブロンズ像が置かれていた。川端康成の名作『伊豆の踊子』の場面を模したものだ。
ブロンズ像のそばまで行くと風が滝の飛沫を運んできてあたりを濡らした。ハイカーの誰かが「マイナスイオンだ」と言って飛沫を存分に浴びていた。そこから山手のほうに人1人が通れるほどの幅の石段が刻まれ、玄武岩の溶岩が作り出した特有の柱状節理が見られる釜滝へと通じている。