在宅ケアはスピリチュアルケアそのもの
スピリチュアルケアには、いまだ標準的なコンセプトもガイドラインも存在するわけではない。その中で、死の臨床に関わるコメディカルは、自分なりの考えに基づき、スピリチュアルケアの活動や取り組みを開始している。在宅ケアでのスピリチュアルケア実践の様子を紹介する。
西本典子さん
高槻赤十字訪問看護ステーション 看護師
高槻赤十字訪問看護ステーションは、赤十字病院に入院していた患者だけではなく、地域の病院に入院していた患者全体を対象としている。ここで長年訪問看護に取り組んできた西本さんは、スピリチュアルケアの概念を、極めて広いものととらえているという。
「一人の患者さんを見つめていく上で、どこまでが身心のペインでどこからがスピリチュアルペインなのかといった区別はできません。ですから、どれがスピリチュアルケアかというふうに考えたりしていません。例えばお年寄りは、『あれをしてもらいたい』『これも』ということがいっぱいあるし、家族の出来事などを『ねえねえ、聞いてよ』と話したり。それをちゃんと聞いてあげたりすることで慣れ親しんでもらえるし、『家で療
養できてよかったわ』と納得していただけるわけです。在宅ケアのすべてがスピリチュアルケアいうことになるかもしれません」
在宅医療のニーズが高まっているが、一方で、患者や家族の側にも、「家に帰りたくない」「家でケアをしたくない」という希望も根強くある。患者はあくまでも「病院で治療を続けてもらいたい」とこだわる例も少なくない。医療から「見放される」ということが怖いのである。
「患者さんが『放り出された』といった印象を持たずに在宅を選択できることがとても大事です。なのに、医療に不信感を持ちながら在宅療養に入らなければならないことが少なくありません。なぜこうしたことが起こるのかというと、患者さんにバッドニュースがうまく伝わっていないことが多いからです。医師は『告知した』と言っていても、肝心なところがスポッと抜けていて、患者さんは自分の本当の病状を知らなかったりします。また家族が、『本人がショックを受けるから、本当のことを言ってくれるな』の一点張りのケースもあります。『病気のことを知らないと、患者さん本来の理性ある生き方ができない』ということを時間をかけてお話しして、ようやく家族も『話したほうがいい』と理解してもらえるわけです」
本当の病状を知らないばかりに、なかなか自分の体調が改善しないことで医師が信じられず、不安感から家族などにあたり散らして、「療養生活どころではない」という例もある。在宅でのケアは、きちんとデータを出して患者と話し合い、共に考える姿勢が求められる。在宅サポートチームは、毎朝多職種が集まって30分間のカンファレンスを行い、一人ひとりの患者に関わる情報の共有化を図るようにしている。
「最も尊重しているのは患者さんの意思がどこにあるかということ。在宅での療養を希望しておられた方が、気管に穴が空いているなど、『退院は無理』と告げられた例があります。患者さんは、『もう二度と家に帰れない』とパニックになって、点滴チューブを引きちぎってベッドから這い出してしまいました。そこで、主治医も『帰すしかない』と判断して、二時間のうちに在宅の手配を行ってストレッチャで搬送しています。自宅では幼稚園の子まで含めて家族みんなが、『あんたは点滴見張って』『あなたは買い物に行って』と役割分担して患者さんを支えました。その家族の姿を見て、本人が『自分は、こんなに大事にされとったんやなあ』と話されました。気胸が発生し、救急車でまた病院へ戻ることになりましが、『自分はもうこれで満足』とおっしゃって、そのまま病院で亡くなりました」
60代の肺がん末期の女性患者のケース。彼女は目の不自由な夫と二人で貧しい暮らしぶりだった。
床が抜け落ちたあばら家で、穴からイタチが家の中に出入りしているのです。ヘルパーが作っていった夕食をイタチがたいらげてしまい、ふんだけ残していくというみじめさを感じていました。
「内縁の妻という立場なので、それまでもきっとご苦労されてきたことでしょう。でも、その患者さんは私たちに、『どんなにみすぼらしくしても生きていたい。自分の存在自身が消えてしまうことはとてもいたたまれない』とおっしゃいました。私にとってスピリチュアルケアは、ひたすら患者さんに寄り添うこと。そこから逃げないでそばにいさせてもらうということです」