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中医診療日誌 – 20

体質改善と予防
肝腎の働きを補って季節病や老化を予防する

中医学は予防医学の考え方によくなじむ。来るべき季節病や老化に伴う症状に備えて、漢方薬だけでなく生活習慣の指導などを含めて早めに対応する手立てを持っている。こうした体質改善を目指した対策は、目の前の症状ばかりでなく、将来予想される疾患への予防効果をもたらすことがある。平馬さんに、花粉症と更年期障害の症例をもとに、中医学の予防医学的効果についてうかがった。

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平馬直樹 (ひらまなおき)
1978年東京医科大学卒業後、北里研究所付属東洋医学総合研究所で研修。87年 より中国中医研究院広安門医院に留学。96年より平馬医院副院長、兼任で、後藤学 園附属入新井クリニック専門外来部長として漢方外来を担当。

中医学に備わる養生の知恵


よく「未病を治す」といわれるように、中医学では予防医学の思想を受け継いできました。中医学の基礎をなすといわれる古典『黄帝内経(こうていだいけ い)』も、見方によっては養生の書といえるほど、病気予防に関する記載が盛りだくさんです。はっきり病気として現われていなくても、気血のめぐりの乱れ、 水分代謝の異常、陰陽のバランスの失調といった五臓六腑の調和の乱れを読み取り非健康な状態をとらえるといった知恵を備えています。そうしたものをチェッ クすることにより病気の芽を摘んだり、病気になっても軽症ですませることができるわけです。
こうした中医学の知恵は、間近に迫った病気の予防にも役立つし、もっと長期的に見てたとえば老化の予防ということにも結びつきます。健康を守っていくためには漢方薬や鍼灸などを用いた治療も大切ですが、いわゆる養生がとりわけ大切です。中医学は体質にあった食事、休養、運動、あるいはストレス対策など、総合的な養生のノウハウを持っています。

花粉症対策が夏負け予防にもつながる

毎年春先になると、日本中でスギ花粉症の話題が出てきます。さまざまな花粉症対策が登場していますが、完全に症状を抑えることはなかなか難しいのです。その年のスギ花粉の飛散量が圧倒的に多ければ、邪が強く働くことになり、どうしても身体は反応してしまいます。
しかし、その中でもふだんの体質をチェックして生活習慣を見直すことにより反応を和らげ、症状をわりと軽くすることも可能になります。すなわち、身体に大切な気血のめぐりの失調、五臓六腑の流れの乱れがないかどうかを探り、そこに問題があれば調整していくことで、予防につなげていくというわけです。
まれに花粉症の予防を目的に来院したけれど、診察してみると非常に身体のバランスもよく、健康的な状態が保たれているという人もいます。そのような人には、「今は薬による治療の必要がありません」と話し、たとえば「あまり冷たいものをガブガブ飲まないでくださいね」といった食事の指導だけで帰っていただきます。
しかし、私たち中医学の専門家の目から見て花粉症の患者さんで圧倒的に多いのは身体のバランスの悪い人です。こうした人たちにはやはり生活指導だけでなく治療が必要です。
花粉症歴が10年くらいという30代の男性が、11月ごろに予防を目的に来院しました。ほかの病気で通院中の患者さんから「家族が毎年花粉症に苦しんでいる」と相談を受けたことから、来院を勧めたのです。
症状としては鼻炎が主で、眼にも結膜炎の症状が多少あるとのことです。鼻の症状は毎年2月後半から5月のゴールデンウイーク明けくらいまで、うすい鼻汁がだらだらと出続けるとの訴えでした。 問診をすると、ふだんは胃腸が弱くて下痢しやすく、暑い時期には夏負けしやすく、水っぽいものしかのどを通らなくなることがあり、また寒がりのためオフィスの冷房が苦手だとのことです。ここから胃腸が弱いことがうかがわれました。


一方、呼吸器系に問題がないかどうかをチェックするため、「日ごろ風邪を引きやすいですか」と聞きましたが、とくに花粉の時期以外は鼻炎の症状などないそ うです。そこでこの患者さんは呼吸器系ではなく、消化器系の問題を改善することが大切であると考えました。中医学では胃腸を脾といいますが、それが障害さ れた「脾の気虚」という状態です。
脈診をするとやや弱いほうの脈で気虚であることがうかがわれます。舌を診ると歯のあとが残っており、うすい鼻水 がだらだら流れたり、夏場は水っぽいものしか食べられないという話も合わせて「痰湿」という体質であると考えられました。湿気が身体の中にたまっている 「疾湿内盛」という状態だと診断できます。
この患者さんに対して、まず花粉症の予防として六君子湯という処方を行いました。胃腸の気を補い湿り気をとる効能を持った薬です。
そして2月の症状が出始める時期には、小青龍湯という処方を行いました。この薬には冷えと余計な水分をとる働きがあります。
こうした治療により患者さんは過去10年に比べてかなり楽に花粉症の時期を過ごすことができました。さらに胃腸を強化できたことにより、花粉の時期が終わっても夏負けや冷房に弱い体質を改善できる可能性があると考えられます。六君子湯の服薬を続けるよう勧めました。

更年期症状対策で骨粗鬆症の予防も期待

中医学の更年期障害対策なども、予防医学に結びつくものと考えられます。更年期は老化の窓口であり、更年期症状に対する治療は、その先にある老化に伴う症状を治していくということにつながるからです。老化に対しては中医学では五臓六腑を立て直すということを大切にしてきました。更年期は閉経を挟んだ前後約10年間を指しますが、閉経年齢はだいたい50歳前後と思われます。もちろんこれより閉経が早すぎるということも異常ですが、逆に閉経が大きく遅れるケースも珍しくありません。
こうした場合、本人は「自分は老化が遅れている」というふうに考えたりしがちですが、中医学の目から見ればこれも身体の中でバランスを崩している状態と判断されます。
56歳の女性が更年期障害の相談に来院されました。まだ生理が続いているけれど、10年前から高血圧を伴いながらのぼせ、ほてり、汗をかきやすいなどの症状があり、自分で「更年期障害かな」と考えておられます。月経の出血量は減っているものの若いころは28~30日周期だったものが20~24日という不安定で短い周期になっています。同時に情緒も不安定になってイライラすることも多くなっているとのことでした。
舌を診ると赤味が多く体に熱がこもっていることがうかがわれます。脈も沈んで細く、体内の物質不足を示す「陰虚」とか「血虚」といわれる病態を反映した所見でした。これは加齢によって「腎精」とか「肝血」が衰えている状態です。

生理の出血量が少なくなっているというのは、任脈と衝脈という経脈の血液をしっかり蓄える機能が衰えているためと考えられました。このことは加齢に 伴う自然な現象でもありますが、血分に熱がこもった「陰虚内熱」と呼ばれる状態も加わり、これにより出血を起こしやすく、そのために生理の周期が早くなっ てしまいがちになると考えられます。こうした見立てに対して、腎の精を補い身体の熱を取り除く知柏地黄丸(ちばくじおうがん)、肝の血を養う温清飲(うんせいいん)という処方を行いました。
この治療を行うと患者さんは4ヶ月くらいで閉経を迎えて、のぼせも半減し、舌の赤みも減ってきたのです。血圧は降圧剤を使っていたので、下がってはいるものの不安定でした。この時期に肝腎を補う「滋補肝腎」という働きをする杞菊地黄丸(こぎくじおうがん)という薬に切り替えています。 しばらくすると、血圧も安定してきました。気がつくとイライラもなくなり、ほてりなどの更年期症状も少なくなっていました。
じつはこの患者さんも花粉症があったのですが、この肝と腎を補う治療を続けてきた2年間は症状も軽くなっており、この点でも喜ばれています。また、たとえばこの患者さんにこの治療を続けることにより、更年期以降に起こりがちな骨粗鬆症などの予防にもつながることが期待できます。
中医学の目からは、その人の身体の体質の弱点ということが分かる面があります。それを改善する治療を行うと、間近に見られる症状や目的とする症状だけでなく、ほかの症状を抑える効果も経験できることが少なくありません。これらもまた、中医学が予防医学の側面が強いといわれる所以でしょう。