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中医診療日誌 – 21

冷え症
温めて水をさばく処方が不妊や体力不足を解消

中医学ではその人の体質判断を行う上で、冷えているか熱を持っているかを重要なポイントとしており、なかでも冷えはとくに女性の健康に悪影響を与えることが知られてきた。実際に冷えを改善する漢方処方は、女性の深刻な問題の解決に結び付くことが少なくない。平馬さんに冷えを見立てるポイントと有用な処方例について伺った。

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平馬直樹 (ひらまなおき)
1978年東京医科大学卒業後、北里研究所付属東洋医学総合研究所で研修。87年 より中国中医研究院広安門医院に留学。96年より平馬医院副院長、兼任で、後藤学 園附属入新井クリニック専門外来部長として漢方外来を担当。

冷えは婦人科系疾患の元凶


冷えは体質的に女性のほうに多く見られがちな症状です。一般的に女性の身体には男性より筋肉量が少なく、脂肪が多く備わっています。筋肉は熱を産生する組織であり、逆に脂肪は冷えやすく温たまりにくい組織です。脂肪の多いお尻などは身体の中でも冷たい部位であり、とりわけ女性のお尻は冷たいことが知られています。さらに女性は生理のサイクルによって基礎体温が変動するので、余計に冷えを感じやすいということもあります。
一方では、病気が冷えの原因になる場合も確かにあります。
結合組織病のレイノー症候群によって手足が冷える場合や、甲状腺機能低下症で体の新陳代謝が悪くなるなどして冷えがもたらされるのです。文本しかし、多くの冷えは体質と生活習慣によってもたらされます。現代生活では、1年を通じて身体の冷えを招きやすい要因がたくさん見られます。夏場は強すぎるエアコンの冷気にさらされて、冷たい食べ物・飲み物を摂りすぎたり、プールなどで体調を壊すといった例が目立っています。逆に冬場は室内の暖房が行き届くようになったため、外気温を考えずにミニスカートや薄着でいたり、冷たい飲み物を飲んだりアイスクリームを食べるなど冷えを呼ぶ生活が当たり前になってしまいました。
現代医学では冷え自体は病気ではないというふうに考えがちですが、女性の場合、冷えを放置しておくと、とくに月経不順、生理痛、不妊などの婦人科疾患の原因となることが少なくありません。それ以外にも冷え体質の人には下痢しやすい、体力がない、膀胱炎を繰り返しやすいなどの問題がよく見られます。
中医学では体質の判断をする上で、その人が寒がりで冷えやすいのか、熱がりでのぼせやすいのかをとても重視します。そして、体質を根本から矯正するのに、身体を温めて冷えをとるのか、身体を冷やして熱をとるのかを第1に重要なこととして考えるのです。
中医学で冷えの原因は、主に次のようなものを考えます。
第1に、もともとの体質で身体の陽気が不足して、体を温める力が不足している場合です。
第2に、慢性の病気により陽気が消耗している場合があります。5臓でいうと、脾(胃腸)と腎の陽虚が多く見られがちです。脾が冷えて下痢をしやすく、また腎はホルモン系を統括する機関なので冷えが下半身全体に広がり、生理不順を来たしたり水がたまってむくみが起こりやすくなります。
第3に、血の巡りが悪いために、血とともに全身を巡る陽気が行き渡らないことがあります。とくに手足の冷えが主症状となります。
第4に、身体の新陳代謝が悪く、気の巡りも、血の巡りも悪く、体に余分な水分が停滞しているために冷えが起こるケースです。この冷えにはむくみを伴いやすくなります。
第5に、加齢による腎の陽虚からもたらされる身体の熱量不足です。下半身、腰が冷えることが多く見られます。
冷えの治療では、これらの原因を見極めることによって、陽気を補うのか血の巡りを改善するのかといった対応を考えていくことが大切です。

温める処方により治療半年で妊娠


不妊を主訴に33歳の主婦E子さんが来院しました。彼女は結婚七年でまだ妊娠の経験がありません。2年前に婦人科で不妊症の諸検査を受け、またご主人のほうも同時に精液検査などを受けましたが、ともに妊娠に支障はないとの判断だったとのことです。
その頃E子さんは婦人科医の指導のもとに基礎体温を記録していましたが、正常に排卵があるパターンでした。ただ全体に低体温気味で高温期が短いことが示されていました。また月経は30日前後の周期で、比較的順調です。
E子さんは胃腸が弱く、身長154センチに対して体重42キロと痩せています。体力がなく、子供のころから立ちくらみをしやすいという体質でした。そし て、寒がりで冬の寒さや夏のエアコンに弱く、「下半身が冷える」と訴えることが少なくなかったそうです。また、長時間立ち仕事をしていると、足などにむく みが出やすいとのことでした。
脈を診ると沈んで細く弱々しく、舌は赤味が薄く、顔色も白っぽくてつやがありません。いくらかむくみも認められ、「水」の巡りの悪いことがうかがえます。
こうした所見から私はE子さんに、「少しじっくり構えてある程度体質を強化してから赤ちゃんを望むようにしてはどうでしょう」と提案しました。体質強化の ために選んだのは、よく婦人病で用いる当帰芍薬散という処方です。この漢方薬は、体を温めて血の巡りをよくする一方、余分な水分を排除してむくみをとる働 きなどが知られています。なかでも構成生薬の当帰は婦人科疾患にはとてもよく使われるセリ科の薬草で、身体を温めるにはとてもよい薬です。また私はE子さ んに治療効果を知るために基礎体温を記録するよう指示しています。
漢方薬を飲み始めて1ヶ月後の来診の時、E子さんは「身体がポカポカ温かく感じるようになった」と報告してくれました。「足先は温まるのに時間がかかるけ れど、なんとなく元気に動けるようになったと思う」とも話しています。基礎体温の状態は以前のデータと比べてそう変わらないように見えました
が、E子さん は自分の中での変化をとらえていたようです。
やがて夏が来ましたが、E子さんは「例年エアコンの冷えがとても苦痛だったのに、それがあまりなくなった」と報告してくれました。また、冷房の中でむくみが出やすかったのに、それもあまり出なくなったそうです。月経も順調でした。
当初、E子さんの不妊治療には少し時間がかかるかなと思っていたのですが、治療開始わずか6ヶ月後に自然妊娠に成功したのです。妊娠が分かっても当帰芍薬 散を継続したほか、流産予防のための「安胎」の効果のある薬物も加えました。こうして翌年秋にE子さんは無事出産をしています。

冷えの改善で体力が向上


46歳の主婦T子さんは、「疲れやすく足がむくみやすい」ということを主訴に来院しました。彼女は身長154センチ、体重50キロと体格は比較的よいので すが、「体力に自信がない」と話しています。
これまで内科で何回も血液検査などして甲状腺機能や貧血などのチェックを受けたのですが、とくに問題は見つか らなかったとのことです。高校生の子供が1人いますが、妊娠・出産に関してはとくに問題はありませんでした。
T子さんは寒がりでお腹と足が冷えるということで、冬の睡眠時は電気毛布を欠かすことができません。また、夏の暑さにも弱く、汗をかきやすくエアコンで冷えてよくカゼを引くことがありました。
T子さんは夜はわりとよく眠れるものの、目覚めると朝から身体が重く元気が出ません。胃腸はあまり丈夫ではないものの、食欲は良好と考えられます。また、便通もよいのですが、冷えた時には下痢をしやすいところがありました。月経は順調です。
T子さんの脈を診ると沈んで弱いのが観察されました。舌の色は赤みが薄く白い舌苔が見られます。そしてとくに下肢がむくんで白っぽい肌であるのがうかがえました。
こうした所見からT子さんは、気の不足=気虚から陽気が体表や下肢に行き渡らず冷えるもの、と考えました。また「水」の巡りも悪く、それがむくみをもたらしているようです。そこで治療は防已黄耆湯という処方を中心にしています。
治 療を始めると、T子さんはそれまでトイレが遠かったのに、お小水がよく出るようになりました。それとともにむくみが徐々に改善し、一方でお腹の冷えもだん だん楽に感じられるようになりました。そして下肢の病的な白っぽい肌にうっすら赤身がさしてきて、本人も「生気のある皮膚になってきた」と喜んでいます。 全身に元気が出て、気力が旺盛になり、体力をつけるために積極的に散歩に出かけたりするようになりました。
防已黄耆湯の構成成分である黄耆は、体の表面の気を強化し、余分な水分をとってむくみを解消する作用があります。虚弱な子どもによく用いられる黄耆建中湯という処方がありますが、これも黄耆のこうした働きを活用した薬です。