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がん緩和ケアとコメディカル – 2

コメディカルが支える緩和ケア病棟

がんの緩和ケア医療はもはや末期がんだけを対象にしたものではない。がん診断期から始まるものであり、さらにさまざまな心の痛みにも対応する「全人的なケ ア」とされるようになった。それを実現するためは、医師と看護師ばかりでなく、多種のコメディカルの関わりとサポートが欠かせない。患者や家族にとってよ り高いQOL(生活の質)と満足度を追求しているがん緩和ケアの現場を探った。

安達 勇 (あだち・いさむ)

静岡県立静岡がんセンター 緩和医療科部長
国立がんセンター中央病院腫瘍内科医長、中国医科大客員教授などを経て2002年より現職。日本乳癌学会専門医、日本内分泌学会専門医、日本東洋医学会専門医・指導医、日本内科学会認定医・指導医、日本緩和医療学会理事。2008年日本緩和医療学会会長。

看護師がマネジメントするケアグループ

 緩和病棟での看護カンファレンス

富士の裾野に広がる静岡県駿東郡に2002年9月、静岡県立静岡がんセンター(実働557床)が新設された。完結型の地域がん専門総合病院として、50床の緩和ケア病棟を設置、安達勇医師が緩和医療科部長に就任している。
緩 和医療科では、診断の初期から終末期に至るまで、がん治療中のすべての患者に緩和医療が提供できることを基本姿勢とした。緩和病棟に入らなくても緩和ケア を提供できるよう、毎日緩和医療外来を開いているほか、一般病棟においても緩和ケアコンサルテーションを行ったり、在宅療養支援にも力を入れるなど、緩和 医療が幅広く提供できるよう図っている。
緩和医療科ではトータルな緩和ケアの提供のために早くから、コメディカルからなる緩和ケアチームをつくることを目指した。安達医師が語る。
「がんの痛みは身体の痛みだけではなく、精神的、心理的あるいは霊的な痛み、社会経済的な痛みも伴った全人的な痛みということが認識されてきました。するとこれらに対応するためには医師と看護師だけではなく、さまざまな職種が関わり合ってサポートする必要性が生じてきたわけです」
最初は緩和医療科の医師のほか、精神腫瘍科の医師、緩和ケア領域の専門看護師、認定看護師、薬剤師、理学療法士、心療療法士、ボランティア、医療事務員でワーキンググループをつくって準備を進めた。そして、2004年4月から緩和ケアチームとして正式に活動を開始している。2005年2月正式に緩和ケア診療の保険適用が認められた。

篠田亜由美看護師長

コメデカルスタッフを交えての外来カンファレンス

静岡がんセンターでは開設当初からボランティアの活動が重視されてきた

緩和ケアチームの活動の情報共有の場となっているのは電子カルテである。このなかには、緩和ケアチームにケアを依頼するうえで必要な患者のこまかい情報が入力されている。
緩和ケアチームのチームリーダーは専従の緩和医療科医師が担当しているが、全体の実質的コーディネートは専従看護師が行っている。看護師長の篠田亜由美さんが語る。
「緩 和医療科の役割は、患者さんに残された月単位とか週単位の時間の中で、少しでも痛みがなく心地よく過ごしていただくということです。たとえば緩和ケア病棟 の医師だけでは症状がとれない場合は、放射線科の医師の力を借りたり、ADL(日常の作業動作)改善のためにリハビリ科の理学療法士を呼ぶこともありま す。また栄養士の力や薬剤師の力を借りないと、患者さんのQOLを支えることができません。さらに患者さんが在宅ケアのために退院したり、外泊するという ケースでは、地域の訪問看護師と連絡を取り合う必要があります。看護師にとって、そのように院内外の各スタッフに連絡を取ったり、時間調整をしてチームが 効果的に動けるようにマネジメントすることも大切な仕事です。
看護師は日中いちばん長く患者さんと接しているわけですから、その患者さんが今日は痛みがどうか、静岡がんセンターでは開設当初からボランティアの活動が重視されてきた今は前向きでやる気がある、あるいは今落ち込んで気持ちが停滞しているといった情報を電子カルテに頼るだけでなく、直接言葉で伝達し、患者さんの前で他の コメディカルたちと話のズレがないように図ります。薬剤師などもそれを見て、患者さんに『今日はお薬がよく効いているようですね』というふうに声を掛けて くれるわけです」

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緩和ケアチームに理学療法士が参加

安達勇医師は国立がんセンターで30年間働いて、がん治療の流れを見てきた。そうした流れの中で、現在は患者も自らに備わった権利を理解するようになってきたという。
「かつてがんはすべて外科手術で切除することが大切で、機能温存は二の次とされていたのです。ところが1982年ごろになると、そうしたがん手術に対する批判が出てきました。がん手術を受けた人が、リンパ浮腫とか排尿障害など治療の後遺症で日常生活に非常に支障を来たしているということに目が向けられたのです。ここから、患者本位のがん医療の考え方が普及するようになりました。
緩和ケアも『痛みがなくなればいい』ということだけでなくて、患者さんが何を求めているのかを見て医療を提供しなければなりません。その対応の仕方も看護師の立場、理学療法士の立場、薬剤師の立場によって違ってきます。提供側が押し付けがましくやるということではなく、より患者さんの立場で医療を提供するというのが緩和ケア医療の基本です」
静岡がんセンターの特徴の一つは、がん専門病院にあってリハビリテーション科を置いていることだ。現在の緩和ケアの考え方がそうであるように、リハビリはがん治療の初期から導入されている。同科主任の理学療法士・増田芳之さん(後藤学園出身)が話す。
「たとえば
肺がん手術が行われる場合、最初からチーム医療に参加します。この場合医師はもっぱら肺という臓器に注目していますが、私たちはもっとトータルな見方をするわけです。術後痛みがあると離床も遅れるし、また全身麻酔を行うので肺機能の回復も遅れることになります。これに対して私たちは、術前に『術後こういうリハビリを行う』という説明を行い、実際に肺の手術後、それを実施することにより患者さんの苦痛を和らげることができるのです。そのため、痰を出せるし大きな息もできるので誤嚥性肺炎を予防し、早く起きられるので術後回復が早くなります。このようにがん治療の早期から、そのときに応じて必要な症状の症状緩和を系統立てて提供するわけです」
がん終末期はすでに回復が困難な時期といえるが、ここにも理学療法士の役割があるという。緩和医療科では「癒しのリハビリ」と呼ばれている。
「患者さんが、『自分の足でトイレに行きたい』と言えば、痛みを緩和させてあげて希望に応えられるようにします。人間の尊厳として、患者さんには最後まで自立性を保ちたいという希望があり、一歩でも二歩でも歩ける限りは自力でトイレに行きたいのです。また、『家に帰りたい』と言えば、『こういう歩行器を利用すれば歩けますよ』というアイデアを提供できます。片方の腕に骨転移があって自由が利かないという場合、もう一方の手だけ使ってどう起き上がるかというアドバイスもできるのです。
患者さんはベッドでどんな体位をとっても、苦しくて眠れないということがあります。そんなとき、『ここに枕を入れてあげると、楽になって30分間眠ることができる』といったことを提案できるのも理学療法士ならではの知識によるものです」

リハビリテーション科においても電子カルテが活躍する

さらに緩和ケアのチーム医療には、作業療法士たちが関わることもある。たとえばその日1日を生きることの意味づけを支援するという立場で、絵を描いたり、 陶器を焼くなど、患者の趣味を生かすために手助けを行う。病院では季節に合わせたいろいろなイベントが催されるが、それに併せて患者の作品が展示されるこ ともある。患者が亡くなったあとは、これらの作品が残された家族にとって貴重な記念の品となる。
作業療法士とは別に、子供と家族をケアするチャイルド・ライフ・スペシャリストという職種が介入する場合もある。安達医師が語った。
「た とえば若いお母さんが進行がんにかかり、小さな子供が残されることになるといった状況で、子供の目線から親の死を受け止められるよう支援する専門家です。 一緒に絵を描いて窓に貼ってあげるとか、お母さんの手形をとって記念に残すとかいうことで、患者さんにとっても大きな癒しになります。従来は、子供につら い思いをさせてはいけないと、親の死に目にあわさないようにすることもあったのですが、それがかえって子供にとってはトラウマになることが分かってきまし た。そうしたことのないように、患者さん本位のお別れの形を作り出そうとしているわけです」
緩和ケアチームの大切な任務の一つとして、亡くなった患者の家族へのケアということがある。篠田看護師長が話す。
「看 取りのとき、悲しむ家族のそばにいて、声を掛けてあげたくてもなかなか言葉が出てこないものです。でも、それまでケアをしてきた医療者がそこに一緒にいる だけで何か役割を果たせるのではないかと思います。場合によっては、背中をさすってあげるなど、悲しみを共有することもあります。そして家族が落ち着いて きたら、『こんな方でしたね』とこれまでの様子をお話することで、少しでも気持ちを助けることができるのではないかと思います。チームでは亡くなった患者 さんを振り返るデス・カンファレンスを行い、これから同じような患者さんが入院した場合のよりよいケアに結び付けていくため、また看護師自身のケアの振り 返りのために、話し合いの場を定期的に開催しています」
安達医師が言う。
「死は誰にも訪れること。死があるからこそ、今日1日生きることの大切さを学ばされている。死のあり方を家族も学び、われわれ緩和ケアチームも日々学んでいるのです」