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肝臓病を考える – 1

ウイルスが「沈黙の臓器」を脅かしている

わが国の肝炎ウィルス保有者(キャリア)は先進国の中では飛び抜けて多く、
肝臓病は「第二の国民病」と言われるようになっている。
こんなにウィルスがまん延したのは、医療現場で長らく予防接種などの打ち回し
(注射器を交換せずに連続的に何人もの人に注射する医療行為)
が横行していたためであることはあまり知られていない。
さらにウイルス肝炎は最終的に肝がん(肝臓がん)に移行する危険性が高いが、
このことも十分認識されていないようだ。
日本で唯一の肝臓病専門病院である札幌市の稲積公園病院の美馬聰昭院長に、
ウイルス肝炎の実態と治療戦略をうかがった。

美馬聰昭(みま・さとあき)
1971年、道立札幌医科大学卒業。72年北海道勤労者医療協会。95年稲積公園病院院長。日本消化器内視鏡学会評議委員、日本門脈圧亢進症食道静脈瘤学会評議委員、東部肝臓学会評議員、日本超音波医学会指導医など。

肝炎ウイルス感染者は500万人

肝臓の重量は成人で約1500グラムもあり、臓器の中ではいちばん大きく余力がある。この大きさのため、肝臓の一部に障害が起こっても何の症状も出ないことが多い。「沈黙の臓器」といわれるゆえんだ。そのためか、一般にあまり肝臓の機能や病気については知られていないようである。
肝臓は消化器の一つであり、身体の栄養のすべてをとり仕切きる化学センターだ。胃腸で消化・吸収された食物の栄養は、ほとんど肝臓に集まってくる。そして肝臓は、主に次のような仕事をする。

・さまざまな栄養素や化学物質を分解したり合成し、人間の身体に必要な成分に作り変える代謝作用
・体内に入ってきた有害な物質や、体内で発生した過剰な生産物を分解し、無害なものに変えて体外へ排泄する解毒作用
・十二指腸に排泄する胆汁の生成

肝臓が働かなくなれば、たいていの人は心臓停止してしまう。日本ではこの人間にとってきわめて重要な臓器である肝臓の病気が、先進国には珍しくまん延している。そして、とくに問題になっているのが、肝臓病の原因の50%を占める「ウイルス肝炎」と呼ばれるB型肝炎やC型肝炎だ。2つの肝炎のウイルスのキャリアは、合わせて約500万人と推定されている。
札幌市にある稲積公園病院は、日本で唯一の肝臓病専門病院として、1995年設立された。

現在同病院では外来の5割以上が肝臓病の患者で、入院している中で肝がんの患者は90%を超える。
美馬聰昭院長は、医療関係者の中にも肝炎についての認識不足が少なくないと話す。
「開院以来、世の中に肝炎の患者さんがじわじわ増えているのを実感してきました。ところが、開業医などには肝炎が増えていることすら知らない人が多いようです」
欧米人に比べて日本人に肝がんが多いのは長い間謎だった。ところが、1988年にC型肝炎ウイルスが発見され、ウイルス感染によって肝炎、肝硬変、そして肝がんが発症することが明らかになった。肝がんの80%はC型肝炎が原因とされるようになっている。

ウイルス肝炎が進行して肝がんに

日本唯一の肝臓疾患専門病院 稲積公園病院の外来受付

日本赤十字病院は昨年、C型肝炎ウイルス感染の検査を導入してから1999年までの10年間に、献血を申し出た人の中に45万人を超える感染者がいて、献 血不適格とされたことを発表した。献血者は毎年、延べ600万人程度で、感染者は90年には献血者全体の1.1%にあたる8万2,000人、翌九一年には 同じく1.0%の84,000人を数えている。
日本赤十字病院が、95年4月から1年間の感染者の年齢構成と性別を調べたところ、50~64歳の中高年層が陽性者の55%を占めていた。最近では新たに 陽性とわかる人の数は減っているが、肝炎ウイルスは、発症まで数十年かかる場合があり、「団塊の世代」以上の世代を中心に、埋もれているウイルス感染者は たくさんいるとみられる。

専門医らの間には、「中高年層を中心に少なくとも200万人以上はC型肝炎ウイルスに感染している」という推計がある。200万人のうち、100万人が慢性肝炎、20万人が肝硬変、3万人が肝がんになっていると言われている。一方、日本のB型肝炎ウイルスの感染者の数は、300万人と推計される。「B型・C型肝炎ウイルスの感染者が肝炎を発症すると、肝細胞が破壊され、その後火傷の跡がケロイドになるように肝臓の中に線維がでてきます。その結果、肝臓が硬く小さくなってしまう。硬くなるほどがんに進む確率が高まるわけです」
美馬院長は、肝炎が肝硬変になるプロセスを、ステーキの焼き方にたとえながら説明する。すなわち健康な肝臓は「生肉」のようなものであり、肝炎が進行するにしたがって、「レア」、「ミディアム」と進み、そして肝硬変では「ウエルダン」くらいになるという。肝臓のがん化は必ずしも肝硬変を経るものとは限らず、慢性肝炎からもがん化するし、肝炎ウイルスに感染しているだけでもがんになる可能性はある。
美馬院長の観察では、B型肝炎ウイルスによる肝硬変の患者は10年間経過するうち、3分の1に肝がんが発生してくる。C型肝炎ウイルスによる肝硬変の患者では、10年で50%強に肝がんが発症する。またC型の場合、ミディアムくらいの慢性肝炎でみると、その肝がん発生率はB型の肝硬変より高率となる。

「患者さんは自覚症状が現れないために感染を知らず、発症した時には重症ということになりがちです。かかりつけ医に定期的に検診を受けていたのにがんになっているのがわからず、お腹の腫れが目立つようになってから来院し、手のつけようがなくなっていたというケースも少なくありません。検査技術が未熟ということもありますが、肝炎から肝がんになるということすら知らない開業医もいるようです」
肝炎ウィルスが身体に入り込んでしばらくすると、GOT、GPT(一五頁参照)の数値がはね上がって、「急性肝炎」の症状が出ることもある。急性肝炎の症状は体がだるく、熱や頭痛、腹部症状から黄だんなどを招く。とくに急性のB型肝炎は1%くらいが劇症肝炎に移行し死にいたることがある。また、そのままウイルスが消えて何も知らないうちに治ってしまう人もいるが、C型の場合は6割から8割の人が慢性肝炎になっていく。
慢性肝炎になるとゆるやかな肝臓の炎症が続き、まれに治る人もいるが、この中の3割から4割の人が肝硬変に移行していく。さらにこの中から6割から8割が肝がんになる。

C型肝炎のウイルスを持っている人は、持っていない人の1000倍肝がんになりやすい。ウイルスの感染から肝がんの発生までは、およそ30年と推定されている。肝がん死亡者は年々増加し、1998年には約3万3400人と20年前の倍以上になり、がん死亡者の中では肺、胃に次いで三番目だ。
「最後まで普通の生活をしていながら、突然、静かに亡くなるというケースが多く、ここにも肝臓病が注目されにくい理由があります。肝臓病の被害実態は、肝がんのみでは把握することができません。がんが発症しなくとも、肝硬変のみでも死亡するからです。したがって、肝臓病の被害がどのくらいかを考える場合、肝硬変と肝がんによる死亡の合計で見る必要があります」
慢性肝炎・肝硬変からの肝がん発生率は、肝組織の線維化の程度によって異なる。最も線維化の進んだ状態である肝硬変の患者が1年間に発がんする割合は、5.8パーセントだ(信州大学第二内科の成績)

輸血や注射器の連続使用が招いた「医原病」

現在C型肝炎ウイルスの感染者がまん延している理由は、1988年1月に注射器の「1人1針・1筒」が義務付けられるまで、長らく注射の針・筒の連続使用が許されてきたからだといわれる。集団予防接種の際など注射器・注射針を回し打ちしたり、種痘などのメスの連続使用により、患者の血液が次々他人の体内に入り込む結果となり、感染したケースがかなりの高率であるのではないかといわれる。すなわち、C型肝炎ウイルスの感染は、医療行為が原因で起こる「医原病」の要素が小さくなかったのである。

WHO(世界保健機構)は1953年、ウイルス肝炎の感染予防のため世界に向けて予防接種の注射筒・針の連続使用を止めるよう勧告を出した。日本では1958年に厚生省が予防接種要項で注射針を取り替えるよう指示を出したが、注射筒の連続使用は改めていなかった。1988年にWHOが後進国に向けて改めて注射の連続使用を止めるよう勧告して、ようやく厚生省は注射筒の連続使用を改める通達を出している。
これに先立って医療の現場では、1970年代初めから、ディスポーザブルと呼ばれる使い捨ての注射器が使われはじめ、70年代後半には急速に浸透していた。ただし、採用はもっぱら個々の医師の良心に任されていたのである。88年の厚生省通達によりディスポーザルはほぼ全面採用となったが、それ以降もまれにガラス筒を使う医師が残っていたという。

「わずか数年前のこと、来院した小学校教師の患者さんは、『校医が予防接種の時、みんなを整列させてガラスの注射器と注射針の連続使用をしているのを見て恐くなった』と証言しています。予防接種が肝炎ウイルスを感染させたことを知らない医師はまだまだ多いと思います」
美馬院長は、このように証言するのである。

一方、輸血による感染もかなり多かったとみられる。ウィルスが見つからなかった時代に、GOT、GPTの数値だけチェックしながら輸血が行われてい たが、 実はこの血液の中にC型肝炎ウィルスがたくさん含まれていた。C型肝炎ウイルスが発見されてから輸血血液のスクリーニングが行われるようになり、このルー トでの感染もようやく止まったのである。
このほか、C型肝炎の感染ルートとして、セックスによる感染や母子感染の可能性はない。B型に比べると感染力は弱いためである。一方では、入れ墨や、覚醒剤など麻薬の注射器の回し打ちによる感染も指摘されている。

このように現在では、普通の生活でC型肝炎ウイルスに感染することはない。入れ墨や麻薬の利用者だけが、依然ハイリスク下にあるといわなければならない。
一方、B型肝炎は母子感染か、セックスなどで感染する。ただし、セックスによる感染では肝がんにならないし、母子感染では肝硬変になることはない。

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特定地域で多発するC型肝炎-肝がん

1980年4月、静岡県S市のOという町で開業しているK医師が母校の医局に、同地域でA型でもB型でもない肝炎が流行していると連絡した。
大規模な疫学調査が行われて、この肝炎の流行の原因が、K医師本人の医療行為(注射)にあったらしいことがわかってきたのである。
その後この肝炎は、C型肝炎であることが明らかになった。これが医原病としての肝炎で最も有名な「O肝炎」である。ところが、O肝炎の原因については、今も公式には「不明」とされており、ある方面からは「消毒の機械が壊れていたため、ここから肝炎がうつることになった」といった説明もなされている。

C型肝炎の自然経過1933年6月20日付「朝日新聞」(朝刊)は、トップ記事で全国各地にC型肝炎の多発地帯が存在しているというショッキングなニュースを伝えた。C型肝 炎の疫学調査が進行するとともに、その原因を追及してみると、地域医療を担ってきた開業医に突き当たるとしているのである。
また、昨年2月9日付「読売新聞」(朝刊)は、「肝がん多発地帯の分布は蕫西高東低﨟」との記事を掲載した。肝がんの多発する地域は西日本に多く、かつて臨時種痘の報告があった地域に多いことを伝えている。
たとえば人口数千人という三重県のある町では、ここ10年ほど、肝がんで死亡する人が相次いでいて、九七年までの五年間に、男性24人、女性7人が死亡し た。男性で全国平均の3倍、女性も2.5倍という死亡率となっている。93年、住民約900人に初めてC型肝炎の検査をしたところ、3割が陽性だったとい う。

この町では1960年代、肝炎が大流行したことがある。劇症化して死亡した人も多く、修学旅行先で突然死亡した中学生もいた。64年から3年間に十数人が肝炎で死亡している。感染集中地域には以前診療所があり、関係者は「ここでの注射針の使い回しなどの医療行為が感染源となった疑いが強い」と指摘している。

また、人口8,000人の島根県のある町では、97年までの5年間に47人が肝がんで死亡している。ここでも70年代に肝炎が大流行したことがある。98年に町が、肝がんが多い地域の住民220人にC型肝炎の検査を行ったところ、男女とも約四割が感染していた。とくに、50歳代では7割以上が感染者で、女性に関してはじつに8割が感染者だった。感染者の中には、「診療所の医師は、注射針を替えずに予防接種や静脈注射などをしていた」と、当時の様子を証言しているという。

「北海道の空知地方にある町の集落でも、1人の医師の診療が原因で肝炎が多発しています。この医師は亡くなっていますが、予防接種だけでなく、ほかの場合も注射針・筒を取り替えず、煮沸消毒も不十分なまま静脈注射をしていました。戦後、速成教育の軍医上がりと呼ばれた医師たちの中で、連続注射の危険性をまったく認識せずに診療を続けていた医者がたくさんいたようです」
美馬院長らは、この肝炎多発集落で詳しい疫学調査をしようとしたができなかった。肝炎多発をひた隠しにする地域は、日本にはほかにも少なからずあるが、このように情報を公開しない姿勢が、ウイルス感染の発見をいっそう遅らせる結果となっている。

多彩な療法を繰り出す対肝がん戦略
ウイルス肝炎は、早い段階でウイルス感染を発見すれば、肝炎の発症やがんへの進行を抑えるための監視がしやすくなる。ところが、「沈黙の臓器」である肝臓は、病気が進んでも外見上は健康で、本人にも自覚がないことが少なくないため、医師が注意しないと見落とされがちなのである。
一般に職場の検診や地方自治体が行う住民検診では、肝炎ウイルスの感染チェックは行われない。また、肝臓が炎症を起こしていれば、血液検査でGOT、GPTの値が高くなるので、注意していれば発見できる。また、肝がんは腹部超音波検査を受ければ簡単に判定できる。ただし、場所によっては超音波では見えづらいところもあるので、CTスキャンと組み合わせたほうがよりベターだ。稲積公園病院では、患者会に協力して全道規模の肝がん検診を推進しており、1999年には1年間で1264名が受診した。

ウイルス肝炎の治療は、慢性肝炎から肝硬変に、慢性肝炎・肝硬変から肝がんにしないようにすることだ。また、肝がんにかかっても治療したり進行を遅らせるなど、いろいろな段階の治療がある。
ウイルス肝炎の治療には、インターフェロンの投与が有効とされている。慢性肝炎の時期にインターフェロン療法を行えば完治する可能性が高いといわれ、インターフェロンでウイルスを完全に駆除できる確率は、平均すると「3割程度」とされる。必ずしもウイルスが駆除できなくても、治療後肝臓の炎症が軽くなったり炎症が治まったりするケースがかなりあり、肝がんへの進行を抑える効果が期待できる。炎症が収まっている間は、治療の必要はないのだ。

インターフェロンは副作用も強いので使用に際して十分な注意が必要だが、専門医は投与が可能と診断すれば、まずインターフェロンを試みることになる。また、B型肝炎の治療薬として、最近「ラミブジン」と呼ばれる抗ウイルス薬が登場しており、治療に新しい展望をもたらしている。
「大切なのは肝臓病に対する正しい知識の普及です。肝炎の患者さんがどんな状態で来院するのかによって、その予後は決定的な差がつくので、もっと肝臓に関心を持ってもらいたい」
肝がんの治療にも、多様な選択肢がある。一般に肝がんを手術で切除する患者は2割くらいとされている。ただし、手術でがんを切除しても、慢性肝炎や肝硬変が残っているがんでは根治できず、再発しやすい。また、肝臓は胃がん手術のように全摘するわけにはいかないので、本来の機能を発揮できる範囲でしか切除できない。

次に手術できない患者に用いられたり、手術と組み合わせて行われる「肝動脈塞療法」という治療法がある。がんに栄養を運ぶ肝動脈という血管を塞いで、がん細胞を兵糧ぜめにしようという療法だ。>  さらにアルコールの一種であるエタノールを注入してがん細胞を壊死させようという「エタノール注入法」や、電子レンジの発熱法と同じマイクロ波を使ったり、ラジオ波というものを使って、針を刺しながらこうした固いがんを焼く治療法もある。しかし、肝がんがあまりに進みすぎていると、抗がん剤などの療法に頼るしかなくなる。
これらの中から最適の治療法を選ぶことにより、よりよい経過が期待できるわけだが、一般の医療現場にはそうした知識やノウハウが行き届いていないようだ。
「肝がんになっても、小さいうちに見つければ内科的治療で完治できる可能性もあります。もちろん外科手術が適応の場合もありますが、肝臓の専門知識のない外科医がむやみやたらに切りたがるケースが少なくありません。出血が止まらなくなってしまうなど、手術そのものが命取りになる場合もあります」
肝がんは「モグラ叩き」のように注意深く、根気強く付き合っていかなければならない側面がある。ウイルス感染の段階から肝がんに至るまで、一貫してサポートできる肝臓病専門医の役割に注目すべきようである。

①正常肝臓
②慢性肝炎
③進行性肝炎
④肝硬変
⑤肺がん